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BLACK ROSE 第七話

今日もいつもと変わらない景色が描かれている。
活気に溢れた市場。様々な人間が行き交う大通り。静寂を保つ城。
ある者は走り、ある者は逃げる。そして、ある者は動き出す――


「この広い街で人探しと言ってもねぇ…」

現在、水銀燈は大通りから少し外れた場所にいる。
水銀燈の見当では、昨晩、行方不明になったりした人間は追われて逃げ回っているか
既に時遅しかどちらかと踏んでいる。しかしこの人捜しは、さながら探偵にでもなった気分であった。
探偵気分の水銀燈の予測が当たっているかは別として。

「ごめんなさぁい。この辺りでピンク色の服を着た女の子を見なかったかしらぁ?」

だが、誰に聞いても有益な情報は得れず、中には無視する者までいた。
しかしこの国では当然である。他人の心配をするより、自分の心配をしろ。
それが分かっているから、水銀燈も怒りはしない。ただ、寂しい気持ちになるだけだ。

「一度皆の所に戻ろうかしらね。一人では限界があるわ」

何の手掛かりも無い状況では、全員の情報を共有することが大切である。
そんな事を何かの本で読んだ事がある気がする。

「おや、奇遇ですね。どうしたのですか。少し慌しく見えますが」
「あ、白崎。貴方でもいいわぁ。ピンク色の服を着た女の子を見なかったぁ?」
「……残念ですが見ていませんね。」
「やっぱり。最初から当てにはしてなかったけどね。じゃ、さようならぁ」

白崎には目もくれず、水銀燈は勢いよく駆け出した。
言葉には少し棘があったような気がするが、当の本人は気にも掛けていない。

「……」


「もうすぐ時間だ。そろそろ戻ってくるよ」
「ふっふ~ん。早く戻ってこないかなーですぅ。翠星石のお手柄を自慢してやるですぅ!」
「あはは…あ、噂をすれば、だね。真紅とジュン君が戻ってきたよ」

少し駆け足気味に真紅とジュンがこちらに歩いてきた。
二人の顔を見る限り、情報は得られなかったのだろう。

「こっちは収穫ゼロよ。貴女達は?」
「この翠星石がちゃーんと手に入れてやったですよ。耳の穴かっぽじって聞きやがれです」
「その情報、私も聞かせてもらえないかしらぁ」

声のした方に振り返れば、水銀燈が立っていた。
この自信に満ち溢れた顔には何かある、と思わされる。

「別に期待しても何もでないわよぉ?それより、翠星石の話を聞かせて欲しいわ」
「分かったですぅ。雛苺は裏町で目撃されたと聞きました。女の人と二人で
 まるで何かから逃げる様に走っていたそうです」
「いよいよ危なくなってきたわね…」

裏町と言えば、この国の掃き溜め、と評された程の場所である。
そういう連中の本拠地はここに集まっているし、何より汚い。
こんな所に本当に雛苺がいるのだろうか。

「その情報の信憑性は?」

ジュンがまず最初に疑うであろう部分に疑問を投げ掛ける。
まあ、当然だ。情報をくれた人間は裏町の者だろう。
もしかしたら、悪戯にからかわれたのかもしれない。

「大丈夫です。嘘をつけない様な人間に聞いてるですよ」

翠星石の頭の中には日傘を差した女の子が浮かんでいる。
あれはからかえば面白そうなタイプだと考え、顔が思わずにやけた。どこかで誰かがくしゃみをした気がする。
蒼星石は姉の表情を見て、溜息をついている。

「まあ、そこまで言うなら大丈夫か」
「そうよ。それに手当たり次第に探さないと見つからないわぁ」
「じゃあ、早速行くわよ」

彼女達は走り出した


「はぁ…はぁ…」
「トモエ、大丈夫なの?」
「ええ、大丈夫よ雛苺…」

トモエと呼ばれた女性は気丈に振舞っているが、顔色が悪い。
目の下には大きな隈ができている。

「アイツはもう追ってこないみたいなの。少し休んだ方がいいの、トモエ」
「そうね。少しだけそうさせてもらうわ…」 

彼女達はどうやら追われている様である。
それもただのならず者相手ではない。
この場に漂う緊張感は一瞬たりとも消えていないのだ。

「見つけたぞ」
「――!雛苺!逃げるわよ!」
「う、うん」

恐らく追っ手の声だろう。それが聞こえるや否や、巴は走り出す。
しかし、脇から人の姿をした者が、巴に抱きつこうとする。
そして、さっきの声がした方から足音がものすごいスピードで近づいてくる。

「邪魔!」

巴は脇の男に蹴りを入れ、雛苺を抱え、一目散に追っ手から逃げる。

「いつまでも逃げられると思うなよ」

彼女達は逃げ出した


「んー見つからないわねぇ。やっぱりデマだったのかしら?」
「まあまあ、もうちょっと捜してみようよ」

だが水銀燈の言いたいことも分かっていた。
先程から自分達に刺さる視線が痛い。
明らかに僕達はこの掃き溜めでは異質なのである。

「いないわね…一度仕切り直しましょうか」
「喧嘩だー!」

誰かが喧嘩しているらしい。掃き溜めでの喧嘩など、いつもの事だ。
だが、その場にいた全員が目を見開いた。
捜し人の雛苺が喧嘩に巻き込まれていたのだ。
一人の男性と、《刀》と呼ばれる武器を構えた少女が一人。その背後に雛苺がいる。

「そろそろ体力も尽きてきたんじゃないか?」
「あなたこそ。バテてきたんじゃないの」

男の方はニヤリ、と不気味な笑みを浮かべている。

「男と女では体力が違うだろう。それにお前には息をつく間も与えなかった。だろう?」
「……」

再び、睨み合いが始まる。両者に交互に目を遣る。
既に周りには人影一つ見当たらない。巻き込まれるのを恐れて逃げたのだろう。
この場には、彼らと水銀燈達しかいない。助けに入るべきだろう。

「貴方の相手は私達がやってあげるわ」
「ん?誰だお前らは?」
「私達は雇われたものよ。貴方こそ、何者なの」
「俺か?俺の名はベジータ様だ。よく覚えておくんだな!」

このベジータと名乗った男、かなり胡散臭い。自分で自分のことを様付けしてるし。
さらに何かポーズを取り出した。
こいつが本当に雛苺を襲っているのか、甚だ疑問である。

「油断は禁物よ、あなた達。あいつは少し間抜けかもしれないけど、強い」
「間抜け、とは言ってくれるじゃないか」
「あなた実際まめけじゃな…グッ」

巴は突然、膝を突いた。呼吸が荒い。
ベジータが言っている通りなら無理もない。
彼女は一晩中、雛苺を連れて逃げていたのだから。

「やっぱり限界だったんじゃないか。さあ、雛苺を渡してもらおうか!」
「僕達を忘れないで貰いたいね」

蒼星石がベジータに向かって走り出す。
蒼星石の武器が鋏型の剣に対し、ベジータは何も手にしていない。
素手での殴り合いに余程自信があるのか。それとも単に間抜けだからか。

「フン。いいだろう。かかって来い!」

蒼星石の初撃はかわされた。だが、二撃、三撃と攻撃は続けられる。
だが、ベジータもそれを上手に避けて、反撃の機会を窺っている。
そして、頭から殴りつけようと、拳をベジータが振り上げる。
蒼星石は咄嗟に後ろに飛び退き、回避したが、驚かされる物があった。
空を殴った拳は地面に命中し、なんと地面に亀裂が入ったのである。

「地面が…!?」
「あんなの喰らったら一溜りもないわぁ!」
「翠星石!援護を!」
「もうやってるですよ!スィドリーム!」

翠星石の持つ精霊《スィドリーム》が起動する。
チカチカと光を放つそれは、一層強く光り輝くと、
ベジータを中心に、炎が包んでいた。一人の人間相手に魔術を使う事になるなど誰が予測していただろうか。

「これならあの怪力人間もイチコロですぅ」
「蒼星石、怪我はない?」
「うん。ありがと水銀燈。翠星石もありが…ってうわぁ!」

蒼星石が突如宙に浮かんだ。奇怪な術で浮いているのでは無い。
持ち上げられているのだ。ベジータに。

「隙だらけだな。遊び半分では殺されても文句を言えんぞ」

ベジータは抱えている蒼星石を宙に放り投げた。
体のバネを最大限に使い、放り投げられた蒼星石の飛んでくる速度は速い。
そうなれば避けるのも、受け止めるのも至難の業であるのは当然のことだ。

「え…蒼星石避けてくれです!」
「無理だよどいてぇーー!」

よりにもよって、二人の頭がぶつかり合う。
何か火花の様な物も見えた気がするが、気のせいだろう。

「きゅう…」
「ハハハッ!これで二人ダウン。次は誰だ?」
「ちっ!このぉ!」

この難敵を相手にするのは骨が折れる。接近戦は非常にナンセンスだ。
あの拳が一発命中するだけで、私達など、倒れてしまう。
剣を使った戦いよりも、翠星石の様な遠距離攻撃の方が適している。だが、翠星石は気を失っている。どうすれば良いものか…

「ぐうっ!」

考え事をしている間にベジータの拳が肩を掠めた。
今のが自分に直撃していたらと思うと、背中を冷や汗が流れる。

「それにしても情けないな」
「えっ?」
「あそこで突っ立てる眼鏡だよ!」

見ると、そこにはジュンがいた。恐怖に染まった表情で。
そう、ジュンは感づいているのだ。このベジータには勝てないということに。
しかし、それが分かっていても私には諦めるつもりは無かった。

「だから何…?今貴方が戦っているのは私なのよぉ?」
「女に庇ってもらって自分は後ろで震えてるなんてな。この場にいること自体間違いだぜ」
「確かに…ジュンは足も遅いし、剣は使えないし、魔術も使えないわぁ。
 だけど、ジュンが弱いなんて、私は思わないわぁ。本当に弱いのは心が弱い人間よ」

水銀燈は少し愁いを帯びた顔をしたが、すぐに表情を取り戻す。
そして、ベジータに向き直り、言い放つ。

「貴方の様な悪党には理解できないでしょうけどね…」
「……」
 
ベジータは黙り込んでいた。その表情から真意を読み取ることはできない。

(さて…どうしたものかしらねぇ) 

翠星石と蒼星石は気絶しているし、真紅はジュンとこの二人の傍に付いている。
そしてあの女性は倒れたままだし、雛苺も戦力という面では当てには出来ない。
この男をたった一人で、尚且つ誰も死なせず、迅速に倒すには、どうすれば――
その時、私の頭に一つの案が浮かび上がる。多少、危険だが仕方ないだろう。

「良い事思いついたわぁ…メイメイ」

そう。彼女は精霊を使う事を決心したのである。
まだ一度も使った事の無い、名前しか知らない精霊。
通常では考えられないが、今ではそれが最善の策だと思える。

「水銀燈!精霊を使うなんて大丈夫なの…?」
「大丈夫よ。私を信じて」

水銀燈の周りを精霊《メイメイ》が回りだした。
一周するごとに、瞬く強さが上がっていく。
そして、思わず目を瞑る様な光が辺り一面を覆った。

「……何も、起こらない?」
「あの、水銀燈、背中にあるのは…」
「背中?……うそぉ、翼が生えてる…」

彼女が期待していたのは、真紅の様な派手で強力な攻撃だった。
しかし、現実はこれである。翼もロマンチックで憧れる物だが、少なくとも今の状況で必要性は皆無である。
もともと、未確定要素の強い運勝負ではあったが。

「ハハッ!精霊にも使えない奴がいるんだな!」
「ひっ、ちょ、近づかないでぇーー!」

先程まで黙り込んでいたベジータが水銀燈目掛けて突撃してくる。
水銀燈はと言うと、剣をブンブンと無茶苦茶に振り回し、それに呼応するかの様に翼もパタパタと羽ばたいている。
しかし、この翼の羽ばたきにより、事態は好転する。

「があぁぁぁっ!」

ベジータが周りの建造物こど吹き飛ばされる。
水銀燈が意識してやったものでは無いが、翼の羽ばたきによって衝撃波の様な物が発生していたのである。
その威力は目を見開くものだった。

「……」
「すごい…」

目の前に広がる凄まじい光景は、自分でも言葉が出ないほど驚かされた。
これでは、あの男も生きているか分からない。
だが、生きていたとしても、戦えはしないだろう。

「うおぉぉぉー!」

百獣の王の様な咆哮と共に、瓦礫の山からベジータが立ち上がる。
この男は本当に人間なのだろうか。最早、獣と分類しても良いのでは、と考えたりもする。

「流石の俺も今のは死にかけたぜ…頭の中を走馬灯が駆け巡りやがった」

獣でも、難しい言葉を知っているんだなあ、と感嘆してしまう。

「それに全身が悲鳴を上げてやがる。これじゃあ、戦えないな」
「えっ」
「今日の所はこれで勘弁してやる。じゃあな、また会おう」

あの獣は一人で勝手に約束をし、勝手に帰っていった。
寧ろ私達にとっては好都合だが。

「やっと、終わったのねぇ」
「まだ終わってないわよ。貴女は翠星石達を起こして頂戴」

この後も色々大変ではあるが、兎に角、今は生き残った喜びの方が上だった。


「この度は本当にありがとうございました。報酬の方は後日、納入させて頂きますね」
「…そんな事より、あの男は何者なのですか?それに、そこまで口を頑なに開かないのは何故です?」
「…分かりました。お話しましょう。あの男が何者か。そして、口を閉ざすのは何故か」

オディールは一息付くと、真紅達に向き直り、語りだした。

「まず、情報を開示しなかった理由ですが、これには理由があるのです」
「理由、ですか」
「ええ。先日、この国の重鎮が殺害される事件がありました」

殺害された。それもこの国の重鎮と言える人間が。
そんな事があったなど、初耳である。

「この件は、まだ一般には公開していないのです。貴方達に話した、理由はお分かりですね」
「…それで?」
「この事件以前にも、国の兵士が襲われる事件などもありました。雛苺が行方不明になったのも、同じ事件かと思われていたのです」

確かに辻褄は合う。一般に公開されていない情報を安易に教える訳にはいかなかったのだろう。
だが、仕事を依頼した人間ぐらいには教えて欲しいものだ。 

「貴方達に先に教えたら、逃げ出してしまうかも、と思いまして」

まるで心を読んだかの様にオディールは付け足した。
本当に恐ろしいのはこの人かもしれない。

「恐らく、フォッセー家の財産目当てだったのでしょう」
「財産目当てねぇ…」
「…でもその事件は誰が起こしているのか分からないのですか?」
「ええ。今のところは分からないわ…」

この分からないと言うのは本当だろう。
それにベジータが何者かだなんて、今は分かりたくも無かった。

「…分かりました。それでは、私達はこれで…」
「はい、今日は本当に助かりました。雛苺も無事だったし。雛苺を護ってくれていた、柏葉巴さんにも、お礼をしないといけないわね」

巴さんはあの後病院に搬送され、大事を取って、入院することになった。
その時雛苺が毎日お見舞いに行ってあげるの~、と言った時の嬉しそうな表情が目に焼きついていた。


「お嬢様。山本と名乗る男性が訪ねて来られましたが」
「お上げになって。それとお茶を入れてください」
「かしこまりました」

山本。槐騎士団長が派遣した諜報部員である。
今回の事件の詳細を聞きに、私の屋敷を訪ねる、と仰っていた。

「有意義なお話になりそうですね…」 

「今回の作戦は失敗か」
「すまんな。予想外の邪魔が入った。次は倒すさ」
「ベジータ、僕も参加した方が良かったんじゃない?」

ベジータより年は幼いだろうか。その男は魔術師の様な出で立ちをしている。
そして、もう一人の男は騎士だろうか。

「そうだな。ベジータ、笹塚。君達には期待しているんだ。次は二人で全力で取り掛かってくれ」
「分かったよ、梅岡。だが、お前もミスはしただろう?」
「そうそう。大臣が殺されたじゃないか。あれは計画には無かったんじゃないかなあ」

この二人組み、息ピッタリである。

「あれは確かに僕のミスだね。あの連中が要らない事をするから…」
「何なら俺達が今から叩き潰しに行ってやろうか?」
「いや、止めといた方が良い。あいつら、日を増すごとに増えているからな」

ボソリ、とその連中の名前を忌々しそうに梅岡は呟やく。


そして、彼らは動き出す


ゆっくり、ゆっくりと、濁り水は滴り始めていた――

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