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鵜来基地は騒然となった。新鋭機とはいえ、戦闘機が単機で、敵小隊すなわち四機のグラマンの迎撃に命令を無視して向かったのだから…
基地司令の桜田少佐は苦虫を噛み潰したような表情で考え込んだ。

時をさかのぼること昭和18年の暮れ、海軍横須賀鎮守府の主計大尉であった桜田は、ある日上官に呼ばれ、自分宛の転属命令を受領した。
「航空隊の司令…ですか?自分が?」
「ああ。その実、率いるのは戦闘機一個小隊らしいがな」
「なぜそんな中途半端に小規模な部隊を…。それも畑違いの自分が」
「上層部が何を考えているのか俺にも分からん。ただ言えるのは、貴様は司令官の穴埋めにされているという事だ。要するに、他に人手がないと」
「…」
「それと…聞いた話だが、どうもこの部隊には盟友ドイツの大使の娘が戦闘機乗りとして来るらしい」
「娘!?」
「ああ。…桜田、上層部は、出来るだけこの娘を危険にさらすな、と言う事を暗に言ってるんだ。そのためにわざわざ部隊を新設したんだろう。…それを忘れるな」
「…は。今までありがとうございました」

梅「司令!自分達を上げて下さい!蒼星石の支援に向かいます」
梅岡少尉が叫ぶ声で、桜田は現実に引き戻された。笹塚飛曹長も同じ思いで桜田を見つめている。一瞬沈黙する一同。
ややあって桜田は顔を上げた。
ジ「…よし、貴官ら二名は直ちに離陸、二飛曹の後を追え」
梅・笹「は!」
敬礼を投げかけて残りの紫電改に駆け出す二人の背中に、桜田が付け加えた。
ジ「…あくまでこれは蒼星石二飛曹を無事連れ戻すための行動である。慣れぬ機での空中戦闘は極力避けてくれ」
慌ただしく離陸した二機の紫電改は、僚機を追って飛び去った。

一方、蒼星石は、無線を切り、スロットルをほぼ全開にして四国の沿岸を飛行していた。
エンジンは勇ましい音を上げて回転しているし、機体の表面の工作精度の粗さが足かせとなっているのが操縦桿の
反応から感じられつつも、結果として速度も零戦を幾分か上回っていることが分かった。
高度500を保ちつつ、深呼吸をする蒼星石。吐く息が白く流れる。
幾分落ち着いた彼女は、これまで何度か感じて来た高揚感が今また湧いてくるのに気付いた。
手足が小刻みに震え、精神がまるでコーヒーを飲んだ後のように興奮する。
決して恐怖ではない。そして何故か口元に笑みが浮かぶ。血が騒ぐ。
空中戦を迎える前に必ず経験するこの現象を、蒼星石は楽しんでいた。敵と合えば、その時は怒りに自分を支配させればいい。
君の笑顔に 微笑みを
君の痛みに 僕の手を
君の涙に 花束を
君の供養に 敵の血を

その頃、国鉄窪川駅を目指す機関車の運転士と機関助手の耳に、突如空襲警報が聞こえた。
驚いて顔を見合わせる二人。だが二人は、すぐに、3両の客車を牽引するC-62機関車の運転に戻った。
本土に侵入してくるアメリカの飛行機が鉄道を銃撃することは日常茶飯事となりつつあり、既に何本かの列車が被害に遭っていた。
シャベルで素早く石炭をボイラーに投げ込む機関助手の傍らで、運転士は、2キロ先にあるトンネル内に退避する事を決めた。
敵が来る前に逃げ込む事が至上命題である。
トンネル内ならいかな戦闘機といえども手出しは出来ない。セオリー通りの判断である。
速度を上げようと蒸気供給弁を全開にしたところで…空襲警報のサイレンに交じり、エンジン音が聞こえてくるのが分かった。

これが日本本土か、と水銀燈が翼下の田園風景を眺めていると、右側を飛ぶ小隊長機から無線が入った。
『ターゲットを発見。これより反復銃撃する』
ターゲットですって?水銀燈は周囲を見渡してみたが、迎撃の敵機の姿はない。
日本軍のカミカゼ攻撃のせいで部隊が再編成を余儀なくされたために、水銀燈は新たな部隊に転属し、
今日初めて小隊を組んで飛んでいるのであるが、べジータという名の小隊長の言った事が、水銀燈には分からなかった。
『小隊長、ターゲットとは?』
無線で聞き返す。
『二時方向の列車だ。意外とトロいんだな。ええ?堕天使さんよ』
『列車…?』
見ると、確かに、田園の中を伸びるレールの上を走る列車がいる。が…
『小隊長、あれは軍用列車ではありません。一般の貨客列車です』
水銀燈は慌てて言った。任務は、あくまで日本軍関連の港湾施設・列車の銃撃のはずだ。
しかし小隊長の答えには温度がなかった。
『軍用であろうが無かろうがあれはジャップの列車だ。蜂の巣にしてやる。続け』
水銀燈が反論する前に、小隊長機は翼を翻し、列車に向けて急降下を始めた。
小隊のほかの二機もそれに続く。
『何を考えているの…小隊長、止めて下さい!』
水銀燈は高度を保ったまま、僚機を追って呼びかけた。
べジータにはそれを聞き入れる気など更々無かった。

C-62の運転士が最期に見たのは、真横から降ってくるアメリカの戦闘機だった。
グラマンの両翼に計6丁装備された13ミリ機銃弾は、手始めに列車を引張る機関車に降り注ぎ、難なく真っ黒なボイラーを貫き、運転士と機関助手を絶命させた。
機関車は穿たれた破口から物凄い量の真っ白な蒸気を噴きあげ、そのまま惰性で少し進み、止まった。
『ひゃはは!ざまーみろジャップ!!』
銃撃を終え、噴きあげる蒸気の中を潜り抜けたべジータが叫ぶ。
一度後方に去った列車に向け、べジータとそれに続く二機のグラマンは機首を反転させた。
動けなくなった列車などただの的だ。先ほどから堕天使が無線でギャアギャアわめき立てているのが聞こえる。舌打ちしてレシーバーのスイッチを
オフにしたべジータは、今度は客車を照準器の十字に捉えた。タラップから、乗客が我先にと逃げ出しているのが分かる。黄色いサル共め、とべジータはトリガーを引いた。

『やめて下さい!この攻撃は明らかに国際法に違反してます!!』
水銀燈は200メートルまで降下、旋回しつつ叫んだ。だが返事はない。眼下では僚機が肉にたかるハエのように飛び回り、
すでに動けなくなった列車から逃げ出す人々を銃撃している。
線路沿いの水のない田圃を必死に走る人々。小さな子供の手を引いて走る母親のあとを、
ミシン目のように地面に刺さる13ミリ機銃弾が追いかけ、その背中を貫いた。
倒れた母親の真っ赤な背中を揺さぶる小さな子供。その子供も、別の方向から飛来した13ミリ弾に弾かれ、四方へ飛び散った。
水銀燈は半狂乱になり、左手を計器盤に叩きつけて叫んだ。
こんなの、もう戦争じゃない!
涙が溢れる。そして流れ落ちる前に乾燥して消える。この寒い空で一人ぼっち。
『ううっ、メグ…』
あまりの現実に気が遠くなるのをこらえようと、水銀燈は、計器盤に貼ってある写真を見つめた。
米本土の病院で闘病生活を送っている、大切な親友の笑顔を。

高度500で足摺岬を抜け、海岸沿いを飛び続けていた蒼星石は、前方に自分より低い高度で旋回する奇妙なグラマンを発見した。
真っ黒な機体に、たくさんの逆十字。
悪趣味なパイロットだな、と憎悪がふつふつと湧いてくるのが分かったものの、なぜあの機はあんなところで
旋回しているのか?という疑問が蒼星石の頭に浮かんだ。
単機だけのはずがない。グラマンは小隊で侵入した、と無線で言っていたはずだ。
下方を見渡した蒼星石は、…その残りの敵機群が、今まさに非道に手を染めているのを見てしまった。

水銀燈は、真っ赤にした目をふと機体の外に向けた。
嫌な予感は当たった。いつの間にか、日本軍の戦闘機が自分目掛けて飛んできている。
いつもの水銀燈ならば待ってましたとばかりに笑みを浮かべて戦闘に入るのだが、今はそんな気分には更々なれなかった。
彼ら日本の防空部隊の至上命題であろう非戦闘員の防衛…それを妨げようとは思わない。
仕方なく正当防衛として闘うか。逃げるか。
水銀燈が躊躇したその時、敵は機体を大きく傾け、眼下の惨劇の舞台へと落下を始めた。 

「うわあああああああああああああああ!!!」
蒼星石は鬼でも出来ぬような凄まじい怒りの形相で叫んだ。
エンジンをフルスロットルにし、89式光学照準器のスイッチを入れ、今なお非戦闘員への銃撃を止めぬ鬼畜3匹に向けて急降下をかける。
上でぼんやりと旋回していたあいつはどうでもいい。
蒼星石は、列車の下に隠れている人々を狙い撃とうとしていた一機のグラマンの後ろから突っ込み、その機影を照準器に捉え、
スロットルと一体化している機銃の発射把柄を折れんばかりに握り締めた。
瞬間、エンジンとは異質な轟音と反動を立て、紫電改の両翼にある4門の20ミリキャノン砲から、通常弾・曳光弾・徹甲弾・焼夷弾が吐きだされる。
それらは光の矢となってグラマンの操縦席に集中して降り注ぎ…そのパイロットを瞬時に絶命させた。
操縦者を失ったグラマンは、そのままふらふらと飛び続け、列車を飛び越えて田圃に突っ込んだ。
同時に、残りの二機が敵襲に気付き、即座に反転した。
蒼星石はそのうちの一機を逃さず、急旋回して高度を上げ逃げようとするグラマンを再び照準器に入れる。
威力の高い20ミリ弾は、このグラマンの主翼を根元からもぎ取った。
最後の一機は、低空のまま全速で逃げ出した。
…恐らく列車銃撃で弾を撃ち尽くしたのだろう、と判断した蒼星石は、再び上昇に移った。
上にいたあのグラマンをこれ以上放っておくわけにはいかない。
地上では、生き残った人々が万歳を叫んでいた。

べジータは体中に冷や汗をかきつつ、全速で海へ離脱した。
…あれはジャップの新鋭機か。
七面鳥狩りに熱中し過ぎて敵に気付かなかったのは迂闊だったが、上にいたはずの堕天使が敵の接近を報告しなかったことに、
べジータはひどく腹を立てていた。あの馬鹿野郎、と叫んだところで、彼は、無線機のスイッチを自分で切ってしまっていた事に気付いた。
と同時に、自分を目掛けて真横から突っ込んでくる二機の新手のジャップにも気付いた。弾のない彼には、もはや手遅れだった。 

すぐ下の空で味方が叩き落とされるのを目の当たりにしても、水銀燈は突如現れた日本軍の
新鋭機に対して、ほとんど敵慨心が湧かなかった。
むしろ、天罰だ、とさえ思った。
恐らくあの新鋭機が、近頃米軍内で話題になっているシデンカイことジョージだろう。
その性能は、ジークをはるかに上回るという。
そのジョージが、今まさに水銀燈のグラマン目掛けて上昇をかけてくる。
水銀燈は、ジョージ目掛けて機首を向け、スロットルを押し込んだ。
対航で向かってくるジョージの機銃が火を噴き、曳光弾の束が機体をかすめる。
負けじと水銀燈も撃ち返す。
二機の戦闘機がすれ違う瞬間、水銀燈は、敵のパイロットの顔を間近に見た。
そのりりしくも中性的な顔立ちが、水銀燈の心を一瞬にして掴んでしまった。
相手のパイロットも自分と同じ想いを抱いた事には、むろん堕天使は気付いていなかった。
つづく

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