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の手紙は仕事疲れで怠惰感が滲み出る僕にとって限りなく良い、実際は痛いほ
どの刺激だった。
それと同時に考えたのは僕ももうこんな歳なったのということ、そして……。


【ドキドキしちゃう】


僕が中学に行かなくなってからもう何年も経った。あの時は普通の青春、なんて
ものを味わうことなんてはとうてい無理な話だったけど、それでも自分自身楽し
いと言えば毎日が楽しかった。

だけど、僕の心には無数の傷と刺が出来ていたことは確かで、心の奥底では嫉妬
と恨みが混濁し、少しずつ漏れだしてる、それに気が付いたのは後々の話でもう
既に無視できないところまで行っていたのは確かだ。

そんな地べたを這いずり回る生活を送っていた僕だけど、転機は訪れる。僕は過
去の幼なじみに手助けしてもらい、どうにか高認を取り、入りたいと願っていた
専門学校へと進学していった。

実際、その頃の僕は自意識過剰的に話せば、もうインターネットでは少し名を知
られていたし、この業界で成功するんじゃないかって生意気に薄々感じていた。

そして、この自信はある一つのものを射殺すように睨み付けている事もわかって
いた。分からないほうが幸せという事も。

それは過去への僕なりの復讐だった。

そして届いたこの手紙はそのささやかな復讐を達成するには絶好の機会だった。

じゃあいってきます、と誰も居ない部屋に別れを告げ、僕は家を出る。

玄関でちらり、と見た時計の針は七時近くを指していたはずだ。手紙によればあ
と一時間程で始まるらしい。

駅前まではこの古いアパートから徒歩15分。待ち合わせの駅までは十数分で到着
することを考えれば僕は少し気分が高揚しているらしい。焦っていると言い表わ
した方がしっくりとくるか。

錆付いた階段を独特な音色を奏でながら降り、地上の空気を肺一杯に吸う。

少しタバコの匂いが混じっているのは近くの部屋から漏れだしているんだろう。
足を一歩踏み出すと、心臓の鼓動が一瞬高鳴る。
これだけ、拒絶と期待が混ざり合う感情は体感したことはない。

重い足と、高鳴る期待と不安と。

あの時のイタミ。あのコトバの意味。

今でもドキドキしちゃう。

――――――――――――――――― 

今、考えると私は『優等生』を演じていたのかもしれない。
それは誰かに見られたいからみたいなアイドル思考じゃなくて、誰かに誉められ
たいからでも何か納得がいかなくて。

私という『何か』を形成するのにその要素が必要だった、みたいな説明が一番し
っくり来る。
それは彼に対しての接し方にだって当てはまる。

いつだって彼を助けてきたのは私なんだ、なんて自己満足に浸って、毎日を生き
てきた。

不登校で幼なじみな彼に毎日、プリントとか、図書館で一緒に勉強とか。

あの時は気が付かなかったけど、

私は彼に好かれたかったのだ。

ほら、そうすれば優等生の完成。
そして今日はそんな私をまた演じる日、もしかしたら最後の日。

媚びを売りまくって、優しい人になって。

いつまでもドキドキしちゃう。


―――――――――――――――――

もう待ち合わせの居酒屋には結構な人数が集まっていて、そこには私も見覚えの
ある人物もちらほらを見受けられた。

ただ、見覚えがあるとはいっても、それは淡い思い出なんかじゃなく、重い重い
、身体にまとわりついてくるような傷跡。

私は元々病弱で、長い間入院なんかは日常茶飯事だった。そんな私と親しくなる
物好きは片手で数えたって指が余ってしまうほど。

まだ彼女らの姿は見えない。いや、元々参加する気なんてないのかもしれない。
彼女らも私と一緒でどこか捻くれた、素直になりたくはなかった性格だから。

しかしそうなると私がこんな居心地の悪い空間にわさわざいることなんかは無い
。奥では私の姿を認知した数名のクラスメイトがひそひそと、内緒話をしながら
こちらを見つめ、いや睨み付けているようにも思えた。

それもそうか、と思い出したくない過去に浸ると、今となれば理由が分かる気が
する。

病弱の美少女が突如現れれば、しかもいなくなると分かり切った……。

ストレス解消には持って来いじゃないか。

笑顔の虐めには。

「あれっ? めぐ、さんよね?」

澄ました顔をしていたら声を掛けられてしまった。

振り向けばそこには見覚えのある顔。憎らしい顔。顔にへばりついた醜態は年を取っても変わることはないらしい。

「あら、××さん。久しぶりね、元気だった? 」
適当な言葉を紡ぎ、思いを貧相な胸に押し込んで私は笑顔を作った。

相手がどうだか知らないが、この冷たい笑顔で満足してくれるならそれでいい。

君のそばで、今笑顔つくって笑ってるからって

すべてのことを水に流したとでも思ってるのかい

あの頃の日々

して笑顔の意味

思い出して ドキドキしちゃう

―――――――――――――――――


予定時刻より二十分前。
既に待ち合わせの店にはちらほらと見覚えのある奴ら達が小さなグループを作って談笑に花を咲かしていた。

今、ここで僕を知ってる奴はいるだろうか。居ないだろうな、と薄々は感じてい
るもののどこか適当な場所に僕は座るとゆっくりと皆々の顔を見ることにした。

佐々木、藤田、宮本。あれは……誰だったかな。

記憶の彼方にいる若かりし頃の顔を引き摺りだしながら思い出してゆく。
引き摺りださなきゃいけないのはトラウマという固く閉じられた厄介なものを外すためであって。

見知り会った顔は彼女だけらしい。

「久しぶりだな、柿崎」

「あら、そんな風に私こと呼んでいたんだっけ、桜田くん」

忘れたよ、と僕は内心、気恥ずかしくて呼べるものかと思いつつ彼女の隣に座った。

「見知り会った顔がいなくて困ってたんだよ」
「ふふっ、なら来なければよかったんじゃない? 来る理由なんて無いじゃない」
「柿崎はともかく、柏葉は来ると思ったからさ」
「私がともかくというのが癪だけどそりゃあ来るとは思わないか。不登校同士こんな場所じゃ会いたくないけど」

「こんな場所じゃないとな、会うこともないからな」

と、当時と同じように髪を伸ばす彼女を懐かしく思いながら辺りを見回してみたが、もう一人の幼なじみ、柏葉はまだここにはいないらしい。
ただ、見つけられないだけか、それともこんな集まりには来るつもりが無かったのか。

僕には知る余地も無い。

「あれ、お前桜田だよな? なんだお前も来てたのかよ、最後にあったのいつだったかな」

果てない想像と幾分かの妄想から僕を引き戻したのは聞き覚えのある男の声だった。

「……宮下、だっけか」

その名前だけでも吐き気がする。

「おっ、よく覚えてたなぁ。いや、お前が来るはず無いと思ってたんだが、まさかこんな中学の同級生で美人の知り合いがいたなんて知らなかったよ」 

「あ、ああ。少し縁があってな」

来ないと思っていたなんてよく言えたもんだ。僕が学校に来れなくなったのはコイツらとあの担任のせいじゃないか。

「あら、桜田君、私に会いに来たんじゃ無かったの? こんなおともだちがいるなんて知らなかったわよ」

横で柿崎が含んだ笑いを僕達に向ける。

コイツ、宮下が僕の何かを握っていると感じたらしい。昔からそうだ、コイツはそういった事に敏感だから人一倍何かを背負い、憎むんだ。

「桜田とは昔の同級生だったんだよ……え~と、柿崎さん? 」

宮下は作り笑いを浮かべながら柿崎を見た。

「じゃあ桜田君が不登校になる前までって事でしょ? 」

「あ、ああ、そうだけど……」

柿崎の顔が歪んだ。一瞬だけだけど、あの顔は……

何かを虐げるときの目だろう。よく自分の父親にそんな目を向けていた。

「じゃあその不登校の理由も知ってるんだ、知ってるわよね? 」
ああ、と宮下は顔色をやや変えながら頷く。

「そ、そういえば桜田は今、何やってるんだ? あれから付き合いが無かったからさ、今、俺××業者の社員でさ」

会話の方向性を変えようと宮下はスーツが似合うようになったんだよと、また作り笑いを浮かべる。

「僕はデザイナー。宮下やアイツが貶したもんで食わしてもらってるんだ。この前グランプリも取らしてもらったしさ。よかったら調べてみてよ」 

宮下の顔色が変わる。焦っているんだろうか、気まずいんだろうか。

まさか

自分が貶していた、バカにしていたもので

自分を超えられるなんて

なぁ、宮下?

僕は黙りこくった宮下を見ながら、見下しながらぼそり、と宮下の名を呟いた。

どうしてそんな浮かない顔して黙っているんだ?

気まずい事が頭をよぎって焦ってるんだろ?

こんな僕の話

聞かないふりをして

幸せ、っていいきっちゃえよ

―――――――――――――――――

私が待ち合わせ場所へ到着した時に既に時間より二十分近く遅れてしまっていた。
遅れる気などはまったくと言っていいほど無かったのだが、どうもそれは私の本能の部分がそうさせているらしく……なら来なければよかった話なのに私はこの場にいる。

確かに目的はある。彼はいるだろうか。
すっかりあの時から疎遠になってしまった彼であったが、当時とは違って、今は自分のコンプレックス、ともいえるもので仕事をしているらしい。
それが彼の示した道なのだろう、と私は思う。

私とは違って、彼は歩きだしている。まだあの場所に停滞してる私は違って、だ。

横開きの戸を開け、既に始まっているのだろうか、騒がしい方へと顔を向ける。

……うん、案内の手紙は見間違ってはいなかったらしく、そこには見覚えのある懐かしい顔ぶれが今じゃビールジョッキを片手に笑い合っている。
ああ、私ももうこんな歳になったのか、と心中に不思議な感情を抱きながら、私はお座敷の前で靴を脱いだ。

「あっ、巴ちゃんやっと来たんだ」

やぁ、と今でも顔なじみの友人、とはいってももう二年はあってない気もするが、その子に軽く手を振り、隣に座るべく横へと向かう。
久しぶりだね、とお互い社交的な会話を適当にこなしつつ、私は辺りを見回した。
多分、彼が来ているならば、私が彼の姿を見間違うわけはない。確証はない。だけどそう思える。

「あっ、そうだそういえばあそこにあの人、確か宮下とかがいじめてた子いたじゃない。裁縫が好きな。桜田君って」
「来てるんだ、彼……やっぱり」
「あそこにいるじゃない。あのスーツ着たやつの隣にいる人」

と、私は彼女の指差した方向を見た。…やっぱりあれは桜田君だ。横にいるのは多分、柿崎さん。

「ごめん、ちょっと行ってくるね」
私は彼女に一言残すと、心のもやもやを抱きながら彼のもとへと向かった。

「桜田君」

私が一言声を掛けると彼は待っていた、みたいな目でこちらを見てきた。
私が来ない、なんてことは思わなかった、そんな感じ。

「遅かったな、柏葉。来ないと思ってた」
「久しぶり、優等生さん」
柿崎さんが意地悪い笑みを浮かべる。その笑い方は当時のままで、どうも苛立つ感じとともに懐かしさが込み上げてきて私は微妙な表情をしていたのだろう、彼女はそんな私を見ながらまた口元を緩めた。

「少し迷っちゃってね」
私は適当に嘘を吐くと、桜田君の横へ座る。
向かいのスーツの彼、確か宮下、とか言われていた彼は私が来たのを好機を見たのか、そそくさとそこを、ばつが悪そうに立ち去ってしまった。

「彼、どうしたの? なんか顔色が悪かったようだったけど」
「もう酔ったんじゃない? 案外お酒に弱い感じなのかもよ」
それは嘘だろう。柿崎さんの顔色から分かる。
「……で、実際は? 」
「ちょっとした復讐、かな」
桜田君はそんなことを小さく呟いて、私を見た。
「ほんのちょっとした、さ」



「当時、僕が虐められていたことが今ではアイツを超える元になっている。ただ、それだけのことなんだけどね」
誰かが気を利かせて頼んでくれたのか、運ばれてきた紅いお酒を口に運びつつ私は彼の話を聞いていた。
「それだけが理由でそこに来たの? 」
私がそう尋ねると彼は少しむっ、とした表情を見せたが、
「……そう、それだけのために。恥を忍んでさ」
と悲しく笑った。
「ホントはこんなこと意味がないとも分かっているし、こんなことどうしようもないじゃないか。そんなことわかってはいるんだけどね」
何かのけじめになると思ったんだよ、と彼は呟く。

「ここに来るまではもっとあんなことも、こんなことも言ってやろうとは思ったよ。けどなんかいざ目の前にしてさ、
しかも柏葉に会ったら……つまらないことしたなって少し思ったのも事実なんだよね。やってることは当時のアイツと同じじゃないかって。自分が優位に立って、それで相手を見下して」

「私だってそうよ」

と、私も口を開いた。 

「私だって過去と決別しよう、なんてホントは思って来たんだけど、遠回りまでして。それが面と向かったら急に言えなくなっちゃった。
言おうと思ったのよ。本当は私は桜田君を利用していたんじゃないかって。それで私はあなたより、みんなより優位に立って満足していたんじゃないかって」

そんなことない、と桜田君は真面目に答えてくれる。

「今の僕は柏葉がいなかったら成り立ってないんだ。それは僕とは違うよ。誰かを導いて、それでそれを後悔することは」

そうよ、柿崎さんも頷いてくれる。
「優等生ぶったって、当時それに満足していたとしても、それで救われた人がいるならそれは違うのよ。私や彼とは」

そうだろうか。もう大人になってしまった当時の私の心も理解することはできない。

「どれだけ僕らがすばらしい大人になったからってさ」
「どれだけ私たちが、あなたが慈悲の心を持っていたとしてもね」

―――――――――――――――――


柏葉が言っていたことも僕は分かるようでわからない。
それは優位に立つことが無かったからかもしれないが。
だけどそれは例え僕を救った術だとしてもそれを心の古傷として今でも抱えていることは紛れもない事実で。
僕らが確かにすばらしい大人になったとしても
どれだけ慈悲の心を持っていたとしても
それは紙芝居のように、僕らの心に映し出される。

だけど、さ。

「今日は会えてよかったよ」
帰り道、僕ら三人は一団から離れ、少し回り道を通りながら駅へと向かっていった。
僕らにはその方が似つかわしい、と柿崎が言ったからもあるが、その方が僕も、彼女らも気が楽だったのだろう。

「ええ、私も」
柏葉が少し微笑む。柿崎はまたあの不敵な笑みを浮かべているが、またそれには違った意味を感じ取れるような気がした。

「また明日からはバラバラの生活か」
「後悔してるのか柿崎? 」
「今日が夢のように朝になって……私たちの痛みも消えればいいのに」

そりゃ無理さ、僕は笑った。だけどまた明日からは僕たちは違う意味でスタートを切れる。

あの時の記憶なんて心の中で溶けてしまえばいいのに、新しい朝を迎えられると、誰もがそう思っている。
だけどそんな新しい日々だけが来るなんてそれは無理なんだ。
それは分かっている。

「次はあるかな」
柏葉がぼそりと呟いた。
無いだろうね、と柿崎は言う。
そうだな、と僕も頷いた。

だけど、僕らはこれから分かった上で僕らは、あのコトバを、あの笑顔を……。

本当、ドキドキしちゃう。








( ゚д゚ )

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