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 『全略 蒼星石』
「ちょっと待ちなさい」
「どうしたんですぅ? これから手紙を書き始めるというのに……」
「全略ではなく前略。全部省略するなら書くことがなくなるでしょう」
翠星石は鉛筆をおでこに当てて考えているふりをします。だんだん顔が赤くなっていくのを真紅は優雅に眺めていました。
「えぇと、前略 蒼星石……んー、改めて文字にしようとするとなんだかうまくいかないですねぇ。」
「文字にしようと思うから上手くいかないのよ。いっその事話し言葉で書いたらどう?」
「名案ですぅ!!」
ポンっと手を叩くと嬉しそうにペンを走らせます。
真紅はそんな翠星石から目を離して、だらしなく机に突っ伏して寝ている水銀燈を見ました。やっぱり目を逸らしました。
「ちょっとぉ真紅、そこは何か声をかけるべきじゃなぁい?」
「レディにあるまじき姿の貴女にかける言葉なんてないわ。せめて普通に座って頂戴」
はいはい、と言いながら水銀燈はイスに座り直します。
「それで? どうしたというの、水銀燈」
「べっつにぃ」
「あらそう」
真紅は立ち上がり、黒板と睨めっこを始めました。翠星石は集中して手紙を書いているふりをするためになにやら鼻歌を歌い出します。
「……とにかく一か月たったのよ」
翠星石はもちろん、真紅も何も返事をしません。
「金糸雀がいなくなって、もっと劇的に世界が変わると思ってたのにそうじゃなかったわぁ」
ぼんやりと頬杖をつきながら、誰に向けてなのかは分かりませんが言葉が生まれていきます。
「結局、私にとって金糸雀はその程度の存在だった、って事なのかしら」
「ちがうですよ」
翠星石がほぼ白紙の便箋に目を向けながら言いました。そしてもう一度、
「それは違いますよ、水銀燈」
「何が違うっていうのよ? 居ても居なくても変わらないって事は本当はどうとも思ってなかったって事じゃない!」
思わず声を荒げる水銀燈に対し翠星石は落ち着いて言い返します。
「居ても居なくても変わらないって事は本当は何も変わってなくて、今でも変わらず金糸雀の事を思ってるって事じゃないんですか?
 それに金糸雀は、オメーの『ともだち』なんですよね? それは今更変えようのない事実ですよ」
あの日のように夕日がキレイです。水銀燈の銀色の髪がまるでライトのように光を反射させています。
「だから大丈夫なんですよ」
自分自身に言い聞かせながら翠星石は言葉をゆっくり噛み締めます。
「どこかで道を違えたからといって、わざわざ道を戻る必要はないんです。分かれ道だってそのうち一つに戻るんですよ」
「水銀燈」
 真紅がポツリと水銀燈を呼びました。
「貴女のともだちは確かに金糸雀よ。でも私たちだってともだち、でしょう? 少なくとも私たちはそう思ってるのだわ」

  だから、頼りなさい。

 真紅はいつの間にか水銀燈の目の前にいました。イスに座る水銀燈は必然的に真紅を見上げるような形になります。
水銀燈は真紅から目を逸らし、教室の天井を見上げました。本当は空を見上げたかったのですが教室から空を見たら斜めになってしまうので意味がありません。
「水銀燈の不細工な顔なんて誰も見ないから素直になってもいいですよ」
「うっさいわねぇ」
翠星石に反論しつつも水銀燈は手で顔を隠すようにしてうつむき、ぽたぽたと机を濡らし出します。 
悲しいのではなく、暖かくて大切な気持ちに、真紅と翠星石も大切なともだちだと気がついたからでしょう。



「……金糸雀が帰ってきたらともだちだって、ちゃんと言おうかしら」
いつの間にか泣きやんだ水銀燈は少し恥ずかしそうに言いました。翠星石が呆れたように返します。
「水銀燈、先生の話聞いてなかったんですか? 金糸雀が帰って来るのは短くても4年後ですよ? さっさと電話かメールで済ました方がいいと思うですよ」
「直接言わなきゃ意味ないと思わない?」
「なら会いに行けばいいでしょう。みっちゃんさんから貰ったんでしょう? 飛行機のチケット」
「なんで知ってるのよぉ。それに会いになんて行くわけないでしょう? 私から行ったらなんか負けた気がするじゃなぁい」
 真紅と翠星石は顔を見合わせて盛大に溜め息をつきます。水銀燈は何時もよりさらに赤くなった目で二人を睨み付け、そして笑いました。真紅と翠星石も何故か笑い出します。
「それじゃあ、真紅、翠星石、また明日会いましょう」
 日常はいつものように過ぎるのです。だから今日もまた会う約束で終わりにしましょう。



さいごは さよならのあとで おしまい

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