草原に少女の躯一つ倒れていた。
 年の頃は十四、五といった所か。
 長く限りなく薄い紫の髪。
 服装は草原には似つかわしくないチューリップの花のような形をした紫のドレス。
 端正な顔立ち、左目に薔薇を象った眼帯。
 そして、右目は何も映していなかった。
 その見えないガラス球に、白が入る。
 雪がひらひら。雪がひらひら。


       VIP in 2ch


 男が一人傍に立つ。
 彼はこう口にした。
「その鍵、頂戴するよ」


               ローゼンメイデンが普通の女の子だったら


 そして、彼女の右目をにゅるりと。

                     抉り
                        取った。





                    DOLL
-Stainless Rozen Crystal Girl-
                               第一話「OBSCURE」




2028年8月23日
 男女の体が交わる。その二つはともに上気し、赤く燃える血に突き動かされていた。
 男の動きは激しさを増し、女の喘ぎ声もそれに呼応するように大きくなっていた。
 そして、女が先に頂に至る。男も、リビドーに官能したそれを発射しようと更に腰を
振る。やがて、男も果てた。

2028年9月11日
  高度1000km。飛行物体が空を飛ぶ。某国が事前通達もなく発射したミサイルである。
  監視衛星の目を逃れるため、完全に極秘裏に開発、準備されたものであった。そのた
め、どの国においても弾道弾迎撃ミサイルの準備は間に合わず、その動向を見守るだけ
しか出来なかった。そして、その約十分後、墜落しその弾頭が効果を表す。

  窒息性ガス、毒性ガスまたはこれらに類するガスおよび細菌学的手段の戦争における
使用の禁止に関する議定書。通称ジュネーブ議定書はその正式名称どおりに生物化学の
使用を禁じている。だが、国を挙げての世界に対するテロの場合においては、条約など
何の役にも立たない。そう、弾頭にはとあるウイルス兵器が搭載されていた。

  また残念なことに、それを搭載したミサイルは一つではなかった。様々な国において
着弾が確認された。発展した都市の中心は一夜にして汚染区域と化した。


  そして、ある種平和なかつての世界は崩壊した。



 十六年後。
  かつてのテロからもある程度復興し、安定へと向かっていった。ミサイル着弾区域は
汚染区域として封鎖され、それは今も続いている。その封鎖により、世界の経済は崩壊。 
経済だけではない、政治、流通、商業。全てにおいて大打撃を蒙った。だが、未だに拭
い去れない後遺症があった。
  ミュータントの存在である。

2044年10月3日
  深夜の廃墟。かつては心霊スポットとして若者たちが肝試しに侵入していのだが、ミ
ュータントがここに存在するという噂が発生してから、その足はほとんど無くなった。
心霊という形の無いものより、ミュータントという形のある物の方が人は強い脅威とし
て捕らえ、恐れる。

  ざわざわと木々の葉の擦れる音と虫の鳴く音があたりを包む。
  ザクリという足音に虫の音は途絶えた。突然の闖入者に驚かされたのだろうか。
  その影はゆらりと廃墟へ足を向ける。月の光はその姿を淡く映し出した。
  少女のようだ。年の頃は十四、五といった所か。
  長く限りなく薄い紫の髪。
  服装はチューリップの花のような形をした紫のドレス。
  端正な顔立ち、左目に薔薇を象った眼帯。
  手には何も持っていない。

  傍から見れば、夢遊病者や自殺志願者のようにも見えたが、その足取りは思いのほか、
しっかりとしていた。ドアを開ける音が辺りに響き、また、足音の質は変わる。彼女は
扉を閉めていなかった。そのため、屋内もある程度明るく、見渡すことができる。もと
もとは病院だったのであろう、入り口のすぐそばにはソファや、受付があった。しかし、
そのどれも老朽化と肝試しに進入していた者のためかぼろぼろになっている。
  いや、普通の病院などではなかった。普通の病院ならば、こんな山奥に立ってなどい
ないし、ロビーもこのような頑丈なコンクリートの壁ではなく、大きなガラスを壁代わ
りにし明るさを強調しているはずなのだ。つまり、ここは療養目的ではなく隔離を目的
に建てられたものと考えられる。このような建築物なら確かに、心霊スポットという噂
が立ってもおかしくはない。
  少女は首を回し、焦点の定まらぬ目であたりを見渡した。ここに、彼女以外の人の気
配はない。さらに数歩足を進める。
  突然、扉の閉まる音が鳴り響き、辺りは暗闇に包まれた。だが、少女は気にする風で
もなく進んでゆく。表情すら変えていない。いや、変わらずに無表情だった。ここまで
暗くては何も見えないであろうにも関わらずである。

  目はそろそろ慣れてきたのか階段を昇る。
  その先で、何かの匂いが漂ってきた。鉄の匂い、いやこれは。
  血の匂いだ。
  ここが明るければ、異常な光景が見えていただろう。
  先の廊下の壁は、赤で塗りたくられていた。匂いはそこから来ているようである。
  床は汚れ一つも無い事がその異常さを際立たせる。

  ぬちゃ、ぬちゃ。
  ぬちゃ、ぬちゃ。
  ぬちゃ、ぬちゃ。
  ぼり、ぼり。
  ぼり、ぼり。
  ぼり、ぼり。
  ぼり。

  何かを食んでいる音。
  そして、それは彼女の接近に気付いたのか、止まった。

  少女はその音がする病室のドアを蹴破った。
  そこには、もう一人の少女がいた。
  服装はみすぼらしいが、顔立ちは整い、美少女とも言えた。ただ、その肌は病的なま
でに白く、血の通っていないかのようであった。

  ごとり、と手に持っていた何かをその少女は落とした。

  それは熟れ過ぎた果実のように見えた。
  だが、漂う血の匂いがそれを否定する。

  赤子の頭部だった。

「何? 私を殺しに来たの?」
  彼女は少女に問う。だが、彼女は何も言わずに、近づき、ベッドにかかっていたシー
ツを剥ぎ取りばさりと投げつけた。そして、隠し持っていたナイフでそのシーツごと少
女を突き刺す。
  一瞬のことだった。
  シーツはゆっくりと落ちる。そこに、少女の姿はなかった。
「何も言わないのね。つまんない」声は上からした。
  見上げれば、その少女は天井に張り付いていた。細い指が、天井の硬いはずのコンク
リートに突き刺さっている。だが、突き刺したほうの紫の少女はそちらを見向きもせず、
手に持ったナイフを投げた。
  それは、天井に突き刺さった。しかし、またしても少女はそれを避ける。
「お話もしないのね。なら」
  そう言い、目にも留まらぬ速さで彼女の方へ突進する。
「死んで」
  視線が交差し、紫の少女の耳元で囁く。
  突き出した右手の手刀は風を切り、紫の少女の腹部へと深々と突き刺さった。
  はずだった。
  いつのまにか、彼女は一歩左へ移動していた。その一歩で容易く攻撃を回避する。襤
褸を着た少女の攻撃はそのまま止まらず、壁に衝突する。しかし、それでも足りないの
かそのまま壁を粉砕した。貫通ではなく、粉砕である。壁の破片は前方へ吹き飛び、そ
の先の窓ガラスをこなごなに破壊する。
「あーあ、風通し良くなっちゃった」
  痛みなどはないのだろう、いかにも普通といった様子でそんなことを嘯く。
「あなた、私とおなじ?」――ミュータント?
  言外に含まれていることは、通じているのだろうが、問われた少女はまたしても何も
答えない。そして、彼女は何もない所から剣を取り出した。
  その剣は彼女の身の丈ほども長く、全体は水晶のように光を乱反射している。

「初めて会ったよ! 同じだね!」少女は喜んだ。
「ずっと、一人で淋しかったの!」

「でも、残念。もう、決めちゃったから」その一言を発した瞬間、この部屋は完全に暗
闇に包まれた。月の光は先ほどまで届いていたにも関わらずである。
  紫の少女はそこでようやく驚いたようなしぐさを見せた。
「ふふ。もう何も見えないでしょ?」少女の声がする。
「残念ね。あなたがもう少しお喋りなら、友達になりたかったのに」無邪気な殺意。

  フオン、と風を切る音。先ほどと同じ手刀だろう。紫の少女は転がるようにして避け
る。
  しかし避け切れず、それはわき腹を掠めた。うぅ、と呻く声がする。彼女に視界が戻
った。振り返れば、襤褸を着た少女の背中には深々と水晶の剣が貫通していた。そして
さらにその剣先は壁に突き刺さり、さながら標本の様相を呈していた。
「何で?」――見えるの?
「匂い」彼女はようやく言葉を発した。そして近づき、その剣を引き抜く。心臓を貫通
していたためか、多量の血液が噴出する。
  どさりと、少女の体は地に着く。その時にはすでに、彼女は事切れていた。
「ごめんなさい。……私はあなたと……友達になれそうにない」
  ぼそぼそと呟く。その手の中の剣は音もなく先ほどとは別のナイフに変わる。
「だって……、何も覚えていないもの」
  そう、彼女に記憶は何一つなかった。
  薔薇水晶という名前と、ミュータント――ローゼンメイデンを全て抹殺しなければな
らないという脅迫観念を除いて。





           DOLL
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                             第一話「OBSCURE」了

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最終更新:2009年11月25日 20:52