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今日から教育実習の人が来るらしい。
学校に着いてから、他の生徒が話をしているのを聞き、そういえば数日前に担任がそんなことを言っていたなと思い出しただけなのだが。
ただ、今日から教育実習の人が来るらしい。


教室が騒がしい。特に男子がだが。
黒のブーツ。すらりと長い足。ベージュのストッキングに足を通し、タイトスカートをはいている。
よくある一般的なスーツだが、彼女のシルエットのせいかよい意味で普通らしさはなかった。
西洋人形のように整った顔立ち、陶器のような白い肌。
薄く乗った化粧が、さらにその人形的な美しさを際立たせている。
異質ではあるが、違和感を感じさせない薔薇を象った右目の眼帯。
長く緩やかにカールした髪を後ろでポニーテールにして束ねている。
僕の印象としては、清楚な感じだった。ここまでの描写ができたのは席が比較的前の方――前から2番目、全8列中、右から3番目――だったからである。

そのざわめきを彼女がどう捉えたのかはわからない。
だが、彼女は軽く微笑んで自己紹介をした。
「これから少しの間、皆さんと勉強させていただきます。雪華綺晶です。よろしくお願いします」
緊張しその声は多少強張っているように聞こえた。


自己紹介、1時限目の授業が終わり休み時間。
僕は、友人たちの雑談に混じることにした。
そのグループの全員が女性なため、一部からやっかみを受けるのだが、それももう慣れてしまった。

「そりゃあ面白い偶然ですぅ」
その内のメンバーの一人、翠星石が笑いながら言う。
「うん……。お姉ちゃん、ここの卒業生だから……、ここに来るかもとは思ってたんだけど、まさかね……」
今回の話の中心にいるのは、ゆっくりとした口調で話している薔薇水晶のようだ。
「あ、ジュン! 聞いてほしいの!」
僕に気付いた雛苺が、言った。
「どうしたんだ?」僕は返す。
「さっきの実習の先生って、薔薇水晶のお姉ちゃんらしいかしら!」
金糸雀が、雛苺の言葉を無理矢理奪った。雛苺は不服らしく、金糸雀を睨む。
その声がかなり大きかったためか、クラスのほとんどの耳にその情報は入ったらしい。
そして女子たちは、薔薇水晶の周りに一気に群がった。
それまでの雑談より、この話の方が魅力的だったようだ。

僕は話の中心から押し出されてしまった。
「仕方ないか」まぁ、後で聞くかな、と一人呟く。
潔く諦め、別の友人グループの雑談の輪に入ることにした。
「ジュン。雪華綺晶先生に恋人はいるか聞いてくれないか?」
「諦めろ、べジータ」そう、薔薇水晶の話を聞くことを諦めた今の僕みたいに。
って、ぜんぜん上手くないな。



何だかんだで昼休み。そして、食堂。ようやく席を確保したばかりだ。
先ほどのグループと一緒に昼食を摂ることにした、というよりもさせられた。
「まさか、薔薇水晶のお姉さんがここに来るとはねぇ」
「うん……。何にも聞いてなかったから……ほんとびっくりした」
水銀灯の問いかけに、薔薇水晶はため息混じりに返す。
「何か一言くれても良かったのに」
「いいじゃないですか。驚かせたかったのですよ」

唐突な声に皆驚いた。声のする方を見る。
そこには、雪華綺晶、その人がいた。
「お姉ちゃん!」薔薇水晶は珍しく大きな声を上げる。
「お昼、一緒に食べません?」にこりと笑った。
「ばらしーちゃん、学校は楽しいですか?」
「いいよ……、お姉ちゃん。皆いるから……。だからここでそういうのは、おねがい。やめて」
子ども扱いされて若干怒っている模様。多少の羞恥入り。
「でも、ばらしーちゃん。あまり学校のこと教えてくれませんもの」
過保護だ。親馬鹿ならぬ、姉馬鹿。この場合シスコンといってもかまわないんだろうか?よく分からない。
姉妹仲は良いのだろう。
薔薇水晶は助けを求めるような視線を水銀燈に向ける。
当の水銀燈は肩でため息を吐き、雪華綺晶に言葉を掛ける。だが、少しだけ楽しそうな表情をしていた。
「雪華綺晶さん。その辺でいいんじゃないのぉ? そんなにばらしーを苛めて上げないで」
「あらあら、銀ちゃん。私は彼女を苛めてなんてないですよ? ただただ心配しているだけです」
視線が交差する。二人の間で何かが通じたようだ。僕はその意味ありげな視線を見逃さなかった。
「心配要らないわよぉ。ちゃんと仲良くやってるわぁ」
「へぇ。じゃあ、例えばでいいから、私を安心させるような事を教えてくださいな」
二人がにやりと笑う。薔薇水晶は二人の意図が分かったのか、その色素の薄い顔に多少の紅が入る。
「……! もういいから……。二人とも、やめて?」
小動物のようなその物言いに二人の嗜虐心は刺激される。
「いやいや。ちゃんとお姉さんを安心させなきゃいけないじゃないの」
「そうですよ。私はいつもばらしーちゃんのことを気にかけてますのに……。
 大好きな妹が苛められてでもしたらなんて考えると……」
両手を顔にあてがい、よよよと泣くフリをする。
ここにいる全員の考えは確実に今ピッタリと一致した。
――苛めてんのはあんただろ。

薔薇水晶の僕も知らない多少恥ずかしいエピソードをBGMに、隣にいる真紅に声を掛けた。
どんなエピソードかって? まあ、いろいろだよ。
例えば彼女の、オタッキーな趣味に関係した失敗談とか、暗闇嫌いな事に関係した失敗談とか、水銀燈の家に泊まったときの失敗談とか。
だんだんと、途中から“今の”事じゃなく、“昔の”事まで挙がってきて、もう何がなんだか分からなくなったけど。
話を戻し、「薔薇水晶のお姉さんって、こんな感じの人だったのか?」と真紅に聞いた。
僕は、話を多少聞いたことがあっただけで、直接の面識はなかったのだ。
「そうね。いつもより、ちょっとだけテンションが上がっている気がするわ。いつもはこんな人じゃないわよ。
 あなたは彼女のことをどういう風に聞いているのかしら?」
一瞬悩み、「家でも隙がない、完璧超人だってことかな?」一言にまとめた。
「合ってるわ、それで。だから、薔薇水晶を御覧なさい。あの娘、言うときは言い返すでしょう?
 でも、この話題に合うようなお姉さんの話がないから、何も言い返せてないの」
「そうですねえ。水銀燈には、言い返せてるけど、お姉さんには何にも言えてないですねえ」
翠星石が横から口を挟んできた。
「あれ? お前って、雪華綺晶さんと面識はないのか?」意外な感じがした。
「うん。僕らは少なくとも面識はないね。ジュン君と同じで、話だけだよ」
蒼星石が答える。
「そうなのか」僕はもう一度、彼女たちを見た。
薔薇水晶は泣きそうになっている。雪華綺晶は笑っていた。
二人は、双子のように似ていた。
もしかすると姉は潜在的にSで、妹は潜在的にMなのかも知れないな、と思った。
いやでも、逆っぽい双子もすぐ傍にいるなと、この考えはすぐに打ち消した。


この日の、彼女に関する話はこれで終わりだ。
翌日も、僕たちは雪華綺晶と昼食を摂ることにした。
彼女曰く、「やはり出来るなら、親しいものと一緒に食べたい」らしい。 
他の実習生は、同じ大学のものもいるが、別の学部、学科のため授業以外において、そこまで面識はないし、
ほとんどが別の大学の者のため、完全なる他人だというのだ。
そんなものなのか、と僕はうどんの麺をすする。
話題はいつの間にか、恋愛関係の話になっていった。
だんだんと居心地が悪くなってゆくが、彼女らは構わず続けた。
逃げてしまおうかな? と思い始めた矢先に、「ジュンはこの中だったら誰がいいかしら?」なんて声が掛けられた。
おい、なんてこと聴いてくれるんだこのデコ、と思うがさすがに口には出来ない。
見回す。視線が痛いほど突き刺さる。全員が笑顔だったが、それらは悪意に満ちているような気がした。
昨日の薔薇水晶の気持ちが痛いほどに理解できる。
完全に失語症に陥った僕に、助けが来た。
それは、僕にとっては助けだったが、別のには全く真逆だった。
「ジュン君でしたよね? ばらしーちゃんから話は聞いておりますわ」
薔薇水晶がものすごい勢いで、雪華綺晶を見る。
「なるほど。実際会ってみると、可愛らしい御人ですわね」
「ちょっと。お姉ちゃん何言ってるの」いつものゆっくりとした口調ではない。
「私としても、確かにタイプですわ」
彼女は勇者だった。進んで地雷を踏みに行く。
この状態で、均衡を崩したのもそうだし、この話題でそんな頓珍漢なことを言えることもそうだ。
もしかすると、天然なのかもしれない。
そして、僕の答えもおかしかった。
何故、ここであいつの疑問を解いてやらなければならないのだ。
いや、先ほどの話題で出ているはずの事を何故聞いた。
「えっと、先生。恋人はいますか?」
僕の未来はここで決まった気がする。





DIABOROS 第十話「Road」





まどろみの底。こんな世界があっても良かったんじゃないかという夢を見た。
でも、それはあくまでも夢であり、現実を浸食するほどの威力もない。

「貴方に興味が湧きました」そんな声を聞いた。
「貴方に呪いを掛けますわ」そんな言葉を聞いた。
「貴方の未来を頂きますわ」そんな戯言を聞いた。
そして、接吻をされた。
そんな気がした。



テロリストたちの物語はきっとここで終わり。
僕の物語はさほど、いや、全く彼らに何の干渉もしなかったに違いない。
そして、僕の物語のこの先は、明日になって誰を選ぶか、になるのだろう。
今は遠い幼馴染、柏葉巴と、過去を探す道か。
今の恋人、真紅と、平和な現在に生きる道か。
今出会った悪魔、雪華綺晶と、未来を壊す道か。

どれだ。





DIABOROS 第十話「Road」 了

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