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 よく晴れた日でしたが水銀燈の心はくもり空。教室に来た梅岡先生が何か言って教室がざわめきました。
「――と言う事で、草笛は今日の夕方の飛行機でドイツに留学するそうだ。みんなにお別れが言えなくて残念がっていたよ」
さらにざわめく教室で、水銀燈は金糸雀が草笛、と名字で呼ばれているのが何故かおかしくて一人だけニヤけた顔をしていました。
それを不機嫌そうな顔で翠星石が見ていて、なんだか奇妙な光景でした。
 一時間目がようやく始まって水銀燈は今までを思い出していました。
小さい頃、金糸雀が髪の色をからかわれた時、慰めるより先に苛めっ子をぶちのめしたのは何時だって水銀燈です。
小さい頃、「姉妹?」と聞かれた時はなんだか嬉しくて二人で笑い合いました。
少し前に、水銀燈の両親が外国に仕事に出かけ、寂しいなんて言えない水銀燈を黙って支えてくれたのは金糸雀でした。
(何これぇ。私、金糸雀との思い出しかないじゃない)
思わず苦笑い、でも不愉快な感じではありません。

  ガタン

「先生! ちょっと佐原が具合悪いって言ってるから保健室に連れてくですぅ」
「えっ? あ? ちょっと翠星石何するのよ!?」
いきなり立ち上がり、ぐいっと水銀燈の腕をひっぱり、翠星石は教室から飛び出しました。
一瞬の静寂の後にざわめく教室の中で真紅が母親のような暖かい表情をしたのは気のせいでも幻覚でもなく、事実でした。



「ちょっと何処行く気なのよぉ? 授業中よぉ」
教室を飛び出し、保健室前を素通りし、ここは自転車置き場です。
「駅に行って、金糸雀に会いに行くんです。今会わなきゃ後悔するんです」
自転車の荷台をポンポン叩き、水銀燈に乗るように促します。
「一人で行けばぁ」
心にもないことがスルリと口から零れます。本当は金糸雀に会いたいのにそんな言葉は出てきません。金糸雀に会って引き止めてしまったら嫌なのです。
(だってぇ金糸雀はヴァイオリンを続けたいんだもの)
「金糸雀はそんなに弱くもないし強くもない、普通の女の子なんです。だからちゃんと『さよなら』しなくちゃダメなんですよ」
 でも別に『さよなら』である必要はありません。みっちゃんが言っていた駆け落ちエンドでも、どこかの世界の言葉のようにナイスな船エンドでも翠星石には関係がないのです。
(私はお姉ちゃんなんだから意地っ張りに意地を張っちゃダメだったんですぅ)
「だから、行くんですよ」
もう一度、水銀燈の目を見て翠星石は自分自身に言い聞かせるように言いました。



桃種駅まで翠星石は全力全開で自転車を走らせています。水銀燈はぼんやりと話しかけました。
「ねぇ、会って何言えばいいと思う?」
「知らんですぅ。『金糸雀ェ』って名前だけ叫んでも『私――来ました!』とか『うらやましかったんだ』とか何でもいいんじゃないんですか? ってゆーか重いですぅ、胸を当てるなですぅ」
「しっかり掴まれって言ったのはアンタでしょう? そもそも重くないし、好きで当てた訳じゃないしぃ」
ぎゅうっと翠星石に抱き付いて、耳元で水銀燈は言いました。「本当にどうしようかしら」そんな事も囁きました。
「あぁもう、着くですよ! 時間ないから走れですぅ!」
キキィと自転車が止まり、水銀燈は飛び下りるように着地をし、駅の階段を駆け上がります。翠星石へのお礼の言葉は後回しです。それを翠色の彼女は何かを吹っ切った、サッパリとした瞳で見送りました。
 すぐに見つかると思ったのに金糸雀は見つかりません。あんなに分かりやすいみどりいろを見つけられないわけがないのに、です。
「どこに、いるのよ……金糸雀」
流石にとなりのとなり町のバーズ空港まで自転車では行けません。つまり今会えなかったらもう会えないのです。
「なんでよぉ」
ハァハァと息が切れても水銀燈は見慣れたみどりいろを探し続けます。
 昼間だというのに人が多い改札の向こう側にフッとみどりいろが見えて、反射的に水銀燈は叫びました。
「金糸雀!!」
緑色の彼女が驚いたように振り返り、すいぎんとう、と唇が紡いだのを銀色の少女は確かに見ました。だから
「またね!」
それだけを言うと水銀燈は泣いているのか笑っているのかよく分からない、精一杯の笑顔を見せました。
だから金糸雀も泣きそうな顔を笑顔で無理やり吹き飛ばし、またね、とさよならの言葉ではなく再会を祈る言葉を。そして振り返る事なく駅のホームへ歩いて行きました。
 それが彼女達の『さよなら』だったのです。



やっつめ さよならのまえに おしまい

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