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ボクと水銀燈が、コミケのコスプレ会場を訪れた理由は、単純にして明快。
この人混みの中から、水銀燈の親友である柿崎めぐさんを探し出し、保護するためだ。
柿崎さんは、『えーりん』とか言う謎のコスプレをしているらしいんだけど……。
 
どこを見渡しても、人、ヒト、ひとだらけ。
しかも、煌びやかで凝った衣装のコスプレイヤーが、ほとんどだ。
真夏の強烈な日射しに、眩しいコスチューム……なんだか目が痛くなってきたよ。
 
 
もう帰りたい。誰でもいいから、ボクを、おうちに連れ戻してよ。
つい、いままで懸命に呑み込んでいた弱音が、口から溢れそうになった。
けれども、運命の女神は、そんな甘えさえも許してくれないらしい。
 
「あっ!」
 
見つけてしまったよ。間近な人混みに佇む、赤と青のツートンカラーの後ろ姿を。
肩の丸みや腰つきからして、女の子なのは確定的に明らかだ。
およそ有り得ない白い長髪が奇妙だけど、おそらく、ウィッグだろう。
そのコスプレさん以外にも、多くの人が髪を染めたり、ウィッグを使用していたからね。
 
 
すぐ腕を伸ばせば、肩を掴める距離だと直感で悟った瞬間――
咄嗟に、の表現がドンピシャなほど、そこからのボクの行動は反射的だった。
右手で水銀燈の服を掴んで引っぱり、左手では、柿崎さんと思しい女の子の肩を叩いていた。
我ながら、器用な真似をしたものだね。
 
「なにっ?!」水銀燈が、ギョッと振り返り。
「ひぁっ?!」コスプレさんも、ビクッと弾かれたように身体を震わせる。

そして、コスプレさんが振り向いて数秒――
 
ボクたちは仰天するあまり口を開けっ放しで、声を失ってしまった。
なんとか喋れるようになっても、絞り出せたのは呻き声だけ。
どうして、そんなにも驚愕したかと言えば、そのコスプレさんというのが……
 
「あれ? 銀ちゃんと、蒼ちゃん……だよね?」
「そう言う貴女は、もしかしなくても薔薇水晶っ!」
 
水銀燈に名前を呼ばれて、薔薇水晶は、にこりと白い歯を浮かべた。
トレードマークの眼帯を外してしまうと、コスプレと相俟って、まるっきりの別人だよ。
 
「キミって、コスプレイヤーだったのかい?」
「そうだけど……知らなかった?」
「聞いてないわ! なんなのよ、もぅ。頭がおかしくなりそう。どうしたらいいの?」
「人生……山あり谷あり。諦めが肝心」
 
しれっと答える薔薇水晶。水銀燈は頭痛を催したらしく、額に手を当てている。
いやはや、本当に『どうしたらいいの?』と言いたい。
驚かされてばかりで、もう身もココロも疲労困憊の極致だよ。
 
「――あれ? でも、ちょっと待って」
 
ボクの中に、素朴な疑問が生まれた。
雪華綺晶は最初っから、妹の薔薇水晶に売り子を頼めばよかったんじゃないのかな?
現に、こうしてコスプレには参加してるわけだし。
 
その疑問をぶつけると、薔薇水晶はまたも、淡々と返してきた。

「全力で拒否った。お店番……退屈だから」
「そうだね。キミはとても賢明だよ、薔薇水晶。ボクは真相を知らなすぎた」
「私も、バカだったわ。きっぱり断っておけばよかった」
 
お陰で、揃いも揃って生き恥を曝す羽目になったんだからね。
ボクと水銀燈は、飽きもせずに眉を曇らせ、吐息した。すべては今更だけど、それでも。
 
しかし、夏日に炙られて萎れた花みたいに、悄気てばかりもいられない。
気を取り直したボクは、薔薇水晶に柿崎さん捜しを手伝ってもらえないか訊ねた。
人数が多いほうが、分担エリアを絞れる分、早期発見も期待できるからね。
ひいては、ボクの帰宅も早まるというワケだ。
 
「手伝っても……いいよ」
「ホントに? ありがとう、薔薇水晶」
「ただし、条件がある……ひとつだけ」
「仕方ないね、大概の無理は聞くよ。少し遅くなってもいいなら、夕飯でも奢ろうか」
 
ファミレスで食事するくらいなら、みっちゃんが払ってくれる約束の日当で賄えるだろう。
より以上を所望されたら、残念ながら、引き下がるしかないね。
ボクの提示した条件に、薔薇水晶は両腕で頭上に○を作る……かと思いきや、いきなり×に変えた。
 
「じゃあ、どうしてもらいたいの、キミは」
「儀式を執り行ってくれれば……おk」
「なにを?」
「ばらりん♪ばらりん♪助けてばらりん♪……って。こう、右腕を振りながら」
 
なんなのさ、そのワケの解らない狂行は!
あぁ、とうとう、水銀燈が頭を抱えて蹲っちゃったよ。 

ボクも水銀燈も、もう半日以上は会場にいる計算だけど、絶対、このノリには馴染めっこない。
もう、空気の読めないアウトサイダーだと、後ろ指さされたって構うもんか。
いよいよ帰りたい衝動を抑えきれなくて、ボクは自棄気味に、薔薇水晶の求めるがままにした。
薔薇水晶、会心の笑みを浮かべて、ビキィン! とサムズアップ。
 
「銀ちゃん……。めぐさんは、私と同じ永琳コスで……間違いない?」
「ええ、そう。それと同じデザインよ。どういう経路で手に入れたのかは、不明だけど」
 
言って、水銀燈は自分の服を見おろし、顔を赤らめた。
「この恥ずかしいコスチュームだって、めぐが用意したものでね」
 
その言を受けて、薔薇水晶の瞳が光を放った。
類は友を呼ぶ。同じ病を患う者同士、通じ合うモノがあるのかな。
薔薇水晶は、柿崎さんに仲間のニオイを嗅ぎ取ったみたいだ。
 
「気が合うかも。めぐさんとは……ゆっくり、お話してみたい」
 
ボクが水銀燈に聞いたところでは、柿崎さんは先天的な持病で、長期入院しているらしい。
そんな環境ならば、病室で退屈しのぎに、マンガ雑誌を読んだりもするだろう。
自覚のないまま、ほにゃららフリークになってることだって、充分に考えられる。
しかし、眉間に深い皺を刻んだ水銀燈が、不満そうに口を挟んだ。
 
「よしてよ。めぐはねぇ、音楽を聞いたり、歌っているのが大好きな娘だったのよ。
 それが、急にコミケに行きたいなんて言いだして……理由を訊いても、はぐらかすし。
 どうにも、腑に落ちないのよ。さては、誰かに唆されたに違いないわ!」
 
唆されたとは、水銀燈の勘繰りすぎじゃないのかな。
柿崎さんも、なにかの弾みでコミケに興味をそそられたのかもしれないし。
たとえば、同年代の入院患者にマンガ好きな子がいて、その子に触発された……とか。

「テレビやラジオで見聞きして……楽しそうって思ったのかも」
「薔薇水晶の意見も、充分に考えられる線だね。その可能性はないのかい、水銀燈?」
「うーん。皆無と言い切る根拠も自信も、さすがにないわねぇ。
 四六時中、めぐと一緒にいられるワケじゃないしぃ」
 
そういうこと。物事を変えるキッカケなんて、どこに転がってるか判らないもの。
なのに、勝手な思い込みで決めつけるのは、不毛な諍いの種を増やすだけだ。
水銀燈に限らず、ボクの友人たちには、そんな美しくない真似はしてほしくないものだね。
 
「ひとまず、原因の追求は後に回そう。柿崎さんを保護するのが先決なんでしょ」
「……そうね。いい加減、私も帰りたいしぃ」
「今日はなんだか、キミとよく気が合うね。全面的に賛同するよ」
 
――と、捜索を再開しようとしたんだけど……いきなり出鼻を挫かれた。
 
 
「おーい。なにしてるのさ、薔薇水晶」
 
ちょっと目を離した隙に、薔薇水晶が、見ず知らずのカメラマンの前でポーズをとっていたんだ。
 
そりゃあね、そういう場所かもしれないよ、ここは。
薔薇水晶だって、一生懸命つくった衣装を褒めてもらえたら、嬉しいだろうし。
だけど、利己的な意見を述べさせてもらえば、柿崎さん捜しに集中してほしかったよ。
 
「硬いこと……言いっこなし。じゃあ、次は……三人で撮ってもらうお」
「え? ちょっと貴女、なに勝手に仕切ってるワケぇ」
「ふふ~ん。銀ちゃんってば照れちゃって……かーわいいんだぁ」
「なっ、バカじゃないの! ふざけないでよ、たかが写真じゃない」 

うーん。キミは乗せるのが巧いね、薔薇水晶。
それとも、水銀燈が単純すぎるのかな。すっかり撮影される気になってるよ。
まあ、いつものように勢いで押し切られちゃうボクが、彼女を揶揄できた義理じゃないけど。
 
 
その後も、タチコマという着ぐるみのコスプレイヤーさんとも、ツーショットで撮られたり。
あちらこちらでお願いされるたびに撮影してもらいつつ、柿崎さんを捜していると――
 
「あっ、見て見て、あれ!」
 
薔薇水晶が嬉々とした声で言うので、もしや柿崎さん発見かと、目を向けてみれば……
コスプレイヤーさんには違いなかったけれど、それは身長2メートル近い、大柄な男性だった。
しかも本格的な、ヴィジュアル系バンドを彷彿させる人間離れしたメイクまで施している。
 
「あれなら、ボクでも知ってるよ。映画にもなったDMCでしょ」
「そそ、クラウザーさん。最高……カッコイイね」
「どこが格好いいワケぇ? どう見たって、バカそのものじゃない」
「ちょっと、水銀燈。声が大きいよ。聞こえちゃったら、どうするのさ」
「ふん! 構うもんですか。聞こえたら、どうだって言うのよ」
「あぁもう。すっかり、やさぐれモードに……」
 
果たして、水銀燈の嘲りが聞こえてしまったらしく。
クラウザーさんは、のしのし大股でボクたちのほうに歩いてくると、徐に――
 
「レイプ(×10)! はてなようせいなどレイプしてくれるわ~~~!!」
 
ヒイィ、どういうコトなのさ。激しく腰をカクカクしちゃって、このヒト変だよ!
もう、どう対処したらいいか判らないボクとは対照的に、水銀燈は落ち着いたもので。
冷ややかに睨んでいたかと思えば、次には、クラウザーさんの股間を蹴り上げていた。

その際に、特殊なカットのスカートが捲れあがって、その……白いのが丸見えに……。
レオタードだよね、きっと。あんまり露出の際どいコスプレは禁止だって聞いたし。
 
 
ともあれ、騒ぎになる前にフォロー入れとかなきゃ。
ボクは、股間を押さえて蹲ったクラウザーさんの脇に駆け寄り、腰の辺りをさすってあげた。
 
「すみません。友だちが酷いコトしちゃって」
「イテテ……あ、平気だから、心配しないでいいよ……蒼星石」
「えっ? どうして、ボクの名前を?」
 
こんな背の高い男の人に、知り合いなんていないハズだ。
そう言えば、前に一度だけ会った薔薇水晶のお父さんは、背が高かったけど……まさか?!
 
「ハト豆な顔してるな。まあ、それも無理ないけどさ、これじゃあ」
 
乾いた笑いを漏らすと、男性は懐からナニかを取り出し、顔に装着した。
 
「僕だよ、蒼星石」
「ウソッ?! キミは…………ジュン君なのかい? ホントに?」
 
自分の目が信じられなかった。
でも、前にいるのは紛れもなく、同級生にして学級委員のメンバー、桜田ジュン君だ。
 
「でも、あの……言ったら失礼だけど、キミはもっと小柄で――」
「シークレットブーツだよ。40センチくらい嵩上げしてるんだ」
「あぁ、どうりで臑が異様に長いと思った。40センチも高くしたら、もう全然シークレットじゃないね」
「気にするな。そんなの言葉のアヤだ」 

伝家の宝刀『言葉のアヤ』で両断されたんじゃあ、後の句は続けられないお約束。
言葉に詰まったボクと入れ替わりに声を発したのは、水銀燈だった。
メガネをかけたことで、彼女にも辛うじてジュン君だと判別できたらしい。
 
「やぁね、どこのおバカさんかと思えば。貴方までコスプレ狂だったなんて」
大仰に肩を竦めて、続ける。「まったく、今日はどういう日なのかしら」
 
どう考えても厄日だと思うよ。まあ、言えば皮肉になるから、黙っておくけどさ。
いい加減、瑣末なことに心を波立たせるのにも疲れていたし。
 
「まあまあ、水銀燈。ここで逢ったのも、なにかの縁だよ。
 ジュン君にも、柿崎さんを捜す手伝いをしてもらおう」
「それもそうね。めぐったら、どこをほっつき歩いてるんだか」
「……なんだ、おまえら。柿崎を捜してるのか?」
 
さらっと、ボクと水銀燈の会話に、聞き捨てならない一言が割り込んだ。
 
「ジュン君! キミ、柿崎さんを知ってるのかい?」
「知ってるもナニも、あいつに頼まれてコスプレ衣装を縫ったの、僕だし」
「ちょっ、なに? めぐと貴方が知り合いだったって……聞いてないわよぉ!」
「そりゃまあ、SNSで交流し始めて、まだ日が浅いからな」
 
SNS……mixiかな? それにしても、また意外な真相が発覚したね。
柿崎さんと水銀燈のコスチュームの出所が、こんなカタチで明確になるとは思わなかったよ。
 
「ひょっとして、柿崎さんにコミケのことを吹き込んだのも、ジュン君だとか?」
「なんの話だ? 僕は関係ないぞ」
「……ううん。知らないなら、いいんだ。気にしないでね。
 それより、柿崎さんのことだけど――」

キミは、彼女の居場所を知っているのかい?
一縷の望みに期待して訊くと、ジュン君は自信に満ちた様子で頷いた。
 
「もちろんだ。さっきまで一緒にいたからな。案内してやるよ、こっちだ」
 
思いがけず急展開。それも、いままでのフラストレーションを一掃する大逆転だ。
 
「めぐさんに逢えるよ……やったね銀ちゃん」
「うっ、うぅっ。ホント、よかった。これで……これで、やっと帰れるわぁ」
 
水銀燈ってば、泣いちゃうほど感激しているんだね。うんうん、解る解る。
かく言うボクも、ええい、あぁ、キミからもらい泣き~。
出がけの感じだと、みっちゃんのスペースに戻った頃には、もう完売してそうだし。
これで、これで……ボクはまた一歩、家路に近づけたんだ。こんなに嬉しいことはない。
 
 
   ★
 
「――で、柿崎さんと合流できたんです。まったく、人騒がせな話ですよね」
 
心地よい達成感から、みっちゃんにコトの顛末を語って聞かせるボクの声も弾んでいた。
 
「再会できたときの、水銀燈の嬉しそうな怒り顔ったら……あんな顔、初めて見たな」
「一件落着ね。この一件で、コミケを嫌いにならないでくれたら、なおよしなんだけど」
「ボクに限ってならば、それは、ないですね」
 
嘘ではない。貴重な体験をさせてくれたコミケという小宇宙が、少しだけ好きになっていた。
とは言っても、二度とは訪れないだろうけれど。
そう告げると、みっちゃんは世界の終わりを迎えたかのような顔をした。 

「残念ね。これを機に、コスプレに目覚めてくれないかな~、なんて期待してたんだけど。
 まっ、仕方ないかー。蒼星石ちゃんの気持ちを尊重すべきだものね。
 あ、でも万が一にでも気が変わったら、遠慮なく連絡ちょうだいねー」
 
心変わりなんて、絶対にないと思う。でもまあ、それは言わないでおいた。
なにも好き好んで他者との間に壁を設けななくても、いいんだからね。
 
「さって、と。あらかた売り尽くしたし、そろそろ店じまいしましょー」
「もう、片づけるんですか?」
「成果は充分よ。それに、私も島巡りして、掘り出し物をゲットしたいしー。
 ホントに、今日はありがとう。蒼星石ちゃんのお陰ね」
 
そんな風に言われると照れる。どこまで役に立てたのかは、実際のところ疑問だけどね。
折角なので、素直に喜んでおいた。
 
「これは、ほんの御礼の気持ち。受け取ってちょうだい」
 
言って、みっちゃんが差し出してきた封筒は、予想外に厚めだった。
詳細は伏せておくけれど、正直、こちらが申し訳なくなってしまうほどに。
 
 
その晩の日記は、いろいろとネタが多すぎて、なかなか書き終わらなかった。
一生に一度きりの、貴重な一日だからね。ちゃんと書き残しておかなきゃ。
でも、家族に話す気はない。親しき仲にも、言葉にできない秘密は、あるものだからね。
 
 
以降は、これといって大きなイベントもなく――
夏休みは猛暑と蝉時雨の中へと、穏やかに融けていった。

そして、月が変わり、いよいよ始業式の日。
 
「それじゃあ行こうか、姉さん」
「はいですぅ。おじじー! おばばー! 行ってくるですよー」
 
姉さんが大声で、玄関から奥の台所に声をかける。
最近、おじいさんたちも、歳のせいで耳が遠くなり始めたからね。
それを気づかってのコトなんだろうけど。
 
「そんな大きな声ださなくたって、ちゃんと聞こえてると思うよ。
 姉さんの声って、ただでさえ、よく通るんだもの」
「一応ですよ、一応。ささ、ちゃっちゃと登校しちまうです」
「はいはい。張り切るのはいいけど、忘れ物しないでよ?」
「へーきのへーざですぅ」
 
――なんて、新学期になっても、いつもどおり仲良し姉妹のボクたち。
でも、あのコミケの一件だけは、姉さんには秘密にしている。
雪華綺晶や水銀燈、ジュン君にも、ナイショにしてくれるよう電話で頼んであった。
 
 
   ★
 
およそ一ヶ月ぶりの学校は、若い活気に満ちあふれている。
多くの生徒は気怠そうだけど、その肌は健康そうに日焼けしていた。
 
「ん? なんですかね、昇降口が騒がしいですぅ」
 
周囲を観察していたボクのワイシャツの背を引いて、姉さんが話しかけてきた。
見れば、確かに人だかりができている。新学期の注意とか、掲示されてるのかな?

しかし、それなら各教室のHRで先生が話すなり、プリントを配ればいいだけだよね。
興味津々の姉さんに腕を引かれ、行ってみると……。
 
「ウソっ?!」
 
思わず、ボクは声をあげて、口に手を当てていた。
掲示板に貼ってあったのは、学校行事についてではなく、大判に引き延ばされた写真だった。
それも、タチコマの着ぐるみとボクとの、コスプレツーショット。
 
「そっ、蒼星石?! これ、蒼星石ですよね? 一体、どういうコトですぅ!」
 
姉さんが、よく通る声でボクの名を呼んだりするものだから、生徒たちが一斉に振り向いた。
そして、無遠慮な視線と共に、ヒソヒソと囁きを浴びせてくる。
 
『ああ、あの子ね。真面目そうな顔して、こんなコトしてたんだ』
『やぁだ、恥っずかしいー』
『人は見かけによらないね~』
『やっべー。エロすぎだろ、これ』
『けど、スタイルいいよなあ』
『も、ももも、んもももも萌えぇ~』
『ハァハァハァハァハァハァハァハァ……ッ!』
 
どうして……誰が、こんな真似を? なんで、こんなコトに……。
ああ、痛い。周りの空気が痛いよ。姉さんまで、そんな眼でボクを見ないでぇっ!
 
「う……やだ…………イヤだぁっ!!」
 
もう限界。いたたまれなくて、ボクは泣きながら学校から逃げ出した。
姉さんの引き留める声にも立ち止まらず、家まで駆け戻り、ベッドに倒れ込んだ。

――気がついたら、ボクは制服姿のまま、ベッドに横たわっていた。
なんで、こんなコトしてるんだっけ? 頭が朦朧として、よく思い出せない。
濃霧が立ちこめた森の中を、手探りで進んでいるみたいで、なんだか心許なかった。
  
「制服…………学こ……うぅっ!」
 
いきなり、頭に鋭い痛みが走って、思わず顔を顰めた。
それ以上の思考を閉め出そうとするみたいに、頭痛は収まらない。
ボクは両手で頭を抱えながら、なにか違うコトを考えようとした。 
 
「今日は……何日だっけ? えと……9……痛っ! …………8…………あれ?」
 
不意に、頭痛が和らいだ。8。そう。8という数字が、とても気持ちよく思えた。
 
「――そうか。あははっ」
その意味するところを悟ると、笑みがこみ上げてきた。「今日はまだ、8月なんだ」
 
いけないな。どうやら夏休みボケしてたらしい。日付を間違えてしまうだなんてね。
そうだ。折角だから、このネタを日記に残しておこう。後々の笑い話として。
足取りも軽く机に向かい、ボクは開いたページに、一行目を記した。
 
 
  【ボクの夏休み。8月32日――】
 
 
この直後だった。手元の携帯電話が鳴りだしたのは。
表示された電話番号は、ボクのよく知る人物のものだった。

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