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放課後、水で薄めたようにぼやけたオレンジ色の夕日に照らされた影、二つ。僕と、蒼星石。   沈みかけた夕日を背にして、歩幅を彼女に合わせながら肩を並べて歩いていた。 ちょっとした彼氏彼女の関係っぽい、青さ。 
「ちょっと前までは寒かったのに、今日はこんなに暑くなるなんて。よくわからない天気だよね」 
  蒼星石は長袖のシャツを肘ぐらいまでまくり上げて、暗い青色とオレンジ色が混ざった空に愚痴をこぼした。   まくり上げられた袖からのぞく、細く白い腕が影に重なっているというのに、やけにまぶしく見える。   毎日一緒に帰っていると云うのに未だその細さと白さに胸を高鳴らせている僕はただの馬鹿なのか、それとも彼女以外の女の子――もちろん薔薇乙女と呼ばれる恐ろしい集団を除いてだが――知らないからか。
 「天気予報も当てにならねえよ、この季節は」  
 考えていた言葉を嚥下して、代わりにありきたりな返事。 遠くに見える電波塔の赤い光に合わせて手をのばし、声が震えたことを誤摩化した。 勘のいい蒼星石なら多分、気づいているような気がしたけれど、彼女は至って普通に、 
「そんな曖昧でいいのかな、天気予報。そういえば木曜日に天気予報が外れたらスーパーで卵が安くなるんだって、知ってた?」
   昔、テレビで聞いたことがある根も葉もない噂。 まだそれをにこにことして話す女の子は滅多にいないだろう。目の前の彼女を除いて。 
「多分、もうしてないだろ、それ。どうせ翠星石が信じて買いにいったら、安くなってなかった……みたいなオチじゃないのか」 
「あはは、すごいねジュンくん。あのとき、姉さんがどんな顔して帰ってきたかを見せてあげたいぐらいおもしろかったんだよ」 
「なんか想像しただけでおぞましい気がするな」   
怒りに叫ぶ翠、その姿を想像するのは案外容易なものだった。 いつもの生活態度や言葉遣いがひどいものだから、考えやすかったのだとは口が裂けても言えるものじゃなかった。   楽しく話をしていれば、時間はあっという間に過ぎる。   今日はいつもより遅く歩いていたせいか、まだ分かれ道に来ていないのに空はほぼ真っ暗になっていた。 
「ジュンくんの話がおかしいから、帰るのが遅くなっちゃったね」 
「僕のせいかよ。それを言うなら蒼星石の話も十分おかしかったぞ」   
あれだけ遠くに見えていた電波塔が今は、すぐそこでそびえ立っている。 小さかった赤い光は掴めないほどに大きくなっていた。   気がつけば、ひどく高鳴っていた胸も落ち着いていて、やっと普通になった。蒼星石にばれないように、ほっと溜息をついて、大きく息を吸った。 
「ねぇ、あれ」   蒼星石が何かを指差して止まり、僕もそれに合わせて止まり、彼女の細い指が差した先を見てみた。   そこには、古めかしい櫛の形をした半月。月独特の青白い光が僕たちに降り注いでいた。 「綺麗」   隣でそう呟く蒼星石の手が僕の手に触れ、そしてきゅっと握られた。力を入れたら振り解けそうな小さな手。   暑いはずなのに、この手から送られてくる優しくて温かな熱は心地よくて。 
「半月の日限定だよ」 「……一ヶ月に一回ってことか」   
どこか残念がっている、僕が居てとてもおかしく感じて少しだけ笑いをこぼしてしまった。 
「僕はその、あれだ」 「何?」 
「一ヶ月に一回じゃ我慢できない。だからこんなこと、したくもなる」   
そのときだけ器用に、手を繋いだまま蒼星石の形のいい薄い唇へ引きつけられるようにキスをした。 一瞬、僕と蒼星石以外の全てが世界から消え去った感覚。   魔神が吐いた雲に半月は隠され、辺りは真っ暗。   静かに唇を離せば、目の前にあるのは太陽も照れ隠しで逃げるぐらいに輝く、可愛い笑顔。   さっきの出来事が身を震わすほど恥ずかしいことだとやっとわかった僕は思わず蒼星石から目をそらして、歩き始めた。 
「あっ、ちょっと待ってよ。ジュンくん!」   
僕の方が歩幅が大きくて歩くのも速いのに、彼女はしっかりついてきていた。 
「恥ずかしくても手は離さないなんて、ジュンくんらしいというかなんというか」  
 こんな温かい手、離せるかよ。   僕は彼女にも、世界中の誰にも聞こえないように小さく吐いた。    

次の日。 
「今日は木曜日ですねぇ。そして天気予報は外れて、外は雨!」   
昨日にいろいろなことがありすぎて、めでたく寝不足な僕は欠伸をしながら、窓際で騒ぐ翠星石を見ていた。   外は雨。
「今日こそ……卵が安くなるですよ、絶対に」   あのネタをまだ引っ張っているらしく、一人でガッツポーズをしながら大声で叫んでいる。なんと今日も平和なことか。 
「蒼星石! 学校が終わったらすぐにスーパーへダッシュですよ、姉命令ですぅ」   
びしっと妹のほうに振り向きながら言う様はかっこいいが、言っている内容が内容の為にクラス全員が溜息をつく。もちろん、蒼星石もだ。 
「おい翠星石」 
「なんですかチビ人間。もしかして卵を買うのについてきてくれるですか? 優しいですね、やっと翠星石の」 
「残念だが、今日は蒼星石とデートなんだ。だからスーパーはお前一人で行くんだ」 
「は、はぁ? 何を言ってるですか……蒼星石がチビ人間なんかと」   
翠星石は縋るような視線を蒼星石に送るが、 「ごめんね、姉さん。また今度付き合うから」 
「な……翠星石はっ、みっ、認めないですよっ!」   
教室を抜けて廊下まで響いた、空しい翠星石の叫びに僕と蒼星石はただ笑い合った。     ちょっとした彼氏彼女の関係、青い春が逃げていく前に形にできた僕らは、世界中が羨むような幸せの中で暮らしている。   

終わり

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