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【プロローグ】  
『ジュン』

外に出れば自然と身を震わす寒空の夜。ある家に、一つの灯りがついていた。
(・・・ここの解き方は・・・)
右手が数字の上で止まる。
参考書の上に視線を落とし、思わず溜息が洩れる。
「あーくそっ・・・」
軽くシャーペンを投げ出し、椅子の背もたれに体重を預けてじっと目を瞑る。
一年間の不登校生活というハンデ。
それはまだ世間を知らない一少年が考えていたものからは全くの範疇外であった。
(でも・・・こうやって学校に戻れたのも、あいつのおかげなんだよな・・・)
一人の少女が目に浮かぶ。翻るスカート。
茶色く艶のある長い髪。普段の毒舌とは裏腹に、その凛とした緑と赤のオッドアイに時折映る感情は―――――――

コン コン

はっ、と我に返り、慌てて机に向き直る。
「ジュンく~ん・・・?そろそろ寝ないと体に――」
「うるさいな。いつまでも子供じゃないんだから僕の事は放っとけよ!」
のんびりとした姉の口調を途中で断ち切る形で返事をする。
「ご、ごめんなさい・・・あ、明日お姉ちゃんラクロスの試合があるからまた翠ちゃんに頼んでおくね・・・おやすみ~。」
「! ・・・ああ、お休み」
(明日、翠星石が・・・?)

トン、トンと階段を下りる音が響く。    
急に心臓が大きく鼓動し始めるのを感じる。
どうにも抑えられないそれを紛らわせるため、また参考書に視線を落とす。
再び学校に通い始めて1週間を終え、明日で日曜になる。自分と同級生との学力の差に愕然とさせられた週だった。
それを何とかして埋めなければならない。
(翠星石にも、申し訳ないしな・・・)
想いつつ、机の上を片付ける。
『ジュンは・・・もっと自分を大切にしないとダメなのですぅ!
 どうして・・・自分を大切に想ってくれてる人の気持ちがわからないのです・・・?』  
胸の内を表現する。本当に想ってくれているからこその言葉だった。
言葉にこもる優しさで、胸が締め付けられた。
(・・・・・・・・・)
その暖かさを思いながら夢に落ちる。時は、丑刻。

ギシィ…
人の気配とベッドの軋む音に目を覚ます。
まだ眠り足りない目を開けると、ボンヤリとした視界の中に誰かが立っている。
「ジュン・・・」
(え・・・翠星石…?)
「わっ!」
慌てて上体を起こし、近くに置いてある眼鏡を手に取る。いつの間に部屋に入ったのだろうか。
そしてなぜ、これほどまで近くに近寄っているのだろうか。
「翠せ・・・」
潤う瞳で真っ直ぐに見つめられ、言葉が自然と出なくなる。
「ジュン・・・・・・」
火照った顔がゆっくりと近付いてくる。
(何が・・・どうなって・・・)           

あまりの近さに、思考能力が、停止する。
とろけそうな視線と視線が、交差する。
「目を・・・瞑るですぅ・・・」
「・・・・・・っ」
迫る翠星石の背中にぎこちなく手を回し、目を瞑る。
顔に、甘い吐息を、感じる。
息を、呑む。唇と、唇が、かさな――――

「・・・きるです、チビ・・・・・・もうお昼ですよ!起きるですぅこのチビ!」
「っ!」
ガバッ、と慌てて起きる。      
「・・・え・・・翠星石・・・?」
(あ・・・ゆ、め・・・だったのか・・・?)
「なーに寝ぼけてやがるですか!
 のりが部活だっていうからせっかく翠星石が来てやったというですのにぃ。のりに何も聞いてなかったですか?」
「あ・・・いや・・・」
「だったらとっとと起きるです!もうごはんできてるですよ。」
プンプン、という表現がまるで似合いそうな仕草を見せつつ部屋を出て行く。
その後姿を見送りながら、頭の中では夢の内容ばかりが浮かんでいた。
(なんだ・・・夢だったのか・・・)
先見たばかりの夢を思い出し、顔が深紅に染まる。すぐに下に降りていってくれてよかった。
(って・・・何考えてるんだ僕は・・・さっさと起きよう・・・。)
部屋の扉まで行き鍵を閉め、急いで着替えを始めた。

 『翠星石』

薔薇学園に入学してはや1年。
自分は比較的のんびりと良い学園生活を送れていると思っている。幼馴染の不登校という事件を除けば。
大変ながらも彼を立ち直らせてしばらく、連絡を取っていなかった。
するとある日の夕食を食べ終わった頃。その姉・のりから電話が来た。
「明日、のりが部活らしいからチビの世話をしに行くことになったですぅ!」
廊下をパタパタと走り、食器を洗面台に浸けている妹に急いで報告する。
「姉さん、嬉しそうだね。・・・ジュン君の家に行くの久しぶりだからね。」
と、食器を洗いながらの蒼星石に笑顔で言われて思わず顔が赤くなってしまった。
「そ、そんなんじゃね~です!そ、蒼星石、早く食器洗うですよ!」
「ふふ・・・正直じゃないね姉さんは・・・」
(蒼星石のイジワル、ですぅ・・・)
制服の似合う、真っ直ぐな目が特徴の幼馴染。本当に、真っ直ぐで、純粋で・・・
「・・・姉さん?」
「ひゃっ!」
思わず飛び上がる。気付けば、妹が怪訝そうに自分の顔を覗き込んでいた。
どうやら食器はもう洗い終わったらしい。それだけ自分は長くジュンの事を・・・
「具合でも悪いの?」
「だ、大丈夫ですぅ!それよりさっさと寝るですよ、蒼星石。」
「?・・・そうだね。今日は早めに寝ようか。」
二人で話しながら寝室へ向かう。胸がドキドキするのを感じ、隠しながら。

「懐かしいですぅ・・・」
ボソ、と、器用にフライパンを回しながらつぶやく。
この手の事は、今の学校に入る前にも何度かあった。
その時は苦労して作っていたごはんの用意も、蒼星石と家事を交代でこなしているおかげか、
今では手慣れたものとなっていることに少なからず喜びを感じる。
奥を見れば、テーブルの上には今朝のりに手渡された鍵が置いてある。
(上出来ですぅ。)
出来上がった料理は綺麗に皿に盛り付けられていた。
(そろそろジュンを起こしにいかないと…)
扉の前に立ち、声をかける。
「ジュン!もう昼ですよ!」
しばらくたっても、返事がない。
(まったく、まだ寝てやがるですか・・・翠星石がきてやってるというのにえらそうですぅ!)
「ジュン!起きやがれですぅ!」
ドアノブに手をかけ回す。鍵は閉まっていないらしく、抵抗のないまま回った。
声の勢いとは裏腹に、ゆっくりとドアを開ける。部屋の奥にベッドを見つけ、そろそろと近付いていく。
ジュンは上を向き、グッスリと寝ていた。
(ジュン・・・こんな顔もするんですねぇ・・・)
ほぅ、と寝顔をじっと覗き込む。刹那、
「・・・す・・・せ・・・・・・」
自分の名前が呼ばれたかのように感じ、思わずドキっとする。
(・・・チ、チビのくせに生意気ですぅ・・・!)
顔が赤くなりそうなのを必死にこらえる。
「いつまでグースカ寝てやがるですかこのチビ!もうお昼ですよ!起きろですぅ!」
う、うーん・・・と唸りながら目を開け始めるジュン。
「ごはんできてるですよ!」
それ以上素顔を直視していられず、慌てて部屋を出る。
(ジュン・・・)
気兼ねなく話せたことに安心し、一段ずつゆっくりと階段を下りていった。


『始まりの終わり』

そうして、今日は始まった。

決して良い始まりじゃなかった、と思う。確かに翠星石は家事もよくしてくれたし、料理もうまかった。

けど、まさかあんな夢を見るなんて…ただでさえ家には二人以外誰もいないのに。

考えないようにと思っても、普段通りに接する事なんてできなかったんだ…


ここから始まっていったんだ。僕と、彼女との、繋がりが。

鎖につながれた心と、一輪の花とのふれあいが―――――…

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