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花たちが庭の上から消えるころ 私は空の上で戦う
芝や花の地面が硬くなり ひ弱なトリが飢えと死に襲われるころ
戦死者の名簿は厚くなる
人々の眼が涙に濡れて赤くなり 私の殺した敵の数が増えるころ
いまは亡き友への思いは募る


(『戦争』  A・N・C・ウィアー)





DIABOROS 第九話 「Storm」





昼食をとった後に、僕は保健室に戻り、ベッドに横になっていた。
何となくつけたテレビは、現在の戦況を伝えている。
圧倒的に劣勢だ。
どちらが? テロリストの側がだ。
これで、いいのだろう。これが、正しいのだろう。きっと。
僕自身、被害者のうちの一人なのだ。
だが、この出会い、生活の中、彼らに情が移ってしまった自分がいた。

これは、彼女、雪華綺晶の思惑通りなのだろうか?
僕の感情は、彼女の手の中にあるのだろうか?
もしそうならば、人の運命も、予想できるようになってしまうのかもしれない。
そんな機械が出来てしまうのかもしれない。世界を支える位置で眠りにつき、世界の夢を見る大木。世界樹。
まさに、そうなのかもしれない。
人間なんて、ちっぽけな存在だ。手で、砂のように掬われる存在であり、一粒一粒では手に出来ないのかもしれない。
僕らに、意味などあるのだろうか。分からない。ないのかもしれない。
この戦争に、僕にとっての意味がないように。ここには何の意味はないのかもしれない。
未来なんて、意味がないのかもしれない。



「明日、貴方を解放しますわ」
雪華綺晶は唐突に言った。僕は、何も返さなかった。
「どうしたのです? そんな顔をなさって。望んでたことではないのですか?」
確かにそうだ。そうなのだが、うまく表情が作れないまま僕は、「喜ぶべきなのかな? 今は」と口にする。
「そうでしょう? ようやく私達から解放されるのですから」彼女は笑顔を崩さない。
そして、そのまま彼女は部屋から出ていった。
僕は呆然と、その扉をずっと見つめていた。そして、立ち上がり窓のそばにある椅子に腰掛ける。
背もたれに体重をかけ、首だけを動かし窓を眺める。
目の前には初めて見た時と同じ景色が広がっていた。今日も、あの時と同じく快晴。
けど、どこか色が違って見えた。十中八九、僕のせいだろう。

体から力が抜けている。力が入らず、ここから立ち上がる気力も湧かない。
ここまで、彼女に惹かれ、依存しているなんて思いもしなかった。
まるで、呪いだ。鋭い棘付きの茨に体を絡めとられたかのような。
これは、酷い。いっそ、彼女の誘いを受けるべきだったのかもしれないな、とも思えた。
しかし、一人の女性を思い浮かべ、やはり、これでいいんだと納得させる。
余りに、三角関係としても歪んでしまっていた。
彼女が今どうなっているのか、分かりもしないのに。
もしかすると、僕の知らない男と笑っているのかもしれないのに。
昔の約束なんて、覚えているかどうかも分からない。いや、僕のことすら。



砂と岩以外、何も存在しない、ただただ広い荒野。
僕らはそこにいた。
ぼくら?
僕と誰かだ。誰かは分からない。
だけど、きっと女性なのだろう。そんな気がした。

額に違和感があった。見ると、目の前の女性の額に縦にひびが走っている。
きっと、僕も同じなのだろう。
ふと、右手と左手。この二つが存在していたことを思い出した。
両手を“彼女”の裂け目に伸ばした。“彼女”も鏡映しのように両手を伸ばしている。
僕の“両手”が“彼女”に届く。そのまま優しく、僕はその“ひび”を引き裂いた。
“彼女”も“僕”の“ひび”を“優しく”引き裂く。
“中から”“彼女の”赤く血のついた”頭蓋”が“あらわれた”。
“そのまま”“皮膚”の“裂け目”は“目”に到達する。
瞬間、“僕の視界”は“色”を変えた。
“風景”は見慣れた“幼き頃のそれ”に裏返っていた。
“その裂け目は”“ぼくらの体を”“分断し”“そこにあるのは”“僕らの”“骨”だった。
“そのまま”、“骨のままで”“僕らは抱きしめ合った。”
“静かな”“騒音が”“近づいてくる”。
“その衝撃は”“僕らの体を包み込み”“骨を溶かした。”
“残ったのは大きなきのこ雲と僕らの影絵”



いつの間にか寝てしまっていたらしい。嫌な夢を見た。その全てをはっきりと覚えている。
体全身がびっしょりと湿っている気がする。もう済んだ夢のはずなのに、なぜかただただ怖い。
これから起こるような気がして。
最後の爆風。あれは何だったのか。考えてすぐに結論が出た。
“彼女”は全てを終わらす気なのか。まさかそんなはずはない。
それなら、今までのこと全てがおかしい。
それに、一介のテロリストがそんなものを所有しているはずがない。
国を壊したとはいえ、やすやすと手に入る訳がない。
どうやってそれを発射するつもりなのだ。

そうやって、夢から覚めた自分を無理やり慰めて、落ちつけていた。
だが心のどこかで、その“もしも”がありうると認めていた。

しばらくして、ようやく夢は夢だと納得させた。

外は薄暗い。時計を確認すると、7時になっていた。
もうそろそろ、夕食の時間だ。呼ばれる前に行くことにしよう。
だるい体を持ち上げ、足を動かす。
おそらく、今夜はなかなか眠れないだろう。



僕にとっては、ここでの最後の晩餐。おそらく、他の全員にとっても。
雪華綺晶は、今日の夜にここを捨て、西と東、同時に最後の抗争を起こすと言っていた。
そこで、結菱政権の組織する部隊、東も同様に雪華綺晶の息のかかった政権の組織する部隊が鎮圧。
そして、組織は崩壊し、東西それぞれの十分な力を諸国に見せつける。
第二次世界大戦の直後まで時代の流れは逆行し、世界の歴史をそこから全て作り直す。
最終の目的はそうらしい。ずいぶんと大がかりで、非現実的だ。
だが、それも事実あと一歩のところまで出来ている。
僕にとっては、もはやどうでもいいことだ。

グラスに注がれたワインを口にする。アルコールを取るのは生まれて初めてだ。
しかしここで未成年だという理由で拒むのは余りにも野暮だろう。
酒のせいか、いつもより、余計なことまで頭が回る気がする。
そして、口も軽くなっている。
「雪華綺晶、ホントは死にたくないんじゃ?」
そんなことを口にしていた。「いや、何となくだけどさ、そんなことを思ってね」そう続けた。
彼女は、何も答えないまま、微笑んだ。
彼女は、この生活を楽しんでいる気がしていた。
少なくとも、今は。
だからだろう、こんなことを聞いていたのだ。
そんな顔をしている人間が死について何も感じないとは思えなかった。
彼女からの明確な答えはない。
やがて、その質問は数多くの話題の中のただの一つに流されてしまった。
そして、先ほど見た夢が生んだ疑問はついぞ、話題に上ることはなかった。
おそらく、僕自身が怖がっていたのだろう。


少なくとも楽しげな夕食を終えた。
風呂場でも、何かを考え付きそうになったのだが、活発すぎる血行と不自然な眠気が、明確さを成形させなかった。
湯立ち火照る体を、どうやって早く冷まそうかと、眠気と闘い、考えながら、廊下を歩いていた。
暗い廊下、保健室の扉の前に誰かが立っていることに気づいた。
その影はゆらりと僕に近づく。
雪華綺晶だ。何の言葉も掛けてこない。
彼女は僕とすれ違う瞬間、ようやく言葉を一つ発した。‘貴方の所為ですよ’と。
そして、そのまま影は角を曲がり消えていった。



僕は、ベッドに横になり、彼女の言葉を反芻する暇もなく、深い眠りに落ちた。
きっと来る、明日を目指して。





DIABOROS 第九話 「Storm」 了

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