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水銀燈の足音が聞こえなくなり、翠星石は溜め息をひとつ。
「入ったらどうですか? 真紅」
開けっ放しの扉から真紅は姿を現しました。その手には缶の紅茶が握られていました。
「あら? バレていたの?」
「真紅は紅茶のいい香りがするんですよ」
翠星石は壁際の誰かの机に座り、くるくるとペン回しを始めます。真紅は一口紅茶を飲み、自分の席に座ります。
「それで、教えて貰えるのかしら? 貴女が水銀燈と金糸雀にあそこまで執着していた、その理由……」
「大した理由はありませんよ。……少し私と蒼星石と似ていたから、水銀燈が後悔せずに金糸雀を送り出せたら、いいなって思ったんです」
ペン回しを止めて、うつむき加減に喋り出す翠星石を横目に、真紅は缶の紅茶を飲み干して机に缶を置きました。カンッと静かな教室に音が響いて、また静かになりました。
「蒼星石は何も言わずに留学したんです。ずっと二人でいたのに、一人で歩いて行ってしまって」
「そう」
きゅっとペットボトルの蓋が鳴り、紅茶の香りが午後の教室に広がりました。
「翠星石と蒼星石は双子、だからずっと一緒。それが私の中の常識だったんです。でもそんなことはありえなかったんですぅ」
「蒼星石は何か言っていたの?」
「……『僕は僕だ』って。でもそんな事は翠星石だって分かってたはずです。
分かってた、つもりですぅ。でも分かっていなかったから蒼星石は……」
 真紅は何も言いません。翠星石はもう世界がどちらを向いているのかも、時計の針がどちらに回るのかも、自分が何処に立つべきなのかも、双子が鏡合わせでない事も知っているからです。
「分かってるんですぅ。翠星石が自分で時計の針を回さないといけないってことぐらい。そのきっかけを水銀燈と金糸雀に押しつけたことも」
「分かっているなら、貴女はもう大丈夫よ」
真紅は鞄をごそごそ、紙パックのジュースを取り出し、翠星石に投げ渡します。
「あげるわ、美味しい紅茶よ。それを飲んで落ち着いて頂戴」
「ありがとですぅ。頂くですよ」
翠星石は受け取った紙パックにストローをさして一口飲みます。なるほど、美味しい紅茶です。
「でも、やっぱり翠星石にはきっかけが必要なんです。蒼星石の事を自分で受け入れるためのきっかけが。
そのきっかけは、うまく言えないけど水銀燈じゃなきゃダメなんです」
「たとえ自分自身の為だとしても結果的に水銀燈が後悔しなくてすむかもしれないなら、貴女のやる事は正しいと思うのだわ」
「でも、かもしれない、なんですよ? 水銀燈にとって何が最善なのかは誰にも分からないんですよ」
「いいんじゃないかしら? 所詮私たちはともだちであっても他人。傷つけ合う事もあるけれど、そうなったら謝ればいいのよ。
もちろん傷つけない事がベストだとは思うけれど、私たちはいくらでもやり直せる。そうでしょう?」
「それはそうですけど」
「金糸雀の事は水銀燈がどうにかするわよ、どうにかしないといけないのは依存しすぎたあの子なのだから。だから貴女は蒼星石の事だけを、自分の事を考えなさい」
真紅はちゃっちゃと鞄を持ち、ゴミ箱にゴミを捨てました。空を占める紅の面積はさっきよりもずっと減ってきています。
「私は帰るわ。そろそろ帰らないとくんくんを見逃してしまうもの。翠星石、貴女も遅くならないように帰りなさいね。じゃあまた明日」
それだけ言うとさっさと真紅は帰って行きました。本当にそれだけでした。


 時計の針を動かすのは金糸雀がこの町からいなくなる明後日。翠星石が後悔しないために水銀燈の時計の針を動かすのです。


ななつめ かのじょのばあい おしまい

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