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「ねえ水銀燈……明日もまた、お見舞いに来てくれる?」
ベッドで上体だけを起こしためぐは、窓の外で沈み始めている夕日を眺めながら、呟くように言いました。

「……さぁ?
 でも……まあ、考えておいてあげるわぁ」
水銀燈は気だるげな声で、めぐに答えます。

本当は明日も明後日も来るつもりなのですが、それを素直に言わないのが水銀燈でした。

「ここに居ても退屈なだけだし、もう帰るわ」
水銀燈はそう言い、めぐの膝の上から離れます。
……膝の上?
その時、水銀燈はハッと気が付きました。

一体、いつの間に自分はめぐの膝の上でゴロゴロしていたのだろう。
確かに、蒼星石から奪ったネコミミを付けてはいますが、これではまるで飼い猫です。

「チッ……この私とした事が……!」
暖かそうなめぐの膝が放つ魅力に負けてしまった自分に、水銀燈は小さく舌打ちをしました。
頭の上ではネコミミがぴりぴりと、怒ったみたいに尖っています。

そして、二度とめぐの前で格好悪い姿をしちゃわないようにと。
水銀燈は、真紅が持っているイヌミミを早く手に入れるべきだと、強く自分の心に言い聞かせました。


一方めぐは、水銀燈のノドをころころ撫でながらゴキゲンな表情です。




     ◇ ◇ ◇  け も み み ☆ も ー ど !  ◇ ◇ ◇




ふふふ……そうと決まれば、待ってなさいよ真紅ぅ。
今すぐにでも、この水銀燈が貴方のイヌミミを引き千切ってあげる。
でも、もうちょっとだけなら、ここでゴロゴロしててもいいかもしれないわねぇ。
だって、何だか暖かいし、ノドをころころ撫でられて気持ちも良いし……

「………ハッ!?」
水銀燈は耳まで真っ赤にしながら、我に返りました。

不覚にも。そして、またしても。
水銀燈はめぐの膝の上で、ついついリラックスしてしまっていたのです。
柔らかいし暖かいので、猫なら仕方の無いことなのかもしれませんが、水銀燈は人間です。
ネコミミが付いてはいますが。

ともあれ。
恥ずかしさで顔を真っ赤にした水銀燈は、また失敗しないうちにと、めぐの手を振りほどきます。
それからストンとベッドから降りて「じゃあね」と短く言うと病室から出て行きました。

「また来てね、水銀燈」
背後から、めぐがどこか寂しそうにそう言ってくるのが聞こえてきます。
水銀燈はつっけんどんな態度で「……ふん」と短く答えただけでした。


足音も無く、水銀燈は病院の廊下をスタスタ歩きます。
考えるのは、めぐの事、ネコミミの事、そして真紅のイヌミミの事でした。

「……そう簡単にはいかなさそうねぇ」
特に、イヌミミ真紅が厄介でした。
 
幼い頃からの長い付き合いなので、水銀燈は真紅の事をよく知っています。
その上で出た結論は、一対一では負けはしなくとも、確実性には欠ける、というものでした。

小学生の頃、真紅の持っていた『くんくんソーセージ』の付録シールを取り上げて、殴られた事もあります。
しかも、グーです。
とっても痛かったのを、しっかり憶えています。

その上、今度は……
真紅だけならまだしも、翠星石と蒼星石も同時に相手にしないといけない可能性が高いです。
前回は運良く、三つ巴の戦いの中で『漁夫の利』を得る事が出来ました。
ですが、そんな幸運が何度も訪れるとは思えません。

「それなら……確か、薔薇水晶と雪華綺晶とか言ったわね……
 あの子達を利用すれば、あるいは……ふふふ……」

水銀燈は頭の上でネコミミを楽しそうにぴこぴこ動かしながら、妖しげな笑みを浮べていました。


ただ、そんな風にいかにもな雰囲気を作ってみても、水銀燈にアテなんてありません。
当然のように、薔薇水晶と雪華綺晶の連絡先なんて知りません。

いっその事、真紅を四六時中つけまわして隙を窺うのも良いかも、なんて考えたりしちゃいます。
流石にそれは格好が悪いので、すぐに却下しました。


真紅のイヌミミを取り上げる作戦を考えながら、水銀燈はスタスタ歩きます。
なかなか良いアイディアが出ないまま、病院を出て、その内に町の大通りに出ます。
 
「何か、あの子に連絡する方法は無いかしらねぇ……」

どんなに頭をひねっても、何も思いつきません。
頭の上ではネコミミが、水銀燈が歩くのに合わせてぴこぴこと揺れます。
目立って仕方がありませんが、当の本人には隠す気は全くありませんでした。

堂々と通りの中心を歩く、ネコミミ水銀燈。

それは、ある意味では必然だったのでしょう。

「…………」

考え事に集中していた水銀燈の横には、いつの間にか薔薇水晶が並んで歩いていました。

水銀燈にしてみたら、何故だか理由は全く分からないけど、相手が勝手にこちらに近づいてきてくれた状況。
思わぬ幸運にちょっと嬉しくなってしまいそうになります。

ですが相手は、何を考えてるのか分からない無口っ子。
いいえ。むしろ、何も考えてない可能性も否定できない、薔薇水晶。
何のつもりで接触してきたのか謎です。

水銀燈はネコミミを緊張感でピリピリと逆立てながら、ゆっくり歩幅を狭めます。
そして薔薇水晶に向け小さく、それでいてハッキリとした声で言いました。

「貴方たちの狙いは、真紅のイヌミミ。そうよねぇ?
 ……どうしても、って言うなら手伝ってあげてもいいわよ」

自分も真紅のイヌミミが目的な事は言わず、あくまで協力的な言葉を伝えます。
利用するだけ利用しようという考えでした。
 
水銀燈の言葉を聞いた薔薇水晶はピタリと足を止めます。
それから……何も言わず、建物と建物の間にある、目立たない路地裏へとテクテクと歩いていきました。
路地裏に入る瞬間、水銀燈に向けて一瞬だけ、ニヤリと笑みを向けてから。

誘われている。
秘密の交渉か、それとも罠か。

水銀燈はほんの少しだけ迷いました。

ですが、負けん気の強い彼女は、例え罠であろうと自分なら問題ではないと判断します。
足音も無く、薔薇水晶が待つ路地裏へと水銀燈も向かいました……。


「…………」
人目につかない路地裏では、薔薇水晶が無言で迎えてくれます。

水銀燈はたっぷり10秒くらい薔薇水晶を睨みつけてから、
「で、どうなの?」
と口を開きました。


「……真紅からイヌミミを……取り戻すのは……容易い……」
薔薇水晶は静かに、呟くようにそう言います。

「でも今。貴方の手にイヌミミは無い。そうよねぇ?」
余裕の態度を崩さず、水銀燈は微笑みながらそう付け足します。

薔薇水晶の目に一瞬ですが、迷いのような色が浮かびました。
そして、それを水銀燈が見逃す訳がありません。
 
「ふふふ……何も心配する事は無いわ。私は真紅なんかと違って優しいの。
 目的さえ叶えば……貴方にはこのネコミミ、ちゃぁんと返してあげるわぁ……」
イヌミミと引き換えにね、と心の中で呟きながら、水銀燈は頭の上のネコミミをパタパタとさせます。

水銀燈は心の底から、何とかして薔薇水晶を利用してやろうという考えです。

薔薇水晶も、ほんのわずかな動きで、水銀燈に気持ちをよまれた事に気付いたのでしょう。
まるで仮面のように表情を消して、それから考え込むように黙り込んでしまいました。
あるいは、考えを読まれないように、何も考えてないのかもしれません。


重苦しい沈黙が、狭苦しい路地裏でギュウギュウ詰めにされていました。


やがて……薔薇水晶は、相変わらず表情を消したままですが、小さく呟くように口を開きました。

「……私の目的は……イヌミミも……尻尾も……ネコミミも……全てを……取り戻す事……
 でも……真紅だけは……許せない……」

一体、真紅が何をしたというのでしょう。
さっぱり分かりませんが、水銀燈にとっては十分な答えでもありました。

「ふふふ。交渉成立、ねぇ?」
そう言いながら、楽しそうな笑顔で薔薇水晶と握手をしようと手を差し伸べます。


薔薇水晶も手を伸ばします。
ですが、何という事でしょう。
薔薇水晶は水銀燈の手を、パチーンと叩いたのです。
 
「……でも……貴方の言葉を信じる理由は……無い……」

びっくりしている水銀燈とは対照的に、薔薇水晶はニヤリと笑みを浮べます。

「……真紅は許せない……そして……私は全てを取り戻す……」

まるで勝利を確信したかのような笑みで呟き、薔薇水晶は地面を蹴り、一歩後ろに飛びました。
その瞬間、水銀燈の頭上から大きな網が降ってきます!

「しまっ……!」
しまった、と最後まで言う前に水銀燈は、魚を捕まえる時に使う大きな網で覆われてしまいました。


おそらく機を窺って隠れていたのでしょう。
完璧なタイミングで網を投げた雪華綺晶が、ビルの屋上から顔を覗かせます。
「うまく行ったようですわね、ばらしーちゃん。
 あらあら。ふふふ……お姉様ったら網なんかとお戯れになって……ふふふ」
とっても可笑しそうに目を細めたりなんかしやがってました。


水銀燈は今すぐにでも、薔薇水晶と雪華綺晶をぶん殴ってやろうと思いました。
ですが、抜け出そうとすればする程、網はよけいに体にからまってきます。

やがて暴れ疲れて、水銀燈がぐったりし始めた頃。

「……大成功……」
「ふふふ、こうも計画通りだと嬉しくなりますわね」
薔薇水晶と雪華綺晶が、楽しそうに会話したりなんかしちゃってます。

それから「大漁、大漁」といったホクホク顔で、水銀燈の入った網を引きずって行きました。 



そして、ネコミミなのに魚みたいな扱いをされている水銀燈は……

「今に見てなさいよぉ……不用意に虎を傷つけた代償、高くつくわよ……!」

水銀燈はネコミミをぷるぷると震わせて、怒りながらうめくように言いました。
まあ確かに、虎もネコ科の動物なので間違いではない気もしますが。


そんな事より。
ちょっと強がってはみましたが、完全にピンチで逃げる策も無い水銀燈は……
背中に冷たい汗が流れるのを感じながら、なすすべも無くドナドナと引きずられていきました。




 
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