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ジュンはいつもより爽やかに目覚めた。今日から新学期。
ジュンの学園生活が始まる日だったからだ。
巴とともに余裕を持って登校したジュンは、初日はまず職員室に来るよう言われていたことを思い出し、「用事を思い出した」と校門前で巴と分かれた。

有璃珠学園は異様に敷地が広い。学園の東西と北を山に囲まれた砦のような位置にあり、それらの山も学園の所有地となっているからだ。
そのような場所だから当然高低差もあり、また、各棟を結ぶ道路から少しでも反れるとろくに舗装もされていない獣道となる。
「自然に囲まれた学園」というコンセプトが暴走していると思うのはジュンが新参者だからであろうか。

「ぜぇ…ぜぇ…」
ジュンが向かおうとしている職員棟は東山の頂上にあるのだが、ずいぶん険しい。
この坂を毎日行ったり来たりしている学園の教師たちの苦労を思う。
「きゅ、休憩…」
中腹付近で限界を感じたジュンは、日陰を求めて脇道に反れ、木陰に入った。

高等部棟、2-A。
同じクラスになったことを喜び合う者、クラスが分かれたことを無念がる者。
そんな会話が行われる教室の一角で、巴と翠星石、二人の共通の友人である桑田由奈もまた同じような話をしていた。
「おまえらー!始業式始まるぞー!」
そんな中、教室に入ってきたツンツン頭が大声でそう叫んだ。
「あいつもまた同じクラスですか…」
その姿を見てげんなりとした顔になった翠星石が負けじと大声で言い返した。
「そんなに大声で喚かなくたって聞こえるですよ!」
「なんだとこの…っ!」
反射的に言い返そうとした彼だったが、翠星石の傍らに立つ由奈の姿を捉えると言葉を詰まらせる。
「と、とにかく遅刻するなよ!」
顔を真っ赤にした彼はそう言い残しそそくさと教室を飛び出していった。

「相変わらず、わかりやすいね」
「あれでばれてないつもりなんだから傑作ですよ。ねぇ、由奈?」
そんな彼の様子に、巴と翠星石は傍らの由奈を見た。
「ベジータくん、あたしのこと嫌いなのかなぁ…」
「……」
「でも、この前ベジータくんに誘われて一緒にショッピングに行ったんだよ…」
「…ほっといてさっさと行きますよ、巴」
「だね」
一人でぶつぶつ言い出した由奈を放置して、二人は教室を出ていった。
「でね、ベジータくんがすごく可愛い指輪買ってくれたの…嬉しかったぁ……ってあれ?」

5分程度の休憩をして、再びジュンは立ち上がった。
吹き付ける爽やかな風が疲れた体に心地よく、そのうち寝てしまいそうだったからだ。
「ん?」
そんなとき、ジュンの視界の角で茂みがガサガサと蠢いた。
イタチでもいるのかな、と思ったジュンだったが、そこから頭を覗かせたものを見て息を呑む。
現れたのは、一匹のヘビ。
しかしそのヘビの大きさ、姿はジュンの常識では考えられないものだった。
大きい。覗かせた頭だけで、すでにジュンの体より大きかった。
その余りに非常識な大蛇を、ジュンは呆然と見つめていた。悲鳴を上げることなど思い付きもしなかった。
しかし、それが許されていたのはその一瞬だけ。
ジュンの存在に気付いた大蛇がいきなり飛び掛かってきたからだ。
ふっと我に返り、反射的に跳び退いて紙一重で身を躱した。
カバンについていた小さな犬のマスコットが大蛇の牙に引っ掛かり、無惨に引き千切られた。
「こ、こんなヘビが日本にいたのか…?」
冷や汗をかきながら振り返る。
大蛇はそのときすでに体勢を立て直し、上体を高く掲げて血のように赤い眼でジュンを捉えていた。
ヤバイ。そう思ったものの、腰が抜けて立つことも叶わなかった。
もっとも、立ったところでどうにかなる距離ではなかったのではあるが。
再び大蛇が迫る。
ジュンは思わず顔を背け、目を閉じた。

しかし大蛇がジュンを襲うことはなかった。
鈍い衝突音と、少し遅れてずしりと重い地響き。
恐る恐る目を開けたジュンの前で、先ほどの大蛇がひっくり返って地に臥せていた。
そして大蛇とジュンの間に、金属のような質感の体を持った獣が立ちふさがっていた。
背後の茂みがまた音を立てたので、思わずジュンは身を固くして振り向く。
そこから現れたのは、高等部の制服を着た金髪の少女。
「何をやってるの!さっさと逃げなさい!」
彼女は鋭い声でそう叫んだ。
戸惑うジュンをよそに、少女は視線を正面に移した。先程の大蛇と獣が互いに威嚇しあっている。
少女がその中へ向かって駆け出そうとするを見て、ジュンは思わず彼女の腕を掴んでいた。
「っ…触るな!」
そんなジュンの頬を何かが掠めた。ふと少女を見れば、いつの間に取り出したのか、小さな拳銃をジュンに突き付けている。
その銃口から白い煙が立ち上っているのを見たジュンは慌てて手を放した。
踵を返し、少女は再び化け物たちのほうへ向かおうとする。
「ま、待って!」
上ずった声で、ジュンは彼女を呼び止めた。が、彼女は振り返りも立ち止まりもしなかった。
つまり無視されたわけだが、ジュンは構わず続けた。
「あんた、まさかそんな銃であんなのとやり合う気なのか?」
「そうよ」
「っ…!」
当然のように即答され、ジュンは言葉を詰まらせた。

大蛇は頭に血が上っていた。
自分の体より随分小さな狼に食事を邪魔されたからだ。
怒りに任せて、全身で狼を押し潰そうと大蛇は体を叩きつけた。 しかし狼は簡単にその攻撃を躱し、そればかりか躱しぎわに眼を抉るように攻撃を加えられた。
その痛みはさらに大蛇を逆上させ、今度は尾を振り回し狼を叩き潰そうとした。
だがそんな大振りの攻撃は狼に擦りもせず、それどころか隙を突いて体の至るところに牙や爪を浴びせられる。
このままではマズイと感じた大蛇は、喉の奥から分泌される強力な毒液を吹き付ける奥の手を使うことにした。
その一撃で倒すことができればそれでよし。倒せないまでも、動きを鈍くすることができればそれもよし。
大蛇は大きく尾を叩きつけた。その隙を狙って飛び掛かってくる狼に毒液を浴びせようという狙いだった。
しかしその計画は見事に破綻することになる。

大蛇の尾を躱した狼は、大蛇の目論見通りに攻撃に転じてきた。
貰った!とばかりに毒液を放った大蛇だったが、
「下がりなさい、ホーリエ!」
と言う声に機敏に反応した狼が即座に跳び退いたために、毒液は地面に染み込んでいく。
憎々しげに跳び退いた狼を睨み付ける。
その先にはあの忌々しい狼と、狼に助言を与えた人間の娘が立っていた。
「ホーリエ!ロード=クローム=カートリッジ!」
娘の声に、狼は四肢を大地に食い込ませた。肩口の突起がふたつに割れ、中から一門の銃口が覗く。
自ら動きを止めてくれるとは都合が良い。そう思った大蛇は嬉々として狼に躍り掛かった。
「…愚かね」
娘が大蛇を憐れむように呟いた。
「撃て!」
その声に応えるように、狼が大きく吼えた。
今にも狼を飲み込まんと大きく開いていた大蛇の口腔に、砲撃が放たれた。

砲撃に貫かれた大蛇はすぐに動かなくなり、やがて光の粒となって虚空に消えた。
「いい子ね、ホーリエ」
それを横目に、少女が優しく狼を撫でる。満足げに唸り声を上げ、その狼も光が散るように姿を消した。
「さて…」
少女が振り返り、呆然とした表情を浮かべるジュンを睨み付けた。
「いつまでそこにいるつもり?」
「………」
ジュンが焦点の合わない目で空中を見つめているのに気付いた少女は右手を振り上げた。
「シャキッとしなさい!」
パチーン、と小気味よい音がこだました。
正気に戻ったジュンは一瞬反抗の言葉を口にしようとしたが、少女の鋭い眼光に射竦められ、その心は脆くも崩される。
「…なぜあなたはまだここにいるの?逃げなさいと言ったはずだけど」
「…逃げれなかったっていうか…逃げる間も無かったっていうか…」
吃りながらジュンは答えた。そんなジュンの顔を、少女はふと怪訝な顔で覗き込んだ。
「…見ない顔ね。あなた、名前は?」
「……桜田ジュン。今日から編入する」
『先に名を名乗れ』と言いたくなったが、その場合起こり得る事態が容易に想像できたので素直に名を告げた。

「…ああ、噂の」
やはり編入は珍しいのか、少女はすぐに合点の言ったような顔になる。
「あの、さっきのは…」
少女の纏った雰囲気が少し柔らかくなったので、ジュンは今一番疑問に思っていることを訊ねてみた。
「忘れなさい」
少女はそう答えた。
「わ、忘れろったって!」
「知らないほうがいいこともあるのよ」
彼女は舗装された道のほうへ歩きだした。
その後を追い掛け、納得のいく答えを得ようとしたジュンだったが、情けないことにまだ立ち上がることができなかった。


それからしばらく時間が経ち、、なんとか動けるようになった。
当然だが少女の姿はすでに見えない。
もっとも、もうジュンは彼女を追うつもりはなかった。
彼女の言うとおりこのことは忘れたほうがきっと幸せだろうと、回復するまでの間に結論を出していたからだ。
そう、余りに爽やかな風が運んだ微睡みが見せたただの夢だったのだ。
ジュンは自分にそう言い聞かせ、再び山頂を目指して歩きだした。

「やっぱり、ここに、いたのですか、ジュンくん」
やっとのことで職員棟へ辿り着いたジュンのさらにそのあとから雪華綺晶が登ってきた。
「先生たちは、いつも、こんな坂を、登って、るんですか…?」
「まさか…こんなところ、毎日、登ってたら、わたくし、不登校に、なりますわ…」
雪華綺晶曰く、職員棟は職員会議以外に使っておらず、各担当教師は中高2つの学生棟に部屋が準備されているのだそうである。
そして通常、この学園で『職員室』とはその部屋を指す。
「……つまり…」
「わたくし、言葉足らず、でしたわね…」
ジュンはガックリうなだれた。

ジュンは悩んでいた。

巴や翠星石、担任は雪華綺晶という知り合いばかりの2-Aに所属することになったことは素直に良かったと思った。
隣の席になったベジータという男も良い奴だった。
では、何に悩んでいるのか。
先程の彼女――真紅というらしい――もまた、同じクラスだったからである。


「…柏葉」
「ん?」
下校中、ジュンは巴にそれとなく訊いてみた。
「この学園さ、あの…なんか変なの出るって噂ある?」
「……え?」
「あ、いや、なんでもない」
適当に誤魔化す。
「…?」
やはり、夢だったのだろう。夢の中で現れた少女に、真紅が偶然似ていたに違いない。
首だけになってしまったカバンのマスコットや頬の擦り傷は、うとうとして木の枝にでも引っ掛けてしまったんだろう。
ジュンはそう自分に言い聞かせた。
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