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訳あって、ジュンは幼い頃過ごした有璃珠市の知り合いの家に、一人で居候することになった。
知り合いと言っても、その町に住んでいたころのジュンは本当に幼かったので、
はっきり言ってその知り合いのことすらほとんど覚えていないのだが。
「…ここか」
そんな不安を抱えつつも、ジュンは一枚の地図を片手に
なんとか知り合いの家に辿り着いたところである。
ゆっくりと手を伸ばし、インターホンのチャイムを鳴らした。

「…はい?」
少し間を置いて、女の子の声で応答があった。
「あの…柏葉さんのお宅ですか……?」
「もしかして…桜田くん?待って、すぐ開けるから」
プツ、とインターホンの通話が切れる音がして、それからすぐにとたとたと駆ける足音が聞こえ。
玄関が開き、中から一人の少女が顔を覗かせた。
彼女は、ジュンがこの地のことでわずかに記憶に残している中で、最も鮮明な人物であった。
その記憶にある彼女とはだいぶ異なる顔つきとはいえ、ジュンは彼女が間違いなく柏葉巴その人だと確信した。
「久しぶり…と……柏葉さん」
うっかり昔の呼び名で呼ぼうとしてしまうのを、なんとか抑える。
「…待ってたよ」

彼女と会うのは10年近くぶりである。ジュンがこの町を去ったのは幼稚園のころだった。

巴のことは鮮明に覚えていたのに、
一緒に遊んだりしたはずの彼女の家の内部のことをジュンは全然覚えていなかった。
十分予想できていたことだったが、懐かしい気持ちを少しも感じられなかったことを、やはり少しは寂しく思うジュンであった。

「桜田くんの部屋は2階の…こっち。付いてきて」
そんな心境が顔にでも出ていたのだろう、
部屋の場所を伝えようとジュンの顔を覗き込んだ巴は苦笑いして、
ジュンの先に立って階段を上り始めた。
残念ながらその日、巴はスカートではなかったことを明言しておく。
「届いてた分の荷物は全部部屋に運んでおいたけど、一応確認しておいて。
片付けは、兄さんが帰ってきたらわたしも一緒に手伝うから、そのときに」
「わかった。ありがとう」

「さて、じゃあ片付けを始めようか、ジュン君」
それからすぐに、巴の言う‘兄’が帰ってきた。
彼の名前は白崎白兎(しらさき・はくと)。巴の従兄である。
「帰ってきたばかりで疲れてるでしょうに、すいません…」
ジュンが恐縮してそう言うと、白崎は
「君だってさっき到着したばかりだろ?気にすることはないさ」
と笑ってみせた。
「…桜田くん、コレはどこに置く?」
「それは…机に置いてて。ごめん、柏葉さんにも手伝わせて」
「…ねぇ、巴、ジュンくん。君たちは今日からひとつ屋根の下で共同生活を始めるわけだよ?
それなのに、互いに呼び方がよそよそしいと、僕は思うわけだね?」
ジュンと巴のやりとりを見ていた白崎が、唐突にそんなことを言いだし、
二人はギョッとした顔を白崎に向けた。
「まぁ無理にとは言わないけど、せめて家の中でくらいは名前で呼び合ってたほうがいいと
白兎兄さんは思うわけですよ。
さぁ、さっさと片付けを済ませようか」
それでその話は終わったが、ジュンも巴も、内心では白崎の言ったことがもっともだと思ってはいた。
しかし、だからといってそれを実行できるほど、二人は幼くもなく、また大人でもなかった。

片付けが終わる頃には日が傾き始めていた。
白崎が夕食の材料を買いに車で家を出ていったので、あとに残されたのは二人の幼なじみ。
先ほどの呼び名についての話がひっかかり、互いに目を合わせようとしない。
いや、できない。
「……」
「……」
「(き、気まずい…)」
「桜田くん」
その沈黙を破ったのは、巴だった。
「は、はい!」
「…兄さんはあんなこと言ったけど、別に気にしなくていいから」
「…え?」
「昔はお互いに名前で呼び合ってたけど、もう子供じゃないんだし、かっこわるいよ」
「まぁ…それはそうだけど…」
「ね?じゃあ、もうこの話はおしまい!」
そう言って、巴は笑った。
「明日、学校までの道を案内してあげるよ」
白崎の車が戻ってくる音が聞こえたので、巴は玄関に出迎えに行った。
「……本人があぁ言ってるし、今のまま呼べばいいか…」
巴の笑顔がぎこちなかったことに、ジュンは気付かないふりをした。
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