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森は、静か。樹々の隙間から差し込む木漏れ日が、
 緑色を斑に照らしている。
 少しだけ風が吹いていて、その感触が心地よい。
 白のワンピースの裾が、揺れている。
 
 森の奥には、大きな切り株がある。
 その地に、しっかりと根を下ろしている。もう幹を
 持たない姿になっても、この樹は生きているのだろ
 う。私はそう思う。

 そっ、と。そこに腰掛けた私は、優しく切り株の
 切り口を撫ぜた。



 ――ねえ、知ってた?

 私はひとり、呟く。――


―――――――――――――――――――――
皆様、御機嫌よう。物語の案内役、道化のウサギで
御座います。初めてお会いする方も、どうぞ宜しく
……長い付き合いの方は、もうこれで五度目ほどの
邂逅になるのでしょうか?

さて、それでは。今回も、誰かが見ていた夢の続き
を繋ぎましょう。暫くお付き合い頂ければ幸いです
……
―――――――――――――――――――――


【夢の続き】~フォレスト~


 徐々に、陽の昇っている時間が長くなってきていた。
春が終わろうとしていて、季節はもう少しで夏になる。
その前に梅雨がやってきてしまうけど、僕は雨が嫌いと
いう訳でもない。地を潤してくれる、そんな時期だから
だ。昨夜は少しだけ、梅雨入り前だったけども雨が降っ
たようだ。今朝登校したときなどは、道端にある草につ
いていた雨粒にひかりが反射して、とても綺麗だった。

 陽が傾いて、空がその色を紅く染めている様子を見る
のが好きだ。きっと今の自分の姿も、紅く染まっていて。
 そんなことを考えていたが、どうやら少し口に出して
しまっていたらしい。
「蒼星石は詩人ですねえ」
にこにこと返してくる翠星石。僕の、双子の姉。
「なんでもないよ……さ、早く帰ろう。
 随分遅くなっちゃったしね」

 今日も部活が忙しかった。翠星石の誘いで僕は園芸部
に入部し、学校の庭園の手入れをしている。部活と言っ
ても、部員は僕ら二人しか居なくて。たまに友人達が仕
事を手伝ってくれているものの、実質二人だけで庭園の
管理をしている。
 僕達が通う学園には、学校所有のものにしてはあまり
に見事な薔薇園があり、それは学園の人々を魅了してい
た。
 今は、春の薔薇がちょうど咲いている最中。そして初
夏になれば、色とりどりの薔薇が咲き乱れるに違いない。
そうなれば、彼女は如雨露に水を汲み、地に潤いを与え
ていくだろう。僕は専ら手入れ専門で、花壇の整備は自
分の役割だ。
 二人で、一つ。きっと翠星石はこの仕事が、本当に好
きなのだろうと思う。

「そうですねぇー。何だかお腹空いちゃったです。
 早く帰るですよ!」
そう言って。僕の手を引き、走り出す翠星石。
「ちょ、ちょっと! 走るなら前向いて、前!」
僕はもう、されるがまま。翠星石はころころと笑ってい
る。
 傾いた陽に照らされて。僕らの後ろの地面に、二人分
の長い影が映し出されていた。

 「いつもの日記書いてるですかぁ? 蒼星石」
夕食後。お風呂上りの翠星石が、濡れた頭をタオルでわ
しわしやりながら話しかけてくる。
「うん、日課だからね。こうやって文章に書き起こすと、
 一日が振り返られていいよ」
寝る前に、日記を書くのが僕の習慣だった。文章を書く
のは結構好きなのである。
「はぁー。まめなんですねぇ、蒼星石は」
ふぁ、と。小さなあくびを一つして、彼女は答える。今
日の作業で疲れているのか、眠気がピークに達している
ようだ。
「あ。髪、ちゃんと乾かさなきゃ駄目だよ?
 せっかく綺麗な髪なのに、そのまま寝たら痛んじゃうよ」
翠星石の髪は長く、僕とは対照的だ。僕はよく男の子に間
違われてしまうような感じだけど、彼女は本当に『女の子』。
同じ双子なのに、こうも違う。性格だって、そう。僕の手を
引き、前へ進んでいくのは彼女の役目。行き過ぎたところで
制止するのが、僕の役目。……僕自身がその違いを感じてい
るからこそ、僕は彼女と一緒に居て楽しいし、一緒に居たい
とも思う。
 『似ている』というレベルならともかく。自分と『全く同
じ』パーソナリティを持った人間と、何時までも一緒に居た
いとは思えないかもしれない。

「わかったですぅー。ぶつぶつ……」
文句を言いながらも、翠星石はドライヤーで髪を乾かし始め
る。何だかんだ言って、彼女の根はとても素直なのだ。互い
に反発することもあるけれど、姉妹として僕らは仲の良い方
だと思っている。
「ふふ。いきなりそんな強くやってもほら……ああもう。
 僕が乾かしてあげるよ。久しぶりに」
ドライヤーで髪を舞い上げ放題にしている彼女を見ているのは
微笑ましかったが、流石に見かねて声をかける。
「ありがとです。蒼星石に乾かして貰えばばっちりですぅー!」
とすん、と。彼女は床に座った。……そしてそのまま、彼女の
頭は船を漕ぎ始める。
「やれやれ……」
少し苦笑しながら。僕は翠星石の髪に櫛を入れ、彼女を起こさ
ないよう、出きるだけ静かに乾かし始めた。
 緩やかな時間。こんな日常なら、何時まで続いてもいいかな。
なんだか眠くなってきた。彼女の髪を乾かし終えたら、今日は
僕も早めに寝よう……

――――――――――――――――――――――――


『……気付くと、森の中に居たのだ。
 ここは深く、静か。今は、一人で歩き続ける。いつも隣に
 る存在が居ない。それは寂しいこと。
 とても、寂しい、こと。
 ここへ来るのは初めてな筈なのに、迷子になったときの
 様な、独特の不安感が全く感じられない。何故だろう。
 ……
 
 森の奥に入る。少し樹々が避けて生えているような、
 広い空間があった。
 そこには大きな切り株があって、……』


 23ページ目、に記されている。


―――――――――――――――――――――――――

 「いつまで寝てるですか、蒼星石ー!!」
がばー、と。布団をひっぺ返されてしまう、朝の始まり。
「珍しいですねえ……いつも翠星石よりも早起きなのに」
とっか体調でも悪いですか? と。なんだか心配させて
しまったようだ。
「ごめん。今日はなんか布団が気持ちよくってさ」
そう。普段寝起きは良い方なのだけれど、今日はいつまで
も寝ていたいような気分だったのだ。
「まったく。駄目ですよ蒼星石、規則正しい生活はちゃん
 と保たないと。今日は良いけど、」
このままお説教のコースかなあ、などと考えてシュンとし
ていたのだが、
「ま、まあ。たまには蒼星石も、ゆっくり寝てると良いのです。
 妹の世話を姉が見るのは、仕方のねーことなのですぅ」
意外にも、そんなことは無かった。

 今日はいつもと立場が逆だなあ。だけど、こんなことが
あってもいいかもしれない。
「うん。じゃあ、僕が寝坊したときはよろしくね」
笑って、僕は答えるのだ。

 園芸部の朝は早い。とりあえず、普通の生徒が登校する
時間よりは早めに出発し、水やりなどをしなければならな
いのだ。
「健やかにぃ~~~、のびやかにぃ~~~~♪」
嬉しそうに水やりをする翠星石。『こうやって語りかけな
がら水やりすれば、薔薇もそれに応えてくれるんですよ』
というのは彼女の弁。確かにそうなのかもしれない。事実、
こうやって水と養分を与えられてきた薔薇たちの、現在の
咲き誇り方は見事だった。
 僕は鋏を取り出して、伸び盛っている薔薇の、余計な部
分を刈り取る作業を始める。水と養分だけでは、薔薇はう
まく咲いてはくれない。
「あ、またあった……」
台樹から、また余計な芽が吹き出している。これを放って
おくと、薔薇本体の伸びを妨げることになってしまう。そ
れを防ぐ為に。その芽を早めに刈り取ってしまうのも、自
分の仕事のひとつ。
 そう。これは新たな芽と言えど、望まれていないもの。
綺麗な花をつける新芽と違い。初めから、要らなかったも
のなのだ。

「……」
無言でそれらを刈り取っていく。この庭園の作業の中でも、
これだけはどうにも好きになれない自分がいる。望まれた
芽ではない、だから。『なかったことに、しよう』。
 必要なことだとは、わかっている。僕は黙々と、その作
業を続けるのだ。何も問題は無い。何も、問題は、無い。


「さ、朝の分は終了です~! 蒼星石、そっちはどうです
 か?」
一仕事終えた彼女が、満足気な表情でこちらに駆け寄って
くる。
「こっちも終わったよ。じゃ、教室に行こうか」
僕は彼女を促して、この日の朝の作業は終了。
 翠星石の、笑顔。僕は先ほど抱いていた瑣末な感情を、
もう忘れてしまっている。

 教室。いつもなら一番乗りなはずの僕らだったが、今日
はすでに先客がいた。
「薔薇水晶! おはようですー。今日は早いですねえ」
「……おはよう……二人は、今日も庭のお手入れ……?」
朝の挨拶に、薔薇水晶は静かに受け応える。

 僕の彼女に対する印象は、『不思議な少女』だという事。
このクラスはとりわけ個性的な人物が多いのだけど。彼女
のパーソナリティは、それらに対して全くひけを取らない。
……というか、むしろ異彩を放っている。

「そうだよ。それにしても学校来るのが早いね、薔薇水晶。
 今日はなんか用事があったのかい?」

 普段、僕と彼女との会話は多い方ではない。もともと彼女
は、饒舌な方ではないのだ。しかし、時々口を開いては、周
囲を不思議な世界へ巻き込んでいく。たまに繰り広げられる
シュールな会話は、嫌いではない。


「……今日は気分を変えて。教室で朝ごはん……」
ごそごそと鞄からお弁当の箱を取り出す。かぱっ、と。
中身を開いて見せてくれた。

「ば、薔薇水晶。朝っぱらからこれはねーですよ……」
「……うわあ」
畏れを抱いたような声を漏らした僕らが見たものは、……
ぎっしりと詰められたシューマイと、あとは少しの白米。
「え、と、薔薇水晶? それって今日のお昼のお弁当じゃ
 ないの?」
かろうじて言葉を返す僕に対し、彼女は人差し指をたて、
『ちっちっち』と指を振るを仕草をしてみせる彼女。
「……大丈夫。もういっこ、あるから……」
またしても、ごそごそと鞄を漁り、弁当箱を取り出した。
でか! なんだあれ。今度は二段重ね。というか、あんな
大きな弁当箱が、どうやってこんなちっちゃいバッグに詰
め込まれてるんだろう。……勉強道具はどうしたんだい?


「……問題ないよ……」
にやり、とこっちを見る薔薇水晶。え、あ、声に出してた?
うろたえてしまった僕に、事も無げに彼女は答える。
「……顔に、出てる……」
ちょっと、ぞくっとした。参ったなあ。結構自分では冷静な
方だと思ってたのに。

 そして予想通り(出来れば外れて欲しかったが)、二段の重
箱には、シューマイと白米がそれぞれぎっしり詰まっていた
のだった。
「何やってるです薔薇水晶! ちったぁ栄養のバランスも
 考えないといかんですよ!?」
翠星石がぷりぷり怒っている。……突っ込み所はそこだけな
のかい? 翠星石。
「……シウマイ。おいしい……」
お構いなしに、もくもくと食べ始めた薔薇水晶。……うわぁ、
本当に幸せそうに食べるんだなぁ。君、ほっぺ紅いよ?

苦笑気味にその様子を眺めていると。
「……食べる?……」
シューマイを一個差し出されてしまったのだが、丁寧にお断り
しておいたのだった。

 昼休み。特に何か作業をしようと思っていたわけではないが、
僕はひとり薔薇を見に庭へ来ていた。
『ちょっと先生に呼び出されちゃって』
翠星石にはそう言い伝えてある。放課後になればまたここへやっ
てくるというのに。そのような嘘をついてまで、今ここに来る必
要はない筈だった。
「……」
刈り取った台芽の痕を見る。いくら初めからなかったことにしよ
うとしても、こうやってその痕跡は残される。

「うわっ」
背後からいきなり肩を叩かれて、思わず声を上げてしまった。
「……お昼の……お散歩?」
「ば、薔薇水晶かぁ。びっくりした。おどかさないでよ」
ちょっと抗議する感じで返す。すると彼女は、何やらぶすっと
頬を膨らませてしまった。
「……何回呼んでも、気付かなかったから……」
「え、そ、そうなの!? ごめんね、薔薇水晶」
本当に、気付かなかった。どうしたのだろう。そんなに僕は、ぼ
んやりしていたのだろうか。
「……」
薔薇水晶は、何も答えない。ちょっとだけ、気まずい空気が流れる。

「さっきはほんとにごめんね。なんか最近ぼーっとしてるっていうか、
 考え事が多くなっちゃってるような」
そう。特に何も考えていない訳ではない。しかしながら、僕はその
『考え事』のイメージがよく掴めていないのである。おかしな話だっ
た。強いて言うなら、その『よく考えなければならない』事がある筈
なのに、……いや。自分に言い訳するのはやめておこう。最近ぼんや
りすることが多い。それで言い終えられることじゃないか。

「そう言えば薔薇水晶。あのお弁当はもう食べちゃったの?
 その、随分と量が多いみたいだったけど」

そうだ、今朝から気になってたんだ。彼女は見た目、そんなに大喰ら
いには見えない……というか、むしろ華奢な身体の線をしている。
シューマイが好きだということは聞き及んでいたが、正直あのお弁当
を見たときは、目を疑った。
「……あれ位なら、10分あれば事足りる……」
びしっ、と。親指を立てて『グッド!』のサイン。あ、あれを10分で
平らげるとは。
「薔薇水晶。えーとね、……」
何か彼女に言わなければならないような。どうしよう。
「?」
小首を傾げて、こちらを眺める薔薇水晶。こんな時は、僕の心を読ん
でくれないんだろうか。
「……食事は、もっとよく噛んで食べようね?」
結局、こんな言葉くらいしか思いつかない。こくりと、彼女は無言で
頷いた。

「じゃあ、僕はそろそろ教室行くけど。薔薇水晶も一緒に戻る?」
昼休みも気付けば残り少なくなっていた。次の授業の準備をしてお
かないと。
「……もう、ちょっと。ここに居る。大丈夫、先に行ってて……」
そんな風に彼女は返してくるので、僕はそれに従うことにする。
「う、うん……君も早く戻りなよ? 授業遅れちゃうから」
はーい、と。右手を上げるジェスチャーをする彼女。本当にわかって
るんだろうか?
 少し気になりながらも、僕は庭園を後にした。




 私は見ている、教室へ戻っていく彼女の後姿を。誰に言うでもな
く、一人呟いていた。
「……呼んでいるのに、気付かないのね……」


――――――――――――――――――――――――――

 
『……当にそうだ。彼女の胃袋はまさに鉄と呼んでいいかも
 しれない。ただ、朝一からお裾分けしてもらうのは。ちょっと
 胃に負担がかかってしまいそうだけど……あれは本当に美味し
 そう。いつか食べてみたいな。

 それにしても。あんなに食べてるっていうのに、体型が全く変
 わる様子がない。それは見てて羨ましい限りで、……』

 
 19ページ目、に記されている。


――――――――――――――――――――――――――


 「さて、と……」
日常は、なんの変わりも無く続いている。今日の放課後も庭園へ
向かうのだ。
 今日は翠星石が、手伝い要員を連れてきた。
「ジュン君、ありがとう。いつも手伝ってくれるから、助かるよ」
桜田ジュン。クラスメートだ。
「ジュンは翠星石の頼みなら、断ることなんかしねーのです」
何だか鼻高々になっている彼女だった。そこは自慢するとこなん
だろうか?
 苦笑の笑いを浮かべているところで、彼が言う。
「まあ、ね。こいつの頼みを断ったら、後が怖いからな」
ちょっと意地悪い笑みを浮かべながら、ジト目をして翠星石の方
を向く。
「んなっ! それじゃ翠星石は、ジュンを脅迫してるみたいに
 聞こえるです! 人聞きわりーのですよ、ジュン!」
ぷりぷりと怒る翠星石だった。


「あ、そう。じゃあ今日は帰ってもいいか」
そっけなく返すジュン君と、
「えっ? あー、うー……」
それに反論出来ない翠星石。あ、そろそろだな。
「ま、まあまあジュン君。用事があるならしょうがないけど、
 折角きてくれたから。手伝っていってくれると、僕も
 嬉しいかな」
とりあえずフォロー。彼女は普段は強気だけど、ちょっと切り返さ
れると途端に弱くなってしまう。まあ、彼もその辺のこともわかっ
ていて。本気で彼女のことを言い負かそうとはしないのだ。
だけどそこで、『蒼星石の頼みなら、断れないなあ』なんて。翠星
石の方を向きながら言うものだから、彼女は更にヒステリーの度合
いを上げていく。

 欠点、というもの。それは自分ではなかなか気付かないことでも、
他人から見れば一目瞭然だったりすることが多い。彼女の場合は、
基本的にひとに対して素直になれないところ。
 これは自分の私見だけれど、彼女は彼のことをかなり気に入ってい
る。なのに、いつもツンツンとした口調で。結局は言い争いになって
しまっていた。
 ただ。先ほども言った通り、彼は彼女よりも、一歩か二歩ほど余裕
を持って会話に望んでいる。その辺も愛想を尽かさず付き合っている
限り、彼はとても優しいのだろうと思う。

 本当。素直じゃないんだから、この二人は。まるで子供の様に……
無邪気だ。

 彼は翠星石のことを、どう思っているのだろう。きっと嫌いじゃ
ないだろうけど、本心が見えない。仲の良い友達、という感覚なの
だろうか。

『蒼星石の頼みなら……』
何故か、今。僕の中で、さっきの彼の台詞がリフレインしている。
翠星石は素直じゃないけど。僕、僕は。蒼星石という存在を、彼は
どう思って……

「……?」
僕は今、何を考えていたんだろう。そうだ。放課後の時間だって限
られているんだ。彼ら二人のやりとりを眺めているのは微笑ましい
けれど、そろそろ止めなきゃ。
「ほらほら、二人とも! 作業をはじめようよ。
 またすぐ暗くなっちゃうよ?」
ぴしゃりと諌めておく。これで口喧嘩は終了だ。
「そうだな、ごめん。蒼星石のいうことはもっともだ。
 ほんとしっかりしてて偉いよなあ」
姉とは大違いだなあ、と言って。また言い争いの種が芽を吹きそう
な雰囲気だったけれど、その後は恙なく作業に入る事が出来た。彼
が結局、彼女にお詫びの言葉を入れたためである。
 やっぱり、この二人は仲が良い。僕は少しそれを、羨ましく感じ
ている。


 『大違いだなあ……』そう。違う。違うのだ。


―――――――――――――――――――――――――――



 20ぺージ目、と記された頁の次が、破られている形跡がある。
 破られているのは、一枚分のようだ。



―――――――――――――――――――――――――――

 休日。とは言っても、庭園の手入れにお休みなどない。今日も
今日とて出発なのである。夕方から雨が降ると天気予報は言って
いたので、午前中の作業だけでよさそうだ。
 随分と作業も手馴れたもので、お昼前には大体終了することが
出来た。
 昼食は家で食べようということになって、二人で家路へつく。
途中の道で、僕は何故か、ふと足を止めた。
「ん? どうしたです蒼星石?」
不思議そうに尋ねる彼女。
「これ。こんなところ……わき道なんて、あったかな」
林というか、森というか。この辺りは自然が多いほうだけど、今
まで気付かなかったのが不思議なくらいの、そんなわき道があっ
たのである。
「この道の奥……森かな。なにがあるんだろう」
行ってみたい。そう思った。……僕が、思った? 
「なんかこの森、気持ち悪いですぅ。やめとくですよ、蒼星石」

翠星石が、僕を止める。珍しい。いつも好奇心旺盛で、僕の手
を引いて先を行く彼女が。
「……そうだね。お腹も空いたし、早く帰ろう」

『それが一番ですぅ』と言って、僕の手を引き始める翠星石。
僕の、微かに感じていた違和感はなんだろうか。


 そして。僕はその日の午後に、一人でその森へ行くことに決めた。
 何処か別の場所へ行くということを言い伝えておいても
良かったのだが、それだと彼女が一緒について来る可能性
がある。彼女は、僕があの森へ行く事は拒否するだろう。
 僕は何故、ここまであの森に拘っているのだろう? 不
思議な感覚だった、とても。だけど、僕のこころが。ここ
ろの奥底が、あそこへ行かなければならないと。そう告げ
ている。でも、でも。僕の身体は。……僕の"器"が。それ
を拒否している、そんな気がする。

"器"だって? 自分で言っていて意味がわからない。


 森の入り口へ続く、あのわき道で。僕は出会うのだ。彼
女に良く似た、彼女に。

「薔薇水晶……?」

居る。頭の隅にある混在したイメージが、何かを、警告して
いる。

「……あなたは、……ここに来るのは、まだ早いよ」

よくわからないことを言う彼女。

「なんだって……? 薔薇水晶。そもそも何で君がここに、」

「……あなたは。」

最後まで言わせてもらえない。圧倒されている。
知ってる、この感じを、僕は、

「……あなたは、思い出し始めている。
 だけど……気付いて、いないの。だから……」

彼女の、口調が、変わって、

「まずは、気付きなさい。貴女たちは、違いながらも"似ている"の」

「私の言葉を呑んで。
 芽を摘む役割を担った方が。それを、したの。
 そして『初めから無かったこと』になっているけれど――」

……『それでも、いいの?』…… 

最後の声は。そんな風に、僕には聴こえた。

――――――――――


「ただいまー」
夕方近く、僕は家へと戻った。
「おかえりなさいです、蒼星石ー! 随分遅かったですね?」
翠星石に出迎えられた。
「うん、ごめん……適当に散歩するだけのつもりだったんだけどね。
 途中で薔薇水晶と会ってさ」
一緒に買い物してきたよ、と。手提げの買い物袋を示した。
「ああー、ずるいですよ蒼星石! 翠星石も一緒に買い物し
 たかったです……」
いじけてしまった。確かにそうだ。なんでまた僕は、散歩に行こう
としたんだろう? 結局、薔薇水晶に引っ張りまわされて(予想以上
に彼女はアクティブだった)、色々と買うハメになってしまった。
まあ、楽しかったからその辺りは良かったんだけど。
「ごめん、翠星石。今度のお休みは、一緒に買い物行こう?」
果たして、慰めになるだろうか。けれど精一杯の本心を伝えるくらい
しか、出来ない。
「うー……しょーがねーです。それで勘弁してやるですよ。
 ところで蒼星石!」
いきなり返されたので、ビックリしてしまった。
「え、な、何?」
「何、じゃないです。買い物って言ってるんですから、
 何買ってきたのか聞こうとしただけですよ」
あくまで素、らしい。えーと。買い物はですね、ちょっと
薔薇水晶に連れられて……その……下着類が売ってるとこ
で……えと……


――――そう。まさしく、買い物中は地獄だったのだ。
僕はこんな容姿をしているので、よく男の子に間違え
られたりする。以前一人でランジェリーショップに入
店したとき、他の一般客から結構痛い視線を浴びたり
した事があった(毎回店員に話しかけると、かろうじ
てわかってもらえる)。
 今回は、薔薇水晶と一緒。ぱっと見、同年代のカッ
プルに見られたらしい。最近では、恋人同士で入店し
てくるケースもしばしば見られるらしいのだが。とり
あえずそんな事は、僕には関係のないことで。


「……これ……なんかどう……?」
え、何……? と、見た先にあったもの。
うん、薔薇水晶。それは、ほとんど紐だと思うんだ。
「……蒼星石の、趣味にあわせて……」
ちょっ! 何顔紅くしてるのさ! っていうか僕の趣味って何さ!
あー、周りひそひそ言ってるよ!

『あのカレシ、ああいうの好みだってーひそひそ……』
『大胆ねー、女の子の方恥ずかしそうにしてるしーひそひそ……』

 違うううう!! 僕は変態じゃないんだ!!

「あの、お客様」
ああ、店員さん! 助けてください!(この状況から)
「お客様のご趣味に合わせまして、このようなものも御座いますが」

ぴらり、と。提示されたそれは完全シースルーの下着な訳でして、

『『ひそひそひそひそ!!』』

 うわーん!! 違うんだあああああ!!!

悶えている僕を尻目に、薔薇水晶は、ぽつりと呟く。

「……キャラ的に、おいしいよね……」

僕はがっくりと膝をついた―――――――――

「……蒼星石? 大丈夫です? なんか泣いてますよ」
はっ。ちょっと意識が飛んでたらしい。眼を擦る。大丈夫、
僕は泣いてない。
「えっとね。うん、大丈夫。下着とか買ってきたんだ、ホラ」
袋を手渡す。翠星石は『お姉ちゃんがチェックしてやるですぅ』
と言いながら、その中身を漁り始めた。

「あ、蒼星石ー! これかわいいですよ!
 なんかいつものやつと違うですねえ」

普段はスポーティなものを身に着けるのだけど。薔薇水晶が
『そこにギャップを見出すと……グッド』
とか言いながら親指を立てていたので、結局それに従うこと
にしたのだった。紐とかよりは、マシだ。
「はは、たまにはね……」
僕は苦笑するしかない。
「こんなの買ってくるなんてー。蒼星石もやっぱり女の子なのです。
 で、これで好きなひとでも誘惑するですか?」

キラリ、と眼を光らせながら彼女は言う。
『その辺の男なんかには、大事な妹はやれねーですけどね』
なんて言いながら、笑っている翠星石。


 好きな、ひと? 僕はその声を、何処か遠い位置で聞いて
いるようだった。僕の、好きなひとは――

 就寝前。僕は布団に入りながら、翠星石にちょっと尋ねてみた。
「ねえ、翠星石。君は好きなひと、居ないの?」
その質問の答えを僕は知らない、というのは。多分嘘だ。十中八九、
彼女の想い人は、彼のことである。
「なっ、なんですか蒼星石、やぶからぼうにー!」
慌てる彼女。
「いや、ちょっと気になっただけだよ」
それも、嘘。僕はここで、確認しておきたかった。
「……いねーですよ。翠星石には、好きなひとなんかいねーのです」


どうして、僕はこんな事を聞いているのだろう。
そして彼女は。何でこんな風に、応えるのだろう――


 眠りに落ちる。僕は何かを思い出し始める。
 気付く事など、何も無いの筈なのに。
 何処からか、声が。

『また、繰り返すの?』
『同じ事、繰り返すの?』――


―――――――――――――――――――――――


『僕はこれから、、物語を綴ることにする。
 ここが肝心だ。これで、何の問題も無くなるだろ
 う。大丈夫、繰り返しになど、ならない。
 そして、……』


25ページ目、に記されている。

 

――――――――――――――――――――――――



「ごほっ、ごほっ……う~」
38.1度。これは酷い。
「翠星石、大丈夫……?」
僕は彼女の額のおしぼりを変えながら、聞いてみる。
「ちょっと辛いですねぇ……今日は学校休むです……」
それはそうだ。でも、このまま家に残していくのも心配だ。
「翠星石。今日は僕も休むよ」
そして病院へ付き添って、看病して。一人になると不安
がるだろうし。
 およそ僕の考えられる最良の選択肢だったが、彼女は
それを断った。
「心配はありがたいです……でも、蒼星石まで休んだら、
 薔薇の世話をするひとが居ないのです……」
確かに、それはそうだが。僕は『今日一日くらいなら大丈
夫だよ』と。そう押したのだが、彼女は頑として譲らない。

「わかった。でも、辛くなったら。いつでも学校に
 電話して? あと、絶対安静にすること!
 今日は早く帰ってくるよ」

とうとう僕が折れて、学校へ行く事になった。仕方が無い。
後ろ髪を引かれる思いだが、今日の作業を早めに切り上げ
て、帰ることにしよう……


 放課後。流石に一人で作業するとなると、時間的に普段の
倍はかかる訳で。それだと、家へ帰るのが遅くなってしまう。
 僕はジュン君に助けを求めることにした。二つ返事で了承
である。

「翠星石の体調は大丈夫なのか? かなり酷い感じみたいだけど」
彼女が風邪で休んでいることは、朝のホームルームで聞き及んで
いた筈なので、勿論彼も知っている。
「うん……熱が上がってて。今日は早く帰らなきゃ」
その後、黙々と作業を続ける。

「ねぇ、」
不意に、口が開く。何だ? 僕は何を聞こうとしている?
「ジュン君ってさ、」
ジュン君? ジュン君が、
「好きなひととか、居るのかい?」
返す言葉を、僕は。僕という"器"が、知っている――

なっ、と。言われた彼の顔が、紅い。
僕の顔も、今紅くなっているのだろう。
そう、知っているのだから。
僕? ……器。……僕は、誰だ……?


「僕は、蒼星石のことが、――」

……


「――ごめん!」
僕は走り出し、脱兎の如くその場から離れる。
違う。違う。僕はこうなることを知っていた、けど、
今の"僕"ではいけない気がする――!



……



 とぼとぼと、僕は帰り道をひとり歩いている。
「はぁ……」
溜息が、出た。
 僕は、彼に好きだと言われ、嬉しかった。だけど。
何かが、違う。決定的な、何か。それについて考え
ようとすると、すごく頭が痛い。
 そもそも。僕は翠星石の気持ちを知りながら。何
て汚いことを、してしまったのだろうか――


 と。僕の行く先には人影がある。
「薔薇水晶―――と」
もう一人、若い男性。あれは誰だ?―――
しかしながら。特に驚いたような感情の昂ぶりを、
ほとんど持ち合わせていない僕が居る。この男の
ひとは誰かわからないけど。ともかく、薔薇水晶
が、ここに―――森へ通じる道の入り口に―――
居るのは、ひどく『ふさわしい』。


「お嬢さん、はじめまして。私は白崎という者です」
白崎、と名乗った男が挨拶をしてくる。言い方自体は
普通、というよりむしろ丁寧であるのだが。これがこ
の男の本性ではない。そんな気がしている。


「何か、用ですか?」
牽制。あまり深く関わらない方が良い。はず、だ。
いや、しかし。彼らから、何か重要なことを聞き
出さないといけないのでは――

「……本当に、良いの?……」

薔薇水晶の視線に、射抜かれる。身体が、動か、な、

「いえいえ……物語に綻びが出始めたものでして。
 そもそもこの物語は、これからが肝要なのでは
 なかったのですか?
 ……まあ、いいでしょう。
 ちょっとこの娘の手に負えなくなる前に、
 私が出てきたまでのことですよ。お嬢さん」

何だ、何を言っている?

「それでも。貴女が自分で気付きたいと言うならば、
 止める理由もないのですが――」

「初めから"無かった"ことを暴き、ほり起こし。
 その続きを見る勇気が、貴女にはあるのですか?」


涙が出そうだ。怖い。僕は、この先を知る必要は、
ないのかもしれない。

「あ、あ、―――」

声が続かない。けれど、駄目だ。ここで"僕"が――、
進まなければ、ならない!


長い沈黙のあと。
僕は、頷く。そして、この森の。―――奥にあるもの
を、確かめるのだ。


「そうですか。なかなかどうして、勇気がおありですね、
 お嬢さん。それでは、物語の配役通り。
 薔薇水晶――いや、雪華綺晶。森の、奥へ――」

薔薇水晶、では無い。よく似ているけど、違う。
雪華綺晶と呼ばれた彼女は、無表情に言った。

「人使いが荒いのですね、白崎。
 私はたまたま選ばれたけど、もう後はないですわ。
 貴方が言っている通り、物語に綻びが生じています。
 少しずつ、ずれてきていますから。
 貴女が――気付き始めて、いますし。
 "貴女"が、"貴女"の中から呼んでいる声に。
 あと、そうじゃ無くても。
 "森"も、長くは保たないでしょう」

それでは、と。雪華綺晶と呼ばれた彼女が、森の奥へ
消えていく。

「さあ、お行きなさい――と言いたいところですが、
 お嬢さん。貴女はまだ、気付いていない事がある。
 曖昧な感覚な気持ちで"森"に入れば、貴女はまた、
 誤魔化されてしまうでしょう。それほど、この森
 は深い。
……ですから。まずはこれを、お探しなさい」

それは。僕の、日記帳―――? どうして、ここに。

「もともとは、あなたが――いや、あなたに、近い魂が。
 この世界を、作り上げたのです。
 あなたもこの劇作の、一人の役者にすぎませんが―― 
 幕を下ろすのを。
 あなたに任せてみるのも、良いでしょう」


 家へ着いた。翠星石は、今は眠っているようだ。
熱は少し下がっているらしく、規則正しい寝息を
たてている。
「……」
白崎が示したもの。あれは、僕の日記帳だった。
「……世界……」
僕は机の上に突っ伏す。そして、二段目の引き出
しの奥から、日記帳をとり出す。僕はこの日記帳
には、日常の出来事しか書いていないのだから。
物語など、何処にもありはしない。
 白崎は、『探せ』と言った。探して見つからない
ものならば、きっとそういう言い方はしないだろう
と思う。
 近いところにあるのだろうか? 僕は翠星石を
起こさないように気をつけながら、部屋の物色を
始める。……まったくもって、馬鹿馬鹿しい、け
れど。僕は焦っている。早くしなければならない
という焦燥が、僕をどうしようもなく、駆り立て
ている。


「……あとは……」
あらかた、大体ではあるが部屋を漁り終えて。の
こるは、翠星石。彼女の机の、中。
 いくら姉妹とは言えど、こういった行動はプラ
イバシーの侵害になってしまうかもしれなかった。
それでも。意を決して、机を探す。

 そして、僕はやはり知っていたのだ。
 "僕"ならきっと。
 日記帳をしまっておくのは、
 二段目の引き出しの、奥。

「……あった……」

もともと僕が持っていたものと、全く同じデザイ
ンの日記帳。これで、二冊。

 僕の考えが正しければ。白崎から言っていた日記
帳には、僕が。いや、"僕"の書いた物語が――"森"
に関する記述が、ある筈なのだ。そして、僕が"森"
に至ってしまう、その過程まで。


 何故、そのようなことが書かれているか?
 僕が、日常を記している日記帳と。
 まったく同じ形をした、もうひとつの日記帳。


この二つが同時に存在する時点で。
どちらかの存在が、『この世界にとって』イレギュラー
なのだ。そしてそれはもう、決まって、いる。
 

ぱらり、と。日記帳をめくると。記憶に残っていた白
紙部分が、文字で埋まっている。


―――――――――――――――――――

 またお会いしましたね。道化のウサギで御座います。
 これは。"とても似ている"、二人の少女の物語です。

 蒼星石という少女。彼女の抱いていた『違和感』が、
 かたちになろうとしています。

 "森"が、何であるのかという事。

 そして、彼女が日ごろつけていた日記帳と、本来存在
 しない筈である『もう一つの日記帳』。

 彼女はそれを読み、果たして何に気づくのでしょう?

 それでは、この物語の続きを。
 最後までご覧頂ければと思います……

――――――――――――――――――――


【夢の続き】~フォレスト~ そして幕間のつづき





 日付が……今日、になっている。
 そう。今日までしか、無い筈なのだ。
 僕は食い入るように、その内容を凝視し、読む。

 つぅ……と。冷や汗が、背筋を降りていく感触。
 終わっていない、まだ文章は終わっていない、
 読まなきゃ、読まなければ、


 僕は、気付かなくてはいけない!


 続けて、読み進める。




『気付くと、森の中に居たのだ。
 ここは深く、静か。今は、一人で歩き続ける。いつも隣に
 る存在が居ない。それは寂しいこと。
 とても、寂しい、こと。……
 
 
 森の奥に入る。少し樹々が避けて生えているような、
 広い空間があった。
 そこには大きな切り株があって、白いドレスをきた
 少女が、座っている。美しい容姿をした彼女。
 何処かで見たことが、あるような気がする。

 
 彼女が言葉を投げかけてきた。
 "あなたは、だぁれ?"と。……』

 森、に関する記述。僕は行かなければならない。
 全てはあそこから始まった物語。
 いや、"始められた"物語なのか――
 僕は。日記のあるページを破り、ポケットの中へ
 仕舞い込んだ。


 もう、誤魔化されない。



 走る。ただひたすらに。身体が拒否している、森へいくこと
を拒否している。それはそうだ。この身体は、ただの"器"だ――
僕はまだ、"僕"である意識を以って、走る。


そして、あの大きな切り株のある場所へ。辿り付く。
彼女は、居る。


「あなたは、だぁれ?」


答えは、決まっている。ポケットにねじ込んだ紙切れを
突き出しながら、僕は息を吸う。


「――、」

 まさに声を出そうとした、その時だった。




「駄目です、蒼星石!」

「……翠星石」

僕のあとを、追ってきていたのか。頷ける。彼女は、
この世界を終わらせる訳には、いかないのだから。
でも、それは――

「蒼星石! 蒼星石は、今のままでいいんです!
 あなたはこの世界で、ジュンと幸せを掴むです!
 翠星石は、翠星石は……大丈夫なのです。
 "この世界"の私なら。きっと大丈夫なのです!」

 泣いている。彼女は泣いている。
 ぽろぽろと涙を零して。

 そして、気付く。

 ああ――ならば。"この世界"ではなかった、翠星石の。
 "私"の心は、
 どれほど、弱かった事だろうか。

 そして、"貴女の器"も。
 まだ眠っているのね、蒼星石。
 そう、それは。私の、せいで――




―――――――――――――――――――――――
 

『ジュン君に、告白された。本当なら、飛び上がる程
 嬉しいことなのに、今は全く喜ぶ気になれない。
 
 告白された直後、僕は翠星石に、その現場を見られて
 いたことに気付いた。彼女は逃げ出して。
 僕はそれを追いかけた。必死で。
 彼女を、追い続けた。

 
 そして。丁度、目の前には階段。彼女がそれを降りて
 いきそうになるところで、僕は彼女を手を掴む。
 けれど。それを振り解こうとして、バランスを崩し。
 そして、僕も一緒に、そのまま――』




 ― ― ― ― ― ―




『手には、この日記帳を、握り締めていた。
 僕はそこで、人間の身体をしているのに、顔は
 白いウサギになっているものが、現れる。
 それは、道化のウサギである、と。
 自己紹介をしてくれた。

 
「おや、どうして貴女はこんなところに居るのです?
 ここは、深い意識の森。
 どうやら貴女の"器"は、眠ってしまっているようだ」

 僕は、思う。
 僕は多分、彼のことが好きだったのだと思う。
 けど、それを自覚するほどのことでは無かった。
 興味本位。ほんの興味本位で、聞いてみたのだ。
 彼に、想い人が居るのかということを。


 彼から返ってきた答えは、意外なもので。
 それによって、僕は束の間の喜びを得て。
 そして翠星石は、傷ついた。
 深く、深く。僕の、せいで。



 僕は、思う。
 そもそも、彼の好きな人が、僕で無かったら
 良かったのだ。
 告白されて、もし幸せになっても。
 翠星石が傷つく結末なら、僕はいらない。


「――ならば。そういった物語を、貴女が繋ぎなさい。
 貴女方は、似て非なるものですが、互いに近い魂を
 持っているのです。
 ほら、現にこの意識の森は……普通は一人一人、別
 なものの筈なのです。
 ですが、今ここは。彼女の意識と、繋がっているの
 ですよ?

 
 貴女は今、ほとんど自分の形を、成していない……
 ですから、どうにでもなる。


 ――よく、わかりませんか。
 では、例を示しましょう。
 雪華綺晶、おいでなさい。
 彼女もそういう"もの"なのです」




 雪華綺晶と呼ばれた少女。
『あなたは、だぁれ?』と。さっき、
 僕に問うてきた……そうだ、彼女は。
 薔薇水晶に、似ている?


 そして、雪華綺晶という名前らしい少女が、
 口を開く。

「似ている、と。貴女は今思いましたね?……そう。
 貴女の知っている彼女と"私"は、近い魂を持っている。
 まあ、私はこの森から出られませんし。
 普段貴女とお会いすることは、ないでしょうけど」


 何故、君はここに居るの?


「私は何処にも居ないし、……何処にでも、居るんですよ」

 貴女は知らなくても良いことだけれど、と。
 そう言った彼女の表情は読み取りにくかったが、
 その時。彼女は微笑んだのだと、思った。
 今思えば、それは少しだけ。寂しさを、含むものであった
 かもしれない。


 そしてまた、彼女は口を開く。

「実際、貴女も彼女も、眠っているけど。

 彼女は弱く、傷つき。現実に、耐えられなかった。
 今ある状況は、偶然なのだろうけど。
 あるいは、運命だったのかもしれない。

 起こってしまったことは、変えられないの。
 だから、あの少年が、――蒼星石。貴女に好意を
 抱き、そして告白すると言う事実は、この世界
 でも変えられない。他人の意識が介入したら、
 この森の中では変わらない。

 けれどね。さっきも言われていた通り、
 貴女達は、とても近い魂を持っている。
 そう、もはや『他人』とは呼べない程の。


 ――もし、今。
 貴女が彼女の器に入り、彼女が貴女の器に入れば――

 貴女の望みは、叶うと思う?
 この、世界の中で」






 僕は、きっとジュン君に相応しくない。
 翠星石こそ、彼と一緒に居るべきなのだ。
 だから――僕が、彼女に。彼女が、僕に。
 ジュン君。僕の姿をした翠星石を、愛してあげて。
 そして僕は。それをきっと祝福出来る――!


「貴女は、私の言葉を呑むと言うのね。

 じゃあ、夢を見せてあげましょう。
 時間のねじを、少しだけ巻き戻して。

 貴女は、物語を綴ると良いでしょう。
 どのような結末になるか、その眼で確かめなさい――」






……

 不思議な出来事だったが、記憶に残っている限り
 書き残しておきたい。僕が、してしまったことも含めて。
 可笑しな話だ、本当の僕は、今も眠っているというのに。
 ……そしてそれは、彼女も同じこと。

『繋がっている』と、白崎は言った。僕と、彼女の意識。
 いま、ここでも――彼女を、傷つける訳には、いかない。
万が一にも忘れることはないだろうけど、
 一応こうやってかたちにしておく。
 僕がしてしまったことを、忘れない為。
 何時だって思い出して。
 それを、背負っていく為に。

 さあ、夢を見る。
 僕の今の姿は、翠星石で。きっと僕の器の中に、
 彼女も入っているだろう。
 どうやら、この翠星石の器が眠っている間、僕
 は僕として居られるようだ。
 だから、この間に――物語を、これからこの日
 記帳に綴ろうと思う。

 大丈夫。僕が眠っている間も、
 "翠星石"を悲しませることは、しない――』


 破かれた形跡のある紙切れ一枚と。
 24ページ目、および25ページの途中まで、
 それぞれ記されている。
―――――――――――――――――――――――――



 
 近い魂は、この森の力で入れ替わり。そして
それは近すぎた故、器に染められてしまった。
 思い出さなければ、このまま幸せに、暮らすこと
が出来たのだろうか。いや、――結局は、眠り続けて
いるだけ。だから。現実に体験したところまでしか
"この世界"は存在出来ず、その先はない筈だった。

 だが。彼女には、この世界を動かす「日記帳」が
ある。これから先のことは、物語として綴っていけば
良いのだ。そうすれば、森は全てを体現してくれる。
これは深い、深い意識の森なのだから。


 ただ、それは。役者である、この私が。この世界のか
らくりを、暴いてしまわない限りであって――



……
『あなたは、だぁれ?』と。切り株に座り、
尋ねる彼女。もう、その問いの答えはわかっていた。




 

「……そろそろ、姿を戻してもらえねーですか。
 もう全部、気付いちまってるですよ」


 まったく。外面は蒼星石の姿をしているのに、口調は
翠星石で。周りからみたら、さぞ可笑しいことだろう。
周りと言っても、ギャラリーは多くない訳だが。

 この器に入ってみてよくわかった。"蒼星石"の気持ち、
そして、"翠星石"という自分の弱さ。


「あなたは……気付いているようね。
 この森から、弾く必要は無さそうですわ」


 形が一度不安定になり、翠星石は、翠星石の。蒼星石は、
蒼星石の。元の姿へ、戻された。
 私は立ち尽くしていて、蒼星石はその場に倒れている。

「蒼星石!」

 私は彼女を抱き起こす。眠ってしまっている時の、穏や
かな表情。




「蒼星石……眼を、覚ますです。翠星石は……もう、
 大丈夫ですから」


 もともとは、私の弱さが。彼女を追いつめ、こんなこと
にまでなってしまった。私の、私のせいだ。

 私達は、早く眼を覚まさなければならない。
 蒼星石の肩をつかみ、優しく揺する。

「……蒼星石?」

反応が無い。

「蒼星石!!」

今度は、激しく揺さぶる。彼女は、眼を覚まさない。


「言ったでしょう。物語が、綻び始めていると。
 ここは、蒼星石という意識の森の中。そこに
 あなたは同化して、今までここに居たけれど……

 この娘の器は、もう壊れ始めているみたいね。
 物語の書き手が居なくなったら、この世界も
 長くは保たないのは道理でしょう」

事も無げに、彼女は言った。

「そんな! なんとかするです!」

書き手が居なくなる、とは。蒼星石は今、外で
死にかけている、という事? そんな、馬鹿な。
私に巻き込まれて、彼女が死ぬなんて!

「いいです! 私はどうなってもいいですよ!
 ぐすっ……妹にこんなに思いつめさせて……
 そりゃ蒼星石は、真面目で。
 すぐ極端な方向に走りたがるです。
 今だって、こんな……」

私は、涙を拭い、叫ぶ。

「けれど。姉想いの、いい妹なのです!」

私が。私が強く在れば。こんなに苦しませることは、
無かったのだ――





「……だ、そうですよ。道化のウサギさん。
 ここからは、私の管轄外かしら」

私はこの世界の。貴女達の、ただの監視役だから、と。
彼女は言った。


「左様ですか、お嬢さん。
 ならば貴女は、目覚めを望むと言うのですね?」

何処からか現れた白ウサギは、そんなことを言う。

「貴女はまず、自分の森に帰りなさい。
 ここに居たら、貴女も目覚められなくなるでしょう――

 私は私で、これからこの森の修復に入ります。
 雪華綺晶。貴女にも手伝ってもらいますよ?」

特にリアクションは無いけれど。何だか不満そうな彼女。
『しょうがないですわ』と、切り株から腰を上げた。


「ただし。この森から、更に外の世界に干渉するということ
 は――現実世界の流れを、変えると言う事。
 それは、奇跡と呼んで、差し支えの無いことなのです。

 それ相応の代価を彼女から頂くということを、
 どうかお忘れなく――」



 ウサギは光輝く穴を森の空間に繋ぎ、
 私はそこに吸い込まれていった―――



――――――――――――――――――――――――――


『ジュン君に、告白された。すごく嬉しい。
 その日は風邪で休んでいた翠星石にも、
 夜の内に報告して。
 翠星石は、それを祝福してくれて―――
 勿論、彼女と彼の仲はいいから。
 三人で、楽しくやっていけたらいいと思う。
 幸せな毎日。どうかこんな夢のような日々が、
 ずっと続いていけばいい。……』


 26ページ目、に記されている。


――――――――――――――――――――――――――


――――――

 森は、静か。樹々の隙間から差し込む木漏れ日が、
 緑色を斑に照らしている。
 少しだけ風が吹いていて、その感触が心地よい。
 白のワンピースの裾が、揺れている。
 
 森の奥には、大きな切り株がある。
 その地に、しっかりと根を下ろしている。もう幹を
 持たない姿になっても、この樹は生きているのだろ
 う。私はそう思う。

 そっ、と。そこに腰掛けた私は、優しく切り株の
 切り口を撫ぜた。


「蒼星石!」

 駆け寄ってくる女性。

「蒼星石……私の、名前……」



 私は、私であるという記憶が、『およそ無い』。
 わからないものはわからないのだから、いきなり
「記憶喪失」と言われても、ピンとこないのだけれど。

 駆け寄ってきた彼女は、翠星石。私の、双子の姉ら
 しい。私がこんな状態になって随分悲しんだけれど、
 今までずっと、私についていてくれる。
 彼女と一緒に居ると、とても安心できて心地よい。

 きっと、疑いようもなく。私達は、姉妹であると思
 う。この、眼の色を見ても、わかるように。。
 翠星石の眼の色は、光によく映えて綺麗だった。
 私の眼も、そんな風に映っているのかな。

 そんなことを考えていたら、また新しい人影が。

「翠星石……お前、走るの早すぎ。もっと加減しろよ」
「……ジュンの、体力が無いから……」

 ジュンと呼ばれる男の子と。薔薇水晶という名前の女の子。




「ジュン、運動不足すぎるですよ! もっと翠星石を見習うと
 いいですぅ」
「お前、何で園芸部なのに……っていうか、運動不足って言
 うな! 僕だってなあ……」
「……知ってる。ジュンはいつも、通販で買ったアイテムで、
 身体を鍛えてるんだよね……」
「あーあー。そんなんだから普段家で引きこもりがちになる
 ですぅ。外に出るですよ、外に」
「僕は引きこもってないー!」

 くすっ。ふき出してしまう。彼女達のやりとりは、何回聞い
 ても飽きることが無い。

 特に、ジュン君と翠星石。彼らは本当、お似合いのカップル
 だと思うんだけどなあ。お互い素直じゃないところが、
 ちょっとたまにキズだけど。
 それはそれ、ではないだろうか?


 ただ、ジュン君は。いつか私に、はっきり伝えたいことが
 あるんだって、言っている。なんだろう。私も彼のことは
 何だか気に入っているし、少し楽しみだったりする。





 薔薇水晶。よく覚えてないけれど、私は貴女と、お話した
 ことがあるような気がしているの。何処だったろう、はっ
 きりとしないのだけれど。

 時々貴女は、私に優しげな表情で話しかけてくれて。
『あなたはもう、大丈夫』と。私にはよくわからないけど、
 何故か。いつもその言葉を聞くと、涙が出そうになって
 しまう。

 ただ、貴女とは。良いお友達になれそうだと。
 そう、思う。……




――――――

 蒼星石が、微笑んでいて。その笑顔が眩しかった。
 私は、貴女の姉なんだから――
 貴女ばかりに頑張らせては、いけないのよね?
 本当にごめんなさい、蒼星石。
 私は、これから。貴女の傍に、ついているから。

 森は、私達が目覚めてからも、同じ場所にあった。
 驚くこともない。実際の世界を、よく反映した
 世界だったのだから、あそこは。ただ、今はもう。
 貴女の意識と繋がっている訳では、ないけれど。


 "ここではない、同じ場所"で。
 貴女は私に。私は貴女になって。
 改めてわかったことが、あったの。


 ――ねえ、知ってた?

 私はひとり、呟く。

 私達は、魂のかたちが。

 とてもよく、似ているのだと――


――――――――――――――――――――



『今度は、私が強くなる番。蒼星石、貴女を守る為に。
 そして、――"あなた達"の幸せを、見守る為に。


 私達は、夢から覚めて。
 作られた物語の様に、先は読めないけれど。


 だからこそ、今度は間違えないように。
 少しずつ、大切に―――生きて、いくのだ。……』



 一番新しいページ、に記されている。
 その先は。今はまだ、白紙のまま。



――――――――――――――――――――


 如何でしたか? これで今回の物語はおしまいです。
 本来私は、あまり干渉してはいけないのですが……
 ついついお節介を、焼いてしまいました。

 それでは、また。機会がありましたら、
 別な誰かの見ていた夢で、お会いしましょう。
 ……

――――――――――――――――――――

【夢の続き】~フォレスト~


おわり

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