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「めぐちゃん?雨が入ってくるから閉めるわよ?」
「あ、待って。もうちょっとだけ開けといて」

病室に入ってきた看護師は、私の答えが意外だったのか、少しだけ表情に戸惑いを浮べた。

「もうちょっとしたら自分で閉めるから。ね?」

作った笑顔でそう告げると、看護師は少し呆れたような表情で
「からだ、冷やさないようにね」
と言い残して病室から出て行った。

扉が閉まる音を聞いてから、私は開けっ放しの窓辺に向かう。

外は雨。

雨が嫌いだという人は多いけれど……
ずっと入院していて屋内だけで生きている私にとって、雨は好きでも嫌いでもない、どうでも良いものだった。


でも、半年くらい前。
天気予報も外れての、突然の夕立が降った日。

その内、看護師が窓を閉めにくるだろう。
まるで他人事みたいにそう考えていた私は、雨だろうとお構い無しに窓辺に寄り添って歌を歌っていた。
自然の奏でるジャズとのセッション、なんて洒落た事を考えていた訳でもなく、本当に、何となく。
何の予告もなく降ってきた雨に、色んな人が慌ててるのを眺めながら、ぼーっと。

そんな時、ふと視線を下げると、病院の軒下で雨宿りしている女の子を見つけた。

その子は水のしたたる長い銀色の髪と、すっかり濡れて肌に引っ付いた学校の制服姿で、雨宿りをしていた。


―――綺麗な人だな。
目を奪われた、というのが、この場合には最も適した表現だと思う。

私はその女の子を見つけて、歌うのを止めてしまった。

すると、女の子の方も、どこからか聞こえていた歌が消えた事に気が付いたのだろう。
少し首をかしげてから周囲を見渡し……そして顔を上げた。

私と、彼女の視線が交わる。

全く知らない人と、こうして目が合う感じ。
私はとりあえず、笑顔を作ってから彼女に向けて軽く手を振ってみた。

彼女は一瞬だけ驚いたように目を見開いて……それからいかにも不快そうな表情をして、走り去ってしまった。
雨が降り続けている中を。

―――ちょっと怖い子なのかも。でも、変わった子。
―――だって雨宿りしてたのに、雨が上がる気配も無いのに、出て行っちゃった。
―――それとも、よっぽどせっかちな子なのかしら。

遠ざかる彼女の姿を見ながら、私はぼんやりとそんな事を考えたりしていた。


それから数日して、今度は朝から一日中、雨が降ってた日。
その日も私は、ぼんやりと窓辺にもたれながら歌を歌っていた。

そしてその日も、一日中雨だというのに、銀色の髪をした彼女は、傘が無いのか病院の軒下で雨宿りしていた。
 

―――この前は何気なく手を振ったつもりだったけど、ひょっとして彼女は追い出されたと勘違いしたのかな。
―――せっかく雨宿りしてたのに、ちょっと悪い事しちゃったかも。

私はそんな風に考えて、今日は彼女の姿を病室から眺めながら歌うだけにしておいた。

暫くして看護師さんが窓を閉めに来たせいで私の歌は終り……
そして程なくして、彼女はまたしても土砂降りの雨の中を渡って帰っていった。

そんな風に、雨が降るたびに雨宿りに来る女の子。
私はいつしか、声も、名前だって知らない彼女の事が気になるようになってきた。



その日も、朝からずっと雨だった。

―――あの子、今日も来るかな。
ちょっとした期待感みたいなものを胸に、私は窓辺に寄り添う。
話した事もない相手との、私にとっては不思議と心温まる、ちょっぴり変わったひと時。
長い入院生活の中での、ちょっとした楽しみ。
私は窓辺にもたれながら、彼女を待っていた。

そうして待つうち……私は変なものを発見した。

病院の塀に遮られてよく見えないけれど、傘のてっぺんが動いているのが見える。
そして、雨が降っているのにその傘は閉じられて……
それからすぐに、彼女はいつもと同じように雨宿りに来てくれた。

彼女はいつもと同じように、傘を持っていない。
でもよく見ると、彼女の髪も、服も、あまり濡れていなかった。
  



「折りたたみ傘?」
小さく呟いてから、不意に笑みがこぼれた。
彼女は雨宿りに来ているフリを続けながら、その実、ずっと私に会いに来てくれてたんだ。

―――本当はとっても優しいのに……不器用で素直じゃないんだから。

そう思うと、いつか浮べた作り笑いなんかではなく、自然と笑顔が浮かんでくる。

私はその日も、いつもと同じように歌を歌った。
私はその日、彼女の為だけに歌を歌った。




そして今日も、雨が降っている。

病院の塀から、今ではすっかり見慣れた彼女の折りたたみ傘のさきっぽが顔を覗かせている。

きっと、もうすぐ来てくれるだろう。
とっても綺麗で、とっても優しくて、ぜんぜん素直じゃない、私のお友達が。


そして彼女は、いつもの場所で雨宿りを始める。
私は、いつものように歌いだす。 






【雨の】【歌声】
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