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『放課後誰もいなくなったら教室に来るです』
 机の中に無造作に置かれていたノートの切れ端にはそんなことが書きなぐられていました。
これを入れた彼女は雛苺で遊んでいます。誰もいなくなったらって何時なんでしょうね、本当。水銀燈は誰も座らない席を眺めながら溜め息を一回、吐き出しました。
 水銀燈にとって現在一番の問題は金糸雀が不登校だということです。先日のように遊びには出掛けるんですから、原因は梅岡に違いないと水銀燈は思うのでした。根拠は女の鋭い勘、トリビアルです。


 HRが終わって、部活が始まってから30分たった頃、水銀燈は教室に戻ってきました。でも教室に翠星石はいません。
呼び出して遅れちゃうなんて、結構翠星石にはあるんですけどね。
それからさらに15分後、

  ガラッ

 教室の扉が音を立てて勢いよく開きました。
「すまないです。ちょっと遅れたですよ」
「なんの用なのよ」
「驚いた、ですか?」
「何がよ? 用がないなら帰るわよぉ」 

 翠星石は不満そうな顔で「台本通りにやれですぅ」とぶつぶつ言っていますけど、翠星石の脳内台本(ラノベ原作)の内容など水銀燈には知ったこっちゃありません。
水銀燈が教室から出るためにイスから立ち上がろうとした時、翠星石はふぅと溜め息をついて話し始めました。
「用があるのは確かなんですけどね、金糸雀のことどう思ってるですぅ?」
振り返ると翠星石は教壇の上で一際長いチョークをくるくる回しています。
「ともだちですか?」
「当たり前よぉ。まぁ妹みたいって思う時もあるんだけど」
「近すぎて見えなかったり、伝えられない事はあったりしましたか?」
「何の話よ。もう帰るわよぉ、じゃあね」
 何だかこれ以上の話を聞きたくない気がしました。ふと水族館の帰りの金糸雀の真面目な表情を思いだし、翠星石を無視して帰ろうと背を向けたとき、


「転校するんですよ」


ふっと世界から音が消えたかと思うような静寂が一瞬、水銀燈を襲いました。
「知らないでしょうから教えるですよ。
金糸雀は、明後日正式に学校を辞めて、ドイツに留学するんです。」

悪い方向にドキドキしているのは誰の心音なのでしょう。
「なんの話よ、それ」
「金糸雀の話ですよ」
どことなく低めの声で、翠星石は喋ります。何時もの甲高い声ではありません。
「聞いてないわよぉ」
水銀燈がまだ、甘ったるい猫みたいな声を出しているのは翠星石の言葉をただ冗談だと思いたいからでしょう。
「言ってないからじゃないですか?」
「たとえ、本当に転校するとしても私に言わないなんてあり得ないわぁ」
「あり得ないなんて何とやらですよ。ほら、金糸雀がなんか言いたがってる時に割り込んだとかないですか?」
なんかそんなこともあったような気がします。水銀燈は翠星石がくるくるペンを回すのを見ていましたが見ていませんでした。
 夕日に映える感じの翠星石の声が頭の中でうるさいのです。金糸雀のことを考えたいのに翠星石が邪魔をしていました。全部幻聴ならいいとか、そもそもなんで翠星石がそれを知っているのかとか、重要な事とどうでもいい事がぐるぐるして水銀燈はぐらぐらです。
そんな水銀燈を翠星石はあぁ、こんな感じだったんですか、といったまなざしで見ていました。 

「取りあえず伝える事はしましたよ。信じる信じないは勝手ですけど、できるなら自分で確かめて欲しいです」
 今日は嘘つきの日ではありません。そもそも翠星石は人を傷つけるような嘘をぽんぽんつくような人だったでしょうか。
「帰るから」
一言、水銀燈はそう呟きました。教室の扉を開けると紅茶のいい香りが漂いましたが、そんな事は気にせずに帰ってしまいました。
赤は3倍ステルス性能なのかも知れませんし、単に水銀燈がうっかりしていたのかも知れません。
 でも、あえて言うならば、水銀燈は金糸雀の事を考えていました。大切なともだちの事だけしか考えられなかったのです。



いつつめ おもいでのゆくえ おしまい

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