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今でも憶えている。

まだ目も開かないような赤ちゃんが、小さなもみじのような手で私の服の裾を掴んで離さなかった。
おかげで私は、その日の剣道の道場への練習に行けなくって……
家に帰ってから、両親に怒られてしまった。

それでも、しっかりと私を捕まえていた小さな手の事を思い出すと、むしろ満足感さえ感じた。


私は、蕾のように可愛らしい雛苺と出会った。




今でも憶えている。

やっと歩けるようになったばかりの雛苺が、おぼつかない足取りで私に近づいてきてくれた。
それでも、やっぱり慣れてないのか、バランスを崩して躓きそうになる。
私は咄嗟に、地面にぶつかる直前の雛苺を優しく受け止めた。

抱きしめられたと思ったのか、嬉しそうに笑った雛苺の笑顔に、私は天にも昇るような幸福感を覚えた。


私は、天使のように素敵な雛苺と一緒に過ごした。


  

今でも憶えている。

公園の砂場で、大きなお城を作ろうとしていた雛苺。
おでこに付いた泥を取ろうとして、泥だらけの手で拭ったりなんかして……
遊びつかれたのか、お城が完成すると同時に、眠そうに目をこすっていた。

私に手を引かれながら家路に付く雛苺。その小さな手から伝わる体温に、私は心が満たされていく気がした。 


私は、太陽のように暖かな雛苺と一緒に歩いた。 




今でも憶えている。

幼稚園の制服に身を包んで、小さな体で元気一杯に駆け回る雛苺。
時折つまづいて、その度に泣きながら私にしがみついてきた。
私が涙を拭いてあげると雛苺はすぐ、とても嬉しそうな笑顔を私に向けてくれた。

言葉では言い表せない程に可愛らしい雛苺の仕草に、私は自分自身の愛情の深さに改めて気が付いた。 


私は、咲き誇る花々より綺麗な雛苺と一緒に微笑んだ。 




私は、雛苺と共に生き、笑い、歩き、過ごした。

なのに、今。
私と雛苺の二人っきりであるべき空間には、フランスから来た女が何故か居る。
名前は確か、オジ……?オデ……? 
何でも良いけれど、とにかく邪魔だった。 



「ほら雛苺。貴方が幼い頃に私のお婆様と撮った写真よ」
そう言い、オデ何とかは雛苺に胸に下げたロケットの中の写真を見せていた。

「うゆ?これがヒナなの? ふふ、何だか嬉しそうなのー!」
純粋で無垢な雛苺は、その策略に気付かず、オデ何とかの膝の上で写真を見ながら微笑んでいる。

雛苺の可愛さは、言うまでもない。
問題は。
そう、問題は、このオデ何とかは私から雛苺を奪おうという邪悪で陰湿な思惑を隠そうとしてない事だ。

「オディールよ。オディール・フォッセー」
オデ何とかは私の敵意剥き出しの視線に気付いたのか、鋭い声でそう告げてくる。
ああ、そう。
オデ子でいいや。

「そう」
私はクールにそう短く答えてから、とりあえずは客人なので、オデ子にお茶を出しておく。
一番安いの。

それから、宇治の高級緑茶と苺大福を雛苺にも出してあげた。
「わーい!うにゅーなのー!」
喜ぶ雛苺は、まるで天使そのもの。
「トモエ、だーい好きー!」
そう言いながら、私の胸の中に飛び込んできてくれた。

私は抱きついてきた雛苺の髪をそっと撫でながらチラッとオデ子の様子を横目で窺ってみた。

表情こそ柔らかな笑顔をしているが、よく見ると額に怒りマークが浮いている。

勝利の感触と、雛苺が私の両手の中に居るという事実に、私はついつい笑顔がこぼれそうになった。

だが、相手もフランスから雛苺を追い求めて来ただけの事はあるようだ。
引き攣った笑みのまま、それでも落ち着いた動作で目の前に置かれたお茶に手を伸ばす。

そして一口飲んでから、私に向けて柔らかな微笑を向けてきた。
「 思ってたより 良いお茶ですね」
目は、笑ってなかった。

「ええ、どうも」
かろうじて答えたが、これはどう見ても挑発だ。
『思ってたより』を強調しているのが証拠。

それでも、長年に渡って剣道を続け心を鍛えていたお陰で、決闘を申し込むのだけは堪える事が出来た。


だけれど……
とても感受性豊かで、心優しい雛苺は、抑えようとも抑えきれない剣呑な雰囲気に気付いたのだろう。

「うぅ……何だかトモエもオディールも、目が笑ってないの……」

何かに怯えるように身を震わし、私を見つめる雛苺。

この子を怖がらせるような事をしてはいけない。
私の全身全霊が、そう声を上げる。

だから私は、雛苺を怖がらせないように、オデ子とも仲良しな雰囲気だけでも作ろうと努力する事にした。
ごく自然な笑顔を作りながら、雑談でも楽しむような声で尋ねる。

「ところで、オディールさん。私はフランスの文化は学校で習った位しか知らないのですが……
 フランスではどうやって決闘を申し込むのですか?」 



 
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