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「だって」と、真紅は可笑しそうに目を細めながら口を開いた。


「貴方から相談があるだなんて。それも真面目な表情で言われたら、誰だって簡単に想像がつくわよ」


そう言い彼女は、テーブルの上の紅茶のカップを持ち上げた。
静かに口元にカップを運び、香りを楽しむようにしてから一口。
その仕草は、同性である僕から見ても充分に魅力的なものに思えた。


「翠星石の事、でしょう?」


カップが置かれ小さな音を立てるのと彼女の口から出てきた言葉が、同時に僕の耳に届く。
時折、それも人間関係の時にだけ見せる、真紅の実に的を得た観察眼に、僕は内心舌を巻いた。
さあ、どうだろう。
あっさり認めても良かったけれど、ほんの小さな悪戯心で、僕はそう答えをはぐらかした。

僕らが座っているのは、通りに面した静かな喫茶店。
真紅は紅茶を。僕はコーヒーを飲みながら、向かい合って座っていた。


「あら?私はてっきり、翠星石の事で何か悩んでるんだと思ったのだけど」


彼女はわざとらしく首をかしげながら、そう言ってくる。表情は、相変わらず微笑んだままで。
僕は、曖昧な笑みで彼女に答えてから、テーブルの上のカップを手に取り一口。
その行動だけで、真紅は僕が答えようとしなかった言葉も察してくれたのだろう。
大げさに首を振りながら、困ったような表情をしてみせた。


「全く、貴方といい翠星石といい、素直じゃないわね」


君だって、そうだろう。
思わず、心に浮かんだままにそう答えてしまう。


「レディーには、例えそう思っていても素直に頷く訳にはいかない場合もあるのよ」


平然とした表情でそういう真紅を見て、やっぱり僕は確信した。
彼女も翠星石と同じで、相当素直じゃないや、と。
でも、今度は思ったことを口には出さず、そうなんだ、とだけ答えておいた。

「で、」と言葉を切ってから、真紅はカップを再び口元に運び、一口。
もったいぶった行動は計算なのか、それも‘レディーの洗練された動作のひとつ’なのかは知らないけど。
カップがテーブルと触れ合う小さな音を立てたあと、彼女は真っ直ぐに僕を見ながら尋ねてきた。


「翠星石の事で何を悩んでるの?」


僕は真紅から視線を外し、人もまばらな通りへと目を向けた。
わからないんだ。
決して何かを隠そうとするのではなく、純粋な自分の気持ちとして、そんな言葉が口から出た。
 

「そう」


真紅は短く答えてから、僕と同じように通りへと視線を向ける。
そんな彼女の仕草に、僕は相談する相手が間違ってなかった事を誰にでもなく感謝した。
これが別の誰かだったなら、答えどころか質問ですら曖昧な相談など、ろくに聞いてもくれなかっただろうから。


「本当に仲の良い関係、というのは」


窓の外を見つめながら、真紅が唐突に口を開く。


「家族のように退屈だ、と誰かが言っていたわ」


僕は退屈してるのかな。
彼女と同じように、僕も窓の外へと視線を向けたまま答えた。


「最近は翠星石も、昔みたいな無茶はしなくなったものね」


遠い思い出を懐かしむように、真紅は目を細めながら呟く。
あんなに得意だった木登りも最近はしてないしね。
僕も、まるで古い写真みたいにぼやけた記憶を呼び起こしながら、気が付けば微笑んでいた。
 

「あの頃から、貴方は翠星石の妹で保護者だったわね」


それから、真紅は正面へと、僕の方へと顔を向けながら静かに、言った。


「手のかかった子が親離れしてしまって寂しい、といった所かしら?」


僕も正面に、真紅に向き直り、今告げられた言葉について考えてみる。
どうだろう。わからないや。
素直に思ったまま、そう答えた。
でも、その指摘もあながち間違いじゃないかもしれないね。
素直に、そう思えた。


それからも僕らは、ゆっくりと自分のペースで話し続けた。
喫茶店の代金は僕が払うよ。
「素敵なお店を教えてくれた事だし、気持ちだけ受け取って置くわ」
そんなやり取りを最後にしてから、僕達は店を後にした。


家に帰ると、僕より早く帰ってきていた翠星石が、夕飯の準備をしていた。
こうして彼女の後姿を見ているだけども、はっきりと分かる。
彼女は、素敵な女性に成長した。
見ているだけでもハラハラするような危なっかしさは、あまり見られなくなった。
あまり素直じゃないし、相変わらず妙な事を口走ったりするけれど、それでも歳相応にはなってきたと思う。
 

保護者も卒業、かな。
魚の尻尾を、夕飯の匂いにつられてやって来た子猫に与えている翠星石の背中を見ながら、呟く。


「よーしよし。ぐんぐん伸びて、山のように大きく育つですよ」


子猫に無理難題を押し付けている声が聞こえてきた。
ついつい笑っちゃいそうになる。
やっぱり、まだ保護者が必要かな。なんて考えも、一瞬だけど浮かんだ。

いいや。
小さく首を振って、またさっきの続きを考える事にする。

保護者をやめてしまったら、僕は何になるんだろう。

家族で、姉妹で、妹で。
でもそれは、生まれつきで、僕の意志が介入するよちなんて無かった事。
僕は、僕の意志で、翠星石にとっての何になりたいんだろう。


「ねえ、翠星石。今度の休み、二人で買い物でも出かけようか」
「それは別に良いですけど……急にどうかしたですか?」
「いや、大した事じゃないんだけど―――」


改めて、君と友達になりたいと思って。
その言葉は、そっと胸にしまっておいた。 



 
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