※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 
 
  2-5
 
 
「なあ、おい……」
 
不気味な廃坑には似合いの低く曇った声が、前を歩く人影へと、吸い込まれる。
呼ばれた人物――マブダチは歩を止めるや、首だけを、ぐりんと真後ろに向けた。
 
「どうかしましたかぁ~、ジュンくん?」
 
ガチで180度、回っている。ジュンは迸りかけた声を、咄嗟に手で喉の奥に押し込んだ。
実際、マブダチの纏う黒いローブが闇に融けて、生首が宙に浮いているかに見える。
 
が、コミカルな黄色い電気ネズミの顔では、おどろおどろしさも半減どころか四半減。
恐怖をカケラも感じないばかりか、失笑を禁じ得ないレベルの痴態だった。
ヒクヒクする鼻を咳払いで落ち着かせ、ジュンは言いかけていたセリフを継いだ。
 
「本当のところ、おまえの名前は、なんて言うんだよ」
「え~? だから、マブダチですってば。教えたばかりじゃないですか~」
「あからさまに胡散臭いから、訊いてるんだってば!」
 
頭ごなしに偽名と断ずるのは、乱暴に過ぎるかも知れない。親しき仲にも礼儀あり、だ。
しかし、相手は胡乱な男。素顔を隠す理由が、『人見知り』というのも解せない。
いかにも人畜無害な仮面の裏で、卑賤な嘲り笑いを浮かべているとしたら……
そんな根拠のない想像が、ジュンの胸に生まれた疑心を肥え太らせてゆく。
 
「おまえが盗賊の一味じゃないって保証が、どこにあるんだよ。
 いまだって本当は、仲間が戻るまでの時間を稼いでるのかも知れないし」
「僕が盗賊の仲間? はは……これはまた、なかなか疑り深いなぁ~、君は」
「生憎とね、そこまでお人好しじゃあないんだ」
 
それに――と、ジュンは意識だけを、背後にいる3人の乙女に向けた。
正直、他人を気遣うなんて面倒だったが、彼女たちの身の安全には配慮しないと。
 
「まあ確かに、ジュンくんの意見は至極もっともですね~」
「納得してもらえたようね。なら、正体を明かしてもらおうじゃないの」
 
彼らのやりとりを聞いていたのだろう。みつが徐に進み出て、得物をマブダチの喉元に突きつけた。
ジュンでは押しが弱いとの判断に違いない。こういうとき、みつは意外な貫禄を見せる。
 
仮面の男は、慌てた様子で、ローブの下から両の掌を露わにした。
いかにもな無抵抗のパフォーマンス。素振りだけでも恭順しておこうとの魂胆か。
 
「まぁまぁ、待ってください。暴力反対ですよ~。平和的に解決しましょう。
 僕たちは解り合えます。なんてったって、同じ境遇に置かれてるんですから~」
 
だが、そんな妄言を弄して相互の信頼が深まるならば、これほど楽なことはない。
人間は進化の過程において、哀しいかな、叡智ばかりか欺瞞と猜疑までも培ってしまった。
おそらく、両者の間にある多くのマイナス因子をどれほど除こうとも、完全な相互理解には至るまい。
 
「本気で言ってるのなら、廃坑を出るまでの短い付き合いでも、隠し事はするなよな」
 
疑念を拭えぬまま、それでもジュンが仲間として忠告すると、「では、こうしませんか?」
いままでのバカっぽい口振りと打って変わって、マブダチは歯切れよく言った。
 
「無事に廃坑を出られたら、僕の身分を明かす――というのは」
「あのなあ……それだと、身の潔白を証明したことには、ならないだろ」
「とは言え、僕もまた、ホイホイと立場をさらけ出せない身の上なのですよ」
 
やたらと饒舌だが、そこまで勿体つけるほどの肩書きとは、なんなのか。
もしや、CIAやMI5みたいな諜報機関のエージェントで、潜入捜査を?
ジュンはしかし、そんなアクション映画じみた仮想を、一笑に付した。
マジ有り得ない。国家機関のスパイが、縁日で買える安い仮面で変装だなんて――
 
 
「なので、ここを出るまで勘弁してください。ほら、諺に『壁にメアリー』と言うでしょ」
「それを言うなら『目あり』だろ、このボケ! 壁に埋められた人柱じゃあるまいし!」
「いやー、ジュンジュン。そこは『耳あり』でしょー」
「うっ……。も、もういいよ、アホらし。さっさと用事を済ませて帰ろうぜ」
 
埒の開かない口論に疲れて、ジュンはやむなく妥協した。
マブダチが、なにを企んでいようと、それが実行される前に問題を解決してしまえばいい。
それに正直、煩雑な一切をかなぐり捨てて、惰眠を貪りたくなってもいた。
 
ジュンが顎をしゃくる。マブダチは頷いて、背中を丸めて歩き出した。
松明を手に、ジュンも続く。素性の知れない男の背中を、油断なく睨めつけながら。
そこに、電気ネズミのメイメイを抱っこした吟遊詩人の娘が、早足で並んだ。
 
「ねえ。いま、ちょっと思いついたんだけど――」
めぐは、ただでさえ聞き取りにくい囁き声を、なお一段、潜めて言う。
「あの人って、ひょっとしたら富豪の息子とかじゃないのかしら」
 
マブダチの話では『誘拐されて閉じこめられていた』らしい。
それが虚偽でなければ、そうするだけの益が、盗賊団にはあった理屈になる。
莫大な身代金か……あるいは、匹夫の強欲を満たし得るナニかが。
 
「でもよ、柿崎。それだったら別に、仮面を被る意味ないと思うんだけど」
「他の盗賊団が、獲物を横取りにきたのかもと警戒してるんじゃない?」
「そうなのかな? でも、まあ、幽閉されてたんだし、いろいろ疑心暗鬼にもなるか」
 
彼らの会話に聞き耳を立てていた赤貧サモナーの瞳が、暗がりの中で光を放つ。
「てコトはっ……もしかしたら『人質救出で褒賞金ガッポガポ』フラグ立ったかもー」
 
そんな彼女に、巴からクールな見解が贈られた。「捕らぬ狸の皮算用。期待するだけ無駄よ」
 
 
  ~  ~  ~  
 
すっかり闇に慣れた眼が、前方に仄かな明かりを捉えて、少年をドキリとさせた。
想像して、覚悟はしていたものの、実際に見ると胸の奥がキュッと痛くなる。
敵が近いぞ。後続の乙女たちに告げようとしたが、ヒリつく喉の渇きが、それをさせない。
しかし、彼女たちにも炎の揺らめきは見えている。一行の歩調は、自ずと重くなった。
 
先頭を行っていたマブダチが、少し距離を隔てた彼らを振り返って、手招きする。
 
「心配ないですよ~。この時間なら、みんな出払ってるはずですから~」
「……なんで、そう言い切れるんだよ」
「僕も、ボケ~っと捕まってたワケではないのでね」
 
盗賊の行動パターンは、おおよその調べがついていると、マブダチは言う。
あまりに自信満々な口振りは、ジュンたちに異論を唱えるべきか迷わせた。
 
それでも、用心に越したことはない。忍び足で近づいてゆくと――
彼らは狭い坑道から、天井の高いドーム状の大広間に投げ出された。
鍾乳洞のような、自然にできた空間ではない。掘削により作られた世界だ。
幾つもの篝火が、深淵の世界を頼りない炎の瞬きで満たしていた。
 
マブダチの言ったとおり、明かりが届く範囲に、不審者の影はない。
彼らが辿ってきた坑道とは別に、横穴が三本、パッと見で確認できた。
そのいずれかが、外気の流入口らしい。ジュンは薄く汗ばんだ頬に、そよ風を感じた。
 
「つい数時間前まで……誰か居たらしいな。微かに、気配が残ってる」
「ここで寝食してるんだね。全員、かなりの偏食みたい。ほら、見て……」
 
巴が指差す先に散らばっているのは、動物の骨や皮、乾涸らびた肉片らしきものが……。
極めて不潔な環境だ。饐えたような人いきれに、乙女たちが揃って眉を顰める。
ジュンも、この得も言われぬ臭気に、肺腑を腐蝕されている気分だった。
 
「それで、わたしのキーボードは、どこ?」
長居したくない意志を声音に滲ませて、吟遊詩人の娘が、気忙しげに問う。
 
マブダチは「この辺りですよ」と、削りっぱなしの壁面に取りつき、丹念に探り始めた。
すると、どうだ。数秒の後に、岩肌に電子レンジ大の空洞が開けたではないか。
これには、ジュンを始め、みんなが時ならぬ歓声をあげた。
 
「なんだこれ、すごいな! 光学迷彩ってヤツか?」
「いやいや、ジュンくん。そんな大層な仕掛け、この廃坑にはないよ」
 
マブダチが笑いを押し殺しながら、タネ明かしをする。
彼が腕を上下すると、空洞も現れたり消えたりを繰り返した。
なんのことはない。緻密に描かれた岩肌の壁紙で、穴を覆い隠していただけだ。
しかし、原始的なトリックながら、この暗さだと存外、判らないものである。
 
「なるほどねー、盗品を隠す簡易金庫ってワケか。そこに、めぐめぐの楽器が?」
「ええ。ジュンくん、取り出してくれませんか。僕が壁紙を抑えてますから」
「解った。任しとけ」
 
ジュンは空洞に歩み寄って、中を覗き込んだ。なかなか奥行きがある穴だ。
そこに、金属光沢を放つ直方体が安置されていた。想像していたよりも大きい。
「これって、シンセサイザキーボードじゃないか。重そうだし、引っぱり出せるかな……」
 
通常では無理そうだと判断したジュンは、空洞に半身を突っ込み、両腕を伸ばした。
――に、しても。マブダチはいつ、この仕掛けを見て、はずし方まで知ったのだろう?
両手で楽器を掴みながら、またぞろ疑念を膨らませた直後、ジュンは身体の異変を感じた。
 
 
  ぺろ~ん。
 
そんな擬音が聞こえてきそうな、いやらしい手つきで撫でられた。…………尻を。
驚いたジュンは、頭をぶつけながらも空洞を抜け出るや、マブダチの襟首を捩じ上げた。
 
「おまえなあ! ふざけてる場合じゃないだろ!」
 
しかし、マブダチは狼狽えも謝りもしない。ばかりか、不気味に含み笑って――
「実にセクシーなヒップをしているね、ジュンくん」
 
ジュンの耳元で、ねっとりと囁いた。「ずっと、君を待ってたんだよ」とも。
なに言ってるんだ、こいつ? ジュンは訝しげに、仮面の男を睨む。
マブダチも、少年を見つめ返して、またも気色悪い笑みを漏らした。
 
「ぜひとも僕に、ジュンくんの『イチモツ』を譲ってくれたまえ」
「……はぁ? な、なんだよ、それ……。暴れん坊天狗のコトか?」
  
でも、とジュンは口ごもった。喜んで贈呈したいが、自分の意志では取りはずせない。
その沈黙を渋ったと見たのか、マブダチは打てば響く勢いで答えた。言葉と実力行使、その両方によって。
 
「拒んだって、奪うまでさ! ジュンくんの物は僕の物。僕の物も、僕の物!」
「おわあぁ?! どこ触っ、やめ……あ、おぅぉっ?!」
 
もの凄い膂力で抱きつかれるや、ジュンは臀部を鷲掴みにされていた。
マブダチの中指と人差し指が、割れ目の奥へと食い込んでくる気配に、少年は悟る。
こいつ、ガチホモだ! ホモダチだ! この世界の盗賊は、揃いも揃ってホモなのか?!
 
「むふふ……ありがたく奪わせてもらうよ、ジュンくんのシリコダマ」
 
混乱しきったジュンの脳裏に、傲岸不遜な盗賊団団長の影がチラつく。
だが、声が違う。体格もだ。ベジータほど筋肉質ではない。ならば、こいつは誰なんだ?
そんな冷静な分析をする一方で、この状況から脱しなければと、理性が訴えている。
 
逃れるべく両腕を突っ張ろうとして、ジュンは膝の震えを覚え、驚愕した。
ばかりか、全身のチカラが腰の辺りから、際限なく吸い出されていくようだ。
恐るべきテクニシャン。マブダチの指技が、少年を翻弄する。「あひ……ぎも……ぢ……ぃ」
 
――が。
「はーい、そこまでよ。続きは、わたしのキーボード取り戻してからね」
 
既のところで、時速150キロで飛来した白磁の花瓶が、マブダチの頬を直撃。ジュンを魔手から救った。
花瓶の軌跡を辿れば、めぐの聖女のような微笑に当たった。しかし、眼は笑っていない。
気まずさに眼を逸らすと、今度は、へらへらと赤面している巴とみつが、視界に飛び込んできた。
ふたりの鼻の下に、チラと紅い雫らしきモノが見えたのは、たぶん気のせい。
 
支えを失ったジュンは、痺れた思考のまま、その場に腰から崩れ落ちた。
その折れた膝の横で、少年に笑いかけているのは、コミカルな電気ネズミの仮面。
これって、マブダチの……。緩慢な仕種で頭上を仰いだ少年は、次の瞬間、喉を鳴らしていた。
朦朧とする意識を覚ますには過剰とも言える衝撃が、そこにあったからだ。
 
「おまえは! 姉ちゃんをつけ回してた、山本ってストーカーじゃないか!」
「ストーカーとは酷いな。義兄になるかも知れない、この僕に向かって」
「なにが義兄だよ、盗人猛々しい! おまえが身内になるなんて、まっぴら御免だ」
「……そう蔑まないでくれよ。僕だって、好き好んで盗賊になったんじゃないんだ。
 敢えて言おう! 愛ゆえにっ! 僕はっ! 悪鬼羅刹の道に落ちたのだとっ!」
 
――どうしようもなかったのさ。
山本は、悪党なら誰しもが言いそうなセリフを並べて、苦しげに表情を歪めた。
そして、ローブの端を鷲掴みにすると、「これが、僕を狂わしめた元凶だ」
バサリと一気に脱ぎ捨てて、隠されていた痩身をジュンたちの眼前に晒した。
 
――沈黙。鼓膜に、キリキリと痛みを覚えるほどの、静寂。
時の流れさえ忘れそうな世界で、松明の爆ぜる不定期なノイズだけが刻まれる。
まるで、サイレント映画のワンシーン。そのスクリーンを裂いたのは、少年の掠れ声だった。
 
「おい……それって」ジュンの瞳が、自分と同じ制服姿の山本を、穴が開くほど凝視する。
「呪いのパーマンじゃないか!」
 
禍々しい妖気を放つ、パッと見、忍者ハットリくんに似た奇妙奇天烈なモノ。
それが、あろうことか、山本の身体に貼りついていた。より正確に言えば……股間に。
 
「ふふ……なんとも無様な姿だろう? そうさ、僕は呪われた男なんだ」
山本は肩を落とし、いましも血を吐きそうな声を絞りだす。「忘れもしない。あの日……」
 
――とまあ、山本の詳細にして哀切極まる語りを、三行で概略すると、以下のとおり。
 
 1)夢の世界でも出逢えた奇跡に感謝しつつ、想いを伝えるべく、桜田のりを追いかけていた。
 2)彼女だけを見つめていたので、足元に落ちているバナナの皮に気づかなかった。
 3)踏んで滑って、俯せに倒れたところに転がっていたのが――
 
「この、呪いのパーマンだったんだよ~ん! あははは! あははは!」
 
もはや自棄っぱちの泣き笑い状態で髪を掻きむしる山本に、誰もが言葉を失っていた。
殊に、同じ境遇にあるジュンは、とても笑える気分ではない。
彼とて、股間の天狗をはずせないままなら、山本と大差ない運命を辿るかも知れないのだ。
 
「まるっきり『ド根性ガエル』パターンで、男としての人生終了かよ……御愁傷様」
「不慮の事故って怖いわねー。ま、不能だからってやさぐれずに、ゲイ能人デビューしたらどうよ」
「強く生きて。私には、それしか言えない。あ、もう一言だけ追加……たまにはホモもいいよね」
「……死んじゃえ」
 
楽器と相棒を強奪されて怒り心頭の、めぐはともかく。ジュンたちは概ね、同情的だった。
しかも、ジュンにすれば実姉が事の顛末に絡んでいるのだから、穏やかではない。
自分の与り知らないこととは言え、なんとなく、詫びておきたい心境になった。
 
「なんか、ごめん。ウチの姉ちゃん、ときどきインテルの調子が悪くなるからさ。
 そのせいで、誰かの人生を狂わせていたなんて――」
「いや……いいんだ。もう済んだことさ。元々、のりさんを恨んでなんかないよ。
 それに、呪いのパーマンのはずし方も教わったからね。僕は生まれ変われるんだ」
「マジでっ?!」
 
いきなりの爆弾発言。この山本の言葉は、ジュンにとっても福音だった。
呪いの仮面のはずし方とは、つまり、暴れん坊天狗のはずし方に他ならない。
ジュンは勢い込んで詰め寄った。それに対して、山本の言うには……
 
「簡単だよ。同じ境遇にある者のシリコダマに、禁断の口づけをするのさ」
 
それが本当なら、ジュンと山本はシリコダマを奪い合い、勝者のみが救われることになる。
生け贄の儀式めいた、とんでもなく野蛮で血腥い話だ。こんなに血腥くてインカ帝国!
しかし、呪詛系となると、もっともらしく聞こえてしまうから、人の心理とは不思議なもので。
 
ガセではないのか? その話のソースは? 
いきなり降って湧いた話を俄には信じられず、問い返すジュンに――
 
「そぉれは、わ・た・し☆」
 
若い女の声が、軽い調子で答えた。
その場に居合わせた誰もが、一斉に声のした方へと振り向く。
注目を一身に浴びて、横穴のひとつから躍り出たのは、薄紫色のドレスを着た少女。
 
「ぴょんぴょん……っと。また逢ったね……スケベ人間」
「出たな、自称いたずらウサギ! て言うか、おまえが勝手に絡んでくるんだろ」
「……当然。言ったでしょ? 受けた恥辱は……きっと晴らしてやるって」
「逆恨みじゃないか、それ。根に持ちやがって!」
 
ジュンはこめかみに親指を当てた。よりにもよって、厄介なヤツに粘着されたものだ。
呪いの仮面のはずし方とやらも、俄然、ウソ臭くなってきた。
 
「おやぁ~? 君たち、知り合いだったの?」
 
街道での一件を知らない山本が、ジュンと眼帯娘を交互に見つめる。
すると眼帯娘は、にこ~、と彼に微笑みかけて、すたすたと歩み寄った。
完全に信用しているらしく、疑問も抱かず、気安く話しかける山本。「なんだい?」
だが、次の瞬間――
 
「これは……ご褒美だぴょん!」
 
眼帯娘の右足が一閃。ロングブーツのハイヒールが呪いのパーマンを木っ端微塵に砕き、
山本の股間に突き刺さった。山本は声をあげる間さえなく、弁慶のように立ち往生した。
なんという衝撃映像。あまりの惨たらしい仕打ちに、ジュンはモチロンのこと、
三人の乙女までもが思わず内股になって、アソコを手で覆い隠したほどだ。
 
「酷いことしやがる……」さては、呪いのパーマンも、こいつの仕業だったんじゃ――?
ハニワのごとく直立する山本を一瞥して、ジュンは眼帯娘に、憤怒の視線を叩きつけた。
 
「おまえには、お仕置きが必要らしいな」
 
こんな不幸の連鎖は、断ち切られねばならない。
山本のような犠牲者を、もう増やさないためにも。
 
勧善懲悪は、昔話にもよくあるモチーフだ。鉄板パターンに認定してもいいくらいの。
しかも、その手の物語の結末は大概、改心した悪者が主人公にヒミツを教えてくれる。
『昨日の敵は今日の友』として、頼もしい仲間になってくれたりもする。
つまり、観念した眼帯娘が、暴れん坊天狗を懇切丁寧にはずしてくれて――
 
「夜もご奉仕するぴょん……ってか。むふふふっ」
「桜田くん……不潔」
「ゲロが出そう」
「おーい、ジュンジューン。よだれ垂れてるわよ」
「……あ、いや、なんでもないよ。それより、みんな。僕にチカラを貸してくれ!」
 
乙女たちが浴びせる冷たい視線をモノともせず、ジュンが竹刀を構える。
その無理矢理な勢いに苦笑しつつも、三人は気持ちを切り替え、バトルモードに入った。
 
「ま、おイタがすぎちゃった子には、お灸も必要よね」みつが、¥ロッドをバトンのように回す。
「災いの芽は、育つ前に摘み取っておかないと」釘バットを正眼に構える、巴。
「取り柄が歌だけだと思わないでね」めぐに至っては、メイメイを投げつける気らしい。
「――と、言うワケだ。覚悟しろよ、いたずらウサギめ!」
 
4人がかりで取り囲み、じりじりと網を狭めて、眼帯娘を壁際へと追い詰める。
完全な四面楚歌。袋叩きへのカウントダウン。それは刻一刻と、ゼロに近づいてゆく。
だのに、眼帯娘は頬を引き攣らせるどころか、余裕綽々と薄ら笑っている。
恐怖のあまり気が触れたのではと、ジュンのほうが心配したほどだ。

けれど、眼帯娘は正気だった。そして、既に勝機を見出しているかのようだった。
「威勢がいいのは……口先だけ。あなたたちは所詮、烏合の衆……」
 
言ってくれる。この眼帯娘、自分が敗北するなど、微塵も思っていない。
どんな裏ワザを隠しているかは知らないが、ならば、意地でも一泡吹かせてやるまでだ。
ジュンは勇ましい雄叫びと共に、竹刀を振りかぶって突撃した――のだが。
 
「ちょっとは憂さばらしーできたし……今日のところは、見逃してやるぴょん」
 
突如として、地面からザクザクと紫水晶が突き出して、両者の間に障壁を形づくった。
別の角度から斬り込んだ乙女たちも、同様に虚を衝かれ、手を拱くだけで。
アメジストの壁越しにアカンベーする眼帯娘を、黙って見逃す他なかった。
 
「だぁーっ! 相変わらず、逃げ足の早いヤツだな」
「まいったわねー。まさしく『脱兎のごとく』かぁ」
「……だな。まさか、柏葉ですら攻撃を当てられないだなんて」
「買いかぶりよ、それは」
 
素っ気ない口振りながら、巴の声には、口惜しさが滲んでいた。
ここでケリを着けられなかった以上、あの眼帯娘は、必ず現れるだろう。
しかも、今度はジュンに協力した彼女たちも、復讐の標的と見なしてくるはずだ。
 
「ねえ、桜田くん。あの娘、また仕掛けてくるよね」
「……うん。柏葉も気をつけろよ。あいつの悪戯、ますますエスカレートするぞ」
「く~る~、きっとくる~♪」
「ちょっとー。いきなり歌いださないでよ、めぐめぐ。調子狂うでしょー」
「え、と……微妙に空気が硬かったから、雰囲気を和らげようかと思って」
「気持ちだけで充分だってば。ささ、無駄口たたいてないで、早く用件を済ませちゃいましょ」
「だな。こんな辛気くさいところ、とっとと出たいよ」
 
みつの意見に、ジュンも相槌を打った。
盗賊が戻ってくるのを、暢気に待っている必要などないのだから。
 
 
  ~  ~  ~
 
ああ……空が薄明るい。坑道を出たときの、ジュンの第一声だ。
彼の後ろに続く乙女たちの表情も、坑内の闇が浸透したかと見紛うほど、暗い。
誰もが、憔悴しきって、足を引きずるように歩いていた。
 
その主な理由は、個々の手荷物が増えたこと。
眼帯娘の置き土産である紫水晶を、旅費の足しにするべく採取してきたのだ。
勿怪の幸いと言えば、山本が息を吹き返して、労働力が増えたことぐらいだった。
 
それから更に数時間をかけて下山し、すっかり夜が明けた現在、
柴崎元治の家に立ち寄った彼らは、老夫婦の気前のいいもてなしを受けた。
朝食を振る舞われたばかりか、旅を続ける上で貴重な情報も、多く提供してくれたのだ。
 
「ねえ、ジュンジュン」食後のお茶を啜っていたみつが、少年の横顔に注がれる。
「どうする気なのよ、彼」
 
めぐと巴も、隣室に隔離されている山本の様子を、チラと窺った。
短期間とは言え、盗賊の仲間だったこともあり、ロープで手足の自由を奪ってある。
しかし、話を訊くために、口までは塞いでいなかった。
 
「あの……頼みがあるんだけど」ジュンたちの視線を受けて、山本は口を開いた。
「僕を、警備隊に突きだしてくれないか。君たちが、盗賊の一味を捕らえたとして」
 
いいのか、それで? ジュンの無言の問いに、山本は笑みを返して頷いた。
 
「いいんだ。盗賊の仲間になってたのは事実なんだし、その償いはしないとね。
 警備隊から感状と金一封でも出たなら、君たちの旅費の足しにしてくれ」
「だけど……盗賊って、問答無用で縛り首になったりしないのか?」
 
我ながら不穏当な発言だったと思い、ジュンは慌てて「よく知らないけど」と冗談めかした。
……が、やはり、幾ばくか生まれた気まずさは消しようがない。
どれほど澄んだ水でも、泥を一握でも落とせば、それはもう泥水なのだ。濃淡の違いこそあれども。
 
「殺人までは犯してないし、いきなり極刑には、ならないと思うよ」
「そうは言うがな、柏葉。裁くのは、警備隊や被害に遭った民衆なんだしさ」
「大丈夫よ、きっと。当局への協力が認められれば、減刑も有り得るし」
 
巴の見立てどおり、山本の内部告発によって盗賊団を一網打尽にできれば、
今まで散々に翻弄されてきた警備隊の面目躍如となる。
その功績から、ある程度の情状酌量は、得られるかも知れない。
 
「それでも、禁固刑は免れないよな、多分――」
「別に、ジュンくんが気に病むことはないさ。僕なりのケジメなんだからね。
 きちんと罪を償ってからでなければ、のりさんに合わせる顔がない」
「……律儀なんだな、あんた。あんな姉ちゃんを、そこまで想ってくれてるのかよ」
 
なんとなく、ジュンは山本の一途さを応援したくなった。
坑道での一件も、眼帯娘に唆されての兇行だし……根っからの悪人ではないのだろう。
それに、同じ境遇に落ちた者同士の、友情めいた奇妙な心理も働いていた。
 
「それなら、僕からも頼みがあるんだけど」
「うん?」
「もし、早くに出所できて、姉ちゃんに会ったときにはさ、こう伝えてくれないか。
 僕は、割と元気よく旅してた――って」
「……引き受けたよ。いつになるかは判らないけれど、きっと伝える」
 
ジュンと山本は、もう一度しっかりと瞳を合わせて頷き合った。
山本が、ぐるぐる巻きのミノムシ状態でなかったら、握手だって交わしただろう。
けれど、刑に服する覚悟はしていても、やはり不安は拭いきれないらしく……
矢庭に眉を曇らせた山本は、めぐのほうに顔を巡らせた。
 
「でも、万が一、極刑に処されてしまったならば――吟遊詩人さん。
 こんなこと頼めた義理じゃないけど、僕のために鎮魂歌を歌ってくれないかな」
 
めぐのことだ。「死ね」とか、「ゲロが出そう」と切り返し、拒絶するのだろう。
――と思いきや。
「ん……まあ、仕方ないわね。そのときには、歌ってあげるわ」
 
意外な返事に、ジュンは「ふへぇ?」と、素っ頓狂に声を裏返してしまった。
みつと巴も同じだったらしく、2人とも興味深げな眼差しを、めぐに向けている。
それが気恥ずかしかったのだろう。めぐは唇を突きだし、そっぽを向いた。
 
「驚くほどのコトでもないでしょ。『死者を憎んで罪を憎まず』って言うし」
 
おまえだけだよ、それは。
ジュンは言いかけたが、余計な諍いのタネを蒔くこともないと、口を噤んだ。
しかし、そんな少年の思惑を知ってか知らずか、巴が言ってのけた。

「柿崎さんだけよ、そんなこと言うの。ちょっとアタマおかしいと思う」
「あちゃー。なにマジレスしちゃってるの? こんな幼気な冗談が、なんで通じないかなぁ」
 
にべもない言い種に笑みを引き攣らせながら、めぐが、どこからか花瓶を持ち出す。

「巴はアタマ硬すぎるみたいだから、ちょっと柔らかくしてあげるね」
「柿崎さんこそ、叩いてアタマの病気から治すべきかもよ」
「ふふふ……面白いじゃない。いっぺん、死んでみる?」
「ナントカは死ななきゃ治らない、と言うものね」
 
なにやら一発即発の気配。両者、徐に得物を構えた。かたや豪速花瓶、かたや釘バット。
ガチンコ勝負になったらば、流血の惨劇が幕を開けるのは、誰の目にも明らかだ。
2人も、それは解っているだろうに、ココロの小宇宙(コスモ)を燃やすのを止めようとしない。
 
それにしてもと、ジュンは睨み合う娘たちの気迫に固唾を呑みながら、首を傾げた。
巴はどうして、変に喧嘩腰なのだろうか。いつもの冷静沈着な巴らしくない。
めぐの不謹慎な冗談が発端とは言え、そこまで食ってかかることでもなかろうに。
 
まあ、とにかく。パーティーのメンバー同士で、共倒れのご臨終になられても困る。
どのタイミングで間に割って入るべきか、ジュンが頃合いを計っていると……
 
「いやー。ジュンジュンも、なかなかどうして隅に置けないわねー」
やおら、姐御肌のサモナーに背中を突っつかれ、耳元で囁かれた。
 
「なんで、そこで僕が出てくるんだ」
「ええー? ちょっとちょっとー、それマジで言ってる? 言っちゃってる?」
「……なんなんだよ、勿体ぶって。本気でワケ解らないんだけど」
「はー、やれやれ。これは、真性のニブチンかなー」
「真性って……あのなぁ。僕はもう、ひとつウエノ男――べぶ!」
 
場も弁えず下ネタを口走りかけたジュンの鼻面に、みつの裏拳がメリ込んだ。
「前にも言ったよねー。お姉さん、下品な冗談は嫌いなんだってば。
 ま、それはともかく、あたしからの忠告。鈍感ぶるのも、ほどほどにねっ」
 
まったくもって、意味不明。実は、殴りたいが為に難癖つけただけじゃないのかと。
身を屈めて、痛む鼻を押さえながら、ジュンは手前勝手な憶測をこねくり回した。
いったい、自分のどこが鈍感ぶっていると、みつは言うのだろう。
 
「さてさて。そろそろ、あの娘たちを停めときますかねー」
 
悩める少年をその場に残し、巴とめぐの仲裁に向かう、姉御サモナー。
答えの在処を仄めかしつつも、虫食いの地図しか与えずに突っぱねる。
焦らされることで、探求心を刺激されたジュンが実験と考察を重ねることを……
自分なりの答えを見いだすことを、みつは期待しているのだろうか。
 
――だとして、ジュンが途中で投げ出す可能性は、考慮に入っていたのだろうか。
挫折したら、そこまでの人間だと見切りをつける気だった?
 
よく解らない。正しい答えの模索には、手懸かりとなる仮定を増やす必要がある。
しかし、「たら」「れば」を乱発すれば収拾がつかなくなり、矛盾の跋扈する迷宮を肥大化させかねない。
言葉に似ている。意志疎通の便利なツールも、無駄に重ねすぎると、却って歪みや障壁を生むものだ。
ジュンも御多分に洩れず、徒に思索を広げすぎて、迷子になりつつあった。
 
「大丈夫かい? とても痛そうな音だったけど」
 
気遣わしげな山本の声が、沈思黙考していたジュンを、現実に引きずりあげる。
彼はキョンシーのように両脚そろえ、器用に飛び跳ねて近づくなり、言葉を継いだ。
 
「君も苦労が絶えないよね」
 
ジュンは「まあな」と応じて、依然ツンとする鼻を、弱々しく鳴らした。
自ら望んで飛び込んだ世界だけれど、胸には鬱屈や倦厭が溜まり始めている。
どのように吐きだしていいかも解らないソレは、汚泥のように沈殿し続けて、
遠からず僅かに残る上澄みさえも干上がらせ、腐臭を放つようになるのだろうか。
 
「ちょっと疲れた。もう押しちゃいたいよ……リセットボタン。マジでさ」
 
かしましく言い争う乙女たちから眼を背けて、ジュンは溜息とともに、弱音を吐いた。
項垂れた少年に、山本は、素っ気なく切り返す。
 
「そんな、お誂え向きなモノがあるのなら、僕がとっくに押してるさ」
 
けれども、その声音は冷たいものではなくて。
ジュンの皮肉の見を叱咤するような響きをもって、するりと耳に染み込んでくる。
 
「君の気持ち、僕には痛いほど解る。仕切りなおせるなら、どんなに清々するか。
 でもね、失敗もまた人生なんだよ。成長には、失敗という肥料が必要なんだ。
 与えられる苦痛に、どんな意味があるのか……とことん突き詰めてみるといいよ」
 
親友からの忠告とは、また違う。なんとなく、ジュンには老人の諫言が連想された。
だから、なのか。親や姉、教師からの言葉なら脊髄反射でシャットアウトしてしまうのに、
山本の声だと、まあ聞いてやってもいいか――くらいの寛容な心持ちになれた。 
 
「暴れん坊天狗の呪いをかけられたのも、きっと試練なんだと、僕は思う」
「……坊さんみたいなこと言うんだな。なにか宗教やってるのか?」
「いや。僕は、神仏に救いを求めてない。祈る暇があるなら、解決策を模索するさ」
「は! その結果が盗賊なんだから、笑えるね」
 
ジュンの皮肉に、山本も「言ってくれるなぁ」と笑った。朗らかな笑いだった。
 
「まあ、ショートカットが必ずしも近道じゃないって教訓の、生き証人だよ。
 僕と同じ轍を、ジュンくんには踏んで欲しくないな」
「踏むもんか。盗賊なんか、なりたくもないね。誘われたって、謹んで辞退するさ」
 
ただ単に、自棄になることさえできない弱虫なのかも知れないけれど。
 
ふと、胸をよぎった想いを深い場所へと沈めなおし、ジュンは顔を上げた。
決意を秘めたその瞳で、山本を、仲間たちを、そして、窓の外を見つめた。
今日も、空が高い。旅にはもってこいの日和だ。
 
 
「とにかく……僕はまだ、旅を続けるよ」
遥かな蒼穹を眺めながら、ジュンが独りごちる。
 
「ココロの樹なんて、本当に生えているのか分かったものじゃないけど。
 でも、この世界のどこかに存在しているのなら、見てみたいし」
 
それに、苦悩を抱えているのは、山本も、共に旅する女の子たちも同じ。
誰もが苦心しながら、胸に描くナニかを追いかけているのだ。
この夢境であれ、現実世界であれ、1人だけクヨクヨと腐り落ちていくのは、もう嫌だった。
惨めな負け犬になり果てるなど、若く反発力に満ちた自尊心には、許容できるものではなかった。
 
「いいんじゃないかな、それで」
 
いきなり、予測もしなかった方角からの相槌。
咄嗟に首を巡らせたジュンは、そこに、巴の穏やかな笑みを見た。
彼女だけでなく、めぐとみつも、彼に穏やかな微笑を投げかけていた。
 
「目的なんて、シンプルでいいのよ。いきなり大風呂敷を広げても、戸惑うだけでしょ」
「おっ、いいこと言うわねー、めぐめぐ。
 無計画に大志を抱いても、路頭に迷って挫折しかねないものねー」
「要は、エレベーターに乗ろうとしないで、階段を一段ずつ登ってけってコトか」
 
やってやるさ。ジュンは諦観から、決意を新たにした。
今更、ちょっとやそっとの苦行が追加されたぐらいでは、動じない。
その点では、ほんの少し、打たれ強くなったのかも知れない。
 
「じゃあ、早速だけど――」
ジュンの鼻先に、巴が扇状に広げた大アルカナを突き付けた。「恒例の占いタイムね」
 
「おい待て、柏葉。いつから恒例になったんだ」
「細かいこと気にしてると地獄に堕ちるわよ。さあ、一枚だけ選んで。
 あ、そうそう。『死神』のカードを選んでも、地獄に堕ちるから」
「ったく、強引だな。大体さ、そんなババ抜きみたいな占い、当たるのかよ」
 
文句を言いつつも、ジュンが引き抜いた一枚は――
「……あのー、大鎌を持ったガイコツなんだけど。マジで地獄堕ち?」
 
なんと幸先の悪い。これはもう冗談抜きに、リセットした方がいいのではないか。
ジュンが青ざめた表情で『死神』のカードを凝視していると……くすくす。
訝しんだジュンが眼を向けた先では、巴が耳まで紅くして、笑いを堪えていた。
 
「ごめんなさい、桜田くん。ちょっとした冗談だったの」
 
言って、巴がオープンして見せた大アルカナは、すべてが同じ『死神』の絵柄。
イカサマじゃないか。呆然としていたジュンの顔に、ふつふつと怒りが滲みだしてくる。
 
「かっ、柏葉ーっ!」
「きゃあっ! だから、ごめんなさいってば」
「よくも騙しやがったな。お仕置きしてやる!」
「……ゃん、どさくさに紛れて、どこ触――あぁっ」
「バカ! おかしな声を出すなよっ」
 
――と、じゃれ合う2人に白い眼差しを向けながら、みつ曰わく。

「……めぐめぐ。世界の歪みを排除しちゃって」
「らぢゃー。狙い撃つわよ」
「さあ、殺伐としてまいりました! 生き延びてくれ、未来の義弟よ」
「なっ?! 待て、おまえら! 誤解だ! それでも僕はやってないっ!」
 
顔面蒼白となって抗弁するも、その態度さえ、ジュンには仇となる。
あまりに必死な様子が、逆に疑惑を深める結果となってしまった。
 
直後、脳が激しく揺さぶられる感覚。
骨伝導で聞こえた衝撃音を、うるさく感じたのも、ほんの数秒のこと。
少年は、急速に薄れゆく意識の中で毒づいていた。
 
この天狗……一応は甲冑のくせして、肝心なときに使えねえ――と。
 
 
一難を退け、いっときの平和を満喫する彼らは、まだ知る由もなかった。
不吉な暗雲をつれた黒い風が、その前途に待ちかまえていることなど。
 
 
 

|