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「――― 少し…失敗しちゃったわね」

そう呟く真紅は、圧力鍋の中で蠢く何らかの物体を見下ろしていた。

一体、誰がこれを見て料理だと思うだろうか。
一体誰が、このようなおぞましい物を口に入れようなどと思うだろうか。

真紅は暫く、鍋の中身を見つめていたが……やがて禍々しい臭気を発する料理を皿に盛る。
「鳥の餌にでもなるでしょ」
そう言うと‘それ’が乗った皿を窓から手を伸ばし、屋根へと置いた。


それから、数日が過ぎる。


‘それ’は本来なら、カレーになる筈の存在だった。
屋根の上でひたすらに熟成された‘それ’は、ただ時が訪れるのを待っていた。



そして、真紅がふと庭先に出ていた時の事だった。

屋根に放置され、存在を忘れられた一枚の皿は……まるで意思を持ったかのように、滑り落ちる。
それはあたかも食材としての未来を奪われたモノ達の憎悪のように。

決して狙い違わず、自らを創った者の頭上めがけて降り注いだ。


【ヘドロが】【降り注ぐ】

 

 




きっかけは、水銀燈の一言だった。

「ねぇ真紅ぅ?夜中に逆立ちしながら『びっくりするほどユートピア』って叫び続けると……
 胸が大きくなる、ってウワサよぉ?」
「……馬鹿げてるわね。そんなウワサ、とてもじゃないけど信用できないわね」

私は、ニヤニヤと嫌味ったらしく笑っている水銀燈に言い放った。

そんな事で胸が大きくなるのなら、苦労は無い。

刺激を与えるといった昔ながらの民間療法から始まり、サプリメント、通販の豊胸マシーン。
その全てを試した私の努力の集大成はというと、スポーツブラで十分です、と言わんばかりの状態。
今更、そんな『おまじない』で変わってくれるとは思えなかった。

……とは言うものの……気にはなる。

夜になり、私は自宅でお風呂に入った後で日課になっている牛乳をコップに一杯。
ついでにサプリメントも飲んでから、バストアップ体操。そして……

「全く、いくら悩んでいるからって、そんな奇怪な行動を私がするわけないでしょ」
小さく壁に向かって呟いてから、一歩後ろにさがる。
全身の力を抜き、リラックスさせ……勢いをつけて、私は逆立ちする為に床に手を着いた。

数分後、私は泣いていた。
水銀燈に嘘を教えられた悔しさでも、そんな間抜けな事を実行してしまった自分の情けなさにでもなく。

逆立ちが、出来なかった。

『おまじない』にすら拒絶された自分の胸に、逆立ちすら出来なかった自分の運動神経に。
私は人知れず泣いていた。





「ジュン」

 突然名前を呼ばれた僕は、辺りをキョロキョロと見回した。平日昼間の公園で僕の名を呼ぶヤツなんて、そうそういる筈も無い。知り合いはみんな学校に行ってるし、もしここにいるならば、それはずる休みの類いだし。
 まあ僕も昔を思い出して学校をサボっているのだから、人の事は言えないけれど。

「ジュン、ここよ」

 振り返って見れば、僕の少し後ろ。腰くらいまである石垣の上に、真っ赤なドレスの女の子。

 真紅、こんな所で何してんだよ?

 真紅は僕を一瞥すると唇の端を少し上げた。

「あら? 貴方に言われたくは無いわ」

 うるさいなっ! ……僕だってたまには息抜きくらいしたいんだよ。

「そうね。それも悪くは無いわ」

 真紅はそう言って立ち上がると、ゆっくり僕の隣に向かって来た。

「ジュン、何を見ていたの?」

 お、お前には関係無いだろ!

「……そう」

 真紅は微笑むと僕の顔を覗き込んだ。
 長くて綺麗な金色の髪。澄んだ宝石の様な大きい瞳。人形の様に小さくて整った顔立ち。透き通る程に白い肌。
 全てが春の柔らかい陽射しに照らされて、僕の心拍数は跳ね上がった。

「私は見たかったの」

 な、何をだよっ!
 ほんの少し顔を近づければ、唇が触れそうな程な距離。僕は真紅の顔を見ていられなかった。
 だが真紅はそれを許してくれない。

「ジュン、ちゃんとこっちを向きなさい」

 真紅の小さい手が僕の顔をグッと掴む。

「私は見たかったの。貴方の瞳が映していた物を」

 ――そんなの、決まってるじゃ無いか。今こうして向かいあってるんだから。

 いや違う。
 向き合っていなくてもだ。

 あの時から僕の瞳には真紅、君しか映っていないんだから。

「ふふ、ジュンは変わらないわね。でも少しは変わったみたい」

 絹糸の様な長い髪が風に揺れる。
 
真紅が重ねた唇は、少しだけ薔薇の薫りがした。


「ま……まさか!」

お風呂に入ろうと服を脱ぎ、それからふと思い立って体重計に乗ってみた真紅。
脱衣所には、悲鳴にも似た大声が響き渡った。

増えている。
しっかり、ちゃっかり、きっかりと500グラム。

たかが500グラムと侮るなかれ。
乙女にとってはそれは大きな数字。
それが、白い砂浜と青い空が待っているサマーシーズン直前なら、なおの事。

「き…きっとバスタオルが重いのよ……そうよ、そうに違いないわ……」

確信めいた口調で呟くのは、ただの願望。
それでも真紅は、糸より細い望みを託し、バスタオルを床に落とした。

静かに息を吸い込み、ゆっくりと肺の中の空気を搾り出す。
そして、古代ローマの剣闘士が猛獣と向かい合う時のそれより鋭い眼差しで、真紅は体重計を睨み付けた。

「……今度こそ」
小さく呟き、片足をゆっくり体重計に乗せる。
ギッ、っと小さく針が動く音に、真紅は咄嗟に両目を閉じた。
そして、ゆっくり。
もう片足を体重計に乗せ……そっと目を開き、針が示す数字へと視線を向けた。

だが、答えは先程と――バスタオルを外す前と、さほど変わってはいない。

それを見た真紅の心に浮かんだ感情は、悲しみでも嘆きでもなかった。
「ああ、そうなのね」と、半ば諦めにも似た思いであった。

体重が増えてしまったことは、認めざるをえない事実。
だが、認めるのと赦すのは、違う。
真紅は、体重が増えるような生活を送ってしまった自分自身に怒りすら感じた。

だが問題は、何が原因なのか。
心当たりが全く無いというのは、実に厄介な出来事でもあった。


「これからは、紅茶に砂糖もミルクも無しにしましょうか」
その瞳から光を半分ほど失わせながらも、記憶を掘り起こして原因を考える。

「翠星石の焼いたクッキーも、しばらくはお預けね」
脳裏に浮かんだ可愛らしいクッキーは、理性の力で記憶から消した。

「夜食のカップ麺も、今日限りにするわ」
最近になって覚えた密かな楽しみすら、今回ばかりは排除する。

「それとも、雪華綺晶とケーキバイキングに行ったせいかしら……」
最も、一緒に行ったはずの彼女は、どれだけ食べてもケロッとしていたが。

「あの時、蒼星石が持って来てくれた和菓子だって、きっとカロリーが……!」
美味しいわね、と言いながらパクパク食べてしまった事が悔やまれる。

「ひょっとして、水銀燈と二人で買ったシュークリーム!あれが原因じゃないの!?」
真紅は体重計に乗りながら、顔を青くし始めた。

「まさか、雛苺の――」


心当たりが多すぎる、というのも……それはそれで、とても厄介な出来事だった。


 真紅「胸なんて、大きくっても肩が凝るだけなのだわ!」

水銀燈「ひがみはみっともないわよぉ?」

真紅「大きいというだけで何かに勝ったつもりになるなんて、勘違いもいいところよ!」

水銀燈「……それはただの被害妄想よねぇ」

真紅「それに『貧乳』ではなくて、上品な、という意味で『品乳』と呼ぶべきなのよ!!」

水銀燈「はいはい。そうかもしれないわねぇ」

真紅「世間に物事の本質を見極められない人間が多いせいで、私たち『品乳』の持ち主は迫害されているわ!」

水銀燈「へぇ、そう。大変ねぇ」

真紅「…………」

水銀燈「どうしたのよ、急に黙ったりして……」

真紅「…………」

水銀燈「真紅?」

真紅「…………」

水銀燈「し、死んでる……!」

 



桜田「父の日も終わったか。ま、一日なんてあっという間だしな。」
真紅「そんな日に父親へ何かしてあげられる事のできる人達を、なんだか羨ましく思うわ。」

桜田「…………真紅。正直、そんな自分達が惨めだなって思ったりするのか?」
真紅「そんな風には思わないわね。寧ろ彼らより多く幸せを掴むチャンスが自分にはある、と思っているわ。」

桜田「………?どういう事だ?」
真紅「今はお父様に会えないけれど、
きっと会えた時に父親がいるという喜びを普通の人達より多く噛み締められる、
父の日に特別に何かしてあげられるという楽しみだってきっとそう…私はそう信じてるわ。」

桜田「きっと来るよ、その日が。僕も信じたい。」
真紅「ありがとう…ジュン…。
あら、お茶の時間を3分も周ってしまったわ。早く紅茶を淹れてきなさい。」

桜田「ちぇっ、結局はそれかよ。」
真紅「口答えしてる暇があったら体を先に動かしなさい!」

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