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むかーし、昔。

「オマエ、目の色が右と左で違うじゃねーか!病気みたいで気持ち悪いなー!!」

小さな小さな、小学校に入ったばかりの女の子が、公園の片隅でドキュン(悪い奴ら)に苛められていました。
『苛められて』とは言っても、誰もが遠くから野次を飛ばすだけでしたが。

女の子は背中を丸めて泣いているばかりでしたが……

不意に、ザッと足音を鳴らして誰かが女の子の近くで立ち止まりました。

その音に、女の子は恐る恐る小さく震えながら顔を上げます。
すると……

なんという事でしょう。
女の子の目に飛び込んできたのは、自分を守るように両手を広げて立ちはだかる、妹の背中でした。

「翠星石を悪く言うのは許さないよ!」

妹の蒼星石は気丈にそう声を上げますが……
女の子 ―――翠星石の位置からだと、その足が少し震えているのが良く見えます。

ですが、ドキュンは蒼星石が放つ必滅必殺の気迫を前に、
「オマエのカーチャン出べそー」と昭和の香りが漂う捨て台詞と共に逃げ去っていきました。

「……もう大丈夫だよ、翠星石」
蒼星石はそう言いながら、泣いている翠星石の髪を撫で、それから立ち上がるのに手を貸してくれます。
差し出された蒼星石の手を握りながら、未だ泣き跡の消えぬ翠星石は言いました。
「何だか弟が出来たみたいな気分ですぅ」
 
「もう。僕は男の子じゃないんだよ?」
蒼星石はちょっと頬を膨らませてそう言った後、「でも、本当に無事で良かった」と微笑みます。

翠星石もつられて笑顔になりかけたその時です。
彼女の心に、ゴウと激しい嵐が吹きました。



――― 蒼星石が『男の子』でない事は確かです。ですが……
   この先、何かの拍子に『男の娘(おとこのこ)』にならないとも限らんですよ……!!

澄んだ泉のようにピュアな心の持ち主である翠星石は、人体の仕組みについて根本的な勘違いをしています。
決してアホだからではありません。純粋さ故に、です。

――― そうならないようにする為にも……蒼星石に守られてばかりでは駄目ですぅ!
   翠星石は、もっと強くならないといけないですよ!!

空には黒い雲が巻き起こりはじめ、嵐の前兆か大気が低く震え始めました。

――― 強く!……そうですぅ!今は……力こそが正義の時代ですぅ!!

天すら啼いているような雨が降り始め、雷がカッ!と翠星石の横顔を照らします。
一人の修羅が、生まれた瞬間でした。



と、まぁ……実際はうららかな日差しの晴れた暖かい日でしたが、翠星石の心の中は、こんな感じでした。

 

そして翠星石の修行が始まります。
とはいっても、山篭りなんて非現実的な事が実現できる訳がありません。
その上、ずっとオッドアイの事をからかわれてきた翠星石は、すっかり人見知りになってしまっていて……

「ぅぅ……何だか入り込めない雰囲気ですぅ……」

近所のカラテ道場の様子をこっそり窺ってみるも、それ以上は何も出来ませんでした。


すっかり途方に暮れてしまった翠星石。
仕方なく、今度はドキュンを一人で撃退出来るようにと筋トレを始めます。
鉄アレイなんて持ってないので、ジュースが入った1.5リットルのペットボトルを代わりに使う事にしました。

「……ぅぅ……重いですぅ……
 そうです!ちょっと飲んで軽くしたら良いですよ!」

一時間後には、空になったペットボトルを意気揚々と持ち上げている翠星石の姿がありました。


少し腕力も付いてきた気がした翠星石。「今の翠星石なら、子供の白熊なら楽勝ですぅ!」との事。
完全に北極の暴君を舐めきってますね。
ともあれ、今度は腹筋を始めるためにと地面に寝転がりました。

1回、…2回、……3か……。
残念。翠星石はそこで力尽き、パタンと倒れてしまいました。
さらに、激しいトレーニングの疲れもあったのでしょう。そのままスヤスヤと床で寝てしまいました。
起きた時には、何故か毛布までかけられていました。
  


そんな常人なら耐えられないような厳しい訓練を続ける事、一月あまり。
ペットボトルは空っぽのままですが、腹筋だって3回も出来るようになりました。

そして、頭脳明晰にして才色兼備、文武両道にして素敵に無敵な翠星石は、とある真理に辿り着きます。

「でも翠星石は……やっぱり喧嘩は嫌いですぅ」

揺ぎ無い事実を前にしながらも、翠星石の力への意志は途絶えません。
では、これからどうするのか。

「真の強さとは……何ですかねぇ……?」

考えます。
脳に一番必要な栄養素は糖分であると本能が察知しているのか、お菓子を食べながら考えます。
そして、美しさと可愛らしさを兼ね揃え、さらには明晰な頭脳を持った翠星石はすぐに気が付きました。

「強さとは……心に宿るものですぅ!」


その日から、翠星石は生まれ変わりました。

まず、いっつもオドオド周囲を窺っていたのを止め、胸を張って歩くようになりました。
悪口を言われたりからかわれたりしても、ハッキリと言い返します。
それもこれも、トレーニングを経て自信が付いたお陰、ということもあって、すぐに実行できました。

「やい!おチビ共!!お前ら、そんな悪口ばっかり言ってるから女の子にモテないんですぅ!」
「文句があるなら言ってみやがれですぅ!コテンパンにしてやるですよ!!」

翠星石は、ちょっと。いいえ、かなり口が悪くなってしまいました。
  


それでも、その効果でしょうか。
その内に翠星石を苛めようとする子は居なくなり、誰もが彼女に一目置くようになってきました。


――― これで、今度は翠星石が姉として蒼星石を守ってやれるようになったですぅ。


そう思うと、今までの地獄の特訓もどこか楽しい思い出のように感じてきます。
翠星石は何だか楽しい気分になって、満面の笑みで蒼星石に話しかけました。

「これからはお姉ちゃんとして、翠星石が蒼星石を守ってやるですよ!」
「うん。ありがとう、翠星石」
「今までは頼りない姉でしたけど、これからはドーンとお任せですぅ!」

楽しげに胸を張る翠星石と、懐かしむように遠くを見る蒼星石。
そして……蒼星石が次に発した言葉により、翠星石の心に再び嵐が巻き起こりました。

「確かに頼りなかったけど……泣き虫だけど、いっつも優しかったあの頃の翠星石も僕は好きだよ?」


――― 確かに、翠星石は強い子になったです。ですが……

雨が音も無く降り始め、翠星石の頬を濡らします。
ですが、彼女の顔から零れ落ちるしずくは雨だけではありません。

――― 強さと引き換えに、とても大切な事を忘れていたですよ……!


翠星石は『優しさ』という心を思い出させてくれた最愛の妹を抱きしめます。
蒼星石は突然の事に、顔を真っ赤にしながら「え!?え!?」と言っていました。 



ですが、すっかり口が悪くなってしまった翠星石にとって、この『優しさ』というのはちょっと難しいです。
もっとお淑やかな生き様に今から軌道修正すれば良い事なのかも知れませんが……

「でも、それでまたからかわれるのは嫌ですぅ……」

そんな風に悩みながらの翠星石でしたが……転機は意外とすぐに現れました。


ある日、翠星石と蒼星石が二人で歩いている時です。

「うわーーーん!!トモエーー!!」

小さな小さな、まだ幼稚園にも通ってない位のちびっ子が、道端で泣いていました。
翠星石と蒼星石は何事かと思って、そのちびっ子に近づいていきます。

「君、どうしたの?ひょっとして迷子?」
「わーーん!!トゥーモーエー!!」

蒼星石が声をかけますが、ちびっ子は泣いてるばかりです。

「困ったな……どうしよう……」
蒼星石は周囲をキョロキョロしながら、途方に暮れたように呟きました。
何てったって、すっかりお姉さん気取りの蒼星石ですが、まだ小学生ですし。

女の子は泣き続け、蒼星石は困り果て、天は荒れ地は裂けんばかりの状況です。
  

その時……翠星石は懐から小さなお菓子を取り出すと、不機嫌そうにちびっ子へと差し出しました。

「全く、そんなにギャーギャー泣かれたら、こっちの耳が痛くてしゃーないですぅ!!
 うるさい口にお菓子でも詰め込んで黙ってろですぅ!!」

お菓子を差し出されて泣き止んだちびっ子の手を取り、翠星石は悪だくみしているような表情を浮べます。

「こんな公害みたいな泣き方するチビチビの保護者に、文句の一つでも言ってやるですよ!」



それからの翠星石はというと……
ちびっ子の手を引きながら保護者を一緒に探してあげて、
見つけ当てた泣きホクロのお姉さんに「悔しかったら二度とチビチビから目を離すなですぅ!」と叫んで退散。
といった具合でした。


 
「やっぱり口は悪いけれど……翠星石は優しいね」

その帰り、蒼星石はとても嬉しそうな表情を浮べながら、翠星石にそう言いました。

「な!?く…口が悪いとは何ですか!そんな、姉をないがしろにする妹なんか知らんですぅ!!」

翠星石は頬を膨らませて怒りながら、パタパタと駆け出します。
もちろん、すぐに蒼星石が追いつけるように全力疾走なんてしません。

蒼星石も、そんな素直じゃないし口も悪いけれど……
それでもやっぱり、とっても優しい翠星石の姿に、思わず笑顔になってしまいます。

「待ってよ翠星石!」

「待てと言われて待つヤツは居ないですぅ!
 早く捕まえないと、先に帰ってお菓子ぜーんぶ食べてやるですぅ!」

そう言い走る翠星石には目の前の道が何だか光り輝いているように見えました。

彼女はこの時、自分がツンデレ道という修羅の道に足を踏み入れた事にも……
そして、まさか、その頂点を極める事になるとは、想像すらしていませんでした。 



 
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