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売りつけ、借用、買い受け、無銭、募集、不動産利用、偽造有価証券利用…
皆様、これらが何かおわかりでしょうか?
覚えておくと得する知識ではなく損をしない知識といった感のものですが、これらみんな、悪徳商法や詐欺の分類でございます。
さて、ではどうしてわたくしがこんな後ろ向きな知識を引っ張り出しているかと言いますれば、
「じゃあ、用具は私が片付けておくから、アナタはシャワー浴びて着替えて…そうね、今から20分後に玄関ロビーで落ち合いましょう。ふふっ、逃げちゃダメよぉ?」
「………ハイ」
なんということでしょう。いかなる魑魅魍魎の祟りか、現在進行系でその真っ只中にいるからでございます。
日頃妹に対してあれこれと世事辛いこの世を渡る術を教える身であるわたくしが、まさかまさかこうも簡単に絡め捕られてしまうとは。いやはや流石、世界中の人々から資産を巻き上げているだけの事はありますね。うふふふふ。
「…だから、こんな事考えている場合ではないんですってば…」
個室シャワーで温水の滝に打たれながらコツンと額を壁に押し付けます。
タダより高いモノは無い。後の祭り。後悔先に立たず…先程から頭をぐるぐると埋め尽くす言葉はどれもこれも自虐的ムード満点の、打開策など微塵も望めないようなものばかり。
いっそ逃げ出せればどれほど楽か…しかし名前を押さえられていたという事はこれは計画的な行動であり、素人の拙いあがきはかえって傷を広げることになりましょう。
それに、わたくしは仮にも酒場の顔を担う看板娘。只でさえこういった形での名前の公表は避けたいのに、向こうから未だ何も要求が無い以上、今騒ぎ立てても相手の思う壺でしかなく。
万が一、これをネタに大会出場権を剥奪されでもしたら…
「それだけは…それだけは避けなくては…」
他人の為に絶対に譲れないモノ。
それは、一部の人達からは“付け入る隙”と呼ばれます。

「…お待たせしました」
重い足取りでロビーに向かうと、あの女性は既に待って居ました。
練習中は後ろでまとめていた銀髪を下ろし、カジュアルな衣服に身を包んだその姿はさながら人里に紛れ込んだ天使のよう。
「ん、約束通り20分ね。大変結構。それじゃ行きましょう」
「あの…どちらへ?」
「そんなに遠くじゃないわ。グリーンリーフ通りにある私のマンションよ。ただ…」
「…ただ?」
そこで女性はシニカルな笑みを浮かべ、 
「いつ帰れるかは、アナタ次第ね」
ずーんと。グリズリーにでものしかかられたのかと思いました。

そのマンションは確かにさほど遠く無く、翠星石さんの家がある場所とは離れた集合住宅地の一角にありました。
決して住みやすいとは言えない集合住宅地の中にあってそこは比較的広く落ち着いた場所で、それは彼女の資金面での余裕と雑多を嫌う感性を伺わせるものであり、わたくしが周りに助けを求める術が皆無であることを自覚させるものでもありました。
「さ、狭い所だけど上がって頂戴」
「…失礼いたします」
階段を数階登り、誠に丁寧に案内された部屋は確かに翠星石さんの家に比べれば狭くはありますが(マンションですから当たり前ですけれど)、一人暮らしには申し分なく、整理整頓の行き届いたモダンな部屋でありました。
「そこに座って待っていてくれる?今お茶を沸れてくるわ」
白と黒、あるいは銀色でまとめられたともすれば芸術品のような椅子にゆっくりと座ります。
辺りを見渡しながら、深い深呼吸を一つ。
「待っていてください、ばらしーちゃん」
貴女のお姉ちゃんはとってもピンチです。でも、頑張りますから。

悪徳商法や詐欺といった手口にはある種の共通点がみられます。簡単に言えば欲望に囁きかける、不安を煽る、権威をかざすなどなど。
逆に言えば、これらに打ち勝つ事がひいては悪徳商法や詐欺に負けない事に繋がるハズです。
今回権威については度外視して良さそうなので、残るは二つ。リープが上手くなりたいという欲望につけ込まれての今現在ですから、なんとしてもここで食い止める必要があります。
やはり急務は不安を取り除く事でしょう。怯えたり逃げ腰になっては負け。こちらから強気に出ることがこれからの交渉に必要不可欠。
不安や動揺を阻止する為には…あらゆる事を想定し、シミュレーションするのが良いでしょう。
例えば、いきなり黒尽くめのムキムキマッチョなゴリラ様が現れたと思ったらあの女性から目も眩むような指導料を請求され払えないならカラダで払ってもらおうか姉ちゃんと猿ぐつわや目隠しで拘束され倉庫に押し込まれ揺られること数日そこは売春窟で今日からお前は
「………」
ガクガクブルブル。いや、余計怯えてどうしますか。
あるいは、あの女性から腰の抜けるような請求書を見せられた後払えないならカラダで払いなさぁいと吹きかけられた催眠ガスに倒れ目を覚ますとそこは血糊で汚れた手術台でドクターが目も腕も足も心臓も二つあるから大丈夫大丈夫わたくしの心臓は二つも無
「………」
ガクガクブルブル。いや、だから…
わたくしの想像力が貧困なのか片寄っているのか。これ以上は失禁しかねないと判断し、やむなく隣のキッチンから漂ってくる紅茶の香りに意識を集中することにしました。

「はい、お待たせ」
わたくしが無我の境地に至って程なく、白に銀縁という洒落たトレーを持って女性が現れました。
座っているわたくしの横に来ると、コトとティーカップを置いてくれます。うっとりするほどの良い香りは、紅茶だけではありません。
「ミルクとお砂糖は?」
「いえ、お構いなく」
瞑想していたのが幸を奏したのかなんなのか、わたくしは比較的落ち着いて応対することが出来ています。頭の回りも悪くありません。
そう、この紅茶は飲んではいけないのです。
毒薬や睡眠薬といった劇薬でなくとも、考えられる可能性はいくつもあります。出されたモノには手を付けない。それは古今東西の鉄則です。
「そうそう、残り物で悪いんだけど、昨日焼いたマフィンとクッキーがあるの。良かったらどうぞ」
「どうも」
出されたモノには手を付けない。それは古今東西の鉄則です。
「お味はいかが?」
「ほいひいれふ(美味しいです)」
「そう、それは良かったわ」
あ、肺って二つありますけど、一つ取ったら死ぬそうですよ。
………
………
…美味しい。
「あらぁ、全部食べちゃったわねぇ。まだ貰いモノのスティックパイがあるけど、持ってくる?」
「いえ、お構いなく」
ごくごくごく。うん、紅茶も素晴らしい。
人間、思い切ってしまえば強いものです。
腹が減っては戦は出来ぬ。もはやわたくしに恐いモノなどありません。
「お腹の方は落ち着いた?」
「ええ、お陰様で」
覚悟も出来ました。後は、この場でやれることをやるだけですわ。名も知らぬお姉様。
「じゃあ本題に入りましょう。まず、私」「堪忍してくださいませッ!」「は…え?」
わたくしの覚悟、弱っ!
だって、だって仕方ないじゃありませんか!あんな美味しいマフィンとクッキーを食べさせられて…わたくし、もっと生きていたいです!まだまだ美味しいモノ食べていたいんです…ッ!
妹の晴れ姿だって見たいです素敵な恋だってしたいです村に帰ったらおばあ様のお墓を綺麗に掃除したいですし今日の洗濯物も畳まないとですし冷蔵庫にまだ半分残っている木イチゴのタルトだってみんなで食べたいんです!!
最後まで食べ物のことを考えるあたり、ああ人の生と食は密接に結ばれているのですねと心の隅で悟りながら、震える体を押さえて頭を下げました。
訪れる今日一番辛い沈黙。勿論彼女の顔は見えませんし、気配を感じ取るなどという芸当は出来るはずもありません。
一秒。
二秒。
部屋に響く時計の針の音が、余りに大きく余りに遅く、これほどまでに恐ろしいと思ったのは初めてでした。
ふう、と彼女の息遣いの音。ビクリと反応する体。
「顔を上げて」
そう言われたからにはそうするしかありません。
ゆっくりと、ビクビクと、恐る恐る。
目が合った時の彼女の表情は、喘ぐ獲物を嘲笑うものか、変えられない定めを憐れむものか、それとも――
「………え?」
それは、まるで、出来の悪い生徒を慰めるような、母性ある、柔らかい、とても優しい笑顔でした。

あはっ、と彼女が笑ったのは、状況が理解出来ずに呆然としていたわたくしとしばし顔を向け合った後で。
「ごめんなさいね、ちょっとイジメ過ぎちゃったかしら。だってアナタ、見るからにイジメたくなるタイプなんですもの」
からからと笑う彼女は本当におかしそうで、その笑みはわたくしのガチガチに固まった体をゆっくりとほぐしていきます。
「じゃ、じゃあ…」
「安心して。別にお金を請求したりどこかへ連れて行ったりしないわ。取って食いもしないわよ。ただ隅っこで膝抱えていじけてるアナタ見てたらつい…ね」
ここでウインク。その『つい』で寿命を半分くらい消費したのではないかと危惧するような体験をしたのではたまったものではなかったですが、そのウインクに見とれた後では怒る気にもなれません。
「それに…ちょっと、羨ましくて」
「え?」
「ん、今のナシ。忘れて」
紅茶のお代わりがいるわね、と席を立った彼女は、今度はティーポットごと持って再び席へ。
「散々イジメた後で言うのも何だけど、くつろいで頂戴ね。こうしてお客を呼ぶのも久々なのよ。せっかく上等の紅茶とティーセットがあるのに、一人で飲むのじゃ味気ないものねぇ?」
そう言って渡された紅茶に、甘い方がいいでしょとミルクと砂糖を多めに入れてもらい一口。
「ああ…」
それは、体に染み込む幸せの味でした。
「落ち着いた?」
「ええ…お陰様で」
「緊張させたのも私だけどね」
くすくすくす。紅茶を啜りつつ目の前の彼女を見ていると、最初に感じた女王様気質もさることながら、こういった柔らかい笑い方も良く似合っているなあと感じました。まあ、このレベルの美人ですと何をさせても似合いそうですけどね。
「コホン。ええと、ではそろそろお名前を拝借してもよろしいでしょうか?出会ってから暫く経ちますが、未だに名乗られた記憶が無いのですが?」
安心し落ち着いてくると余裕も生まれ、流石にあそこまで怯えさせられたこともありましたのでここらでちょっと攻めてみることに。
「あらぁ凄い偶然。私も名乗った記憶が無いわぁ」
「………」
完璧に返されました。どうやら相手が悪そうです。人生、諦めが肝心です。
「では遅くなったけれど自己紹介。私は水銀燈。二年くらい前からこの町に来て跳んでるリッパーよ。どうぞよろしく」
「こちらこそですわ。わたくし、町の酒場に勤め、この度は新人リッパーとして恥ずかしながら大会に出させていただく雪華綺晶と申します」
「そうね、知ってるわ」
…そうでした。随分回り道をしましたが、ようやく本題に入れそうです。
「先に断っておくけど、別に変なルートで調べた訳じゃないわ。大会に登録するとその人のプロフィールが公開されるのよ。登録用紙に書いたでしょう?」
「ああ…なるほど」
そう言えば、そんな事もした記憶があります。
「ただまあ、それ以前にアナタは有名人だしね」
昼間の惨劇が網膜の裏に鮮明に映し出され、少々頬が引きつってますがなんとかスルー。人は成長するのです。
「そして勿論、今日アナタを訓練したのには私なりの下心があったから。その前払いみたいなモノかしら。頼むならまずこちらから誠意を見せないと、ね?」
にっこり笑う水銀燈さん。先程以上に頬が引きつるわたくし。
「…それで?」
「ええ。訓練の報酬としてアナタに要求するのは少しばかりの情報提供と頼み事。どちらも私の勝手なお願いだから拒否してもいいわ。大丈夫、恨むとしてもちょっとだけよ」
なんかこの人、とっても楽しそうです。
「そうですわね、水銀燈さんのおかげでリープの練習のメドが立ったのは事実ですから、出来る限り協力させていただきます」
「ふふ、ありがと。アナタ、いい人ね」
「恐縮ですわ」
「殿方と付き合ってもいい人で終わるタイプなのかしら」
「何の話ですか」
どういうの話展開ですか。ちょっと睨んでみても笑ってばっかりですし。
「さてと。お遊びはこの位にして、じゃあまず情報提供の方からお願いするわ。大した事じゃないの。ただ…その、ある人の普段の生活とか、健康面とか…」
わたくしは少し考えて、
「柿崎めぐさんの、ですね?」
「…どうして?」
目を開いた反応を見るに当たりのようです。
だって、似てましたから、さっきの――とは言ってあげずに、
「だって、他にわたくしの回りの人物で貴女がそんな事を知りたそうな人が居ないんですもの。そうでしょう?蒼星石さん率いる優勝候補チーム、ラピスラズリリッパーズの一人、“ブラックバード”の異名を持つダークハンター、水銀燈さん?」
その時初めて、彼女の瞳に鋭い危険な光が灯されました。
そんな表情も、ゾッとするくらい魅力的で似合っておりました。

ここで『今までのは全て演技ですのよ何から何までわたくしの手の中だったのですわおーほっほっほ!』とでも言えれば(言いたくありませんが)カッコもつくのですが、もちろん彼女の素性に気付いたのは名乗ってもらった後でした。
翠星石さん宅に居候した夜、翠星石さんは自分の事の他に必要になるであろう知識の大体をわたくしと妹に話してくれていたのです。
同じチームのめぐさんの事。そして、翠星石さんとめぐさんの大会出場の目的である、ラピスラズリリッパーズの事。
ただ姿見までは知りませんでしたし、先程わたくしが言った事で知識は全部といった具合でしたから、気付けなくとも無理らしからぬところでしょうか。
「…ふうん、流石はあの蒼星石の姉が目を付けた人…ってとこかしら?」
先程の攻撃的な表情はどこへやら。この辺りの立ち直りに場数の多さが伺い知れます。
「とんでもありませんわ。ただ少し、意地の悪い事をしてみたくなっただけですのに」
「でも初めから…ってワケでもないんでしょう?私観察眼には自信がある方だけど、気付いた素振りなんて微塵も感じ取れなかった。ここに来た時は生まれたての小鹿みたいだったのに。ええ…悪くない。実に悪くない。気に入ったわ雪華綺晶」
何故か呼び捨てになってますけど、どうして悪い気はしないものです。
「恐悦至極に御座います。それで、めぐさんの事なんですが…実は今日初めて顔を合わせたもので御期待には答えられそうにないのですけれど」
「それは当然の事でしょう。まだチームに入って数日なのだから。アナタが一目見たのならそれで十分よ」
随分と信頼をされたものです。しかし、そうなると…
「あの、こちらからも一つよろしいでしょうか?」
「どうぞ」
「何故、めぐさんの近況をしる手段にわたくしを選ばれたのですか?」
何かしらの理由から本人や翠星石さんに会えずとも、近所の人や彼女を知る人は他にもいるハズです。
「ああ…それもそうね。理由は幾つかあるわ。頼み事があるってのもそうだけど、やっぱり…アナタ評判と私のカン、かしらね」
「わたくしの評判?」
「そ。細かいとこまで気が回る面倒見の良いお姉さん」
ピンとくるモノがありました。羨ましい、そうも言った水銀燈さん。アナタ、良い人ね、と同じ口調で言ってみせた水銀燈さん。
この方、やっぱり。
「めぐさんの…お姉様?」
それを聞いた水銀燈さんは目をつむって紅茶を飲み、深く椅子に腰掛けて一言。
「御名答」
そう言った彼女の顔は、笑みの中にはっきりと疲れを滲ませたもので。
わたくしはこの表情に覚えがありました。あの時の、自分の目的を語った翠星石さんと、同じ。
「アナタを連れ来て正解だった。アナタがめぐのチームメイトになってくれて良かったわ。私ではもう――あの子には何もしてやれないから」
「どうしてですか」
そう聞いたわたくしの口調はやや強く、端から聞けば怒っているともとられるかもしれません。
「聞く?長くなるわよ」
自嘲的な乾いた笑い。らしくありません。そんな笑いは、貴女には似合わないのに。
「聞かせてください」
聞いてしまえば、戻れないのでしょうけど。
でも、一人の妹を持つ姉として、聞いておかねばならないと思ったのです。
「そう…なら、話しましょう。…いいえ、きっと…本当はアナタに話したかったのかもしれないわね。あんまり期待しちゃダメよ。これはただ、バカな姉と頑張り屋の妹の失敗談に過ぎないのだから」
ポットを傾け、紅茶を満たし、ミルクを少々。
それを、銀のスプーンでかき混ぜて、水銀燈さんは語り始めました。


昔々、とある立派な街の外れにある大きく古風なお屋敷に一人の男性とその娘の姉妹が住んでいました。
娘の姉の方は容姿端麗頭脳明晰品行方正の天才少女。あら、誇張なんてしてないわよ?これでもまだ控えてる方なんだから。
妹の方もなかなかのモノだったわ。姉には勝るとも劣らない少女だった。少なくとも姉からはそう見えたし、恐らく周りの人もそう思ってたハズ。だって、彼女はそれだけの結果を残したもの。そう、結果だけ見ればね。
姉は特に意識せずに何でも出来た。なぁんでも。天才だもの。みんなにそう言われたし、姉も自覚してた。
妹も姉のやった事なら何でも出来た。だから彼女も天才と呼ばれたし、姉もそう思ってた。
結局、気づいていたのは二人だけだったのね。一人はお父様。もう一人は、あの子自身。
あの子は、天才ではなかった。
うーん、ちょっと語弊があるわね。天才ではあったのよ。何せ、才能も無いのに姉と同じ事をやってみせたのだもの。これを天才と言わずして何と言うの?
だからそう、あの子には才能がなかったのよ。
やることなすこと全て、自分の力で行わなければならなかった。才能という翼で優雅に空を飛ぶ姉に、自分の足で走って付いてきた。
この話しのオチなど知れているわね。でもせっかくだから、最後まで付き合って頂戴よ。

さて、二人のお父様は恐れ多くも神に仇なす錬金術師でした。笑わないでよ?あの時期に世界樹ではアルケミストなんて当たり前に居たし、他の街でもそうだったでしょう。ただあの街は、良くも悪くも古風だったのね。今でも別に、嫌いじゃないわ。
お父様はその筋では名の知れたアルケミストだったみたい。だから街では素性を隠して実験していた。もっとも殆ど屋敷の地下でやってたから隠れるまでもなかったけど。
そんなお父様が亡くなったのは姉が12で妹11くらいの時。色を付けて話してもいいけど、今私に泣かれても困るでしょうアナタ。まあ、二人ともお父様の事は大好きだった、とだけ言っておくわね。
唯一の保護者が亡くなったところで、実は姉妹の生活はそれ程の変化を見せなかった。何故なら、その屋敷には二人どころか二十人は一生遊んで暮らせるだけの財産があったから。まったく、御先祖様達はどうやって集めたのやら。
街の人からお父様は変人と言われて避けられていた節もあるし、研究に打ち込んでいると言えば学校でも問題はなかったわ。親が呼ばれる問題児とは縁の無い生活だったもの。おほほ。
さあ物語が進むわよ。と言っても察しの良いアナタなら気付いちゃってたりするのかしら?
その姉妹はね、屋敷の掃除中に偶然お父様の残したとある研究書を発見してしまったの。
別に研究書なんて目に入るだけでもキャンプファイアーでマイムマイム一曲踊れるくらいあったのよ。え、マイムマイム知らないの?あ、怒らないで別にアナタの田舎育ちを指摘したワケじゃないんだから。
で、その問題の研究書。さっき私、お父様が残したって言ったけど、言葉のあやってヤツね。そりゃあお父様は亡くなって、財産は全て姉妹のものなんだから言葉の上では間違っていない。
でも私、その研究書『発見』したとも言った。何故見つけたと言わないのか。答えは簡単、発見と言うに相応しい段取りで見つけたから。要するに、お父様が隠してたのよ。
死してなお隠すくらいなら捨てればいいと思う?それが出来たら世の学者の苦悩の三割は軽減されるでしょうね。

話しを戻しましょう。ここまで引っ張ったのも理由があるの。その研究書の中身が、それだけ姉妹を驚かせるものだったって事。
それはね、なんと姉妹二人が同時に起動させる、つまりお父様がその姉妹の為だけに研究し完全させた術式だったのよ。
ああ、そう言えば言って無かったわね。その姉は錬金術だってスイスイとやってのけたわ。天才ですもの。お父様もびっくりしてて、姉はその顔を見るのが大好きだった。
妹についでは、先に述べた通りだから割愛。
さてさて、お父様の死後、お父様が作った自分達専用の術式を発見した姉妹の心境たるや、言葉にするのもバカバカしいくらいよ。やってみましょうそうしましょう。当たり前よね。大好きなお父様がくれたプレゼントなんだから。
何故お父様が姉妹にそれを隠したのかなんて、露程にも気にしないで。

研究書を見た姉はその準備にかかる時間を一週間と見積もった。ただ、大事な術式だし失敗したくないから余裕をもって二週間後にしましょうと妹に言った。妹は頷いた。
一つ補足。妹は、姉の言った事、とりわけ姉が妹を信頼し期待して言った言葉には絶対に首を振らなかった。どんな時も。何があってもね。
その術式はお互い準備すべき事が微妙に異なってたから、別行動で準備する事にしたわ。私は慎重に、あるいはのんびり準備した。10日でも良かった、なんて考えながら。
だからたっぷり寝たしご飯も三食食べたしお風呂も毎日入った。いつもご飯は自分達で作って食堂で食べるのだけど、その二週間、妹は一度も顔を出さなかった。姉は妹が違う時間に食べてるんだろうと思った。思ってた。全て失った後、妹の部屋を見るまでずっと。
そして約束の日、久しぶりに会った妹は珍しく化粧をしてたわ。姉はそれをからかったけど、妹は譲らなかった。せっかくだからって。綺麗にしておかなきゃって。カラダのラインが見えないような、普段は嫌ってるフリルとレース付きのドレスまで着てたのよあの子…
ごめんなさい。大丈夫。それで、その術式なんだけど、その内容はなんとなんとの大爆発。人体錬成とか錬金なんて期待してた?そういうのはウィザードの仕事。アルケミストは現実主義の科学者なのよ。
周りに被害が出ないように場所は裏山にして、そこにある大岩に目標を定めたわ。
結論など言うまでもなく、術式は失敗に終わった。
今でも思い出せるわ。術を起動していって、あと少しって所で歪みが生じた時のこと。姉には何の問題もなかった。だから姉は妹の方を向いて、それを見た。
妹が、絶望に泣く姿を。
………ありがとう。やっぱりダメね、覚悟してても。
ふう。ええと、術力って知ってる?その術式を行使するために必要なセンス、と認識してもいいけれど。
別に一定値以上の術力が必要ってだけなら、別にお父様も隠しはしなかったでしょう。妹もまだまだ若いし、術力を短期的に底上げする方法も結構あるし。
だけど、その術式は二人同時の行使。しかも、とても繊細な起爆型。安定させるためにはその二人が同等の術力を持っている必要があったのよ。
それこそこの話しのミソで、お父様がひた隠しにした理由で、妹の悲願…そう、夢だった。
術力ってね、ほら、センスを磨くなんて言葉もあるけれど…どうしようもなく、生まれ持った才能がものを言うの。
姉は二週間と言ったけど、結局どれだけ準備期間を置いた所で同じ話しだったのよ。何故なら、その間姉の術力も向上してしまうから。
天賦の才を持ち割とやる気になった姉には、努力だけの妹では永遠に追い付く事なんて叶わない。それをお父様も悟ったのでしょうね。
それでも妹は諦めなかった。私が残した『跡』をマネするのではなく、姉の術力、ひいては姉自身に追い付く為に。
憧れの対象であり、崇拝の対象であり、コンプレックスの対象であり、時には、憎しみの対象でもあったであろう姉に真の意味で並ぶ為に。
姉の無意識の期待に、応える為に。
妹にしてみればまさに一世一代の大勝負、やれることは全てやったのね。さっき言った術力を短期的に高める方法ってヤツ。血反吐を吐きながら。これ、比喩じゃないわよ。
ボクサーがする減量による疑似覚醒、術力トレーニング、アブナいお薬に、リミッター外しの自己催眠などなどなど。
寝てる暇なんて無かったろうし、それ以前にそんな事をし続けたら脳がパニックになって寝れたものではなかったでしょう。それに伴う苦痛なんて、想像することだって叶わない。
そして、全身全霊、満身創痍で挑んだ挑戦に、妹は負けた。
その時の心境なんて、姉になんか永遠にわかりはしないわ。
でも一つだけ、その時妹が悟った事ならなんとなく。
――自分は、絶対に姉に届かない。
――自分の夢は、永遠に叶わない。
心の片隅で理解して、けれど必死に目を背けながら淡い光にすがって妹は生きて来たのに。
そこに無茶な術力底上げのツケと術式失敗のフィードバックが同時に襲えば、妹が壊れるのには十分過ぎたわ。


話すという行為は喉が乾くもの。水銀燈さんは空になったカップに再び紅茶を注ぎ、喉を潤します。
「―はあ。その後の事はあくまで補足だからかいつまんで話すわね。
動かない妹を抱えて姉は街に行ってそのまま気絶して、結果家の家宅捜索が行われて全部バレちゃった。お父様は狂人と言われ、姉妹はその狂った研究を真似てしまった哀れな子供。財産も何も全て回収されて、姉妹に残ったのはギリギリの医療費と生活費だけ」
「孤児院に入ったりはしなかったのですか?」
「んー、姉はそんなに重傷じゃなかったからそういう予定だったけど、妹はそれどころじゃなくてね。もっともっと大きな街の病院じゃないと手が付けられないっていうんで、私に当てられたお金全部妹に使って、姉は街を出たわ」
「…そうですか」
「ふふっ、こう言うとお涙頂戴の美談になるけど、実際はただ逃げたかっただけよ。何をするにもあの時の妹の顔が離れなくてね。いっそ首でも吊りたかったけど重体の妹がいるからそれもできないし」
「それで、この街に?」
「いいえ。ここに来たのは二年くらい前。じゃあそうね、その辺りも含めて今に至るまでを話してしまいましょうか。ふふふ、疲れてても聞いてもらうわよぉ?大丈夫そんなに長くならないわ。大抵長ったらしい話しってこういう文句から始まるものだけどね」


鞄一つで街を出たガキがそうそう上手くいくわけもなく、明日食う飯が約束されるまでには結構苦労したわ。いえ、もっと楽できる方法はいくらでもあった。それを姉は全て蹴った。その頃は苦労し続けてないと、心から吹き出るモノに耐えられなかったから。
それで一年くらいかな、そんな生活をしてたんだけどふと妹の入院費が心配になってきてね。住所が変わる度に病院に手紙を書いて連絡を待っても音沙汰は無いし、まだまだお金は余裕が有るはずだけどいつかは尽きてしまう。それまでに妹が退院できる保証もない。
ただ、生活費稼ぐのと入院費稼ぐのじゃワケが違う。いくら天才ですったって身寄りの無い孤児だもの。マトモな就職先なんて無かったし。
その時のアルバイトの一つがリープの裏方だったの。荷物運んだり試合場の整備したり。もちろん跳んでね。
で、その筋があんまりに良いものだから、チーフが費用はこっちで出すから試合に出てみろって言ってくれたのよ。賞金も出るから頑張ってみろって。ダメもとで良いからって。
ま、全力全開で本気になった姉に敵はいなかったワケだけれど。
その姉としては獲得した賞金の受け取り先を病院にして、また次の機会でも待つつもりだったんだけど、周りから正式なリッパーになれ絶対なれって脅されるくらいに言われちゃって。
でも確かにリープで跳んでる時はあれこれ考える事も無かったし、会社の下で跳べば収入は安定するし。まとまったお金を稼ぐならそれもいいかなって。
そうやってリッパーになって各地を転々としてたのが二年くらいかしら。病院からね、いきなり『妹さんは退院したから送金は結構です』って連絡が来たの。いきなりよ?事故から三年経って、初めての連絡がコレよ?
喜ぶより混乱の方が大きかったわ。問い合わせてみれば半年前には意識が戻ってたって言うし、退院は本人の希望で、現在は消息不明って言われたし。
それにやっぱり、会うのが怖かった。
妹から呼ばれたのならなりふり構わず飛んでいったでしょうけど、自分から探して会うのは、どうしても踏み切れなくて。
酷い姉よね。でもね、本当に怖かったのよ。何を話せばいいのか、どんな顔をして会えばいいのか。
妹に、何を言われるのかが、怖かった。
それでも振り切れないバカな姉は、その判断を妹に仰ぐことにしたの。姉の名前は既にそこそこ売れていたから、それを使ってね。
会社を辞めて、フリーになって、一カ所に留まりながら名前を広げていく。つまりは、アイビーリープのメッカ、ここ世界樹の街で。
アナタの姉はここにいるから、会いたければいらっしゃい。そんな具合に。
そしてその一年後…だから、去年か。リープの試合の開始の直前でね、見つけたのよ。観客席でこちらを見つめている、背と髪の伸びた妹を。
私ったらもう舞い上がっちゃって、試合なんて一瞬で片付けて、着替えたら直ぐに控え室飛び出していったんだけど妹の姿はナシ。だけど町に居る事は確かだから検問所に問い合わせたらやっぱり名前があって、色々聞き込みをして宿まで突き止めたわ。
もうドキドキよ。不安もあったけど向こうから会いに来てくれたわけだし、元気な姿を拝めるならそれ以上の事はないもの。で、手に汗握ってチャイムを押して、待つことしばし。ドアが開いて、遂に私は妹に会う事が出来た。
どんな顔をすればいいのか、何を話せばいいのかなんて頭からすっ飛んじゃって、もう後一秒で抱き付く寸前って時に、妹は全くの無表情でこう言ったわ。
――アナタ、誰ですか?


気が付けばマンションの部屋の窓から見える景色はすっかり闇色に染められ、ガラスに映るのは顔を向き合って黙り込む、わたくしと水銀燈さんの姿。
「…最初ね、ワザとだと思ったの。からかわれてるんだろうって。それか、妹は姉の事がすっかり嫌いになって、意地悪しにきたんじゃないかって。その方が、どれだけ良かったかしらね」
「…違ったんですか?」
水銀燈さんは目をつむって宙を仰ぎました。
「それに気付くのに…というか、納得出来るまでにどれだけ苦労したことか。バカな事も散々やったわ。その内容は黙秘権を行使。でも、一応の成果は得たのだけど」
そこで水銀燈さんはこちらを向いて、
「あの子はね、今の今でも、自分の姉である水銀燈を追っているのよ。この町に来た理由はコレ。リッパーになったのも理由は同じ」
「でも…」
「でも、会いに来た私を誰と尋ねた。さっきの私の試合を見ていたはずなのに。ここから先は、私と、精神科の先生で話し合った結果の推測。お父様の術式を失敗した時に、あの子が悟った事ならなんとなくわかるって言ったの覚えてる?」
わたくしは頷きます。
「姉には決して届かない。この事があの子の中で絶望的なまでに焼き付けられてしまったのね。そしてその後の脳へのショックで、直前までの意識が盲目的に固定化されてしまった。つまり、何をしてでも姉に追い付いてやるって意識が。すると、どうなると思う?」
どうなるんですか、とは聞けませんでした。
「あの子が目指しているのは水銀燈。そして水銀燈とは、自分では絶対に届かない者の代名詞。わかる?あの子はね、“絶対に出来ないと自ら定義した事”をやろうとしてるのよ。酷いパラドックスよね。笑っちゃうでしょう?」
その時確かに水銀燈さんは笑っていました。自嘲を通り過ぎて、泣きそうな笑みで。
「だからあの子は自分に歩み寄ってくる姉を水銀燈と認識しないし、出来ない。仮にあの子が努力で私に追い付いたとしても、あの子はきっとそれを自覚出来ない。そして、もしそうなったら、あの子は――」
そこでカップを手にとり、既に冷え切った紅茶を口に流し込みます。でも、味など関係ないのでしょう。苦痛と共に、飲み込めさえすれば。
そして予想通り、カップを離した時の彼女は、文句のない微笑みをたたえていました。
「だから私はあの子の水銀燈で在ろうとしたの。誰より強く、誰より完璧な水銀燈に。あの子が迷子にならないように。私から離れていってしまわないように。こうやって人を呼ぶのは久しぶりと言ったでしょう?本当はね、もっと気さくな質なのよ?お喋りだって大好きだし」
「それは良くわかりましたわ」
「でしょうね」
水銀燈さんの笑顔を久しぶりに見た気がしました。
「あの子はずっと叶わない夢に捕らわれ続けて生きている。私もその夢の登場人物の一人。捕らわれてるのは私も同じか。バカなのは姉妹共々お互い様のようね」
「…少し前なんですけれど」
うん?と水銀燈さんがこちらを向いたのを受けてから、
「真紅さんという方がこの町にいらしたんです。その方は町から町へ旅するお方で、そして…自分が定めた夢を、次から次へと消化していく人でした」
「…へえ」
「真紅さんはこう言いました。『叶った夢に価値は無い。夢を追い求める過程にこそ価値がある』と」
あはっ、と水銀燈さんは笑って、
「それは一度お目にかかりたかったわ。大した旅人もいたものね。そんなんじゃ、素手でライオンにでも勝てるんじゃない?」
「…それ、冗談になってませんわ」
テーブルを挟んで笑い合う二人。自分から持ちかけた話で笑顔が生まれるのはいいものですね。
そう楽観出来ていたのは、一瞬だったわけですけれど。
「でも、アナタはそう思ってはいないんでしょう?」
やっぱり、相手が悪かったです。
「…はい」
「その人、強かったでしょう」
「…はい」
「話してくれてありがとう。でも、参考には出来なさそう。あの子も私も、そんな風に強くは、なれそうにないもの」
真紅さんと水銀燈さん。わたくしから見れば、どちらも遜色ないお姉様でいらっしゃるのに。
周りからそう思われる代償は、どうしてこうも、重いのでしょうか。


その後、長い話に付き合ってもらったお礼と言ってフルーツの詰め合わせをいただき、いくつか言葉を交わしてから水銀燈さんのマンションを後にしました。
外に出ると周りの家々はすっかり夕食の支度を整えているらしく、カレーやシチューや焼き魚のかぐわしい香りに溢れております。
「先にばらしーちゃんと翠星石さんで食べていてくれると良いのですけれど…」
これがわたくしの帰りを待ち続けていた、なんてことですと何とお詫びすればよいのやら。
「…あ」
ふと目に入ったのは両手で抱えたバスケット。うーん、つくづく食べ物の有効性を実感いたします。
「ただいま戻りました。遅くなって申し訳…って、あら?」
そうして翠星石さんの家に帰ったわたくしなのですが、家に入ると明かりが点いておりません。
まさか、わたくしを探しに――?
と、リビングに足を踏み入れた瞬間、
「お帰りなさいです」
「ひゃっ!」
いきなり明かりが点き、わたくしが入ってきたドアに翠星石さんが立っていました。
「おおお脅かさないでくださいまし…」
「すまんです。それにしてもこんな時間まで練習してたですか?それともOMの研修ですか?言ってくれればご飯作って待ってましたのに」
「あ、それはご迷惑を…今後はこのような事が無いようにしますから…」
フルーツを抱えたままペコペコと弁明するわたくしに、すっと翠星石さんが近づき、にこりと笑いました。
「水銀燈と何話してたですか?」
「…ななな何の事でございますですかしらほほほ…」
怖いです怖いです翠星石さんの笑顔が怖いんです目が笑ってないんです…!
ピンチでした。水銀燈さんがわたくしを信用し過去を打ち明け頭を下げた事、同じ一人の姉としてそう易々と口を割る訳には…!
「ばらばら」
くっつきそうな目の前の笑顔の翠星石さんの口がそう言うと、わたくしの後方にあるリビングの2つある扉の最後のそれがずばん!と開け放たれ…
完全武装したばらしーちゃんが笑って入って来ました。
「ダメダメお姉ちゃん敵チームのメンバーと密会するなんてダメダメ秘密漏洩ダメダメチームは信頼で成り立ってるんだよだからダメダメダメ、ゼッタイ」
そう言って、手に持った注射器からピュッと飛沫を飛ばしました。
「言い忘れましたけど夕飯は食べましたから安心してくださいです。そのフルーツはお土産ですか?なら、明日の朝にでもいただきましょう。なあに、腐りゃしねーですよ。それより自分の心配した方がいいと思いますけどねぇ。だってほら、夜はまだまだ長いですからひっひっひ」

他人の為に絶対に譲れないモノ。
それは、一部の人達からは“弄ぶネタ”と呼ばれます。

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