「くすくす…いかがなされたの黒薔薇さま?」
「ふん…」
「ほら、こちらですわ。こちらの手をお取りになってくださいな」
「見くびるんじゃないわ白いばら。その指先の棘に気づかない私ではないのよ」
「けれど勝ちたいのでしょう?私は貴女にチャンスをあげることができる…そうして全て終わった後に私に微笑んでいただければお代はそれで結構よ」
「冗談じゃないわね。私の選択は全て私が決める。指図なんか受けるもんですか」
「………」
スッ…
銀「いやぁー!?またジョーカーがぁー!!」
雪「では、私はこれであがりです。黒薔薇さま弱すぎですわ。せっかくババをお教えしましたのに…」
銀「ううぅ…もう一度!もう一回よこの真っ白け!末妹のくせに大人ぶってぇええ…」
雪「ほら黒薔薇さま、こちらで涙をお拭きになってくださいな」
銀「むきぃー!!」
ある日のこと
「あらぁ、雛苺何の絵を描いてるのぉ?」
「おとうさまの絵なのよ」
雛苺が見せてきた画用紙には、黒い線がぐるぐる、黄色い線がぐるぐる。幼稚園児の描く絵は意味が分からないけれど、本人がお父様というならこの絵はお父様なのだろう。
「ふぅーん。あらぁこっちは?」
お父様の近くに描かれた灰色、緑、茶色、茶色、黄色、黄色、桃色、紫の丸。
「それはおねえちゃんたちなの。これとこれはきらきーとばらしーなの」
「へぇ……上手ねぇ」
つまりこの絵にはお父様と私たち姉妹が描かれている。
「これで、完成?」
「そうなの! おとうさまに見せてくるのよ」
「あぁ、ちょって待ってぇ」
聞く必要はないのだけれど、でも
「お母様は描かないの?」
「おかあさま?」
不思議そうに聞き返す妹を前に、私はなんでもないように一つ、問い掛ける。
「なんでもないのよ、ねぇ雛苺、お父様のこと、好き?」
「好きー! すいぎんとーも好きでしょ?」
えぇ好き。とっても好き。お父様の書斎へ向かう小さな妹の背に私はそう思った。
私だって昔はお父様が大好きだったし、今でも大好き。でも私たち姉妹の母親が全員ちがうことを知ってから、お父様への気持ちが少しだけ変わった。どろどろして醜い、美しくない感情への変質。
思春期にありがちな一過性のものと思いたいけれど、私の妹達がこんな感情を抱かなければいいと思う。
お父様の書斎から聞こえる、お父様と雛苺の楽しそうな笑い声を聞くと私はそう思わずにはいられない。
お父様をずっとずっと、一途に好きでいられたら、きっと私たちはお父様の幸せな娘でいられるのだから。
「みっちゃん・・・信じてたのに・・」
「ごめんねカナ・・・ごめんなさい」
裏切られた───その事実が少女の頭の中いっぱいに広がった。
沸き上がった感情は悔しさでも、怒りでもなく哀しみだった。
「昨日『明日はお砂糖と卵いっぱい買ってくるからね!』って言ったかしら~!」
「ごめんねカナ~許して~!」
「ちび苺、あいつら何やってるですぅ?」
「関わらない方がいいのよ」
み「・・・・・」ニヤニヤ
金「・・・何かしら?」
み「あれぇ~金糸雀さんそんなヘアピン持ってたっけ~?」ニヤニヤ
金「こっ、これはこの間ヒナと駅ビルで買って来たのかしら~!」
み「あたしはカナに似合うの無いかな~なんてこの近辺一帯探したことあるんだけど、そんなの何処にも売って無かったよ?」
金「うっ・・・」
み「さて問題です。昨日3月14日は何の日でしょう」
金「さぁ~?策士ともあろう金糸雀の不覚かしら~」
み「ごまかしちゃダ~メ!」
金「えと・・その・・・(///)」
み「そっかぁカナも恋する乙女なのね~、いつまでも子供じゃないもんね~」
金「ハズカシイカシラ・・・(///)」
み「相手も大体分かるよ~桜d」
金「キャー!言っちゃダメかしら~!!」
み(カナまであたしを裏切るなんて・・・徹底的にいじり倒してやる!)
どうすれば私は自由になれる、という彼女の疑問がそもそもの始まりだったのかもしれない。
私はその日は珍しく、柿崎めぐの病室で暖かな春のそよ風を感じながら本を捲っていた。
こんなところで読書なんておかしいと笑われるかもしれないが、私も彼女もいつも話の話題があるというわけではないのだ。
運の悪いことに今日は水銀燈のお姉さまも他に用事があるらしく、この病室には彼女と私しかいない。
彼女も私も本のページをただ無言で捲る。
そこには沈黙、といっては重苦しい、かといって陽気な雰囲気ではない、独特な空気が流れていた。
意外にも彼女が最近読んでいるものは恋愛ものだった。私とは言うといつも通り古本屋で適当に選んだ三文小説。
決してそれが名作、とか当たりという訳ではないのだがこれはこれで味があっていい。暇を持て余すよりは無茶苦茶なトリックを苦笑しつつ想像しているほうがいいのだ。
「ねえ、雪華綺晶」
彼女が本を傍らに置き、私の方を向く。
「貴方は運命の王子様って信じる? 」
まさか、と私は本を閉じながら呟く。運命はあろうとも王子様が直々に私を迎えに来てくれることはないだろう。
「私は少し期待しているんだ」
柿崎めぐが窓の外を見る。まだここから見える景色からは春を感じることはできない。
「そう、例えばこの窓から誰か私を攫ってくれる怪盗が来てくれるとか」
私は立ち上がり近くにある棚の下、ちょうど冷蔵庫になっている部分から大きな市販されているゼリーを取り出す。
「あとはかっこいい研修生のお医者さんと私が恋に落ちるとか」
ゼリーを口に運ぶ。口の中でとろける様な感触がこのゼリーの売りらしい。
「……聞いてる? 」
ええ、と気のない返事を返し私は再びゼリーに舌鼓を打つ。
「嘘ばっかり。雪華綺晶は私よりゼリーの方が大事なわけ? 」
「貴方こそ、嘘ばっかり」
と、私は彼女にゼリーの乗ったスプーンを差し出す。
「そんな夢のような事、望んでいないくせに」
彼女は無言でスプーンの先を啜った。
「だって暇なんだもん。夢を見るのは悪いことではないでしょ」
「夢に溺れかけているような気もしますわ」
あーん、と雛鳥のように口を開ける彼女に私は仕方なくスプーンを向ける。
「自由を夢見る乙女なのよ」
「幻惑を抱く乙女ですわ」
どちらでも変わらないと、彼女は少し怒ったように口を開ける。
それに私はゼリーの乗ったスプーンを運ぶ。
「私は自由になりたいのよ」
「下界はここ以上に束縛が多いですわよ、薄命のお嬢様」
「地獄の監獄よりはマシじゃなくて、親愛なる下僕」
さぁ、と私は残りのゼリーを勢いよく口へ放り込んだ。
ああぁ~!! というめぐの悲鳴に近い批判が病室へ響く。
「あまり甘いものばかり食べて体重が増えても私は責任持てませんからね」
「病院食じゃ成長期の乙女の身体を十分に発育するほどカロリーはないからいいの」
「どうせ贅肉になるのだからそんなこと心配しなくとも」
失礼ね、と柿崎めぐは怒ったような表情をする。
そして二人で笑い合う。
彼女にとって自由が憧れということは十分知っているのだ。
それが決して楽には手に入らないことも。
しかし彼女は笑うのだ。
絶望をどうにかかき消そうと。
だから私も笑うのだ。
彼女の絶望を少しでもかき消してあげようと。
「あっ、蝶々」
柿崎めぐが窓の外を指さす。
こんな高い所にくるなんて珍しいこともあるようだ。
「今年はみんなでお花見したいわ」
「……花粉症に注意してくださいね」
よくよくみれば病院の外の木々達にも一斉に咲き乱れようと小さな小さな春が生まれ始めている。
「……もう春ね」
ええ、と私は答える。
すぐそこから春の足音が聞こえるような気がして、彼女と共に私は少し聞き耳を立てた。
ジ「う~…暑い、重い、暑い、重い……暑いっ!」ガバッ
翠「!?」
ジ「うわ、す、翠星石!?」
翠「いきなり起き上がるんじゃねぇです!びっくりして目が覚めたじゃないですか…」
ジ「あ、ああ、ごめん……って!なんでお前が僕の布団に入ってるんだよ!!?」
翠「う…そ、それはお前が寝る前にあんな趣味の悪い映画なんて見るから…!」
ジ「…あのホラー映画のことか。怖いなら見なけりゃよかったのに…」
翠「映ってたら気になるんですぅ!」
ジ「わかったけど、それでなんでお前がここにいるんだよ」
翠「あ、あんなの見た後に一人で寝ろと言うのですか!?
そんなことしたら悪夢を見るに決まってるです、そんなの絶対ごめんですぅ!」
ジ「だからって僕の布団に来るか!?暑いし重いしっていうかもう、一応僕も男で、その…と、とにかくだめだ!」
翠「な、なんでですか…翠星石だけそんな…ひどいです!ジュンは翠星石のことが嫌いですか!?」
ジ「はぁ?なんだよそれ………”だけ”?」
紅「…ちょっとうるさいわよ、静かにしてちょうだい。眠れないじゃない…」
ジ「…いつのまに」
翠「むしろ先客でしたよ」
ジ「……そういや真紅も見てたな。……両サイドではさまれたらそりゃ暑い…ん?たしか雛苺も見てたはず…」
雛「…うゅ?」
ジ「重いの原因はお前か」
ガラガラ
佐「めぐちゃん、点滴代えますからね~って、あら水銀燈さんこんにちは」
銀「こんにちは佐原さん。…さて、じゃあそろそろ私はおいとましましょうかしら。面会時間も迫ってることだし」
め「うん…それじゃあまたね、水銀燈」
銀「ええ、またね」
ガラガラ…パタン
佐「うーん、それにしてもいつ見ても水銀燈さんは美人ねぇ」
め「そうでしょう?私の天使様なんだから」
佐「そう言うめぐちゃんも今はとっても別嬪さんね?」
め「…はい、これ。返すわ。ありがとう」
佐「はいはい。じゃあもし休むんだったらちゃんとシャワーで落としてからにするのよ?シーツに着いちゃうから」
め「わかったわ。もういいから」
佐「はいはい。じゃあお夕飯の時にね」
め「………」
ガラガラ…パタン
佐「さて、と…」
銀「佐原さん」
佐「うひゃあ!す、水銀燈さん、まだいらしたの?」
銀「ええ…その、ありがとうございます。あの子のワガママに付き合ってもらって」
佐「いいのよぉこれ位。寧ろ貴女が来るまでの事を考えれば、私達看護師一同は貴女に功労賞をあげたいくらいなんだから」
銀「そんなに変わりました?」
佐「そりゃあもう、お陰様で。マイケルジャクソンの今と子供時代くらいに。あ、功労賞いる?病院になぞってスカーレット・スターとかどう?」
銀「私は別に何も…」
佐「貴女が何をしたかは余り関係ないわね。あの子がどう感じてるのかだから。前までは悩みの種だったのにねぇ~、今じゃもう可愛くて可愛くて。私にこんな事頼んでくるなんて想像も出来なかったのに」
銀「本当は私があげられればいいんですけれど」
佐「それはダメよ。『貴女に綺麗な私を見せたいから化粧品貸して』なんて、乙女の道に反するわ。今のめぐちゃんはとっても女の子なんだから」
銀「普段でも?」
佐「普段でも。私が持って来てあげたメイクの本なんか食いつくように読むし、アドバイスなんかも真剣に聞くようになっちゃって。何を言っても『うるさい』の一点張りだったのに。でも本人やっぱり恥ずかしいらしくて照れちゃうの。萌えるでしょう?」
銀「何だかんだで純粋ですからね、あの子」
佐「純粋純粋。素直過ぎて心配しちゃうくらいよ。そんなんだから普通の人なら目を背けたくなる…と言うか、凝視してはいけない部分まで貪欲に受け入れてしまうのね。そして全てを平等に捉えてしまう。それはとても恐ろしい事よ。あ、貴女だけは別ね」
銀「…お詳しいですね」
佐「これで一応精神科医志望だったのよ。まあ受からなかったんだけど」
銀「それで、実際容態はどうなんですか?“それ程の”状態なんですか?」
佐「…んー、んー、んー。うーん、水銀燈さん見た目に違わず鋭いわねぇ」
銀「それで?」
佐「確かにちょっと重くはなってるわ。季節の変わり目って事もあるし。顔色も良くないし、治療の関係で上手く睡眠が取れてないみたいね」
銀「そうですか…」
佐「だけどね、それはあくまでもただのきっかけだったの。それは勘違いしないであげて。最初は『こんな顔見せられない』だったけど、今は『綺麗な姿を見せてあげたい』なんだから。その為に本当に頑張ってるのよめぐちゃん」
銀「………」
佐「貴女としては何だか無理させてるようで複雑かもしれないけれど、何かを努力する事が出来るってことはイコールで“生きる”ってことなの。本当の顔色が見れなくて心配もするでしょうけど、貴女は今のめぐちゃんに掛け替えの無い力をあげているんだから」
銀「…そうですか。それなら、何よりです」
佐「うんうん。みんなで頑張りましょう。おっと、じゃあ私こっちだから」
銀「佐原さん」
佐「何?」
銀「今度お時間とれます?」
佐「何故に?」
銀「めぐに渡すコスメ、私も選んであげたいので」
佐「ああ、そうね。お願いしようかしら。…ところで、ちょぉっと聞きだいのだけど」
銀「何でしょうか?」
佐「あのさ、やっぱり…」
佐「渡した化粧品、オバサンくさかった?」
銀「ふふっ、少し」