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孤独と自分とそれから」の続編です。

今日も、港街に朝が来る。
この街で生まれ育った牛乳配達の青年は、顔を上気させて自転車をこぎ、家々に商品を運ぶ。
ここ真紅の家にも、彼は健康を届けにやって来た。
薔薇のアーチの向こう側から、天使か小悪魔か、どちらにしろ美しい女が歩いてくる。
水銀燈「おはよぉ。今日もご苦労様ぁ」
配達員「おはようございます。いい天気ですね」
銀「そぉねぇ・・・あっヤクルトヤクルト☆」
配「ヤクルトお好きなんですね。あとこちらの牛乳瓶を・・・」
配達員がここで言葉を切ったのは、嬉しそうにヤクルトを開封し、美味しそうにそれを飲み込む水銀燈の首筋から胸元にかけて、潤った唇からこぼれ出た白濁液が一筋流れ落ちる様が、あまりにも扇情的だったためである。
銀「んっく・・・美味しいわぁ・・・あっこれ昨日の空き瓶ね」
配「ありがとうございます」
銀「毎朝ご苦労様ねぇ。あなた・・・お名前はぁ?」
配「堀江です。真紅さんには昔からお世話になっております。真紅さんはまだお休みですか?」
銀「そうみたいねぇ・・・なぁに?気になるのぉ?」
配「(//////)・・・いぇ・・前に士官学校でご一緒してただけで・・・では失礼しますっ」
銀「へぇ・・・どうもぉ」

その頃屋内では、金糸雀が、妹の雛苺を起こしにかかっていた。
金「起きるかしらヒナ!もう起きないと学校に間に合わないかしら!」
彼女達は義務教育を受け始めてまだ数年である。
雛「・・・うゅ~・・眠いの金糸雀・・・義務教育なんて糞喰らえなの~」
金「何いっちょまえにゴタクを抜かしてるかしら!担任の梅岡にそんな事を抜かしたら罰として教育勅語を100回奉唱かしら~」
雛「・・カナうるさいの~・・・」
毎朝、これである。

玄関で牛乳瓶を受け取った後、軍人時代に覚えたマーシャルアーツの型を一通りやってキッチンに戻ってきた水銀燈。真紅も起きてきたようである。
銀「おはよぉ真紅」
真「・・・おはようなのだわ。ひどい夢をみたのだわ・・・」
銀「顔色悪いわねぇ」
真「お手洗いに入ったと思ったらゴミ箱に落ちて、もがいていたら横で巨大な白猫が私を指差して笑っている夢なのだわ・・」
銀「・・・あなたも欲求不満でもあるのぉ?」
真「可能性はあるのだわ。それより、あなた今日も朝食を用意してくれたの?いつも済まないのだわ」
水銀燈は、真紅に共に暮らそうと言われたあの日以来、率先して食事を用意している。
銀「大したことはしてないわぁ・・・トーストとハムエッグ位だしぃ・・・」
真「大助かりなのだわ。私が紅茶を淹れるから、待っておいて欲しいのだわ」
銀「はぁい。それにしても、牛乳配達の堀江さんっていい男よねぇ。何でもあなたと士官学校で一緒だったとか」
真「・・・!!?(//////)」

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その頃、衣服店経営のJUMは、薔薇水晶と雪華綺晶の二人の従業員と朝食をとっていた。
JUM「今日辺り真紅に頼まれてた寝巻きを仕上げないとな。何だかんだでかなり日が経っちまったよ」
雪「今日は作島の日・・・。領土問題は本当に厄介ですわね」
薔「・・・冷凍シューマイ・・・今日はお買い得・・・」
トーストを食べながら新聞を読む雪華綺晶とチラシを読む薔薇水晶。
雪「ダメですわ、ばらしーちゃん。また有毒物質が混入していないとも限らないでしょう?」
薔「・・・くすん・・・」
JUM「シューマイがダメならギョウザを買ってきてやるよ」
雪「だが断る」

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真紅宅では、金糸雀と雛苺を学校に送り出し、あわただしさが一段落ついたところである。
水銀燈はすっかり元気になったのだが、朝食を終えると、いつもならば彼女がする片付けを真紅に任せ、自分の部屋に戻っていった。真紅は、片付けを終えたところで、すりこぎが一本無い事に気づいた。サイズ別に3本揃っていたはずなのだが、どうしても中サイズのそれが見つからない。
紅「水銀燈?すりこぎ中サイズ知らない?開けるわよ」
真紅は水銀燈に確認するため、彼女の部屋のドアを開けた。
しかし、彼女の姿がない。良く見ると、水銀燈はベッドの上でシーツにくるまっているようだった。しかも微かに動いている。息が荒いようだ。
紅「・・・水銀燈?どこか痛いの?」
真紅がシーツを取ると、そこには、裸体の水銀燈が、艶めかしい吐息を立て、汗ばんだ自分をすりこぎで慰めていた。
紅「・・・・・・・・・・・。」
銀「・・・ごめんなさぁい、真紅・・。体力が回復しちゃったら、どうしても自分を抑えきれなくてぇ・・・」
水銀燈は、体中を真っ赤にして、横になったまま怯えた目で真紅を仰ぎ見る。
何と妖艶な肉体。女の真紅ですら、いけない感情を抱き・・・再起動した。
紅「・・・良いのだわ、水銀燈。あなたも元兵士・・・戦場で鍛えられた自分の体を、今まで持て余していたのね・・・」
真紅は、水銀燈の可憐な銀髪をなでる。
銀「・・・」
紅「・・・私もそうだもの・・・でも、遠慮する事はないのだわ・・・」
真紅の指が、水銀燈の肩口を優しくなで、水銀燈の手から、彼女の蜜に濡れたすりこぎをそっと取る。
銀「・・真紅?」
紅「気づくのが遅くなって悪かったのだわ。私が来たからには大丈夫・・」
真紅は、自分も寝巻きを解き始めた。そして、水銀燈の唇に優しい口付け。
銀「んっ・・・・」
紅「さあ、や る の だ わ」
銀「ちょっちょっと真紅ぅやめてぇ、アッーーーーーーーーーーーー!」

雛苺と金糸雀は、国旗に飾られた学校の校門が閉まっているのを見てしばらく途方に暮れたのち、家路についた。
金「まったく、今日は作島の日で休みだったなんて、すっかり忘れてたかしら」
雛「うゅ~、早起きする必要なんて無かったの~」
金「それにしても、真紅も水銀燈も今日が休みと忘れてたのかしら?」
雛「あの二人も最近どうかしてるの~」
・・そして、家に帰った二人は、開いたドアの隙間から、図らずしも真紅と水銀燈の嬌宴を目撃する事になる。
金「! ! ! !」
雛「うゅ?あの二人何やってるの~?ムグムグ」
金「(マズいかしら!雛苺はまだ体はおろか知識まで純真無垢かしら!こんな事を馬鹿正直に説明してしまうと我が妹の健全な育成が120%阻害されるかしら!この街一の策士金糸雀が華麗にクールに誤魔化してやるかしら!)」
金「あっあれは筋トレをしているかしら!ほっほら真紅も水銀燈も元兵士かしら!戦場で鍛えられた体を維持するためには欠かせないかしら!教育勅語にも『恭倹己ヲ持シ』とある位かしら!」
雛「うゅ?でもなんで二人とも裸なの~?」
金「あっ暑いからかしら!地球温暖化のせいかしら!文明開化のせいかしら!ぺルリ提督のせいかしら!産業革命のせいかしら!構造改革のせいかしら!マッカーサーのせいかしら~ry」
雛「ヒナも金糸雀と筋トレやりたいの~」
金「ウホッいい妹・・・って冗談じゃないかしら~」

嬌宴は一段落したようです。
紅「はぁ・・・すっきりしたのだわ・・・ありがとう水銀燈・・・」
銀「・・・私もそうなんだけどぉ・・何か複雑な気分だわぁ・・・」
ベッドの上でシーツを胸までかぶり、並んでちょこんと座っている乙女二人。
まだ息が荒く、体はしっとりと汗ばんでいる。
紅「ごめんなさい・・・やはり私は欲求不満があったみたい・・・あなたにはしたない事をした事、させた事は本当に申し訳ないのだわ」
銀「・・・お互い様なのかもねぇ」
紅「・・・ところであなた恋をしたことはあって?」
銀「・・ないわよぉ・・・自己嫌悪の固まりだった私に・・・ただでさえ人見知りなのに、髪と瞳の色で除け者にされたりとかもあったしぃ・・・」
紅「でも今のあなたは過去の自分も、今の、そして未来の自分も受け入れられるのではなくて?」
銀「そぉね・・・あなたのお陰で・・・真紅・・」
紅「良かったのだわ。もう自己嫌悪になる必要など更々ないのだわ。あなた自身の心の問題もないのだし、何と言っても水銀燈、あなたは可愛いのだわ。その髪も瞳も体も・・・。今のあなたを、殿方が放っておくとは思えないのだわ」
銀「・・・」
紅「自分だけでも自分を愛する・・・これは難しい事と前に言ったわ。今のあなたはそれが出来るのだわ。だけど、・・・水銀燈にはさらに一歩前に進んで欲しいのだわ・・・もちろん、私もだけど・・・」
銀「それって・・・」
紅「そう、自分自身に対するのと同じように誰かを愛すること、そして愛されていることを感じる事なのだわ。」
銀「私に出来るかしらぁ・・・お父様、お母様の愛すらも感じられなかった、感じる事が恐かった私なのにぃ・・・・」
紅「本当にあなたのご両親はあなたを愛していなかったのかしら?ご両親があなたにしてくれた事は沢山あるのじゃなくて?」
銀「・・・」
水銀燈は、父母と一緒に過ごしていた幼い頃のことを思い浮かべていた。父と母は、あまり仲が良くなかった。と言うより、父は暴力さえ振るわないものの何かあるとすぐに不機嫌になる男で、母も父には逆らわなかったものの、夫の不機嫌を受け継いで彼女も不機嫌で塞ぎこんでいる事が多かった。水銀燈の父は腕のいいデザイナーだったが、うまく引っ掛けられて多額の借金の保証人にされ、家族は元いた大きな家を引き払い、より家賃の安い家に移ったのが水銀燈が生まれて間もなくの時。両親の不和は、恐らくこの頃から始まったのだろう。それでも水銀燈は、一般的に見て不自由なく育てられていた方ではあったが、どんなに父母が水銀燈にかまってくれても、父母がいさかいや口論を起こしたり、言葉も交わさず不機嫌でいるのを見たり、そのような空気を家が支配していたりすると、とても悲しくなるのだった。そんな空気がとても嫌で、重苦しい空気に支配された家にいるのが、成長とともに辛くなっていった。水銀燈は、あまり感情を表に出さないようになり、目つきが鋭くなってしまった。もともと人見知りのきらいがあったので、水銀燈にはあまり友達ができなかったばかりか、彼女の特異な髪と瞳の色も手伝い、学校でも孤立しがちであったし、いじめの対象ともなり、そのうち「ジャンク」などと呼ばれるようになった。見かねた両親が、ある日水銀燈にお人形を与えた。そのお人形とは唯一の親友になったが、彼女は、心のどこかで、それがただの慰みに過ぎないと冷ややかな思いを持っていた。早くお父様とお母様離婚しないかな、と思うようにもなった。どちらでもいい、離婚さえしてくれるなら、私はどちらかについて行って、どちらかの愛を受けられる。それか、いっそのこと自分が消えてしまうか・・・いずれにしろ、こんなぬるくて息苦しい生活は嫌。・・・生きているのも嫌。自分も嫌い。どうせ私は愛されない、愛とは縁のない存在なんだろうから・・・。思春期の水銀燈は、そればかり考えていた。
別れは唐突に訪れた。水銀燈が14歳になって間もない風の強い夜に、どこからともなく火の手が上がり、一戸建てが密集した町中に燃え広がった。その夜、水銀燈は、階下から聞こえてくる父母の怒声に息苦しくなり、ベッドで横になって涙を流しているうちに寝入ってしまっていた。先に火事に気付いたのは両親で、口論の後2階の寝室に上がったものの、既に大きくなった火の手とサイレンや叫び声などの騒音に気付いた時には、彼らの家の一階は既に煙の侵入を許していた。両親が血相を変えて水銀燈の部屋に駆け込み、彼女を叩き起した時には、炎は台所とデザイナーであった父の一階の仕事場にあった大量の布生地を、一階全てを包み込んでいた。この時水銀燈は、普段死にたいと思う事が多々あったにもかかわらず、生命を絶たれる恐怖に襲われ、一緒に寝ていたお人形をしっかりと胸に抱いていた。途方に暮れた三人が水銀燈の部屋の通りに面した窓から外を見ると、空襲と見まごうほどの火の海が隣近所に広がり、辛うじて目の前の通りが防火線の役割を果たしたために向かい側の家並みが焼かれずにいた。消防車のサイレンの音は最早火炎の燃え盛る音で聞こえなかった。ここまで手が回らないのだろう・・・と、その時、通りの向こうから、近くの駐屯地から来たのであろう、要請を受けて出てきたらしい軍の工兵隊か何かの作業車やら兵員輸送車やらが数台走りこんできた。その中の一台の幌なしジープが、二階の窓際で立ち往生していた水銀燈親子を見つけて停車し、乗っていた3人の兵士のうち2人が飛び降り、一階の火炎に焼かれぬ程度まで近づいてきて「飛び降りられるか」と叫んだ。下は石畳。いつの間にか部屋の入口に炎とどす黒い煙。どうすればいいのだろうと水銀燈は両親の顔を窺おうとした時、突然父親が水銀燈の抱いていたお人形を奪い取り、足元に放りだした。水銀燈が「お父様!何をするん・・・」と最後まで叫ばないうちに、彼女は両脇から抱きかかえられて先ほどの人形のように放り投げられ、宙に浮いていた。私も捨てられちゃうのかな・・・そう思った瞬間、背中に鈍い痛みを感じ、下にいた兵士らの腕の中にいる事に気付いた。「ケガはないか、お嬢さん」「立てるみたいだな、大丈夫だ」お父様とお母様はどうしただろうか、と水銀燈がつい先ほどまでいた二階の窓際を見上げると、何と父があのお人形を手に取り、ジープの荷台に投げ入れた。母はそれを横で黙って見ていた。水銀燈はまさか父親がそんなことをするとは思ってもみなかった。「何やってるんだ、あんたらも飛び降りろ」と兵士が叫ぶ。しかし父母はそれには従わず、どちらからともなく向かい合い、両手を胸の前で握りあった。そして、しばらく見つめあった後、ゆっくりと水銀燈の方に目を向けた。お父様、お母様、なんて哀しい目をしているの、と彼女が思い、いたたまれなくなって思わず両親のもとに行こうと兵士らの前に走り出たその時・・・一階の炎がプロパンガスに引火・・・盛大に爆発した。瞬間、水銀燈はお腹に鋭い熱と痛みを感じ、爆風を受けてジープの側面に叩きつけられた。家は、1階も2階も区別なく崩れ落ちていた。
・・・今にして思えば、お父様もお母様も私を愛さなかった、憎んでいたわけではなかった。うまくいかなかった夫婦間の絆を、半分は自分の血が流れる小さな娘に求めていただけに過ぎない。私だけでなく、お父様もお母様もみんな、追い詰められていたのだ・・・嗚呼、そう考えると彼らは、愛情表現が下手なだけだったのか・・・手と手を取り合った両親の最期・・・皮肉にも、彼らがお互いに素直になれたのは、最期のほんのわずかな刻だけだった。そして、彼らは、その最期まで娘の生存を願い・・・私の大切な友達のお人形にまで気を廻し、助けてくれた。ああ・・・彼らが、両親が不憫でならない。そして、ただ色々なものに翻弄されていた未熟だった自分が・・・愛されてないと感じていた私は、実は私自身を愛してないだけだったのだ。
誰が悪いとか、悪かったとかじゃない。そんな事じゃない・・・
銀「ぅわああああっ・・・ひっ・・・」
水銀燈は押さえていたものが噴き出したように泣き出した。ベッドの上にぺたんと座り、生まれたままの姿で。水銀燈は、涙を流しながら、たった今自分が自分と父母をも許せた事に気がついた。真紅は、そんな水銀燈をそっと抱きしめた。ドアの外にいた少女達は、そっと去っていった。水銀燈は、しばらく泣き止まなかった。・・・・・
銀「・・・これが、あの時、私に残った傷よぉ・・・」
落ち着いた水銀燈が、自身の腹部に残った10センチ程の傷痕をなでる。非のうちどころのない、ほっそりとした、そして豊満な女体に、それは残る。あの時、爆発で飛ばされた金属片か何かでできた傷・・・
真「・・・戦闘で受けたものとばかり・・・」
銀「私は、心も体もボロボロになっていて・・・ジャンクのように・・・」
真「ジャンクだなんて・・・・今はそんな事思ってないでしょう?もしかして、まだそんな事思ってるんだったら、許さないのだわ・・・・」
銀「真紅・・・」
はらりと涙を流した真紅を、今度は水銀燈が抱き寄せる。
銀「そんなことないわぁ・・・私、あなたのおかげで自分を愛せた・・・いえ、許せたもの・・・そして今、私の過去に生きていたお父様とお母様を・・・ううっ・・」
真「あなたは、もう一人じゃないのだわ・・・」
階下では、雛苺と金糸雀が、今帰ってきたかのように振舞うように騒ぎ始めた。
真紅を抱きしめる水銀燈のまぶたの裏には、水銀燈に笑いかける彼女の両親が映っていた。
銀「・・そうねぇ・・今だから言えるけど私・・・あの雨の日にここに連れてこられた時、こんな冴えない奴とこれからママゴトのような生活を送るのはごめんだわ、なんて思ってたわぁ・・・」
真「あら・・・」
銀「ふふっ、おかしい・・・そんなこと考えてたなんて・・結局あれは、心のどこかで、ここが心地良い、ここで過ごしたいと思っていたのでしょうねぇ・・・さあ、あの子たちも帰ってきたみたいだからお昼の準備しましょぉ、ねっ・・・」

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その頃、翠星石のおうち
ドゴォォォォォォォォォォン!!
台所が爆発したようです、本当にありがとうございました。
翠星石「ななな何事ですぅ!?敵襲ですかぁ!!?」
エプロンを探していた翠星石が台所に入ると、そこは雪国だったんじゃなくて、卵が四方八方に散らばり、床に薔薇水晶と雪華綺晶が倒れていた。
薔「・・・くすん・・・」
雪「・・・何なんですの・・・」
翠「こっちが聞きたいですぅ!いったいどうしたらこんな事になっちまうですかぁ!」
二人は神妙な顔をして電子レンジを指差した。翠星石にはそれで充分だった。
翠「・・・私の監督不行届きですぅ・・・」

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昼食を終えた真紅達一同。真紅は、JUMの店に寝巻きを受け取りに行く。
紅「ごきげんようなのだわ」
JUM「よう、真紅。なんだか今日はつやつやしてるな」
紅「べっ・・・別に何もないのだわ。それより、寝巻きは出来ているかしら?」
JUM「すまん。もう少しで終わる。ちょっと待っててくれ」
紅「今あなたが仕上げているのがそれ?」
JUM「そうだよ」
紅「・・・いつ見てもあなたの指先は神秘なのだわ。まるで何かを奏でているようなのだわ」
JUM「ははっ。・・・よし、終わり。その辺の安い外国産なんかよりは断然いい出来のはずだけどな。今色々問題になっているようだが」
紅「歪んだ大量生産・大量消費の走狗が産んだものなんかからは何も感じられないのだわ。あなたが作ってくれる服には命が感じられるのだわ」
JUM「嬉しいな。サービスして三着1000円にしとくよ」
紅「自分を安く売ってはいけないのだわ。特にJUM、あなたは高く評価されるべき腕を、魂を持っているわ。これだけ置いていくから、これであなたのお仕事は終わりなのだわ」
JUM「こんなに・・・良いのか?お前まだ戦地から引き揚げてきたばかりだろう?」
紅「心配御無用なのだわ。軍籍にあった者には、恩給が支給されるようになったのだわ。堀江さんもね。彼の乳製品販売店が軌道に乗れば、私も安心して彼の・・・(//////)」
JUM「あはは、そうか。良かったな。安心したよ。堀江の奴か・・・そうそう、行き倒れはどうしてる?」
紅「彼女も軍籍だったのだわ。もうすっかり回復してるの。私のお友達だわ。それで、彼女にドレスを作ってもらいたいのだわ」
JUM「女性なのか・・・。了解。なら夕食の後にでも採寸に行くよ。」
紅「ありがとう。ところで、あの二人は?」
JUM「住み込みで働いてもらってるけどな、今日は元々祝日だから休んでもらって、翠星石に料理を教えてもらいに行ってるよ。」
紅「あっ・・・今日は確かに休みだったのだわ・・・ではごきげんよう。そうそう、あとで私の家でお世話をしているお友達を『ラプラス』に連れて行こうと思うのだわ。時間があればJUMも来ると良いのだわ」
JUM「ああ・・・分ったよ。出来上がりが遅くなって済まなかった。またのご利用を」

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その頃、翠星石のおうち
翠「料理は生き物なんですぅ!だから大事なのは段取りをあらかじめ組んでおいて、あとは流れるように作業をすることなんですぅ」
薔「・・・料理は食べ物・・・」
翠「あくまでこれは比喩ですぅ!この馬鹿水晶!大事な人に、安心して食べてもらえる美味しい料理を暖かいうちに食べてもらう事が重要なんですぅ!どっかの国の工場みたいに、毒入りの食べ物を出荷しておいて被害者面するのなんてのは最悪です!食べてもらう相手の笑顔を常に頭に浮かべとけですぅ」
薔「・・・納得・・」
雪「・・不味くても胃に入れば何でも同じだと思っていましたわ・・・恥ずかしい」
薔「きらきーちゃん・・・」
翠「さあ、分かったら根性入れてピザでも焼くですよぉ」
薔「了解・・・」
雪「あら、目つきが変わりましたわね、ばらしーちゃん」
薔「・・・きらきーちゃんも・・・よだれが出てる・・・」

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喫茶&BAR「ラプラス」
祝日にしては客がいないうららかな午後。
ドアベルが軽やかに音を立てる。
真「お邪魔するのだわ」
?「ようこそ・・・おお、これは真紅さま、帰還なされたとは聞いておりましたが、直にお姿を拝見出来て何よりでございます・・・」
真「ありがとう。ここの紅茶の味は戦場でも忘れられなかったのだわ」
?「痛み入ります。それで、そちらのレディは・・・?」
真「水銀燈というのだわ。私のお友達の・・・」
銀「・・・。」
友達、と真紅に言ってもらって、水銀燈は胸が一杯になった。
真「きっとこの娘もここの常連になってくれると思うのだわ。水銀燈、こちらは白崎さんというのだわ」
銀「よろしく・・・」
人見知りの性格だからであろうか、水銀燈は少し堅くなっていた。
白「これはこれは。私、当店のマスターをしております、白崎と申します。以後、お見知りおきの程を・・・。」
水銀燈は、真紅に導かれ、街と港が一望できる窓際に腰を下した。
真「では、久し振りのケーキセットをお願いするわ。あなたは何にする?水銀燈」
銀「色々あるのねぇ・・・じゃあ私はこのヤクルトセ―キにするわぁ」
真「・・・確か前にはなかったメニューなのだわ・・・」
白「承りました・・・」
ちょうどその時、再びドアベルが音を奏で、スーツ姿のJUMが店に入ってきた。
白「いらっしゃいませ」
JUM「こんにちは白崎さん。真紅ももう来てたか・・・そちらが?」
真「ごきげんようJUM。こちらが、私が帰還してから一緒に暮らしている、私のお友達の水銀燈よ」
銀「ごきげんよぉ・・・」
JUM「・・・こちらが・・・あっどうも、JUMです。あっあの・・・寝巻き・・・どうでしたか?」
銀「さっき着てみたけどあったかくて最高よぉ。とするとあなたが仕立て屋さん?」
JUM「はい・・・。」
銀「ドレスも作ってくださると真紅から聞いたわぁ・・・よろしくねぇ」
真紅たちのオーダーがテーブルに届いた。JUMはカウンター席に座る。
真「懐かしい味・・・自分ではこんな深い紅茶は淹れられないのだわ」
銀「幸せ・・・乳酸菌・・・」
白「光栄です・・・」
銀「真紅、あなた昔からこのお店の常連さんだったのぉ?」
真「ええ・・・特に寂しくなった時はよくここに来てマスターと話をしていたわ・・・」
銀「寂しい時・・・・・・」
真「ええ・・・」
JUM「・・・。」
白崎はカウンターの中でコーヒーを淹れながら言った。
白「真紅様は小さいころから繊細な方でした。そのためか、私とのお話も、少女がするには深い話ばかりで・・・私めなどがよくお話しの相手に選んでいただいたものだと今改めて思い返しております」
真「そんなこと・・・私はマスターから色々な事を学んだのだわ・・・自分について・・・」
JUM「確かによくここにいたよな、僕がひきこもりを始める前から・・」
銀「へぇ・・・」
白「ところで、久し振りに拝見したからでしょうか、真紅様は何だかつやつやしておいでですね。水銀燈さんも・・・」
JUM「マスターもそう思う?僕も午前中に真紅に会った時に同じことを思ったよ」
真・銀「「!!」」
白「・・・ですが、真紅様のお友達の水銀燈様・・・あなたは何か重いものを背負って生きてきた様にお見受けいたします・・・どうでしょう、しばしこの私めの下らない話でもお聞きくださいませぬか」
銀「・・お願いするわぁ」
真「・・ええ、久し振りね、マスターのお話が聞けるなんて」
白「承りました。・・・では質問。私達は、一体いずこで暮らしておりますでしょうか?」
JUM「それは・・・」
銀「この街・・・地球・・・でしょぉ?」
真「・・・。」
白「・・そう、それも一つの答えではございます。しかし、私めには、人と申しますものは、自分の『フィールド』、と申すべきものの中にも暮らしているように思えるのでございます」
銀「自分の『フィールド』・・・」
白「私達は自分の中に、それぞれ見えない世界をもっているものです。仮にこれを『フィールド』と呼びましょう。それは精神的なもの、自分の今までの記憶、培ってきた価値観、思考、判断基準など、目に見えぬもので構築された、人間の内面の世界。心、とも言えるしれませぬ。人が思考するのも、何かを判断するのも、すべてそのフィールドの中で、人が人生経験の中で創り出したフィールドのルール、価値観や判断基準によって行われているのでございます。人間は、フィールドを通して、初めて現実世界を肉体で、五感で知覚する事が可能となるのです。つまり『フィールド』を通して、現実を判断する、という事でございます。人は、彼自身の『フィールド』を司る王者。『フィールド』が彼自身の真実なのでございます。そこでは、想像や妄想などの想いを例に挙げるように、何ごともなし得るはず、なのでございますが・・・本来は。しかし、・・・人とは、実は逆に自分の世界『フィールド』に囚われ、縛り付けられてしまいがちなのでございます・・・。」
JUM「マスターの話は深くて難しいなぁ」
真「でも、『腑に落ち』さえすれば、良く分かる話なのだわ。マスターの話は、昔から・・・」
銀「私も、何となく分かるわぁ・・・ここまで聞いてると、マスターの話って何だか、これから『ラクに生きる』ヒントを教えてくれようとしてるみたいな気がするんだけどぉ・・・」
白「水銀燈様は聡明な方でございますね。それが正に私めが拙くもお伝えせんとする事でございます。」
JUM「マスターもだけど、水銀燈さんも凄いね」
水「!!・・・(//////)」
真「(あら、水銀燈が赤くなったのだわ)」
白「では、今しばしお付き合いください・・・。我々人間が、精神的に『ラクに生きる』事ができない、少なくともそう感じている人が現在多く存在している、その理由は、我々が束縛されているからなのでございます。何に?先ほどお話したフィールドにであります。もっと詳しく言えば、そのフィールドを構築する、記憶・価値観・思考・判断基準などに・・・でございます。そして・・・これらを根本的に成立させているのが、『言葉』なのであります」
一同「・・・・」
白「無論、視覚的なイメージもそれらを構成はしますが、イメージすら、言葉によって引き出される場合もございます。つまり、人の持つフィールドの大部分を構築しているのは、『言葉』なのでございます。『言葉』が我々人間を、フィールドの中で束縛し、それで人は中々どうして『ラクに生きる』ことが出来ないのです。」
JUM「言葉、かぁ・・・コミュニケーションのための道具でしかないと思ってたけど・・・」
真「考えてみると確かに、私たちに最も影響を与えるのは、言葉なのだわ」
銀「言葉・・・・教科書なんて確かに言葉だらけよねぇ」
白「皆様のおっしゃる通り、人は自分の思考や考え、そして活字や他人の言葉などの外部からの影響を多大に受け、それをいつの間にかフィールドに吸収してしまうもの。その影響力は絶大で、フィールドを強力に支配してしまうのでございます。各国で最も多く売られております書物には、『言葉は神なりき』と記してあります。しかし、私めに言わせれば、・・・。確かに言葉は神の力をもっておりますが、同時に言葉は、負の、いわば悪魔の力をも持っているということなのでございます。『完全』と『不完全』、『良い』と『悪い』、『幸せ』と『不幸せ』、『強さ』と『弱さ』、『富』と『貧困』、『好き』と『嫌い』・・・お気付きと思いますが、これらの言葉は一枚のコインの表と裏。どのような言葉でもそうです。つまり、我々は、言葉が作った枠にとじこめられているのでございます・・・言葉が生み出すイメージは強烈でございます。例えば『不景気』という言葉は、特に多くの人々を縛り付けてはいないでしょうか。なぜそう申しますかと言うと、今の世の中を『不景気』であると(フィールドを通して)『判断』してしまうということは、そう判断する人々の内面には、反対の『好景気』というイメージが意識的にしろ無意識にしろ必ず湧き出てくるからでありますが、この相対的なものの見方は、事実を必ずしも正しく受け止めているとは限らないのでございます。それが極端すぎるものの見方だからです。『AでないならB』という見方は、極端だとは思えませぬでしょうか?それはまるで催眠術。催眠術は術者の言葉によってのみ行えるもの・・・少なくとも、ありのままの事実の認識はそれで曇らされるのでございます」       
銀「催眠、ねぇ・・・他者催眠にしろ、無意識な自己催眠にしろ、怖いわぁ」
JUM「てか洗脳?活字とか歴史教科書とかって特に・・・」
真「確かに、洗脳並の力を言葉は持っているかも知れないのだわ」
白「極端というのが恐ろしいのです。人間というものは、『比較』しないと自分が分からない、つまりは相対的な世界に生きているのでございます・・・。『比較』もまた『判断』することでございます。言葉には裏と表がある、と先に申しました。特に、良く使われるのが『良い』と『悪い』。我々は、始終物事を、『良いか』『悪いか』比較して生きています。言葉を使うと言うのは、そう言う事でございましょう・・・。だから、我々は振り回されている・・・。」
一同「「「・・・・・・・・・」」」
白「さらに、言葉が与えるイメージというものは、それを受け取る人によって異なるものでございます。例えば、『愛』。これを、羽のように軽いと思う方もいれば、鎖のように重いと感じる方もいらっしゃいます。だから、人は残念ながら『完全に』他人を理解する、理解し合う、という事は不可能なのでございます・・・その意味では、人というのは孤独でございます。・・・以上が、『人は言葉に振り回されて生きている』と私が主張するゆえんであります・・・。言葉が『幻想』を生み出してしまえば、これはもう最悪でございます」
銀「!!」
白「追い求めて届くものなど、中々この世には存在しません。殊に、それが自分で作り上げた「理想」といった「幻想」であれば、間違いなく・・・」
銀「・・・私、前に戦場にいた・・・それまでの自分を好きになる事ができず、否定し、『完全な自分』『本当の自分』を見つけるために・・・ある時、激戦地だった湖水地方で、私の小隊は敵の小隊と超接近戦になったことがあったのぉ・・。私は、残酷で非情な自分に身を任せ、敵兵を倒していったわぁ・・気がついてみると、味方は私を除いて全滅して、敵も一人を残すだけになった・・・お互い銃の弾倉は空だったから、銃剣での肉弾戦になったんだけどぉ・・・敵のナイフをかわして鳩尾に銃床を叩きこんで、倒れたところを馬乗りになって・・・その時に相手の鉄兜が外れて、見ると、その敵兵は私と同じ位の年の女兵士だったのぉ・・・その怯えた瞳に、私が映っていて・・・血まみれの、おまけに瞳の色すら血の色をした、今まで見たことのない表情の私が・・・その綺麗な顔立ちの女兵士の瞳に映っていたのぉ。・・・気付いたら私は、彼女から奪ったナイフで彼女の顔を・・・なんて恐ろしい事を・・・彼女が、私からみてあまりにも完全な存在に見えたから・・・・うっ・・・『完全な自分』なんて、探しに来たこの戦場にすらいないって分かって・・・『完全な自分』も、『本当の自分』も、所詮は言葉・・・私が勝手に作り上げた幻想・・・自分を探すあまり、自分自身の幻想にがんじがらめにしばられていた・・・私は、そんなつまらないものに振り回されていただけだったのねぇ・・・ぐすっ・・・」
JUM「・・・そうだよ・・・だから水銀燈さんはもうそんな事で苦しむ必要なんてないんだよ・・・不完全ってそもそも何なんだよ。そんなもの、所詮完全という幻想の裏返しじゃないか。ありのまま・・・それが言うなれば完全じゃないのかよ!?」
JUMは、知らず知らず語気強く水銀燈に言った。涙を浮かべて・・・。もしかしたら、JUMは半分は彼自身に叫んでいたのかもしれない。
真「JUM・・・」
銀「ひっく・・・そぉねぇ・・・ごめんなさいねぇ・・・JUMさん・・・」
JUM「・・・いえ・・・僕の方こそ、勝手な事ばかり・・・」
白「・・・不完全は嫌。壊れるのは嫌。欠落するのは嫌。それで孤独になるのは・・・もっと嫌。完全であること・・・人はそれを理想とし、それに・・・縛られて生きて来ざるを得なかった存在。縛っていたのが、自分自身か他人かなどと、そんな違いは瑣末なこと。・・・しかし、そのトリックに気付いた皆様方、今まで、『自分』という存在についてあまりにも真剣に考え、悩んで来られた皆様・・・いつ答えが出るのか分からないままに・・・そんな皆様は、もはや、これからは要らぬ苦しみを、逆十字を背負うて生きるといった、そうなることは必要ありますまい・・・。」
水銀燈が嗚咽を上げて顔を下げ、真紅がその背中をやさしくなでながら自分も涙を流す。JUMもこみ上がってくるものを抑えきれず、夕陽に照らされてゆっくり回っている天井のファンを仰いだ。
白崎は、紙ナプキンをカウンターの内側から新たに取り出し、3人に振舞う。
そして、手元に残った一枚を目頭にそっと当てた。皆が落ち着くのを待って・・・
白「・・・失礼を致しました。話を続けさせていただきます。言葉について話して参りましたが、注意すべきは、言葉それ自身は悪者ではないということでございます。道具というものは、その使い手によって生み出す結果を異ならしめるもの・・・。剪定鋏は、余分な枝を間引きするのに使う道具でもありますが、使い手、使い方によって必要な枝すら切り落とし得るように・・・。要は、言葉に振り回されさえしなければ、楽になるのでございます。では、そもそも『言葉に振り回される』とはどう言った事なのでございましょうか?私めが考えるに、それは、『判断』を強要されるからそうなるのではないでしょうか?」
一同「「「???」」」
白「言葉というのは、突き詰めれば『判断』の材料。例えば、『暖かい』と思えば、それはそのまま『今私がいるこの場所の気温は暖かい』という判断となり、新聞に『不況』という字が踊れば、実感としてはそれが分からないにもかかわらず、『今は不況なんだ・・・』と判断させられてしまう。我々が言葉に振り回されるというのは、必要のない事まで思考し、判断し、気力を浪費し、フィールドに重荷を、負の空気を満たし、曇らせててしまうと言う事なのでございます。フィールドがそのようになってしまうと、地に足がつかず、どこか宙に浮いてしまい、生の実感が湧かなくなる。・・・だから最近、たやすく『誰でも良かった』と人を簡単に殺す人すら現れるようになったのです。・・・結果、見ようとすれば見られるはずの真実を曇らせ、要らぬ気苦労を、そして思い込みを抱え込む・・・人は、自分のフィールドを通してでないと、物事を受け止める事ができません。そのフィールドが曇っていたならば?・・・それが諸悪の根源なのでございます。だから『ラクに生きられない』。本来持っている気力がそのせいで枯れてしまう。生きる事に疲れてしまうのでございます。フィールドと現実世界は、離れているようで実はつながっていたのです・・・。」
JUM「う~ん・・・」
真「それで、どうすれば私たちは諸悪の根源を断つことができるのかしら?」
銀「知りたいわぁ」
白「それは言うは簡単な事。あまり単純なので肩すかしをされたとお感じになるかも知れませぬが・・・それは、『判断しない』事でございます。もう少し簡単になるように言いかえるならば、『物事をありのまま受け入れる』と言う事なのです。」
銀「ありのまま・・・前に真紅に話してもらったことと同じ・・・」
JUM「真紅が・・?」
銀「ええ、真紅のそのお話のおかげで、私は自分自身を認める、好きになる事ができるようになったのぉ・・・」
真「そんな・・・」
白「真紅様も中々やりますね。・・・では続けます。無論、我々が必要最低限判断を迫られる事に対しては、『判断』は必要でございます。ひきこもりを止めて学校に行こうと思えば、遅れた分の勉強をしよう、という『判断』は言うまでもなく最低限のものであり、必要不可欠でしょう。しかし、必要でない判断は必要ない。言葉に産み落とされた幻想を追いかけない。こういう自分が本当の、完全な自分のはずだ、というのはそいうった幻想の最もたる例。『追う』は『逃げる』・・・必要以上に『判断』しない、という事は、余計な思考を、要らぬ気苦労をしなくて済む、気力の浪費をしなくて済む、ということなのでございます。思考は言葉によって成り、その末には判断を要するものですから・・・。フィールドのほとんどを構築する『言葉』に振り回されず、逆に『言葉』を使いこなせば、フィールドに重苦しい空気が立ち込めることはなくなり、いわば「心が軽くなる」とでもいうのでしょうか、ラクに生きられるようになります。そうなれば、生きる気力も、ヤル気も再び沸き起こるのでございます。」
JUM「そうなんだ・・・」
銀「確かに、聞けば簡単に聞こえるわねぇ・・・」
真「それが出来るようになるのは、少し難しいかもしれないけど・・・」
白「皆様なら、何ら問題ないものと察します。・・・まだ時間がございますから、差し出がましいようですが、もう一つこの私めがお話したいことがございます。それは、自分と人との関わりについてでございます」
銀「(・・・この話は特に聞いておきたいわぁ)」
白「先にお話ししましたように、人と申しますのは、『完全に』他人を理解する、理解し合う、という事は不可能なのでございますから、その意味で人というのは孤独でございます。肉体と言う器があって、自分と他人が分かたれている以上、そして人によってフィールドというものが千差万別である以上、それは仕方のない事でございますね。しかし、・・・人は、孤独を怖がり、恐れる生き物でございます。・・・恐らく、闇よりも。孤独が怖いのは、自分だけでは自分が分からないからに過ぎません。孤独に陥れば、人は己のフィールドの中で溶けてしまうもの。だから人は、孤独から逃れるために、友人を、より親密なところでは恋人を、愛すべき異性を、人との関わりを求めるのです。あなたと関わりを持つ誰かとは、あなたを、あなたの存在を映し出すいわば鏡だったのです。そうすれば、自分が分からない恐怖から解放されるのです。だから人は絆を求め、人を愛するのでしょう。あなたを想う友達とは、殊にあなたを愛する人とは、あなたがどうであれ、ありのままのあなたを肯定してくれる、映し出してくれる人ではないでしょうか。自分にとってあまりに親密で大事な人だから、自分のフィールドに住まわせてもいい人、自分のフィールドに相手を想うセクションを作ってもいい人、フィールドを共有しよう、繋げようと思える人と言い換える事ができるかもしれませぬ。一方がもう一方をお互いありのままに映し合う。裏側に憎しみが張り付いていなければ、それが、恐らく真実に近い『愛』なのでしょう・・・。」
一同「「「・・・・・」」」
皆、一様に衝撃を受けた。とりわけ、水銀燈は、なぜ「孤独」が嫌だったのかを、自分にまとわりついてきた「孤独」の正体を知り、心が軽くなった。何だか、自分のフィールドにかかっていた黒雲が薄くなったように・・・。そうか、私がこの街に来てから、私は孤独じゃなくなったんだ。
白「しかし、孤独が怖いからと言って、そうそう簡単に他人との繋がり、絆を求めようとしない人がいるのも確か。むしろ今は、逆に孤独になりたがる人が多いかもしれませぬ。何故でございましょう?私が考えますに、関わりを持った他人から否定される事が怖いからではないでしょうか?傷つけられる、否定されるとは、自分のフィールドを構成する何かが外部から、とりわけ他人からの影響によって否定される事でございます。殊に、愛する人を失うのは辛き事。それは、自分のフィールドの中にあった、愛する人への想いから構築されていた一角が失われてフィールドに穴が空いてしまうからなのです。自分のフィールドを満たしていたものが、急に無くなってしまう。想像したくもございませぬ。それが死別なら、その辛さは言うに及ばず。息子を交通事故で亡くした男性を知っておりますが、彼は老人となっても、未だに失ったことの恐怖、苦しみの中にいて、息子の死によって失った自分のフィールドを、息子の幻想で埋めているのです・・・」
一同「「「・・・・・」」」
JUMは、なぜ以前にひきこもっていたのかを思い出していた。裁縫の趣味が学校中にバレたこと。いやむしろ、周囲が自分を変な目で見られ、否定されることに耐えられなかった、それに対する恐怖が原因だった。
白「このように、対人関係の問題とは、多くは恐怖が生み出すものでございます。恐怖はエゴと言えるかも知れませぬ。孤独が嫌なのは、自分が分からないから。孤独になりたいのは、否定されるのが嫌だから。人間の関わりの根底にあるのは、『恐怖』と言えます。共通するのは、どちらの恐怖も、自分に対する、そして他人に対する『執着』が引き起こしているという事です。前者の恐怖は、自分が知りたいという自分に対する執着と、鏡が欲しいという相手に対する執着。後者の恐怖は、否定されたくないという自分に対する執着と、自分から距離を置いてほしいという相手に対する執着でございます。恐怖というものは、その人の『過去』が培ってきたもの・・・聖書に記された原罪とは、もしかしたらこの事かも知れませぬ。ですが、人間は、奥底では誰でも孤独を恐れているのではないでしょうか。あらゆる人のフィールドは、その奥底で繋がっているのです。これはユングの言う『集合的無意識』というものかも知れません。前に述べましたように、人が、他人を映し出す鏡だとするならば、あらゆる人々が相手を映し合っているとしたならば、孤独が怖いのならば、鏡は、人々のフィールドは共通した部分を、つまり繋がった部分を内包していると言って差し支えないのではないかと私には思えてならないのでございます。無意識のうちに繋がっている・・・。ユングが言いたかったのがこの事がどうかは存じませんが・・・繋がったフィールドの奥底、根源は果たしてどうなっているのでしょうか、もし神とやらがいるとすれば、まさしく『神のみぞ知る』という事でありましょうが」
真「・・・『集合的無意識』ってこういう解釈もできるの・・・」
JUM「執着か・・・(どんだけ白崎マスターの言う事は深いんだ・・・)」
白「つまり、執着を捨てるしかないのです。執着もまた判断の一つ。自分を縛る薔薇のトゲ。執着を持っているという事は、すなわち、ありのままの自分をさらけ出せない、素直になれないという事だったのです。ありのままになれない、素直になれない、というのは、自分をさらすの事への恐怖、自分が構築してきたフィールドが蹂躙され、失われる事への恐怖。恐怖が執着を生み、執着が恐怖を生む。対人関係と申しますものは、はっきり言いまして難解なものでございます。『ヤマアラシのジレンマ』とでも申しますのでしょうか・・・。だから人は他人に対してどうしても身構えてしまうもの・・・。殊に自分に対して素直になれなければ、なおさら他人に対してありのまま自分をさらけだしたり、素直になる事など叶いますまい。・・・
逆に、自分をありのまま受け入れられれば、相手にも素直になれるでしょう。相手に対し自分をさらけ出せないのは、そうすることで見られる自分自身に自信がない、ということでもあります。それもまた恐怖。自分を受け入れる・・・そうすれば、あらゆる執着からも解放され、孤独の影に怯える事も少なくなるのです・・・。」
銀「確かにそれすればラクになれそうねぇ・・・・」
白「要は、自分に対しても他人に対しても、ありのままでいられること。そしてあなたにとっての真実を一つづつ摑んでいけば・・・。これも人生をラクに生きるヒントです。私めは詳しくは存じ上げませぬが、仏教の般若心経の最初に似たような事が書いてあったような気がしましたが・・・しかし宗教などに頼らなくても、知るべきことを知れば、それで良いと私は思えてなりません。宗教も一つのフィールドであり、同時に教典により作られた枠でありますから、ある意味人を束縛する可能性を内包しております。大丈夫、皆様方はお知りになったのでございますから、もはや振り回される事も、惑わされる事もありますまい・・・。宗教などに頼る必要すら・・・。そして、ものごとを歪まずにありのまま受け取り、判断し、フィールドから不要なものや思考、重苦しい空気を一掃すれば、生きる気力、やる気が供給され、ラクに生きられることでございましょう。長々となりましたが、私めの話はここまででございます。ありがとうございました」
銀「真紅・・・私今日ここにきて本当に良かったわ・・・」
真「そうね・・・本当に私にとっても大切なお話だったのだわ・・・」
JUM「そうだね。でもよかったねマスター、そこまで言ってもらえて」
白「身に余る光栄でございます。兎冥利に・・・いえ何でもございません」
皆「「「・・・?」」」
白「くれぐれも、自分自身を、自分のフィールドを大切にしてください。そこにあるのが、あなただけの真実なのですから・・・。大切な人とどれだけ真実を共有できるか・・・それが愛の深さやも知れませぬ・・・」
「ラプラス」から出てきた皆の晴れやかな顔が、夕陽に照らされていた。

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その日の夕食は、JUMも翠星石も薔薇水晶も雪華綺晶も真紅の家に集まり、翠星石達が焼いた大量のピザを食べることとなった。賑やかさと笑い声も加わって、翠星石ピザはとても好評だったようである。


夕食が終わり、水銀燈はドレスの採寸をしてもらうために、部屋でJUMと一緒にいた。ベッドに座る水銀燈、とりあえず椅子にこしかけるJUM。
JUM「おじゃまします・・・」
銀「よろしくぅ・・・」
JUM「・・・」
銀「・・・」
このご両人、会ってから初めて二人きりになったからか、ちょっとだけ堅くなっている。
JUMは、こういったシチュに対応し得る自分の引き出しの中身があまりにも貧弱なことに改めてショックを受けていた。
JUM「(うわぁ・・・こんな綺麗な女の人と二人っきりだよ・・・こんなの今までなかったな・・・くそっだめだ緊張する・・逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ逃げちゃダメだ・・・いや落ち着け僕、まずは当たり障りのない・・・かつ不自然でない会話を・・・)」
覚悟を決めたらしい。
JUM「・・・す、水銀燈さんは、これからもこの街に?」
銀「(あっ・・・話しかけてくれたわぁ☆嬉しい・・・初めての人とこうやって二人きりなんて苦手なのよねぇ・・・頑張らなきゃ、私)」
ここにいる二人は似た者どうしのようです。
銀「水銀燈でいいわよぉ、JUM。敬語じゃなくてもぜんぜんかまわないわぁ。ええ・・・真紅が私にこの街での居場所をくれたから・・・」
JUM「そうなんだ・・・(ウホッ嬉しいなぁktkr)」
銀「あなたも、真紅のようにこの街で生まれ育ったのぉ?」
JUM「うん、そうだよ。だから真紅のことは小さいころから知ってるよ」
銀「へぇ・・・だったら聞きたいんだけど、JUM、昔の真紅ってどんな感じだったのぉ・・・?何だか、これまでに色々悩んで生きてきたみたいってのは今日あの喫茶店で聞いたんだけどぉ・・・」
JUM「ああ、・・・真紅の大切な友達の水銀燈になら、話しても差し支えないね。・・・僕たちは幼い時からこの街で一緒に暮らしてたから知ってるんだけど・・・真紅は、今でこそしっかりしてて頼りがいもある自立した淑女になったけど、昔は体が弱くて苦しんでたんだ・・・」
銀「そうだったのぉ・・・」
JUM「うん・・・何せ真紅の両親は真紅たち姉妹がまだ小さい時に亡くなってしまったからね・・・その無理もたたって。小学校も体調不良とか妹達の世話とかで休みがち・・・だったらしくてね。僕は・・・引きこもりだったから・・・ははっ、ちょっと自分の裁縫趣味が学校中にばれちゃってね・・・それでよく知らなかったんだけど・・・中学の二年になってからは特に真紅の事が気にかかるようになったんだ。」
銀「・・・」
JUM「真紅は、思春期が病弱だったから、自分の存在意義とか、そんな心についてとか哲学的な事を考えてたみたいだった。彼女を見ていると、僕は自分が情けなくてね・・・いったい何やってるんだろうって・・・そう考えてるうちに、僕は再び学校へ行けるようになったんだ。彼女のおかげで・・・。中学を卒業した時、僕は真紅に告白したんだ。・・・真紅は、泣いて喜んでくれた。」
銀「やるじゃなぁいJUM」
JUM「でも、『あなたは私の事を気にかけてくれる一心で、私に告白してくれたの思うのだわ。嬉しいのだけれど、その気持ちだけでいいのだわ・・・大丈夫。いつか、モテないあなたには私の友達を紹介してあげるわ。約束するわ』って言って断られたよ。真紅の言うとおりだった。自分に思いあがって、軽率なことをしてしまったと後悔したよ。あいつは繊細だもんな・・・。中学を卒業して、体も良くなった真紅は士官学校へ行ってしまった。卒業する前に、あのアリス紛争が始まってしまったけど・・・僕は、あの時真紅とした約束が果たされるのを今まで・・・待ってたんだ。正確には、他に何ら縁がなかったからなんだけど・・・」
銀「・・・」
JUM「水銀燈・・・君と初めて会ってから・・・君の事が、・・・あなたが、好きです。」
銀「・・・!!・・・」
JUM「・・・水銀燈?」
銀「・・・うっ・・・取りなさいよぉ」
JUM「えっ・・・何を?」
銀「私を泣かせた責任を取りなさいって言ってんのよぉ!今日だけで一体何回泣いたり泣かされたりしたと思ってんのよぉ!それなのにあなたの話聞いててまた泣けちゃったじゃないのよぉ!嬉しかったからぁ!!」
JUM「水銀燈・・・それじゃ・・・」
銀「責任取って・・・私を幸せにしなさいよぉ・・・私を傷つけたりしたら、絶対許さないんだからぁ・・・ジャンクにしてやるんだからぁ・・・」
水銀燈はJUMの胸に飛び込み、涙を流している。どぎまぎしながらも受け入れるJUM。
JUM「水銀燈・・・一緒になろう・・・」
銀「ずっと待ってた・・・嬉しい・・・」
二人はベッドに倒れこんだ。

夕食が終わって、自分たち共同の部屋で床に腹ばいになってクレヨンで絵を描いている雛苺。側に金糸雀がやってきた。
金「雛苺、ちょっと話があるかしら」
雛「うゅ?金糸雀どうしたの、子供でも出来ちゃったの~?」
金「あるあ・・・そんな事じゃねぇかしら!ちょっとは茶化さずに聞くかしら!」
雛「じゃあじゃあ、どうしたの?」
金「君も見ただろう、最近水銀燈がよく泣いているのを。君も学生なら聞き分けたまえ。水銀燈を元気にさせる呪文か何かを、君は知っているはずだ。私に協力してくれたまえ」
雛「う~・・・どうすれば・・・」
金「私は手荒なことはしたくないが、水銀燈の運命は君が握っているのだよ」
雛「いい加減にそのしゃべり方やめなさい大佐なの~。ヒナもちゃんと協力して水銀燈元気にするの~。ってか茶化してるのは金糸雀の方なの・・・」
金「さすがは我が妹かしら~。では、これから作戦会議かしら!」
雛「じゃあじゃあ!こんなのはどうなの~?」
話し合いは続行のようである。熱中した二人は、水銀燈の部屋から聞こえてくる肉体を打ちつけ合う乾いた音には気付かなかった。

その頃、真紅は、テラスにキャンドルを灯して紅茶を飲んでいた。
「ついに結ばれたようなのだわ。やっと、約束を果たせたのだわ・・・」
感慨深げのようです。

性交の後のひととき。ベッドに横たわる二人。
JUM「良かった・・・水銀燈、痛くなかった?」
銀「はぁん・・・全然。JUMったら優しくしてくれるんですものぉ(//////)」
JUM「(//////)でもこれで、採寸終了だよ。本当に整った体だね・・・」
銀「でもぉ、随分とエッチな採寸だったわねぇ・・・?一糸纏わずにされるなんて・・・(//////)」
JUM「うん・・・(//////)」
銀「私、ありのままの自分をJUMにさらけだせたわぁ。このお腹の傷もだけど・・・」
JUM「僕もだよ・・・」
JUMは水銀燈に刻まれた傷をやさしくなでた。
銀「JUM見てぇ・・・これねぇ、小さい頃お父様が買ってくれたお人形なんだけど・・・」
JUM「へぇ・・・良く出来たぬいぐるみだな・・・」
銀「私、これを戦場にまで持っていったわぁ・・・私の唯一のお友達だったから・・・」
JUM「でも・・・買ってくれたって言ったけど・・・多分そうじゃないよ」
銀「どういう事ぉ?」
JUM「買ったものならどこかに商標とか洗濯方法とかが書かれたタグが縫い付けられてあるはずなんだけど、これにはそれがないんだ・・・それにこれは、きれいな縫い目だけど普通ぬいぐるみに使われる縫い目じゃない・・・だからこれは、多分手造りなんじゃないのかな・・・」
銀「・・・えっ・・・そう・・・そしたら、これはお父様が・・・だからこの子の髪と瞳は・・・」
JUM「うん。でも、良く出来てる。デザインも良いし・・・」
銀「聞いた?良かったわねぇ。これからもよろしくねぇ、メイメイ」
JUM「メイメイって、この子の?」
銀「ええ。もらった時にお父様とお母様がつけたのぉ」
水銀燈は、ベッドに裸で横になったまま、両手でメイメイを持ち上げて微笑みかけている。
JUM「そうだったんだね・・・」
もしかしたら、水銀燈の母は、水銀燈を生んでから、子どもを産めなくなってしまったのかもしれない。だから両親は、せめて遊び相手のいなかった水銀燈に、人形をメイメイ・・・中国語で「妹」・・・と名付けて贈ったのではないだろうか。
水銀燈と同じ銀髪と紅い瞳を持ち、深い青色の、スカートには逆十字をあしらったドレスを着たメイメイ。JUMは、これと同じドレスを作って彼女に贈ろう、と決めた。

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そして、次の朝。
JUMは自分の家の寝室で目覚めた。体中に心地よい疲労感。特に腰のあたりでは、これまで生きてきてほとんど使ったことのない筋肉が軽い痛みで自己主張している。昨晩、真紅の家で水銀燈と結ばれたJUMは、彼女が眠りについたのを見届け、シーツをかけ、軽く開いた唇に口付けをしてから真紅にバレないように静かに自分の家に戻って来たのだった。どうせバレているのだが。
「ああ・・・僕はなんて幸せなんだろう・・・」
水銀燈と一つになった。そして、彼女は僕のワイフとなる。そう思いながら部屋を出、にやける顔を洗い、朝食の用意をしようとリビングを抜けてキッチンに行くと・・・そこは南国だった・・・んじゃなくて、妖艶な裸体に純白のエプロンだけをまとった銀髪の美女が、鼻歌を歌いながらソーセージを焼いていた・・・・。
JUM「・・・ここからが本当のHEAVENだ・・・」
銀「~♪・・・あらぁ旦那様ぁ、おはよぉ。眠れたぁ?私なんか昨日JUMが激しくて、起きてもしばらく腰に力が入らなくて立てなかったわよぉ・・・ふふっ☆」
JUM「・・おはよう・・・ああ、昨日君に天国まで連れて行ってもらったおかげで、もうそれはそれは出来るなら覚めたくない夢の中にいたよって一体どうしたんだよ水銀燈・・・」
銀「あらぁ私はあなたの婚約者よぉ?だから朝ごはんを作りにきたのぉ、ダーリン☆」
JUM「いっいやそのなんと申しますかまた扇情的な格好でおはしますのはwhy?って欧米か!」
銀「真紅が、こうしたら殿方は喜ぶって教えてくれたのよぉ。JUM、あなたまんざらじゃなさそぉねぇ・・・嬉しい」
水銀燈の視線はJUMのズボンに注がれている。事実、JUMはズボンにテントを張っていた・・・
JUM「あ い つ か・・・粋な事を吹き込んでくれる・・・」
銀「・・・JUMは私がこんな格好して、朝ごはん作ってたら迷惑ぅ・・・?」
おおっとここで水銀燈の上目遣い攻撃!目を潤ませ、胸を主張させる。
JUM「あ・・・あ・・・もう駄目だ・・・」
JUMはテントだけでなく鼻血まで追加してしまった。もはや彼の頭は焼き切れてしまったようである。
JUM「(『ご飯にする?それとも・・・ア・タ・シ?』ってシチュは夜の帰宅時だけの専売特許じゃない!朝にだって良いジャマイカ!たくさんのボッキボッキ、乗り越え踏み超えI・KU・ZO!!)イヤッホォォォォォウ!!」
銀「きゃぁん☆」
突撃を敢行しようとしたJUM。とそこへ、住み込みで働いている薔薇水晶と雪華綺晶が起きたのか、話し声が聞こえてきた。
薔「・・・眠い・・・」
雪「ほら、ばらしーちゃん、それは洗濯機じゃなくて洋式のお便器ですわ。また前みたいに間違えて服を入れちゃ駄目ですわよ」
薔「・・・くすん・・・」
二人はリビングに入ってきた。
雪「おはようござ・・・・」
薔「・・・どうしたのきらきーちゃ・・・」
固まるのも無理はない。自分達の雇い主がテントと鼻血を従え、裸エプロンの美女に今にも襲いかかろうとしていたのだから。
JUM「・・・」
銀「・・あらぁ・・・JUM、この方たちが従業員のお二人?」
薔「・・・セクハラ・・・」
JUM「ちっちが・・・誤解だ・・・」
雪「ゴカイもイソメもありませんわ!店長!!!」
JUMと水銀燈は、暴走しかけた二人を鎮圧するのに1時間もかかってしまった。
朝食をとる一同。
雪「水銀燈さんは、店長と結婚されるんですわね」
薔「・・・綺麗な人・・・」
銀「そうなのよぉ・・・ありがとねぇ・・・」
JUM「これからは朝のヤクルトの注文を堀江の奴に欠かさずにしなくちゃな・・・」
雪「水銀燈さん、店長をよろしくお願いしますわ」
薔「・・・店長、不器用だから・・・」
JUM「ははっ。確かにね」
銀「ありがとぉ。でも、そうでもないわよぉ。JUMったら手先は相当器用で、昨日もその手で私の中に・・・あぁ・・」
JUM・薔・雪「「「!!!・・・(//////)」」」

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その頃
真「今日は水銀燈がいないから私が朝ごはんをつくったのだわ」
金「(しまった!そう言う事だったかしら!)」
雛「うゅ~、一日にして朝ごはんが見かけも内容も貧相になったの~」
金「ばっバカこのチビ苺余計な事言うなですぅ、じゃない、かしら~!」
この世には、無邪気から生まれる悪意というものがあるらしい・・・
真「・・・絆ックル発射用―意、エネルギー装填完了、照準よーし!見せてあげるのだわ、私の怒りを!!」
金「きゅ、旧約聖書にあるソドムとゴモラを滅ぼした天の火かしらぁ~!」
雛「バルサミコ酢・・・じゃなくてバルスなのぉ~!」
ドゴーーーーーーーーーーーーーーン!
真「あっはっはぁ!見ろぉ、朝食がゴミのようだわぁ!」
「う゛ゅーーーー・・・・」「がじら゛ぁ・・・・・」合掌。

よれよれになった妹たちを学校に行かせて食器を洗っていると、水銀燈がJUMの家から帰ってきた。
銀「ただいまぁ(何だか散らかってるわねぇ・・・私がJUMのとこにお嫁に行った後が心配だわぁ・・・)」
真「お帰りなさい。JUMは喜んでくれた?」
銀「もちろんよぉ。また襲われそうになっちゃったわぁ☆」
真「やはり、あなたの魅力は私の見立て通り絶大なのだわ。結ばれて本当によかったのだわ」
銀「ええ・・・ありがとぉ真紅・・・」
真「人を好きになる事、好かれる事もいいものじゃなくて?」
銀「そう・・・あなたのおかげで分かったわぁ・・・」

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雛苺と金糸雀が朝から真紅の絆ックルの洗礼を受けたその日の放課後、彼女達は街の一角にあるギャラリー「ローゼン」の扉を開けた。
「「お願いします(なの~・かしら~)」」
店の中には様々な絵画やアクセサリーが並んでいる。カウンターの中でフランシス=ベーコン画集を見ていた金髪の若者が二人の方を向いた。
槐「やあいらっしゃい。おや、小さなお客さんだね。どうしたのかな?」
雛「このお店で似顔絵を描いてくれると聞いて、来たの~」
金「お金もちゃんとあるから、ぜひ一枚お願いしたいのかしら~」
槐「そうか、分かったよ。描いてほしいのはお嬢ちゃん達かな?」
雛「違うの~。水銀燈っていう私たちのお姉さんなの~」
金「今朝JUMの家に行ってJUMと水銀燈のツーショットを撮ってきたかしら。これがその写真かしら。せっかくだからJUMも横に描いてほしいかしら~」
金糸雀は槐にポラロイド写真を渡す。ぎごちなく、しかし幸せそうな二人が、カメラに向かって微笑んでいる。
雛「金糸雀抜け目ないの~」
金「私はこの街一番の策士かしら~」
槐は写真をじっと眺めている。「こいつJUMじゃないか・・・それにしてもこの女性は美しい・・・妖艶とも言うべきか・・・」
金「ヒナ、お財布出すかしら」
雛「うぃ~」
雛苺と金糸雀はお互いの可愛らしい財布を取り出し、向かい合って中身を全部出し、にらめっこしている。槐にはそれが微笑ましく映った。見る限り、彼女らのお姉さんをキャンバスに生き写しにできる金額はちゃんとあるようである。
金「これだけあるんだけど、足りるかしら~?」
槐「うん、十分だよ。これだと油絵にまでして仕上げられるよ」
油絵にまで仕上げるほどの金額は実はない。しかし、槐はこの女性をどうしても油絵の色彩で仕上げたかった。
金「それは良い意味で想定の範囲外かしら~」
雛「じゃあじゃあ!!油絵でお願いするの~。水銀燈の奇麗な銀髪と瞳の色、ちゃんと描いてもらえるの~」
金「まさにそうかしら~。」
槐「分かりましたお嬢様方。この槐、命を吹き込んでご覧に入れます。油絵にするからしばらく日数がかかるけどいいかな?」
金「お願いしますかしら~」
雛「楽しみなの~」
槐は、この似顔絵・・・いや最早肖像画になるか・・・を油絵にして、どうしても色彩を入れたかった理由をヒナと呼ばれた女の子と共有していたことに、喜びを感じていた。そう言えば、結婚指輪を作って欲しいと女性の声で依頼の電話があって、あと30分くらいで二人で一緒に指輪のデザインについて打ち合わせに来るということだったな。そうか、JUMあいつ結婚するのか・・・二人の少女は、嬉しそうな顔で槐に挨拶し、店から出た。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

雛苺と金糸雀が「ローゼン」に向かう数時間前。
真紅は、「貞子の部屋」を見ていた。どうも、ゲストの発言にお怒りのご様子です。
真「まったく・・・こんな奴がいるから我が国の領土が不法占拠されるのだわ・・・」
水銀燈は、JUMに電話で呼ばれて再び彼のもとに行っていた。
すると、玄関のドアが開く音がした。
翠「こんにちはですぅ」
真「あら翠星石、ごきげんよう。昨日はピザをありがとう」
翠「真紅、さっき家に軍から書留が来たですが・・・」
真「あら、何なの?とりあえず開けてみるのだわ」
翠「はいですぅ・・・これは・・・」
真「発:方面軍衛生隊 宛:翠星石元伍長 
  近日中に有栖川陸軍病院に出頭せよ・・・とあるのだわ」
翠「おかしいですね・・・なんで今さら衛生隊・・・陸軍病院から・・・」
真「とりあえず、日時を指定している訳ではないから、あなたにどうこう重要な指令か何かがあるという話じゃないのだわ。第一あなたは退役してるのだしね。出頭の理由が書いてないのが気になるのだけど・・・」
翠「何だか心細いですぅ・・・翠星石といっしょに来てくれませんですかぁ?」
真「分かったのだわ。今水銀燈はJUMのところに行っているから私だけだけど」
翠「そしたら、ムスカ町内会長のワゴン車を借りてくるですぅ」
一時間ほど経って、彼女達は有栖川陸軍病院のロビーに入った。
受付で、301号病室に行くように言われ、翠星石はそのドアを開けた。その個室の中には、レールカーテンで閉じられたベッドと、その横に一人衛生兵がいた。衛生兵が立ち上がり翠星石らに敬礼し、二人もそれに敬礼を返す。
衛生兵「衛生隊の笹岡であります。あなたが、翠星石元伍長殿でありますか?」
翠「そうです。只今出頭したです。何の用ですか?」
笹岡「実は、ある兵士の・・・身元の確認をお願いしたく、衛生隊が出頭を要請しました。」
翠「私が知っている兵ですか?ここのベッドにいるですか?」
笹岡「は、そうであります。では、確認をお願いいたします」
そう言って、衛生兵はカーテンを開けた。翠星石と真紅の注目の中、カーテンの中から現れたのは、体中のいたるところに包帯をし、ベッドの横に松葉杖を従えている女だった。彼女が、ゆっくりと包帯だらけの顔を翠星石に向ける。その2つの瞳は・・・
?「・・・ゃぁ・・・姉さん・・・真紅も・・・」
二人には、時間が止まったように感じた。いや、止まっていたそれが動き出したのかもしれない。
翠「・・・蒼星石ですか・・・?」
?「久し振りだね・・・」弱弱しく手を振る。その手にも包帯。
翠「・・・ぁあ・・・蒼星石・・・蒼星石ぃ!!!」
翠星石は勢いよくベッドのそばに走り寄り、蒼星石の手を握りしめた。そのオッド・アイには涙、大粒の涙。そんな彼女を見つめる最愛の妹も、姉とは左右対称のオッド・アイを潤ませる。
蒼「ごめんね・・・心配かけて・・・ごめんね・・・」
翠「いいんですもう!そんな・・・生きていてくれたなんて・・・」
真紅も、この感動的な再会に目を潤ませつつ、笹岡衛生兵に尋ねた。
真「私は、翠星石から、『目の前で妹が死んだ』と言われていたのだけど・・・目の前の現実が信じられないのだわ」
笹岡「そう思われたのも無理はありません。紛争末期のあの被服廠に対する砲撃事件・・・しかしあれは、終わってみると規模も小さく、散発的に行われたものでした。使用された砲弾自体、口経もそれほど大きくなく、おまけに弾薬の工作技術もその頃には悪くなっていたようで、直撃した砲弾の信管は作動していなかったという事です」
真「とすると・・・銃座を直撃した砲弾は・・・炸裂しなかった・・・」
笹岡「はい。しかし物凄い土煙が上がったのと、銃座にあった銃弾類の誘爆は避けられなかったと聞いております。加えて、被服廠の警備隊程度では砲撃に対する反撃は不可能であったため、最初の斉射による着弾の後、被害を免れた警備隊員には直ちに撤退命令が下されました」
真「そう・・・だから翠星石はちゃんとした確認もできず、蒼星石がそこで爆死したと誤認せざるをえなかったのね・・・」
笹岡「はい。砲撃が止んだ後に衛生隊が救出に向かいましたが、あの銃座にいた5人のうち、2人は死亡していました。残りの3人も重症で、砲弾と銃弾の破片を相当浴びており、虫の息でした。その後3人のうち一人が野戦病院に運ばれた後死亡し、蒼星石伍長殿ともう一人も時間の問題かと思われました。それで、戦死公報に、銃座にいた5人全員の名前が載ったということなのです。これは恐らく翠星石伍長殿も確認されたでしょう。しかし、その後すぐにアリス紛争が終結してから、2人は野戦病院から陸軍病院に移され、命を取り留める事が出来たのです」
真「良かったのだわ・・・それで、彼女の体はどうなの?」
笹岡「蒼星石伍長殿は着弾時に弾薬類に背を向けた状態でいたため、真正面から破片を浴びる事はありませんでした。しかし背中や左手足に10個ほど破片を浴び、特に背中に入った破片の摘出の手術はあまり設備も無い野戦病院で行われたため、いつ死んでもおかしくない状況でした。現時点では体内に残った破片はありません。しかし、左手足は破片のために、自由があまり効かない状況です・・・最近はそのリハビリに励んでおられました。現在は、不自由はあるものの、日常生活に支障がないまでに回復されております。今回、その回復を待った上で、方面軍衛生隊は翠星石元伍長に出頭を命じました。方面軍はあえて出頭の理由を明記しなかったとのことですが、粋な計らいというのでしょうか」
真「そうだったの・・・良かった・・。」
翠星石はまだ泣きじゃくっている。真紅はその横に歩み寄り、蒼星石に声をかけた。
真「蒼星石・・・久し振りね」
蒼「真紅・・・久し振りだね・・来てくれてありがとう・・・」
真「・・・これから、またみんなで楽しく暮らすのだわ」
翠「ぐすっ・・・そうですぅ、色々話したいこと、説教してやりたいことがあるですぅ、飽きるほど一緒に・・・ずーっとずーっと一緒ですぅ・・・」
蒼「うん・・・」
真紅は、蒼星石の涙をハンカチで拭いてやった。そしてロビーに戻り、「ローゼン」にいるであろうJUMと水銀燈、家に帰っているだろう妹たちに事の顛末を報告する。皆一様に驚きと喜びを抑えきれない様子であった。

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そして・・・数ヶ月後。
晴れ渡る空。快晴である。
街の高台にある教会。
雛「今日は結婚式なの~」
雛苺は嬉しそうに足を前後にバタつかせながら教会の席に座っている。
金「しっ・・・静かにするかしらヒナ!」
金糸雀はすっかりお姉さんである。二人とも、JUMが作ってくれた晴れ着に身を包んで、どこか興奮冷めやらぬ様子である。
それを目を細めて見ているのは真紅。
真「(やっと私たちも幸せをつかめる日々が来るようになったのだわ・・・)」
心も体も弱かった幼い日々。士官学校に進み、本当の自分を探すため、イデオロギーにすがりつき、非戦派として戦った日々。そして水銀燈との出会い。そんな事を思いながら、目を教会の祭壇に向ける。牧師と向かい合って、新郎と新婦が並んでいる。二人とも後ろ姿は堅いが、幸せそうだ。
通路を挟んで隣の列の座席には、翠星石と蒼星石の双子が笑顔で手をつないで新郎新婦を見ている。蒼星石の傍らには一本の松葉杖。それでも蒼星石自身にはもはや傷痕は残ってはいない。退院してから、翠星石と姉妹仲良く暮らしている。本当に良かった・・・。
目の前の席には「ラプラス」のマスターの白崎さんと、彼の親友の絵描きの槐さんが座っている。私も、皆も、白崎さんには本当に救われた。なんて不思議な人なんだろう。この人の素性は皆よく知らない。私やJUMですら知らないのだから・・・。果たしてこの人は本当に人間なのだろうか・・・。もっと人智を超えた何か・・・。でも、私はこの人の存在をありのまま受け止めたい。そう言えば槐さんにも妹たちがお世話になった。JUMと水銀燈の結婚指輪を作ったのも、槐さんと聞いたわ・・・。
あらあら、JUMのお姉さんの海苔さん、一番前の席で大泣きしてるわ。しかも涙拭いてて眼鏡落として見つからない様子ね。いいお姉さんを持ったわね、JUM・・・。お姉さんか・・・私は水銀燈に姉のようなものを感じてたわね・・・本当に彼女がこの街に来てくれて良かった。彼女はこの街に、私たちの所にやってきた天使なのだわ・・・。
もうこれからは、私も、皆も、不幸せにはならないだろう。大丈夫、私たちの未来を、ありのまま受け止めていこう。
牧師が、この婚姻は神の名の下に、そして民法の規定に従い、有効に成立したと告げている。
そして、新郎新婦の誓いのキス。
拍手が沸き起こる。
もうすぐなのだわ、もうすぐ私も・・・・
真紅は、思わず横にいる堀江に顔を向ける。彼も真紅を見て微笑んでいた。
視線を戻すと、口付けをしながら幸せをかみしめる水銀燈の奇麗な紅い瞳から、涙が一筋こぼれ落ちるのを真紅は見た。
JUM、私のお友達を、私達の天使をよろしく。彼女を不幸にしたら、私が許さないのだわ。

「そろそろ、お時間です」Mハゲの係員が、笑顔で言う。
教会の大扉が開く。青空が、港街が私の瞳に飛び込んでくる。
何て世界は美しいんだろう、とありのままにこの景色を受け止める。
隣で私の腕をとってくれているJUMも同じようにこの景色を見ているだろうか。
白馬の王子様なんて信じてる訳じゃない・・・
ずっとそう思っていた。何もしなくてもそんな王子様が私のもとに来てくれるなんて事はないと思っていた。確かに、待っているだけでは王子様は来ない。私が軍籍を解かれて偶然やってきたこの街で出会った、私とこれからの人生を共有してくれるこの人が、実は私にとっての王子様だった、という事だ。
私は愛されない、幸せになどなれない、そんな資格なんてない・・・
ずっとそう思っていた。そう思わざるを得なかった。そうやって耐えるしかなかった。でも違う。それは思い込みに過ぎない。自分で作ったフィールドの中で、価値観の中で、そう思い込んでいただけなのだ。自分を好きになれなかった、愛せなかっただけなのだ。だけど、今は違う・・・。
私の左手の薬指には、薔薇をあしらった結婚指輪。同じものがJUMの手にもある。これが、私が幸せになれる資格の証明・・・「ローゼン」というギャラリーの二代目に依頼して作ってもらったペアリング。
この国は法律婚を採用しているために、婚姻は契約という概念が根底にあるということになる。契約かぁ・・・
たしかに契約だけど、でも本当は、私たちってそんな概念以上の繋がりをこれから築き上げていけるんじゃないだろうか。そんな確信めいた予感がする。
ダーリンの方を見る。JUMもちょうどこちらを向く。はにかむように微笑む彼。
あっ・・・この人照れてるわねぇ・・・
感謝しなさいよぉ・・・こんな美人とこれから歩んでいけるんだから・・・
本当に・・・感謝してるわよぉ・・・
いけない、また涙がこぼれそうになる。
JUM「さあ、行こう・・・みんなが待ってるから・・・」
通りからチャペルに続く一本道の両側を、式が終わって先に外に出ていたたくさんの笑顔が埋め尽くしている。
真紅も・・・ってあの娘の横にいるのって牛乳配達の堀江さんじゃないの。ははぁん・・・お熱そうねぇ・・・
おチビさんたちも・・何か布でくるんであるけど、額縁みたいなのを持ってるわねぇ・・・私達へのプレゼントかしら・・・
翠星石も・・・蒼星石も・・足大丈夫かしら・・・でも本当に良かった・・・
「ラプラス」の白崎さんと「ローゼン」の槐さん・・・本当にお世話になったわねぇ・・・
JUMのお姉さん・・・どうして眼鏡をかけてないのかしら・・・
JUMのところで働いている薔薇水晶と雪華綺晶・・・和むわね・・・
町内会のムスカ会長とたくさんの町内の人達・・・方面軍からもお偉いさんが何人か来てるわね・・・あそこにいる道化姿の司令官なんて嬉しくてらんらんるーしてるじゃない・・・
その笑顔と拍手の列の間に向かい、私たちは階段を下りていく。右手には、薔薇のブーケ。やわらかな風に乗って流れる紙吹雪が綺麗・・・。
まったく突然、港の方から祝砲が轟く。見ると、寄港していた駆逐艦「綾波」が、3つある主砲からカラフルな硝煙を青空にたなびかせている。思わずJUMと顔を見合わせ、笑みがこぼれる。真紅が、いたずらがばれた子供みたいに舌を出している。あなたがあの道化の司令か誰かに頼んで手配してくれたのね、ありがとう真紅。
負けじと、教会の鐘の音が響く。階段を降りきったところで、私はJUMと顔を見合わせる。
JUM「さあ、行こうか」JUMは待ちきれない様子。
銀「ええ・・・」おばかさぁん、私もよぉ、JUM。
私は、右手に持ったブーケを、力いっぱい青空に投げた。
≪了≫

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