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昔、カエルの目は止まっているモノは見えにくいけれど、逆に素早く動くモノは良く見えると本で読んだ事があります。

「きいゃぁぁああああぁぁ…」

田んぼや河原に行きますと羽虫が跳ねた瞬間舌を伸ばすカエルの機敏さに惚れ惚れする事もありますが、カエルからしてみればむしろ素早く動いてくれた方が見やすいのですね。これは人間視点思想の弊害と言えましょう。

「ひいぇぇええええぇぇ…」

人はふと『自分が見ている青色と、他人が見ている青色は違う色かもしれない』などと思考する事もありますが、詰まるところ自分が考えている世界が全てではない、と言うことに尽きると思われます。
まあ、何が言いたいのかと言いますれば…

「とぉおおめぇええてぇぇええ…」
「きらきらー!それ以上高く跳ねるとヘタに落ちた時死んじまうですよー!!」
「いやぁぁあああぁああぁああああああ…」

“跳ねる”事に関して、人はバッタやノミのようにはいかないのですよ天国のおばあ様。
今、逢いに逝きます…



《雪ら薔らと夢の世界樹》

第2階層『雪ら薔らとアイビーリープ』

第5階「チーム名、ジェイドリッパーズ」



「ばらしーちゃん、いくらなんでも流石にそれは無理というものですわ」
「うー」
わたくしがイカロスのごとく色んな意味で空高く飛んでしまいそうになっている前日、わたくしと妹はアイビーリープの試合場でもある建物の中で話し込んでいました。
蒼星石さんに先日のお礼を述べた後に案内された場所でこのスポーツに乙女さながらの一目惚れをしてしまった我が妹は、『興味があるなら受付に行くといいよ』との蒼星石さんの言葉通りに足をすすめ、現在その受付の掲示板前に二人して立っているのですが…
「やはり、ベーシックな練習試合に出る為ですら3ヶ月以上の訓練記録が必要になってしまうのですね。それだけ危険を伴うスポーツだということです」
「ううー…」
「それはシングルでもチームでも同じみたいですし…ほら、初心者訓練教室なるものも存在することですから、それで手を打ちません?」
「そんなのつまんない…試合に出たいもん…」
「とは言いましても…」
ふー。とまあ、こんな感じで早30分ほどでしょうか。こうして姉妹並んで情報掲示板にかじりついているのですが、端から見ると仕事を探すどこぞの貧乏姉妹のように映りそうです。
いつもならばきびきびと物事を選択する妹ですが、今回ばかりはどうにも諦めきれないのか珍しいくらいに駄々をこねており。これはこれで年相応に可愛いのですが、どうせなら寝転がって手足をばたつかせるサービスくらい…ではなく。
そりゃあ姉としても妹の積極的な頼みとあれば了承してあげたいのですが…今回ばかりはどうしようもないんですねーこれが。
「ても…あれなら…」
「だからそれは何度も言っているでしょう?」
頭のいい妹のことですから、可能性が0だとするならば諦めもつくのでしょう。しかし、幸か不幸か、その可能性が存在してしまっているのが問題なのです。
ただし、その可能性と言うのが、
「来月にこの町で開かれる世界樹が舞台の大会なんて…いくらなんでも無謀過ぎますわ」
練習試合に出るのさえ厳しい制限がなされているこのスポーツですが、何故か来月の大会では参加者条件が無いのです。危険度で言えばこちらの方が遥かに高いハズですのに。
恐らくは『参加するのは勝手だが何があっても責任は取らない』と言った意味合いなのでしょうが、まさか初心者の妹をそんなモノに出す訳にはいきません。
「第一、この大会に出るには三人以上五人以下のチームでないとダメなんですよ?仮に人を募集してるチームがあったとしても、この時期に初心者を入れてくれるチームなんて有るはずもないでしょう」
「…うん…」
わかってはいるんでしょうね。ただこの大会というのが二年に一度しか開催されないので、一年間の滞在を予定しているわたくしでは今回を逃すと一生参加できないかもなのです。
ですが人生何事も縁がなければそんなものです。仕方ないのです。ダメダメなのです。
「はぁ…」
「ばらしーちゃん…」
この世界樹の町に来た時のように失神こそしませんが、その暗く切ない横顔と薄い唇から漏れる溜め息はわたくしを危ない興奮へと導いゲフンゲフン私の胸をチクチクと痛めるのでした。
今のわたくしに出来る事と言えば、妹が自分で諦めがつくまでしっぽりと眺めていることだけ。ですからわたくしは、理性と本能に逆らわずにそうしておまりました。

「そこの二人、ちょっといいですか?」
ああ…そう、これがいけなかったのです。とっとと妹の腕を引いて帰るべきだったんですよ。そうしていたらあんな事には…と、毎度のように後悔するわたくし。学習能力が無いのでしょうか。きっと無いのでしょうね。
「えと、わたくし達に何か?」
さて、わたくしの幸せな時間を邪魔する不届き者は栗色の長髪をもった女性でした。赤と緑のオッドアイに一瞬驚くも、よくよく眺めるとなかなかに綺麗です。
「ちょっとそこで聞いてたんですけど、リープの試合に出たいとか言ってましたですよね?」
「ええと…」
掲示板のある部屋は割と広く、人もそこそこ居るのでわたくし達の会話を立ち聞きされても、そしてそれに気付かなくても不思議ではありません。が、
「でも経験が無いから普通の試合には出られないんですね?」
「……ええ」
ここで現代文の授業です。この状況、そしてこの話の流れから予想される彼女の意図とは何でしょうか?
わたくしの本能が叫ぶのです。マズいと。避けろと。今すぐ逃げろと!
「申し訳ありませんが、わたくし達これから予定がありますの。ですから、アナタにお付き合いする時間はとれません。失礼させていただきます」
…と、初対面の方に言えるだけの度胸がわたくしにあるはずもなく。悲しいかな、その場で彼女の次の言葉を待ってしまうのでした。そして…
「ちょうどウチのチームの人数が足りなかったんですよ。一瞬に出ねーですか?」
「本当!?」
その未来予知もさながらのセリフを聞くやいなやわたくしの前に躍り出てその女性に問い詰めるばらしーちゃん。アナタ、今姉を軽く払いのけましたね?
「ですよ。用具一式はこっちで用意できますし、そんだけやる気があれば二週間もしないうちに跳べるようになりますから問題ねーです」
その名前も知らない方の言葉を信仰の対象とでも言わんばかりに輝く瞳で仰ぐ妹。うぬぬ…これは、相手が女性だとしても色々油断してはならないということでしょう。ええ、わたくしがしっかりせねば。
「お待ちください。お気持ちは嬉しいですけれど、いくらなんでも未経験者をチームに入れるのは問題ではありませんか?」
妹の運動神経を持ってすればひと月でそれなりの技術は持てるでしょうが、シングルならいざしらずチーム戦となってはそんな生易しいものではないでしょう。
そう正論を説いたわたくしでしたが、彼女いわく、
「こんな時期にメンバー募集をするようなチームに連携も何もねーですよ」
くっ、誠に正論。
「まあぶっちゃけて言えば私達のチームは優勝賞金だの順位だのに興味は無いんです。ちょいとそれぞれに目的があって好き勝手やってるんですが、こんなチームだと入ってくれる人がいなくて困ってたですよ。
で、聞けばそちらはとにかく試合に出れればいいと言うじゃないですか。ですからこれ幸いと声をかけた次第というわけですけど、どうですか?」
そこでくるりと、妹がこちらを向くわけです。キラキラした目で、嬉しくてたまらないといった表情でわたくしを見るわけです。可愛いったらないわけです。
ああしかし、それを今から自らの手で消し去らねばならないこの苦悩。これを表現することは地球に現存する手段では不可能と言えるでしょう。
「ばらしーちゃん、あのですね…」
ですがこれも姉の責務。あまりこういうやり方は好きではないのですが、致し方ありません。
「酒場お仕事、お忘れですか?」
「あ」
はい、そうです。わたくし達姉妹は現在、みっちゃん亭という酒場で住み込みのお仕事をさせていただいているのです。
今日は休日ということでこうして自由に時間を使っていますが、仕事が始まれば一日中みっちゃん亭に居なければなりません。
やる気があれば二週間。しかしそれは毎日一心不乱に打ち込めればの話であり、わたくし達には事実上無理な話なのでした。
「酒場の仕事…あ!見慣れないのにどっかで見たと思ったら、オメーら前にバラまかれてた『恥ずかしいチラシ』に載ってた看板娘ですか!」
「ぶっ」
吹きました。口内の水分を肺による急激な圧力変化により勢いよく霧散しました。
予想外の強烈な攻撃にダウン寸前のわたくしでしたが、残酷なる言葉の弾丸はなおも彼女の口からわたくしを撃ち抜いてゆきます。
「確かみっちゃん亭ですよね?“生娘殺し”とうたわれたあの酒場に住み込みで働いてる『物好き姉妹』がいるって話では聞いてましたけどまさかオメーらだとは。
あー、そういえば前に『恥ずかしい格好』で町歩いてる娘を見た気がしましたが、思えばあれが…ん?どうしたですか?」
「………………ぃぇ」
最後まで立っていられたわたくしを誰か誉めてくださいまし。
なんと言いますか…こう、改めて人に指摘されると効きますね…自分の中ではもう慣れてしまいましたけど…そうですよね…アレ、恥ずかしいですよね…
「でも、物好き姉妹って…」
この町に来て早数ヶ月。町の一員として良好な関係が築けていると思っていたのに…おかしい…わたくし、どこで道を間違えたのでしょうか…
「んー、そんな面白い奴なら是非ともチームに入って欲しいとこですが、あの酒場の女店主ですからねぇ。まあ、話だけでもしといてくださいですぅ」
「了解しました…」
こうして、なにやら急にフレンドリーになった彼女との会話を終え、わたくし達は店に帰る事にしました。
その帰路、普段であれば2人揃って歩いていると誰かしら声をかけてくるのですが、今のわたくし達の半径五メートル圏内は闇に支配された光さえ届かぬ不毛な大地。
ずーん、と。ずず~ん、と。片や望みを絶たれ、片や現実を知り。姉妹仲良く、暗雲を立ち昇らせながら亡者のように歩いておりましたとさ。


夜、みっちゃん亭。
今日の夕食は三人で食べようとマスターと約束したことも忘れ、妹と誰も居ない店内のテーブルに突っ伏していたところを発見され、肉を食えば力が出ると革靴のようなビフテキを目の前に出され、材木でも削っているかようにナイフをぎーこーしていた時、
「アイビーリープの大会?うん、いいよ。頑張っといで!」
「ぐふっ!?」
本日二回目。ただし口内のミートが空中にフライ・アウェイする事は乙女の意地で死守します。
「えと、あの…今なんと言ったです?」
動揺のあまり口調がおかしな事になってます。ばらしーちゃんもわたくしの横でフリーズ状態ですし。
「うん?だから、リープの大会に出たいんでしょ?いいじゃない、せっかく誘われたんだし。やってみれば」
「いやいやマスター」クールに。クールになるのです雪華綺晶。「先程も言いましたけど、まともに動くのだって二週間みっちり練習してやっとというスポーツなのでしょう?」
「あー、らしいねー」
「確かに妹ならもう少し早く習得できるかも知れませんけど、そもそもそんな時間は取れないじゃありませんか」
「何で?」
いや、何でって。
「…お仕事があるからですわ、マスター。ここ、酒場の」
これでマスターも先の妹のように理解してくれると踏んでいたのですが、依然としてマスターの表情に変化がありません。はて、これは一体?
代わりにマスターは得心がいったと頷きながら、
「あ、そっかー。まだ2人には言って無かったっけか」
「何をです?」
「明日から1ヶ月、ここ営業停止なの」
コンマ一秒。
「何やったんですか!?」
椅子から飛び上がって叫びました。
「…きらきーちゃんが私を普段どういう目で見てるかよくわかる反応だこと」
「原因あっての結果です。それで、事情聴取は済ませましたか?保釈金の用意は?部屋の中央でペコペコ頭を下げてご家族に謝る心の準備はOK?」
「いや…その…私もちょっとやりすぎたかなぁとは感じてるけどさ…もうちょっと、雇い主をいたわる気持ちとか…必要だと思うんだけどな」
「もちろんですわ。ですが、義務あっての権利です。さあ自らの罪をおっしゃってくださいまし。神様は今か今かと待っておいでです」
「…ねえ、ばらしーちゃん。今日のきらきーちゃんちょっと怖くない?何かあったの?」
「………」
わたくしから視線を逸らしたマスターは妹にひそひそと何かを耳打ち。しかし妹も混乱しているのか反応に窮している様子。おやおや、何を話しておいでですか?
「コホン。あー、とりあえず、落ち着いて。ね?私、潔白。大丈夫、何もしてないわ。モーマンタイ。グリーンダヨ?」
「本当ですね?」
「もちろんよ」
「わたくし達の制服に誓って?」
「…モチロンヨ」
何やら最後はたどたどしかったものの、ここまで言うのならばとわたくしも戦闘体制を取り止めて椅子に深く座り直します。
むう…しかし、わたくしとしたことが随分と取り乱してしまった…やはり今朝の一件がこたえているのでしょうかね。ダメージ大きかったですから。
「…では、改めて。1ヶ月休業とはどういう事なんですか?」
「うん、あのね?アイビーリープの大会があるとこの町に人がたっくさん来るのよ」
「そうでしょうね」
何せ二年に一度の大会ですし。でも、人が来るならむしろお店としてはかき入れ時なのでは?
「だけどそのほとんどがリープの選手と関係者でさ。当然そいつらは酒場になんか来ないし、町総出で準備するからいつものお客達も忙しくなっちゃうのよ」
「観客などは来ないのですか?」
「来ても少しよ。だってほら、見れないし」
マスターが天井をくいくいと指差しました。
ああ、なるほど。この大会の舞台は巨大な世界樹の中。観戦などしたくとも出来ようが無いのですね。
「だからここはリープ関係者の宿泊兼物置として貸し出してるの。もちろん、二人の寝室は別だから大丈夫よ」
「はあ…」
大会関係者への貸し出しによる営業停止。確かに法に触れるものではありませんし、話を聞けば納得なのですが…
「それが明日からとはあまりに急すぎません?」
「ごめんねぇ、毎度の事だからすっかり言うの忘れてて。で、その間給金はその貸し金を三人で分けるって感じだから。そうだなー、今回の感じだと普段より多いかもよ?」
「それはまあ…嬉しいのですが」
なにしろ働かずにお金が入るのです。しかもそれが普段の日給より多いとなれば戸惑ってしまうくらいの果報です。
ですが、その代わり…
「だから明日から大会までの1ヶ月は二人の自由時間。早めの夏休みだと思って、ぱーっと遊んでらっしゃないな!」
「お姉ちゃん!」
がたーんと椅子を吹き飛ばし勢い良く立ち上がる我が妹。今のばらしーちゃんは今朝のダメージを全て回復し、まさに無敵状態さながらに爛々と煌めいております。栗だろうが亀だろうがお構いなしに吹き飛ばすでしょう。
一方わたくしと言えば…ええ、言うまでもありません。そしてこの力の差の前では、わたくしに妹を止めることなど叶わぬ事で。
「…そうですわね。この前はばらしーちゃんには随分と迷惑かけてしまいましたし、危険な事はしないと約束してくれるのなら…ええ、やってごらんなさい」
「ありがとうお姉ちゃん!!」
ルパンダイブよろしくわたくしに飛び込んでくるばらしーちゃん。せっかくなのでしっかり受け止めてもふもふしちゃいます。うふふー、可愛いですねー、どうどう、あははー
「今回はどうにも逃れられそうにありませんね…」
まさか、こうも都合良く物事が進んでしまうとは。まるで誰かに大会に出るように仕向けられているような気さえしてくるというものです。
まあ、考え過ぎでしょうけど。これが何かの伏線にならぬことを祈るばかりです。
「そう言えば、その間マスターはどうなさるおつもりで?」
「え、私?あー、えっとねー…」
妹をもふもふしながら何となく聞いてみた別にどうという質問でもなかったはずなのですが、なぜかマスターはやけにどもっていました。
「その、あれよ。私も大会の手伝いをする…みたいな?」
「いえ、わたくしに聞かれましても」
少々間抜けな沈黙が流れます。する事もないので妹のほっぺを伸ばしてみました。おお、意外と伸びますね。
するとマスターは急に自分のミートをナイフで切断する作業に没頭してしまいました。どうにもはぐらかされた印象もありますが、わたくしにあまり関係も有りますまい。
ただ、その時のマスターはどこか嬉しそうで、恥ずかしそうで、ちょっぴり不安そうで。そんな初めて見たマスターの表情は印象深くわたくしの記憶に残ったのでした。
「お姉ちゃん」
「なんですか?」
「頑張ろうね!」
「…ええ。怪我をしない程度に」
ここまできてしまったら、もう腹をくくるしか無いというものでしょう。それに、生き生きとした妹を見るのは姉としても喜ばしいことですし。心配もしますけど。
久しぶりに甘えてくれる妹の髪を撫でながら、今日は色々と疲れたから早く寝ようと疲労と心労でほんやりした頭でふわふわと考えていました。
それは、自分のうかつさを改めて呪い直す、十数時間前のことでした。


そして、冒頭へ。
わたくしは、翼を得たのです。
それはまるで、スズラン畑の蝶のように。
てふてふと、ああてふてふと、てふてふと。
そしてやがてわたくしは、スズランの毒に冒されて、舞い散る桜のように、刹那の美を振りまいてその一生を「はい、失礼するですよー」ガシッ「ぐえっ!」
おっと、突然の衝撃に乙女らしからぬ悲痛ボイスが。ああ、カエルが潰れた時ってこんな声ですかねー?あへへー。どこんじょー。
えー、その時既にわたくしは五感の殆どが正常な機能を失っており、頼みのわたくしのクレバーな灰色の脳細胞にもスズラン畑の春が訪れてしまったようで、かなり可哀想な事になっておりますが故。
また現実世界の方では、空中高く放り投げられていたわたくしをまるでモンキーハンティングのように翠星石さんが捕縛し、そのまま無事地上へと生還を果たしてくれたようでした。
ただ世界の安定が保たれたとはいえ、視界はちゃめちゃ。渦巻き管もぐでんぐでん。死体…もとい肢体ぴくぴく。
ただ唯一僅かに動く口で、わたくしは側にいるであろう人に呼びかけます。
「…翠星石さん」
「なんですか?」
「わたくしは、あなたを恨むべきでしょうか?それとも、感謝すべきでしょうか?」
「そうですねぇ…とりあえず、その瞳孔が開かんばかりにテンパってる目玉が見るに忍びないですので、一度気絶することをオススメしますよ」
「これはこれは、ご心配おかけしまして」
「気にすんなです。同じチームじゃねーですか」
「おほほ、では」
がくり。
わたくしは、力尽きました。


目を覚ますと、まず目に付いたのは見知らぬ天井でした。
「…はて」
しかもどうやら記憶に混乱があるようです。自分の事はわかるのですが、今まで…というか、今日が一体何日で、何をしていたのか丸で記憶が無いのです。これは困りました。
「うえっぷ」
とりあえず誰か人をとベッドから起き上がると、突然に猛烈な吐き気が。なんだか、脳みそをシェイクされた気分…
再びゆっくりとベッドに横になると、呼びかけの声と共に部屋のドアがノックされ、一人の女性が入って来ました。
栗色の長い髪を後ろで纏め、動きやすそうな服を来たオッドアイの女の方でした。その瞳に一瞬驚くも、よく見ればなかなかに綺麗です。
「ああ、起きたですね。気分はどうですか?」
「ええと…」
快活に声をかけてくれるのですが、どうにも頭がぼやけて反応が出来ません。
「うん?あ、もしかして記憶とか飛んじまってるクチですか?」
わたくしがおずおずと頷くと、その女性は元気な声で笑いました。
「まあ仕方ないかもしれねーですけどねぇ。しかしつれねーですよきらきら?昔馴染みのチームメイトの顔を忘れるなんて。翠星石は悲しいですぅ」
「あ、これはすみません…」
はいはい思い出しました。この人は翠星石さんです。そして…ええと、確か、何かのチームメイトだったはず。
昔馴染みだったらしいわたくしが自分の事を忘却していたのにもかかわらず、翠星石さんは気にせずわたくしに話し掛けてくれます。
「でも大変でしたねぇ。いくら私たちでも“あんなこと”になるなんて夢にも思わなかったですから…。正直、生きて帰れたのはまさに奇跡。これもチームの友情パワーってやつなんでしょうか…」
「あの、一体わたくしの失われた記憶で何が…」
「おお、そうですね。説明してやるですよ」
やがてゆっくりと、記憶を辿るよに翠星石さんは淡々と語り始めました。
まず運命に導かれた私達ジェイドリッパーズの出逢いから、街や都市を転々としながらの放浪生活。時に笑い、時にぶつかり合い、しかしそれはやがて友情を育む苗床に。
こうして世界に名だたるチームへと成長した我々は、遂に魔物討伐の依頼を受けたのです。
ところが向かった先に居たのはまさかの魔物の頂点に君臨する山のごとき巨大な龍。
熾烈を極めた戦いは長引き、一人、また一人と倒れていくなか、とうとうわたくしの剣が龍の喉笛に―
「そ、そんなことが…」
「いやー、翠星石も前々からオメーの真価については一目置いてたんですが…期待以上の大活躍でしたよ。オメーさんをチームに入れたのは正解だったですぅ」
「そんな…お役に立てて光栄ですわ。時にこの水差し、あなたに向かって投げても構わないでしょうか?」
「ありゃ、思い出しちゃったですか?」
「ええ、お陰様で」
あれだけ突拍子もない話しをされれば疑問や整理もつくものです。というか、その話しの中のわたくしはどこのスーパーマンですか。わたくしはもっとおしとやかな人間でございます。
「それにしてはきらきら、なかなか気性の激しいとこあるですよね」
「ほっといてください」
大体、あなたとはまだ会って二日目でしょうに。
「むむ、せっかくなんで上手く記憶操作出来ると思ったんですけどねぇ」
どうやら翠星石さんはなかなか良い性格してやがるようです。それにしてもよくもまあ即興であんな語りを…
「はあ…あ、そう言えば妹は?」
「多分まだ訓練所です。ちょいと教えてやりましたが、ありゃあっという間に上達するでしょうね。結構な逸材じゃねーですか」
「そうですか…」

ええと、ここらで少し記憶を整理しましょう。
今朝、みっちゃん亭にリープの関係者が早速荷物を搬入してきた事もあり、わたくしとばらしーちゃんはとりあえず昨日の受付へ向かう事にしました。何しろまさかでしたので、翠星石さんの連絡先も知らなかったのです。
ですがその途中で偶然にも翠星石さんと出くわしたので事情を説明。向こうも意外だったのか非常にお喜びになり、善は急げとそのまま試合会場へと入っていった次第で。
そこに、リッパーの貸し出し用具が二組ありました。
わたくしは尋ねます。これは何ですか?
翠星石さんは答えます。リッパーの用具です。
わたくしは尋ねます。何故二組あるのですか?
翠星石さんは答えました。ばらばらと、きらきらの分です。

「そもそも、妹はわかるとして、何故あなたまでがわたくしも大会に出るのだと誤解を?昨日だってあれは妹の勧誘でしたっしょうに」
そうなんです。説明不足もあったのか、ばらしーちゃんはわたくしと二人で大会に出ると勘違いしていたのです。わたくしは側でサポートに回ろうと考えておりましたのに…。ああ、わたくしのうかつさ、ここに極まれり。
「いやあ、せっかく時間が取れたんじゃないですか。いいですよリープは。まさに気分爽快ですぅ!」
「今、わたくしご覧になって一言どうぞ」
「痩せましたね、30分で。あ、危ない、危ないですその水差し堅くて割れやすいんで…ふう。いえね、実はちょっとした冗談だったんですよ。本当はもっと初歩的な事から始めるんですが、ばらばらがいきなり出来たので、それじゃあ…と」
「まあ、わたくしにも非が無いわけではありませんけどね…」
わたくしも最初は見てるだけでいいと拒否していたのですが、隣でぴょんぴょんと楽しげに跳んでいるリッパーの方々を見て、妹からしきりに誘われて、さらに用具貸し出しが有料で翠星石さんの自腹と聞いてしまっては…
で、結果。
「死ぬかと思いました」
「そうですね、すみませんでした。でも、本当に辞めるですか?1ヶ月あればちゃんと跳べるようになりますのに。そうすれば冗談抜きに楽しいですよ。それに、世界樹を跳ぶとなれば尚更ですし、貴重なチャンスです」
「うーん…近くで見てみて、正直興味を引かれないでもないのですけど…」
「けど?」
「危険でしょう?やっぱり、何かと」
怖い、というのもありますし、やはり痛いのは勘弁願いたいのです。
「んー、ジョブ次第だと思うですがねぇ」
「ジョブ?」
聞き慣れない単語にわたくしは反応します。
「ああ、知らなくて当然ですか。簡単に言えば、スポーツのポジションみたいなもんですよ。リッパー一人が持てる道具は限られるので、必然的に役割分担が起きるんです。ただ、スポーツと違ってどのポジションを何人とかの制約は無いですけど」
「ポジションによっては安全なものもある?」
「ええ。それに世界樹の大会はいわばマラソンですからね。普段の試合のように戦う事が目的ではなく、いち早くゴールに辿り着くのが目標ですから。しかも多チーム入り乱れなので、逃げる相手を追うヒマなんかありません」
わたくしは翠星石さんの言葉を良く吟味します。
確かに、皆の目的がゴールであるのなら、世界樹の危険を除けばかなり安全性は高いのでしょう。それに数合わせのわたくし達なら、いっそスタートの後数分遅れてからゆっくり登ってもいいわけですし。
とすれば残るは、リープ自体が上手く跳べるか。要するに、わたくしの努力次第、と。
「時にその安全なポジションとは?」
「んー、いくつかあるですが…やっぱり一番はメディックでしょうね」
「え、医療班があるんですか?」
「メディックと言ってもなにせ木の上ですし、持てる治療器具も知れてますから応急処置が専門ですけど。あとは一部のメディックはオフィシャルメディックと言って、戦闘行為を禁止される代わりに周りから攻撃されません」
「まあ!」
なんとそんな素晴らしいポジションがあるとは。それにばらしーちゃんが出場する以上、万が一に備えわたくしが側にメディックとして待機するというのは悪くありません。
ただそれにはわたくしが妹に着いて行かねばなりませんが、妹も優勝が目的ではありませんからわたくしが隣に居ればむしろわたくしの護衛をしてくれるかもしれませんし。
「そう考えると、逆に一人で出場させる方が危険ですか…」
「ばらばらの事ですか?んー、あれなら心配する必要ねーと思いますけどねぇ」
「だとしても、です」
わたくしは大分良くなった頭をさすりながら起き上がります。
「それでも、少しでもいいから危険を取り除いてあげたいんです。いえ、本音を言えば、これはわたくしの我が儘なのかもしれませんが」
わたくしが妹を守れなくてもいい。結果的に妹を守る事に繋がるなら、姉としてそれをしたいと思うのです。
それが例え、妹の足を引っ張ることでだとしても。
「…翠星石さん?」
何か一言あるかなと思っていたのですが、随分と沈黙が流れたので様子を見るといつになく真面目な顔で考え事をしているようでした。
もっとも、こちらも会って二日目ではあるんですが。
「いえ…その気持ち、良くわかりますよ」
「姉妹がいらっしゃるんですか?」
「さて、どうですかね」
それは、その問いに対しての答えとして適切だったのでしょうか。
「ま、なんにしても悪かったですよ。それにチームは当日三人以上居ればいいですから、登録だけして出ないってのでも構いませんしね。ああただ、オフィシャルメディックには医師の承諾がいるのでちょっとした講習を受ける必要がありますが」
「…はい、わかりました」
「その辺含めて詳しい話は夕飯食いながらにしましょう。私が作りますからゆっくりしてくといいです。それに部屋なら余ってますから、ここに泊まってもいいですよ?」
そこで初めてわたくしはここがアパートや貸し家ではなく、立派な一軒家の一室であることに気づきました。窓から外を眺めてもそこは混雑した集合団地ではなく、住みやすそうな家々が。
つまり彼女はリープの為にこの町にきたのではなく、元々この町の住人なのでしょう。
「あの、翠星石さん。最後に一ついいですか?」
部屋を出て行こうとする彼女に問いかけます。
「なんですか?」
「えと、翠星石さんのジョブは何なんですか?」
彼女は少し視線を上げて考えた後、
「ドクトルマグス」
「え?」
扉を開けて、部屋の外へ。閉める時に、こちらを向いて。
「世界樹の巫女ですよ」
彼女は優しく微笑んで、そう言いました。


その後、夕方になり帰って来た妹を合わせ三人で話した結果、わたくし達姉妹は1ヶ月間こちらに移り住むことになりました。
この家、わたくしが予想していたものよりずっと立派で、しかも一人暮らしとなれば部屋もガラガラ。翠星石さんとしても自分で掃除をしてくれるなら住んでくれた方が助かるとのこと。
妹と共に必要な荷物を運び込み(大した量ではありませんでしたが)、二人で与えられた二階の部屋を片付けていると飯が出来たと一階から翠星石さんの声が。
「何だか懐かしいですね、こういうの」
妹も頷きます。
「おばあちゃんと暮らしてた時みたい」
さて、匂いに誘われて一階に降りてみれば、広い机には沢山の暖かいお料理。それはどれも商品としてではなく、いわゆる家庭料理というべきものでした。
「そういや二人は料理のプロでしたねぇ。マズくはないはずですが、至らん所は勘弁して欲しいですぅ」
「いえいえ。誰かに作ってもらった料理というのはそれだけで良いものですし。家庭料理となれば尚更ですわ」
「そりゃ、作った甲斐がありますね。それじゃあ、順番がズレた気もしますけど、二人ともジェイドリッパーズへようこそ。と言ってもこれ翠星石一人で決めた名前なんですけどね」
お酒は飲めないので世界樹で取れる果実のジュースでの乾杯です。
「はい、ありがとうございます」
「んむう」
…既に食べてました。ばらしーちゃん、早すぎます。いくらお腹がすいているとは言え…
「良いじゃねーですか。腹が減れば飯が美味い。それこそのスポーツの醍醐味ですぅ」
「そう言っていただけると…助かります」
ですが確かに、箸を付けてみれば目の前のそれは空きっ腹にはさぞかしたまらないであろうモノでした。なんというか…カラダに染み渡る味、というか。優しい味です。
「本当は四人揃っての方がとも思うんですが、アイツは一度部屋に籠もるとなかなか出てこねーんですよ」
「チームのもう一人の方ですね。何かお仕事を?」
「いんや。ただの実験ですよ。だからこちらから入るのは危なくて」
話しながらもついつい箸が進みます。ああこの煮物美味しい。その炒めものも…とここで妹が皿ごと強奪。ちょっとばらしーちゃん?少しは遠慮を…え?ご飯のお代わりですか?ぜひいただきましょう。
「まー、アイツも変わったヤツですし、あんまり他人と関わり合いになるタイプじゃねーんですよ。でもまあ、出てきた時にちゃんと紹介しますです」
「ええ、お願いしますね」
何といってもチームメイトですし。どんな方なのかは知っておきたいですから。

それからは色々と雑談を交わしながら食事を楽しみ、終わった後は食器を三人で片付けました。食後の自家製ハーブティーをいただきながら妹とリビングでくつろいでいると、翠星石さんがリビングへと戻ってきました。
「ありましたありました。ホレ」
翠星石さんに持って来ていただいたのはアイビーリープのガイドブックやその他の資料です。
わたくしは前に翠星石さんから多少の話しはしてもらっていましたが、その確認と妹の為にともう一度説明をお願いしたのです。
「ジョブってのは詰まるところ、昔の武装キャラバンの名残なんですよ。そもそもアイビーリープ自体がそうですしね。形だけでもらしくしようってヤツです」
翠星石さんの説明を聞きながら妹と資料を捲ります。うーん、読めば読むほど妹の好きそうなスポーツだと認識させられますねぇ。
「でも…こうして見ると、世界樹の大会だけ異質…ですね。技を競うでも相手を倒すでもなく、ただゴールを目指すだけとは」
「んー、まあ競り合ってる時なんかはバトルもありですから一概には言えませんが、間違ってもないですよその感覚」
「世界樹の中をマラソン、ってだけでも十分危険ではあるんですけれど。ですが上手くオフィシャルメディックになれれば…なんとかなりそう…?」
ただ研修と医師の承諾が必要ということは、槐先生にまたお世話になりそうですね。でもこういう技術はあって悪いものではないでしょう。
「お姉ちゃん、メディックやるの?」
今までジョブ一覧表を眺めていた妹が顔を上げました。
「ええ、そのつもりです。これならばらしーちゃんの治療も出来ますから」
わたくしの言葉を聞いて再びしばらく考え込んでいた妹でしたが、
「じゃあ私レンジャーやる」
と、いつもの妹らしいテキパキとした決断力を見せました。
「レンジャー?」わたくしは資料を見ます。「えっと…本当にレンジャーで良いんですか?」
「うん、これでいい。これがいい」
「はあ、そうですか…」
わたくしの予想としては、もっとこう、ソードマンやブシドーやダークハンターといった戦闘タイプのジョブを選択すると思っていたのですけれど。
資料によればレンジャーとは探索能力に長けた支援タイプとのこと。持てるモノも武器というよりは道具といった感じです。
少々肩透かしを食らった感のあるわたくしでしたが、翠星石さんの反応は落ち着いたものでした。
「なる程ですね。良いと思いますです」
おお、経験者からのお墨付きが。
「普段の試合や武装キャラバンなら必須でも今回の大会では殆ど役に立たないジョブとかもあるんですよ。まして初心者で少人数となればレンジャーは最適かもしれませんですね。
んー、しかし、なんというか…ちょいと聞きますけど、ばらばらは昔何かやってたですか?酒場で働いてる娘にしては、どうにも玄人の感が否めないんですが」 
「あー…でしょうね…」
上手い説明も思いつかなかったので、わたくしは自分達がどういった経緯で今に至るかを話すことにしました。少々気の引ける事ではありましたが、これから色々とお世話になる身ですし、ある程度の敬意を払うべきかと。
ですがやっぱりジュンさをに大笑いされましたからねぇ…ばらしーちゃんも気絶して大変でしたし…翠星石さんのノリですと、30分位は笑われるのを覚悟していたのですが、
「そうですか…武装キャラバン隊に…」
わたくしは一瞬、何か失言をしてしまったのかとヒヤリとしてしまいました。それ程、翠星石さんの表情は固く、むしろ『聞きたくなかった』と言っている風にすら取れるほどだったのです。
「あ、あの…」
何か弁明の言葉を紡ごうかとも思ったのですが、非がわからない以上どうしようもありません。
また翠星石さんも、わたくしの言葉を聞いている様子ではありませんでした。
「何なんでしょうかね…。運命、必然、定め…そんなの糞食らえと思ってたですのに。どうしても…逃げれないでしょうか…」
うつむいて一人言を呟いていた翠星石さんが、顔を上げてわたくし達を見据えます。
「会って間もないこんな私に色々話してくれましたしね。お礼も兼ねて、もし聞きたい事があったら遠慮せず聞いてくださいです」
「…えと、じゃあ、翠星石さんのジョブの事を…」
とても知的好奇心をかき立てる雰囲気ではなかったのですが、わたくしはそう口にしました。
あのまま沈黙が流れるのが怖かった事もありますが、何故だかわたくしには尋ねて欲しいと言われているような気がして。
「ドクトルマグスのことですね。これは確かに正式なジョブなんですが、さっき渡した資料には載って無かったはずです」
「あ、そう言えば…」
「あの資料は二人に価値のあるモノだけ集めましたから。ドクトルマグスになるには特別な条件があるんですよ」
「条件?」
「です。それは、“世界樹の原住民の血を引いている”こと」
「え…!」
わたくしと、妹すらも声を上げてしまいました。
世界樹の原住民。それはつまり、ファーストクライマーによって始まった開拓以前に住んでいた町の人のこと。
時代が巡り、世界樹を守ってきた人々の力もむなしく町は開拓の波に飲まれました。それからは何をするにも少数派だった彼等は、段々と世界樹の町の歴史から姿を消していったと言われています。
「もっとも純血じゃないですよ。そんな奴はもう残ってませんしね」
翠星石さんはそれでも原住民の長を勤める一族の末裔だそうで。開拓時代から続いた補助金や優遇措置のおかげでこうして一人でも広い家に住んでいられると。
「で、蒼星石の事は知ってますね?」
「え?は、はい」
突然の意外な名前に面食らってしまいました。
「ここまで話したんでぶっちゃけますが、実は昨日二人に近付いたのはおめーらが蒼星石と会ってたからなんです。ちょいと話しでも聞ければと様子をみていたらリープの話しが出たんで、それならばと」
「どうして…?」
どうして、そんな事を?
どうして、直接話さないのですか?
どうして、蒼星石さんを…?
「蒼星石は、ファーストクライマーの家系の血筋なんです」
「ええっ!?」
再び驚愕。わたくしの頭をぐるぐると飛び回っていた疑問や質問まで吹き飛んでしまいました。
ファーストクライマー。一番始めに世界樹に挑み、そして二度と帰らなかった真の意味での開拓者。
もちろん彼等には家族がいて、今の時代にその子孫がいるということは不思議でもなんでも無いのですが、あの蒼星石さんがそうだったとは。
「もしかして、姉妹がいるかいないかと言ったのは…」
「察しがいいですね。ええ、蒼星石のことです。小さい頃は良く二人で遊んでたんですよ。血はつながって無いんですけど、まるで金魚のフンみたいに翠星石の後ろにくっ付いてきたもんです」
今こんな事言ったら怒られますけどね、とおかしそうに笑う彼女は、それはもう、本当に楽しそうで。
世界樹の守り手とファーストクライマー。その相容れない余りに違えた運命を持つ血を引いた二人だとしても、それがどれだけ仲の良い関係だったのか想像に難しくありません。
けれど、ならどうしてあの時…
「別に何か聞き出そうってワケじゃないんです。ただ、様子を知りたかっただけなんです。でもこうして知り合ってチームに入れた二人が…ふふっ、オメーら見てると、なんだか他人の気がしませんよ。色々と、苦労しますよね」
そう、わたくしにおかしそうに話してくれているのに。どうしてわたくしはこんなにも胸が苦しくて、どうしてあなたはそんなにも疲れた顔をしているのですか?
「でも…そう、きらきらの言う通りです。やらなきゃいけないんです…」
「翠星石さん…?」
「っと、そう言えば世界樹の大会での私の目的、まだ言ってなかったですよね」
それは誰に聞かれるでもなく、誰に言うでもなく。
まるで、自分に言い聞かせるように。
その目には、しっかりとした意志を宿して。
翠星石さんは、力強い声で、こう言ったのでした。

「あのバカの夢を、止めるためですよ」

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