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そして、僕は悪魔のZのキーを回した。



湾岸 "Maiden" Midnight

SERIES 1 「悪魔と天使と人間 Part 3」



エンジンの鼓動が聞こえる。
ジュンの心臓の鼓動が高鳴る。

暖機運転は完了した。重たいクラッチを踏みこみ、ギアを1速に入れる。
クラッチを離しつつアクセルを踏み込もうとする。

悪魔のZは、エンストした。

チューニングカーに乗りなれているジュンも、さすがに緊張してしまった。
今度は、慎重にクラッチをつなぐ。

悪魔のZが、動き出した。

真っ赤なボディが街頭に照らし出され、夜の街の彩りに華を添える。
周りの車と溶け合い、光の渦に飲み込まれるように、悪魔のZは案外素直であった。
深夜の湾岸線を、300km/hオーバーで疾走するチューンドカーの、その本質はまだ現れていない。
悪魔のZは、光の渦から抜け出し、首都高のランプへと入っていった。


――――――――――


車体が暴れるッ!
さっきまでの素直な悪魔はどこへ行ったんだ。
……いいや、これが悪魔の本質なんだ。深夜の首都高で踏み込んでいって、はじめて悪魔の本質に触れられる。
ステアリングから伝わる感触、アクセルから伝わる鼓動、ボディから伝わる挙動。
すべてが全身に語りかけてくる、もっと踏み込んで行けと。
9号線じゃ狭すぎる、湾岸でなければとても踏み込んで行けない。
早く、湾岸へ……、そうしなければ、僕はこの悪魔に飲み込まれてしまう。
もうすぐ辰巳JCTだ。早く、早く……。

湾岸、合流……ッ!

さあ、お前の本質を僕に見せてみろ、悪魔のZッ!



アクセルを踏み込む右足が、張り付いたように離れようとしない。
ステアリングに否応なく力が入る。心拍数があがっているのがわかる。
少し静かにいていてくれ、僕の心臓。
もっとこの悪魔を感じていたいんだッ!

エンジンの音が、聞こえる。
まだまだ、踏んで行けると呼びかけている。
でも、僕の心臓が、僕の脳みそが、これ以上は危険だと警鐘を鳴らす。
全身に悪寒が走る。悪魔に飲み込まれそうになっていた僕の体が悲鳴をあげている。
まだ、ここなら後戻りができる。お願いだ、落ち着いてくれ、僕の心よ。



やっとアクセルを抜くことができた。
僕の心が冷静さを取り戻してくれた。
この悪魔を手の内に入れることなんて、できない。
スピードの魔を体現したようなマシン。
真紅は、こんなマシンを操っていたのか、あの華奢な体で。
これ以上は息が続かない。
大井でUターンして帰ろう。
羽田線をC1方面へと進む。



浜崎橋JCTから、C1内回りに合流したそのとき。
新宿方面からの合流車両のなかに、異質なオーラをまとった一台の車がいた。
漆黒のボディ、大きく張り出したブリスターフェンダー、あれはポルシェ911ターボだ。
そして、本物のマシンと乗り手だけが放つ狂気。

間違いない、湾岸の黒い怪鳥、ブラックバードッ!

よりによって厄介な車に出会ってしまった。
ブラックバードもこちらに気がついたらしい。
減速してこちらに近づいてくる。

ブラックバードはこちらの前について、様子をうかがっているようだった。
そのまま、C1を駆け抜けていく。
江戸橋JCTを右に、丁寧に車線変更をしている、つまり6号、9号、湾岸方面だ、ついて来いって意味か。
そのまま、僕はブラックバードの後を追いかけていた。
辰巳JCTから湾岸、有明JCTから台場線へ、そして、芝浦PAへと入って行った。


――――――――――


「貴方、いったい誰?」

芝浦PAの駐車場で、ジュンはブラックバードから開口一番に尋ねられた。

「このZのオーナーに、オーバーホールを依頼された人間だ」
「あらァ、てっきりオーナーが代替わりしたのかと思ったわァ」

そう言って、ブラックバードはけらけらと笑っていた。
ジュンは、湾岸で、首都高で、一番速い乗り手の持つオーラに圧倒されるばかりで、何も答えられなかった。

「で、貴方はどこのお店の人間なのォ?」

笑うのをやめたブラックバードは、真剣な顔つきで、そしてあまり真剣には聞こえないしゃべり方で、ジュンに質問する。

「桜田オートエンジニアリング、……って聞いたことないかもしれないけれど」
「そうねェ、聞いたことないわァ」

そう言って、ブラックバードはしばらく黙りこんでしまった。
本線を走る車の走行音が妙にやかましいと、ジュンは感じていた。
普段は気にもならない音であるのに、今日はひときわ耳に張り付いてしかたない。
PAの沈黙と、本線の騒音が、ジュンに突き刺さる。

「どのくらいでオーバーホールは終わるのかしらァ?」
「えっ?」

沈黙と騒音を突き破って、ブラックバードが話しかけてきたため、ジュンは一瞬たじろいだ。

「だから、どのくらいでオーバーホールは終わるのかって聞いてるのよ、何度も言わせないで」
「ああ、だいたい3、4週間くらいかな、パーツの発注やセッティングを含めて」
「そう、じゃあ3週間後に市川PAでと、水銀燈が言っていたと真紅に伝えなさい」
「はい?」
「言いたいことはそれだけよォ、桜田オートのメカニックさァん」

そう言って、ブラックバードこと水銀燈は、首都高の波間へと消えていった。


――――――――――


3週間後に市川PAで。
この言葉の意味はなんとなくわかる。
つまり3週間で車を仕上げろってことか。
別に無茶な注文ってわけじゃないけど、Zに全力を注がないといけないな。
全く、商売あがったりだよ……。
それなのに、顔がにやけてしかたない。楽しいのか?僕は、この状況が。

さて、戻ってオーバーホールを始めるとするか。
いったいどんな怪物エンジンなのだろう?
心が躍ってしかたない。はやる気持ちを抑えなければ本当に事故ってしまう。


――――――――――


そして、深夜の仕事場に戻ったジュンは、エンジンが冷えるのを待って、エンジンを車体から下ろすことを始めた。
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