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 一つの都市伝説がある。

 

――人々の内側で蠢く不安と弱さが最大限に増幅されたとき、少年バットは現れる――

 

 数年前に起こった連続通り魔事件が生んだ物だ。
 事件の内容は金色のローラーブレードを履いた野球帽の少年が、“く”の字に曲がった金属バットで人々を襲うというものである。
 その事件は謎が謎を呼び、また少年の犯行という事で一大センセーショナルを巻き起こして一気に日本中へと伝染していった。
 その中でも一番有名な話は「精神的に極限まで追い詰められた人の所に、少年バットが現れる」と言う話だ。

 

 だがある時期を境に少年バットの話は聞かれなくなり、次第に人々の記憶から風化していった。
 しかし少年バットが残した謎は未だに多く残されており、多くのオカルトマニアの話題は絶えずにいる。

 

 事件から数年経った今…人々の内側には多くの不安、弱さ、闇が変わらず蠢いている。
 そして少年バットの基である心の闇がある限り、伝説は現実の物となる…。

 

 

妄想代理人 第一話 ――記憶から来た男――

 

 

 はあ、と桜田ジュンは大学キャンパスのベンチに座りながら溜息を吐いた。
 空は爽やかに晴れ渡って穏やかな陽光を降り注いでいて、気温も心地良く誰しも心が軽くなるようだ。
 しかし、彼にはそんな物はどうでも良い。むしろこの天気さえ不愉快の対象に過ぎない。
 不愉快なのは天気だけではない。
 目に映る人人人。その全てが鬱陶しく、浮かべている笑みが癪に障る。
(…ニヤニヤ笑いやがって…)
 心の中で悪態を吐き、唾を吐き捨てる。
 そんな態度を取っている為に誰も彼の元へ近づく者はいない。
 むしろ、彼を異質者の様な目で見てはヒソヒソと陰口を言い合いながら遠ざかっていく。

 

――何、あの人。気味悪い――
――しっ、目を合わせるなって。厄介なことになるぞ――
――何だか暗そうね。目が死んでるわ――
――つーか、あいつオタクだろ? 間違いねー――
――あんな奴来んなよ――
――キモイ、ウザイ…死ねば良いのに――

 

(…お前らが死ね、クソ…)
 本人達は聞こえない様にしているつもりだろうが、全て筒抜けである。
 いや、むしろ被害妄想が手伝って余計に腹が立ってきた。
 こんな時、こいつらを鈍器か何かで全員殴り倒して行けたら、と考える時がある。
 武器は何でも良いが、殺傷力の高い物…金属バットが妥当だろう。
 そして俊敏に、手際良く次々と襲えて行ける様に動ける物がいる。
 ローラーブレードが…いや、自分はローラーブレードなんて履いた事が無い。
 だが待てよ。妄想の世界ならいくらでも自由だ。ローラーブレードで良い。
 その二つを装備し、まずは目の前で自分を見ている女を狙う。
 突然の襲撃に女は何も出来ず、その前頭部へとバットを振り下ろす。
 女は悲鳴を上げる事も出来ずバットに沈み、返り血が自分の顔に掛かっていく。
 気持ち良い。熱い湯よりも何よりも、最高のシャワーだ。
 そう恍惚に浸っていると、後から情けない悲鳴が聞こえた。
 見てみるとさっきまで仲良く手を繋いでいた男が腰を抜かしているではないか。
 恋人――ということにしておこう――を殺され逆上してくるかと思ったが、腰を抜かしているなら好都合。
 その情けない事極まりない男へ、バットをフルスイングしこめかみを打ち砕いた。
 血が辺りに飛び散り、美しい幾何学模様を描いていく。
 気を良くしたジュンはローラーブレードで地面を蹴り、その勢いを生かして滑っていき次々と人を殴り倒していく。
 そうだ、もっと泣け、喚け、最高のBGMを聴かせてくれ。
 やがて残るは最後の一人になり、彼目掛けて一気に滑っていく。
 そしてこちらに気付き、彼の表情が一気に怯えへと変わっていく。
 その表情をぶち壊してやろうと、全力を込めてバットを…。

 

 授業のチャイムが聞こえ、ハッと意識が現実に戻る。
 妄想をしている間に既に人は一人もいなくなり、残っているのは自分だけだった。
 当然、辺りを見ても血の一滴も付いていないし、ローラーブレードも金属バットも持っていない。
 心地良い妄想の世界から現実へと突き落とされて、滅入っていた気分がますます滅入ってくる。
(…もう帰るか…)
 今から講義に出ても間に合わない。まあやる気の無い講師だからこっそり参加しても気付かないだろうが。
 かと言ってこれ以上こんな場所にいたって何の収穫も無い。ジュンはリュックを背負うとそのまま校門へと向かって行った。
(…それにしても、あんな妄想するなんてな…)
 歩きながら、さっきの妄想の事を考えてみる。
 普段ならあそこまで凄惨な妄想をすることはない。しかし、今日に限っては妄想の内容が濃すぎた。
 周りと気分のせいもあっただろうが、あんな妄想をした事に正直驚いていた。それと同時に、恐怖も。
(…僕って意外とヤバイ人間なのかもな…ハハ…)
 自嘲交じりに笑ってみせる。何がヤバイ人間だ。
 万引きの一つもやったことも無いくせに、あんな大量無差別殺人なんか出来るはずが無い。
 どうせ自分はそんな大層な事も出来ず、人知れずさっさとくたばる運命なんだから。
(…こんな所来るんじゃなかった…)
 校門から大学を睨むように見上げて、溜息を一つ吐く。
 何とか受かる場所をと思ってここへ来たが、いたのはサークル活動や遊ぶ事ばかりに夢中な馬鹿な奴等ばかり。
 こんな事なら、もう少し勉強を頑張ってまともな所へ行けばよかったと思う。
 …いや、それ以前に中学校をちゃんと行っていれば、あんな出来事がなければ…。
 苦々しい思いを胸に溜め込んだまま、ジュンは背を向けて大学を離れていった。

 

―※―※―※―※―

 

 一旦下宿先のアパートに帰り、無為に時間を潰すと今度は本屋のバイトの時間。
 その足取りは大学へ向かう時よりも重く、これからの事を思うと本当に逃げ出したいくらいだ。
 しかしそうする訳にも行かず、暗い面持ちで自動ドアをくぐると店長と女店員――斉藤…とかいったか――が話をしているのが目に入った。
「いらっしゃいま…なんだお前かよ。客かと思ったじゃねえか、紛らわしいな」
 顔を見るなり嫌味を言われ、心の中で舌打ちを打ちつつ挨拶をして奥へ向かう。
「裏に仕事たまってっから、ちゃんとやっとけよ」
 シッシッ、と手で追いやられ「このクソが」と思ってスタッフ専用のドアをくぐって中に入る。
 中はまったく片付けられておらず、今日も店長が仕事してないことを改めて知らされて溜息を吐いた。
 どうせこんなことだろうと思っていたが…気分が滅入りながらもタイムカードを打ち仕事着に着替え、仕事に取り掛かる。
(…なんで僕がこんな事をしなきゃいけないんだ…)
 本来なら店長がやるはずの仕事を自分がやる羽目になり、その店長はそれが当然と言った様子で礼の一つも言わない。
 それどころか、出るのは侮蔑に満ちた言葉や説教のみ。そしてそれを他の店員も笑って聞いている。
 こんな事をする為に来たわけじゃないのに。
 だるい体を必死に動かしながら仕事を片付けていると、ドアの外から店長と斉藤の話し声が聞こえて来た。
『まったく、あいつが来ると“ふいんき”がシラケちまうんだよな。暗くなるって言うか…』
『そうですか? 私は別に…』
『そうだって。あいつが接客するとみんな嫌な表情するし。使えないわ暗いわ、嫌になるぜ』
(…使えないのはお前の方だろ…)
『そうそう斉藤ちゃん。あいつヒキコモリだっていうの知ってる?』

 

(――ッ!)
 最も触れられたくない話題に話が行き、全身の毛が逆立つような感覚を覚えた。
 作業の手を止め、体中が震えだし喉がカラカラに渇いていく。
 そんな事を知る由も無く、店長と斉藤は話を続けていく。 
『いや、初耳ですけど…』
『そう? じゃあ教えてあげるよ。あいつ高校行かずに大検取ったんだって』
『高校も行かずに?』
『ああ。ありゃ多分イジメだね。まったく、いじめられてる奴って最低だな。浮いてるからそんな目に合うんだよ』
『いや、そういう言い方はちょっと…』
『実際そうだって。ああいう奴は何してもダメで、人とも話そうとしないし閉鎖的だし…そんな奴が生きていく価値なんか無いね』
(最低でもお前よりかはあるだろ…!!)
『そんで大学も辞めて、ここからも消えて、最後には…』
 そこで区切ると、より楽しそうな声が聞こえて来た。
『電車に飛び込んで、ミンチのかんせーい!!』
「――ふざけんなっ!!」
 怒りに我を忘れ、持っていたモップでロッカーを思い切り叩き付けた。
 ガァン、と耳をつんざく音が響き、叩き付けた部分が歪んでいるのが目に入った。
 その場所はちょうど店長がいつも使っていた所…それに気が付き、同時にしまったと言う思いが湧きあがる。
 当然音は外にも聞こえ、店長が入ってきた。

 

「何の音だようるせーな…って、お前何やってんだよ」
 モップを持って荒い息を吐いているジュンと、凹んだ自分のロッカーに気が付いて、ジロリとこっちを向いて来た。
 それから目を逸らし、心の中で溜息を吐いた。
 よりによってこいつのロッカーに当ててしまうなんて。自分の迂闊さと運の無さを心底呪った。
「…なんでこんな事すんだよ。俺のロッカーが凹んでんじゃねえか!」
「…すいません」
「すいませんじゃねーよ、お前何考えてんだよ! 使えねーくせにこんな真似しやがって、馬鹿じゃねぇの!? つか馬鹿だろ!」
(うるさいなクソ店長が…)
「何だよその目? なんか文句あるならさっさと言えよ! ムカつくな!!」
 文句ならあり余るほど持っている。それが言えればどんなに楽だろうと思う。

 

お前には山ほどあるんだよクソ店長がだれが生きる価値も無いだ仕事できないだお前よりよっぽどマシだろ
お前みたいなバカより俺のほうがよっぽどマシだ生きる価値が無いのはお前の方だろ何の役にも立たないクソ野郎が
大体僕がお前以下だなんてこそのほうがありえないだろ笑ってヘラヘラ生きるしか能の無いお前が何で店長なんだ
ふざけんな死ねこのゴミ虫が死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね…!!

 

「…大体他に行く当てが無いから雇ってやってんのに、お前の態度は…聞いてんのか!」
「…はい…」
 心の中で罵詈雑言を吐き出しつつ、握り拳が白くなるほどまで握り締めて黙って店長の話を聞き流していく。
 いっそこのモップで店長の頭をかち割ってやろうか。そうすればこの顔も見ることも無い。
 …しかし、そんな度胸など持ち合わせていない。殺してやりたい衝動を抑えつつ、ただただ立ち尽くすしかなかった。

 

―※―※―※―※―

 

 それからクズだの死ねだの散々罵られて解放され、仕事が全て終わると時間は定時を大きく上回り真っ暗になっていた。
 無駄な仕事と精神的な疲れにウンザリし、絶望的な気分で本屋を後にした。
(…クソ…世界中、どこに行ってもバカばかり…こんな世界壊れちまえば良いのに…)
 俯いたまま歩いていると、浮かんでくるのはさっきの店長と大学の生徒の顔ばかり…。
 こんな世界に何の価値があるというのか。何で世界はこんな風なんだ。
 …いや、こうなったのは中学校の時のせいだ。あの事件があったときから、人生の歯車は狂いっぱなしだ。
 出来る事ならあの頃に持ってやり直したい。何事も無い、平穏な人生を送りたい。
 やり直せたならもっと良い大学にいって、バイト先だって他にも行けて彼女だってもしかしたら…。

 

 俯きながら暗い事を考えて歩いていたせいか、ドン、と誰かにぶつかってしまった。
 それは謝る気配も無く、すいませんの一言ぐらい言えよと思いながらその人物の方を見る。
 だがそこにいた人を見た時、ジュンの顔から血の気が引いていった。
「痛ぇなぁ…どこ見て歩いてんじゃい!」
「何だその目は? 随分と反抗的だな!?」
「…ごめんなさい」
 そこにいたのは、ガタイの良い、いわゆるヤクザとしか見えない人間だったのだから。

 


「今度からは道の端っこ歩いとけ!」
「二度とその面俺達の前にさらすんじゃねえぞ」
 それからジュンは人気の少ない裏路地に連れて行かれ、殴る蹴るの激しい暴行を受けた。
 散々殴られまくった後、ゴミ捨て場に投げ捨てられその中に体が埋まっていく。
 それだけやるとヤクザは満足したのか、唾をジュンの顔に吐きつけて、下品に笑いながら去っていった。
 しばらくは全身の痛みで動けなかったが、ようやく痛みが少し引いて動けるようになると上半身だけ何とか起こした。
 ゴミまみれでいる自分が、なんだか自分の社会での存在を表しているように思えて酷く惨めだ。
「クソ…メチャクチャに殴りやがって…」
 痛みを堪えながら、何とかゴミの中から這い出ようともがく。
 ゴミ捨て場から出て、フラフラしながらも立ち上がると、少しバランスを崩した。
「おわっ!?」
 その瞬間何かを踏んだような感覚を覚え、思いっきり後へとすっ転んでいった。
 そして背中を思いっきり地面に打ち付け、全身の空気が口から出て行き激しい痛みに立ち上がることも出来なかった。
 激しく咳き込んでいると何かが顔元に転がってきて、それを横目で見る。
 それは空の缶コーヒーだ。これを踏んで転んだのだろう…果てしなくついてない。
「…はは…」
 あまりにも情けなくて不甲斐なくて、乾いた笑いが口から漏れてきた。
 上半身だけ起こし、涙を流したまま笑い続ける。だがそれは、いつしか慟哭へと変わっていた。
「なんで…なんで僕だけこんな目に合わなくちゃいけないんだよ! 何かこんな目に合わなきゃいけないことをしたのかよ!」
 星空に向かって溜まりに溜まっていた感情を吐き出していき、涙が止め処なく溢れてくる。
「神様、そんなに僕が嫌いなのかよ!? 何か恨まれるような真似をしたか!?」
 ポツリ、と水滴が顔に触れた。それは顔から肩、次第には全身に降り注いで行き辺りを濡らしていく。
 更なる追い討ちに、ジュンはもう精神的に限界だった。

「こんな…こんな人生もう嫌だ…!! 誰か…誰か僕を助けてくれよ!! 頼むから救済してくれよ!!」

 

 ごおぉぉ。

 

 雨音が辺りを鳴らす中、明らかに違う音が耳に入ってきた。
 何か固い物がコンクリートの上を走る音…。そんな鈍い音だ。

 

 ごおおぉぉ。

 

 その音は確実にジュンに近付いて来ている。
 だがジュンはそれに気を止めず尚も喚き散らす。
「頼むよ…誰か…誰か救ってくれーっ!!」

 

 ごおおぉぉっ。

 

 音が自分の真後ろまで来て、街灯による影が見えたところでジュンは振り返った。
 同時に人影が固い何かを振り下ろしてきて、激しい衝撃と共にジュンの意識は闇に飲み込まれていった。

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