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『Dolls' House 第五話 まどべでうたうきんいろのかぜ』

 秋風も段々、本格的に冷えてきた今日日。
 周りのぴりぴりした空気に感化されて、彼女も心なしかこのごろ口数が少ない。
 いや、本当のところを言ってしまえば、自主的にそうなってもいいところなのだが、まあそこは彼女のキャラであるから仕方ない。
 とにかく、今はなんにせよ彼女にとっての正念場だった。
「模試の結果返すぞー」
 そんな声に、元気に答えられるだけの状況を作らないとマズいのだった。
「しっ………」
 でもそんなちょっとだけ眩しく光る未来は待っていてくれない。
 夏は夏で海水浴に行きましたとも、祭りでも誰よりはしゃぎましたとも。
 秋は秋で紅葉狩りに行きましたとも、姉の看病にかこつけて色々とサボりましたとも。
 でも、でもでもでも!
「C判定に落ちてるかしらーーーーーー!!」
 こんな展開、ちょっと笑えない!

 八姉妹の次女、金糸雀さんはいつだってピンチだ。



「……まあ、金薔薇のお姉様。今から頑張ったら、お姉様のことですからまたA判定に戻りますわ」
 家に着くなりソファに倒れ込んだ金糸雀から事情を聞き、偶然部活をせず帰ってきていた雛苺と雪華綺晶は焦ってフォローをする。
「そ、そうなのよ! あんなに遊び呆けてたのにずっとA判定出せてたかなりあのことだもの!」
「うう……そんなこと言ってられないくらい、受験は厳しいかしら……」
 流石の金糸雀も、高三の晩秋こと受験シーズンの浮き世に打ちのめされたようだ。いつもなら「姉妹一の頭脳派、金糸雀のことだもの! それくらい当然かしら!」というはずの返しもできない状況だった。
「ふっふっふ……ヒレの付いた卵焼きが泳いでるかしら……」
「き、きらきー! かなりあがマズいことになってるのよ!」
「お姉様!もう、やけになって自分で麻薬物質を分泌しないで下さいまし!」
 暫く一人でむふふと笑い続けて二人を困らせた末に、金糸雀は一念発起して立ち上がる。ただならぬ決意をしたらしい雰囲気だ。
「……やってやるかしら………やってやるのかしら……!」
 三歩程よろりとあるいてから、キッと二人に振り返り、不適な笑みを口元に浮かべる。
「これから缶詰する! で、次の模試でA判定にもどしてやるのかしら!」
 おー、という歓声にちょっと竦んで金糸雀は姿勢を崩す。
「あ、や、やっぱり…最初はB判定で…」
 えー、というヤジが返ってきたので、緩みかけていた何かをひきしめなおす金糸雀。いささか心配ではある。
「いいいいいいや、いやいやいやいや駄目かしら! やるならいっそA判定よね!分かってるかしら!」
 空々しい空気だけを残して、金糸雀はリビングから消えていった。階段を上る音がして、ほどなく彼女の部屋のドアが閉まる音がする。
「お姉様……大変そうですわね」
「うゅ…ちょっと心配なのよ」
「大丈夫ですわ、『策士』さんのことですもの」
 ですよねー、というようなユルい雰囲気になったところで、雛苺が禁句を口にした。
「ところできらきー、再来年はヒナたちもやるのよね?」
「あ」
 ユルい雰囲気が急に苦くなった。



 自室に入ると、目の前に机が有って一気に憂鬱になった。
 やらなきゃ駄目だ。駄目なのは良く分かってる。多分、他の誰よりも。
「だけど………やっぱり気は進まないかしら……はぁ」
 元々は伊達に頭脳派と言っていない彼女の能力、それ一本で切り抜けてきたのだ。缶詰するといったって決意するのは容易ではない。
「やらなきゃ…やらなきゃ、次に待ってるのはD判定かしら」
 もう一度気合いを入れ直し、金糸雀はベッド横に鞄を置いて机に歩み寄る。
 あれ、と金糸雀は首を傾げた。
「手紙、かしら?」
 封筒にきちんと入った差出人不明の手紙が、ちょこんと彼女の机の上に乗っていた。とくに何の疑問も持たず、金糸雀はためらいなしにそれの封を切る。
「ええ…何? 音読しろって書いてあるかしら」
 その手紙の謎の要求にも、大して疑問を持たず、そして恥じらいも持たずに応じてしまう金糸雀だった。

「えーっと…『この手紙を読む頃には、君、金糸雀はガリ勉の必要に迫られている頃だろう。そして君はいま勉強を頑張ろうと決意新たに机に向かっているのだろう。』ふふ、当然かしら…!
『しかしそれでは、これからはずっと君の勉強シーンの長回しになってしまう。これは由々しき問題だ。策士の金糸雀、君もそう思うだろう。』まあ……思わないこともないかしら……。
『ということで、ドールズハウス第五話、これ以降の内容を小ネタ連立形式でお送りしようと思います。下らない内容になりますが、短編を読む感覚でお楽しみください』
 ……そ、そそそそそ、そんなのひどいかしらああああああああああああああ!!」

 こぢんまりとした金糸雀の部屋に、精一杯の絶叫が響き渡った。



  <うにゅー同好会活動記録・一ページ目>
「やっぱりチロルは外せないと思うの」
「そうですかね。わたくしとしては、お煎餅の方が外せないと思いますが」
 借りてきたストーブをバンバンときかせて、雛苺と雪華綺晶は苺大福とチロルとお煎餅とその他諸々のおやつを食べ比べていた。
 うにゅー同好会の唯一の活動内容、うにゅーこと苺大福の研究である。
「ま、結局どっちも食べるんですけどね」
「そうよね」
 二人は苺大福に何のお菓子が合うのかの討論中だったが、たったいま貪欲に甘味からの誘惑に乗ってしまったところだった。
 そこで、がらりと部室のドアが開いた。幽霊部員、薔薇水晶の登場である。
「あら、ばらしーちゃん。珍しいですわね」
「うん……まだ、本調子じゃない。甘いのちょうだい」
 一週間前に肺炎が完治して退院した薔薇水晶は、今週の水曜日から学校に通い始めていた。そして今日は金曜日、全ての生徒達が疲れを肩に沢山背負い込んで土日を夢見る一日の終わりである。
「今週はおつかれさまだったの、ばらしー。はい、一番おっきいうにゅーあげるの!」
「…りがと」
 薔薇水晶は、病み上がりという理由こそあれ何だかこのごろ元気がないようだった。
 すぐ上の姉に当たる雪華綺晶は、それが心配でならなかったのだった。
「ばらしーちゃん。この土日で、元気を取り戻して下さいまし?」
「うん。アッガイがいるから私は行きていける」
「いえ意味分かりませんわ」
「なんかもうその場のノリで焼きうにゅーしちゃうのー」
 その場の迷走に乗じてストーブの上に苺大福をかざし始めた雛苺だった。

  <そんな双子のノリと勢い・第一報告>
 息を潜めろ! 話し声は極力調子を落とせ! 標的に決して見つかることのないように!
「そんなこと言ったって姉さん、校舎が違うからバレないって。ほら、鼻息荒くしないで」
「うるさいですうるさいですぅ! こういうのは雰囲気から入るのが最適なんですよ!」
「はぁ…寒いね。ほらホッカイロ」
「気が利くですね。流石、我が妹ですぅ」
 翠星石と蒼星石は、教室棟から向かいの部室棟を覗き込んでいた。双眼鏡の向かう先は部室棟の一番端、図書館である。
「姉さん、やっぱりやめようよ。僕こんなのぞきみたいなこと嫌だ」
「つれないですねぇ」
 ぶー、とむすくれながらも蒼星石の制服の裾を掴んで一向に離そうとしないので、蒼星石は本日三回目くらいの妥協をせざるを得なかった。
「あばばばば! 見るです蒼星石、二人の距離がちょっくら縮まったですよぅ!」
「あーはいはい、さっきから殆ど変わってないからね落ち着いてね」
 覗きの対象は、図書委員長と冴えない男子だった。
 ……つまりは、真紅とジュンだった。
「もう、姉さんは何がしたいんだい!」
「静ーかーにーするですっ!」
「いたっ」

  <おねがい銀様!・アタック一回目>
「ねぇぇん、水銀燈。どぉしてにげるのよおぉぉぉおお」
「逃げるに決まってるでしょう、このジャンク!」
「はうっ! 水銀燈の黒い言葉の矢が! 羽の如く私の胸にっ!」
「馬鹿なこと言ってないで…」
 水銀燈は通常の三分の一くらいしか使える面積の残っていない自分のベッドを見下ろして、泣き言に近い音を上げた。
「お願いだから自分の病室に帰って頂戴!」
「いやよ」
 まだ骨折が治ってない水銀燈の病室に、同じ病院の万年病人のめぐさんは何かとちょっかい出しにくるのだった。
「だって水銀燈のベッド、居心地いいんだもの(水銀燈のかほりが沢山染み込んでて)」
「今ぼそっと言ったこと何よ! 何だか寒気が止まらないわぁ、お馬鹿さん!」
 そういうめぐは水銀燈のベッドを三分の二ほど占領し、挙げ句の果てに彼女の枕を抱いて顔に押し付けすーはーすーはーしているのだった。危険だ。
 ばしばしとそんなめぐを叩いて、せめて枕だけは奪還した水銀燈だった。
「はぁ……もっと…ローザミスティカ(=カルシウム)を……。早く退院してやりたいわぁ」
 毎日こんな目にさらされてたら、流石の私だって純潔なままで帰れないわ…!
「休みたいなら休めばいいじゃない。ほら」ベッドをぽんぽん。
「いいからベッドから下りて! 話はそれからよぉ」


(その頃のカナリアさん)
「うううう数学わっけ分かんないかしらぁぁあ」
 数と戯れてた。


  <うにゅー同好会活動記録・二ページ目>
 流石に只のストーブだけでは出来なかったらしく、雛苺は温苺大福以上焼き苺大福未満のもったりした白いものを頬張っていた。
 温まったことで香りが増し、広くはない部室は甘ったるい熱気で満たされた。
「いつもながらに、やることがないですわね」
「ほうらろー(そうなのー)」
 薔薇水晶は薔薇水晶で、雛苺に貰った取っときの特大の苺大福をはみはみとついばんでいた。
「さ、今日はこっそり持ってきたトランプでもしませんか? 三人ならぎりぎりババ抜きを楽しめますよ」
 気まずくなってきたところで、雪華綺晶が気を利かせて鞄からトランプを出した。
 ……出した?
「ああ……なんてことなのー……!」
「き……きらきー」
「? 何です?」
「それ、もろウノって書いてある」
「あら」
 雪華綺晶の手には、あからさまに『UNO』と書かれた箱があった。
「ま、ウノでも何でも変わらないのよ。皆で遊べればそれで皆おんなじなのよ」
「それもそうですわね」
 その言葉に安心してにこりと笑い、雪華綺晶はウノを切り始めた。
「…きらきー」
「何です?」
「(トランプとウノを間違えて持ってくるくらいなら)……ウノのルール、知ってる?」
「さっぱりですわ」
 輝く笑顔とげんなり顔をした二人の妹を見比べている雛苺は、
「それだったらトランプタワーならぬウノタワー作ってた方がいいのよ」
 またあらぬ方向に暴走し始めていた。

  <そんな双子のノリと勢い・第二報告>
「ひとぉーつ……ふたぁーつ……み」
「姉さん! 気をしっかり持って!」
「はっ! ついつい本棚の本の数を数えてしまっていたですぅ…不覚ですぅ」
「よくそんな視力有ったね」
 段々とおかしくなってきている翠星石を心配げに見遣って、蒼星石は図書館の二人に視線を戻した。
「それにしても姉さん、一つ聞いていいかい」
「何です?」
「どうして…真紅達を覗こうだなんて言い出したの?」
間があった。少しだけ翠星石が息を止める気配があって、それからすぐに彼女は破顔した。
「そりゃ、もちろん! 姉妹初のオトコ持ちの奴をほっといて翠星石が帰ると思ってるんですか、蒼星石は」
「はぁ……」
 そっちの話題に関してあまり関心のない蒼星石は、曖昧に納得した振りをしていた。
「あばばばばばぁ! 見るです蒼星石、ふ、ふ、二人が喋ってるですよぅ!」
「喋るでしょ、誰だって! もうやめるよ!?」
 蒼星石は立とうとしたが、やっぱり腕を掴む翠星石には勝てないのだった。

  <おねがい銀様!・アタック二回目>
「はぁ……はぁ……」
「全く……あんたって奴はっ……!」
「水銀燈……パワフルね」
「誤解をまねく言い方はやめてちょうだぁい! ……ベッドから下りてもらうために一悶着あっただけだからぁ、変な想像しないようにねぇ」
「誰に言ってるの?」
「えっとぉ、目の前の人」
「ふぅん?(目の前…私じゃないのかしら)」
 そんなこんなで、めぐは見舞客用パイプ椅子に正座していた。水銀燈は水銀燈でようやく空いた自分のベッドを必死で整えていた。眠ってもいないのにめぐさんは寝相が悪いようだった。
「いい加減に、過剰なスキンシップは止めなさいって言ってるでしょぉ? 聞き分けのない子」
 もはやめぐのことを踏みにじりながら「ひれ伏しなさいこのジャンク!」等と吐き散らしそうな剣幕の水銀燈である。
「じゃあどうしてたらいいのよ」
「普通が一番ってまだ分かってないのぉ!」
「そうじゃないわ水銀燈」
 そしておもむろにめぐは立ち上がった。臨戦態勢にはいる水銀燈。
「これが私の普通なのよぉぉぉぉぉぉ!」
「いっ……いぎゃあああああぁっああああっぁあ!!」
 そして、


(その頃のかなりあさん)
「日本史はギブかしら………」
 歴史と戯れてた。


  <うにゅー同好会活動記録・三ページ目>
「一枚……二枚……」
「ちっ……」
「うゅ……こないの」
「二枚……二枚……うふふ…可愛い手札」
 なにやら不穏な三人が、ストーブで茹だった部室でトランプをやり取りしている。
 捜索した結果、部室に奇跡的にトランプがあったらしい。
「あがりましたわー!」
 雪華綺晶がぽいと手札を二枚投げ上げ、部室の雰囲気は二分された。白薔薇が飛んでいそうな喜々としたオーラと、グツグツと煮えたぎる決闘のオーラで。
「さあ…遊んであげる……お出で、ロリ苺」
「黙るがいいの……!」
 雛苺の怖じ気づいた瞳と薔薇水晶の挑戦的な瞳がかち合って、不穏な火花が散る。
 さて、薔薇水晶が雛苺の二枚の手札のうち一枚の方に手を伸ばす。
 右……。
 左………?
 固唾をのんで見守る雛苺。迷う薔薇水晶。
 そして、
「………銀姉!」
 がたこん。…と、薔薇水晶が立った。「……え?」
「また……!」
「どうしましたの?ばらしーちゃん」
「また、乙女のぴんち」
「まだ勝負はついてないのよー!?」
「……ごめん、でも、行かなきゃ」
 持っていた一枚だけのトランプを投げ捨て、荷物を引っ掛けて薔薇水晶は部室から駆け出した。
 あとはもう石油ストーブがもわもわと熱風を投げ上げているだけだった。
「……どうするの?きらきー」
「ええ、まあ……もう一回しましょう、お姉様。それがこの部活の主旨ですわ」
「そうね」

  <そんな双子のノリと勢い・第三報告>
「……」
「………」
「姉さん。姉さん」
「ぶぶぶぶぶぶぶもう寒くて死にそうですぅぅぅぅぅ」
「姉さん、もう帰ろうよ。風邪引いちゃうよ」
 相変わらず翠星石は冷えきった廊下に居座り、そのコートの裾を蒼星石がちょいちょい引っ張っていた。
 困り果てた蒼星石は、一つ息を付いてずっと聞きたかったことをふと口にした。
「ねえ、姉さん。もう一度聞くけど、さっきからどうして真紅とジュン君をそんなに気にしているんだい?」
「………」
 翠星石は固まる。暫く考えて考えて、もういいやという風に首を振った。
「蒼星石。翠星石はですね、昔……ジュンのことが気になっていたんですよ」
「え」
「でもあんまりに二人が仲良しだったのですぐ諦めちゃったんですぅ」
「姉さん…それ、本当?」
「こんな恥ずかしい嘘、翠星石がつくわけないですぅ!このっ」
「あだっ。ごめん姉さん」
「蒼星石だから特別に許してやるですぅ」
「で、姉さん…真紅達あんな感じだけど、いいの?」
 翠星石はぐっと言葉につまり、一瞬悲しい顔をしてから、蒼星石を見た。
「?」
 心配そうに覗き込む蒼星石。彼女と目が合って、翠星石はにっこりと笑った。
「いえ、いいんですぅ……何だか今、本当の意味で諦められた気がするです」
「……?」
 巌のように動かなかった体をすっくと立たせて、翠星石は蒼星石に抱きついた。
「蒼星石が居てくれるから、翠星石はこれでいいんですぅ」
 無理な体勢でぐらついた蒼星石は、「うわ、姉さん、やめ……!」と焦りつつ、困ったように笑って強く抱き返した。
「……うん」

  <おねがい銀様!・アタック三回目>
 水銀燈がベッドに仰向けに固まり。めぐがそのうえにのしかかり。
 膠着状態。
「(危ないとは思っていたけど……この子、本気でやりやがったわぁ…!)」
 あまりにけたたましすぎる脳内危険信号に、水銀燈は逆に体が動かなくなっていた。
「ねえぇ、水銀燈……ふふ、こんなに怯えて……いつもの威勢のいいアナタはどこ?」
「ぅ、…うるさいわ、ねぇ……さっさと、退きなさいよぉ………!」
 冷や汗をかいて打開策を考える水銀燈のその脇腹に、次に太ももに、めぐの痩せ細った手がするりと這った。
「ひ……や、めなさい、よぉ」
「逆効果。そんな風に嫌がれば嫌がるほど、私は止まらなくなるわよ…?」
 駄目だこの子…完全にスイッチ入ってるわぁ……と水銀燈は己の操の危機の成り行きを神任せにした……その瞬間だった。
 バァン!と部屋のドアが開いた。
「!?」
「んもう、誰?邪魔するのは!」
 ダッシュで突っ込んできて、キキキキキィッとブレーキをかけてベッドの横に静止したのは。
「…………そこまで。私の銀姉に、それ以上、手は……出させない」
 以上な眼力を発する、薔薇水晶だった。
 めぐは彼女を呆気にとられたように見つめ、
「………」
自分の腕におさまってカチコチに固まった水銀燈を見下ろし、
「ああ……そういうことね、把握把握」
といってあっさりと横に退いて水銀燈を解放した。脱力して薔薇水晶を見上げる水銀燈。
「ど、どうしたのぉ?薔薇水晶ぉ……」
「どうしたもこうしたもない……銀姉は、危ないところだったでしょう?だから、私は…来た」
「………まあ、助かったわぁ」
「いやだわ、私が本気だと思ったの?水銀燈」
「そりゃ、本気だと思うのも当たり前よぉ!冗談だって言いたいんなら今後一切私の太ももに触らないちょうだぁい!全く……」
 脇腹はいいんだ!?と思っためぐだったが、勿論おくびにはださなかった。
 水銀燈はずいずいとベッドの端に下がって、救助に来た薔薇水晶に縋り付いた。
「しかし、不思議な子ねぇ…どうして私がピンチの時が分かるのかしらぁ?」
「分かって当然……」
 そんな二人を見て、めぐは目尻を下げた。
「仲良いことは良いことよ、ね!」
「あんたはさっさと自分の病室に戻りなさぁい!!」
 いつかのお返しに、歯ブラシセットがめぐの額にめりこんだ。



 もう……出来る限りの、力は、出し尽くした……かしらぁ……。
 心なしか乱れた髪で、教室へと足を踏み入れる金糸雀。その顔には疲労の色が見受けられた。
 他の姉妹達が上記のようにバカやっていた合間にも、必死に勉強に勉強を重ねていたようで、ふらつきつつも机につく足取りは自信ありげだった。
 教室のざわめきが遠くに聞こえ始めた頃、模試開始のチャイムが鳴り響いた。それは廊下まで行き渡り、残響が消える頃金糸雀はゆっくりとシャーペンを手に取った。

 さぁ、戦を始めるかしら!



 それから数週間ほど。
 模試が終わってからというものの、金糸雀は今までの闘魂がすっかり抜け切って空洞が出来たようにふぬけていた。
 その酷いことといったら、夕飯を食べるにも、
「金糸雀ぁ? ほら、箸が止まってるわよぉ」
「んぁ」
「かなりあー! 一緒にお風呂入ろーなの!」
「んぁ」
といった具合で、どう発音しているのかが最大の謎である。
 さて、そんな調子が暫く続いて、冬も大分深まりつつあったある日のことだった。

 ついに、模試が返ってきた!
「んぁ………ほああああああああぁぁぁぁあぁぁぁああああ!」
 貰った瞬間の金糸雀さんからは単なるテンションの著しい上昇しか分からず、周りも渡した担任の先生も反応に困った。
 そして高揚状態のままに、自宅に至る。

 バン!と玄関の扉に何かがぶつかる音。
 今日は部活をサボって二人してぐだぐだテレビを眺めていた雛苺と雪華綺晶は、飛び上がって驚いた。
「だれ、なの?」
「この時間からすると…」ちらりと時計を見やって、「…金薔薇のお姉様?」
 その後立て続けに、どさっ! ばさっ! だだだだだだ、ばたんっ! と慌ただしい音が重なり合って、妙な静けさが残った。
 雪華綺晶が率先して居間のドアを開けて玄関の方を見やると、そこには投げ捨てられた鞄に脱ぎっぱなしの靴、そして無造作に落ちている模試の結果が散らかり放題だった。
 事情を何となく察しておそるおそるその紙を拾い上げ、覗き込む。
「……! おっ、お姉様! 苺薔薇のお姉様ぁ! こここここ、これっ!」



「……で、それで今まで我慢してた分のバイオリン演奏、ということ?」
「ですぅ」
 結果、S判定。万々歳の記録である。
 そして、それを見事打ち立てた金糸雀は、帰宅してからずっと部屋にこもって窓を開け放ち狂ったようにバイオリンをかき鳴らしているのだった。
「やったね、金糸雀! とでもいってあげたいんだけど……これじゃ近寄れそうにもないね」
「……ね」
 でも、と雛苺は笑った。
「かな、とっても楽しそうなのよ」
「そうね」
 安心感で満たされた紫色の空に、彼女の金色めいた音色が流れていった。

「………そろそろやめやがれですぅ! 近所迷惑ですぅ!」
「ごめんなさいかしらぁ!」
 それでもやっぱり、この家には笑い声がある。
 窓の外では、もう本物の冬が始まろうとしていた。

 つづく

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