「おい、性悪」
「性悪とはなんですか、チビ人間!」
「今日は翠星石が特別に遊びに来てやったですよ」
「べ、別に僕はお前が来てくれたって、嬉しくなんかないんだからな!」
そんな言葉たちが積もり積もって、ジュンと翠星石は毎日のように喧嘩をしているように見えますが、
本当は全然違うということを誰もが知っています。
数々の悪態の裏には、それとは全く逆の気持ちが隠されているのです。
そのことは当の本人、翠星石が何よりもよく分かっているのですが、
肝心の相手であるジュンは一向に気づくまで気配がありません。
翠星石は大好きな想いが積もり積もって、時々泣いてしまうこともあるけれど、
ジュンと話すとどうしても素直になれなくて、いつも心とは裏腹の言葉を返してしまうのです。
そんな毎日が積もり積もって、なかなか友達以上にはなれない二人ですが、
降り積もった雪も太陽が射せば解けてゆくように、何かのきっかけがあれば、きっと変わってゆくでしょう。
それは、例えば今年のクリスマス――。
翠星石は一生懸命にマフラーを編んでいるようですし、
ジュンも何やら可愛らしい翠色の手袋を買ったようです。
素直になれなくて、積もり積もった翠星石の切ない想いが笑顔に変わるのは、きっともうすぐです。
【積もり】【積もって】
長い長い逡巡の後、彼女は意を決して立った。
「………」
ギシッ…カタカタカタ…カチリ。
「ひっ…!?」
短い悲鳴を上げ、数歩よろよろと後ずさり、そしてへたり込む。
スッ…ぷにぷに。スッ…むにゅ。
「あ…あ、あ…」
『さあ今日は蕎麦を食いまくるですよー!!』
『年越し蕎麦なんだから夜に食べればいいんだよ姉さん』
『いやー、このお節料理は絶品ですねぇ』
『ふふっ、今年はちょっと気合い入れたからかな。まだまだあるからどんどん食べてね』
『ですぅ♪』
『蒼星石ー、お汁粉のお餅は何個ですか?』
『んー、二個にしとくよ』
『せっかくの正月に湿気た奴ですねぇ。じゃあ残りは翠星石が責任を持って処理してやりますか!』
『あはは、お願いするよ』
『ちょっと買い物行くけど姉さんはどうする?』
『ほえ~?蒼星石の姉さんはコタツで丸くなってるですよ~?』
『もう、何時までもパジャマでいちゃ駄目だよ?』
『寝正月は国民の義務ですよぉ~…むにゃ』
「あああぁあぁああぁああああ!?」
脱衣所に響き渡る、慟哭。
彼女の顔に浮かぶ、絶望。
だが、この現実は彼女を絶望させるだけでは収まらなかった。
―憎い。
自分が憎い。過去が憎い。現実が憎い。いや、全てが憎い。この世界が…憎い。
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いにくいニクイnikui…
「はあ…!はあ…!」
翠星石は頭を抱えうずくまる。しかし、その目は限界まで開かれ、異様な力強さを湛えている。
体が震える。このこみ上げる衝動はなんだ?ああ、憎悪か。私は全てを憎悪している。私は憎悪しているんだ。何を憎悪している?関係ない。全てだ。全てが憎い…
「ふー…ふー…!」
そうだ。こんなにも憎いのなら壊してやろう。こんなにも憎いものが存在して良いはずがない。当たり前だ。壊そう。壊すんだ。いや、壊さなくてはならない…!
では何を壊そうか。私は何が憎い?全て憎い。全部憎い。じゃあ、全て壊そう。全部、壊してやろう。
破壊だ。破壊だ。私は、全てを、破壊す、るんダ!
破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊破壊はかいハカイhakai!!
「…ひゃはっ!」
ああ…楽しいぞ。きっと楽しいぞ。凄く楽しいぞ。酷く楽しいぞ。
まずは武器だ。武器がいる。台所に刃物がある。物置にバットと金槌がある。でも足りない。弾だ。銃だ。銃がいる。銃をよこせ。爆弾だ。爆弾をよこせ。全てを粉砕する爆弾を私によこせ!!
彼女は立ち上がった。だが、その顔に絶望はもはやない。
彼女は歓喜していた。自分に歓喜し、そして未来に歓喜していた。そして、その目には誇りさえ宿っていた。
私は、断罪者だ。断罪者にて、世界の調停者なのだ。私が悪を砕くのだ。私が正義となるのだ。私は神の代弁者である。さあ愚民共よ。私に従え。私が世界を救うのだ。このイカレタ世界を正してやるのだ!
破壊と創造は表裏一体。さあ壊すのだ。壊して壊して全てを壊せ。壊して作ってまた壊せ。破壊の先に救いはある。救われたくば壊すのだ。遠慮はするな誰にはばかる事もない。
全て終わって全て始まる。終われ終われ始まれ始まれ!止まるな選ぶな引くな迷うな!家を壊せ街を壊せ都市を壊せ国を壊せ世界を壊…!
ガチャ
蒼「ただいま~。美味しそうなみかんがあったから買ってきたけど姉さん食べるー?」
翠「食べますぅ~♪」
かくして、世界はみかんよってに救われたのだった…
翠「うひー…今夜の寒さはやべーですぅ。こんなんじゃ布団が暖まる前にこっちの身が保たないですよ…」
翠「かくなる上は、蒼星石はダメって言いますけど…コタツで丸くなるしかねーです。バレないように顔を出さずに潜り込んでしまえば…」
翠「はふ~…幸せですぅ。なんて暖かいんでしょうねぇ。あーこれでようやく…むにゃむにゃ」
蒼「あれ?コタツのコンセントが入ってる。もう、寝る前に抜いてって言ってるのに…」スポッ
チュンチュン…
蒼「ふあ…ああ朝は寒いなぁ。はやくコタツを…」
コタツ「ヘーーックション!!」
蒼「!?」
「やっぱりぃ、こたつで居所寝しそうな姉妹は、なんて言っても翠星石よねぇ」
「ぞ、ぞんなごどね~でずう」
「酷い声なの~翠星石ぃ、おこたで寝たらメッメッって蒼星石が言ってたの」
「ずいぜいぜぎより、びないぢごのぼうがごだづでねでるでずよ、ずいぜいぜぎばだまだまうっがりねぢまっだだげでず」
「雛苺は私に言われてからこたつで寝てないわよ、それよりも早く医者に行くのだわ」
「いっ、ずいぜいぜぎばいじゃになんでいがねえでず、
げ、げっじでぢゅうじゃがごわいがらじゃねーでずがらがんぢがいずんなでず」
「…何を言ってるのかわからない」
「姉さんほら早く医者に行くよ」
「じょっ、まづでず、ぞうぜいぜぎ、びっばるなでず、あぁぁぁぁ…」
翠「もう2月ですか…夜は寒くなるばかりですぅ。カゼひかねーように温かくしないとですねぇ」
クシュッ!
翠「ん?ジュンの部屋から…布団でもはだけてるですかね…そ、そうです。もしそうなら大変ですから、お姉さんな翠星石が見てあげないといけないです。違いねーです。では、寝顔拝見…」
ジ「ぐー…くしっ」
翠「ほふう。寝顔だけは評価してやらんこともないですのに…で、布団かぶってるくせにさっきから何で寒そうな…あ、そーいや今朝毛布にコーヒーこぼしたとか言ってましたね。そのせいですか」
ジ「うぅ…」
翠「…オメーがカゼひくと夕飯が雑炊かお粥になっちまうので、翠星石は仕方なく助けてやるのですよ。崇め敬え奉れですぅ」
翠「さて、毛布は確かここに…げ、一枚も無いとは…まあここにあればジュンが自分で持ってくですよね…うーん、じゃああんかとか…無いですね」
翠「さて、どうしたものか…もうみんな寝ちまいましたから翠星石が何とか…部屋の暖房つけたまま寝かすわけにも…となると使えるのは翠星石の毛布ですけど…」
ジ「ぐず…」
翠「…これをオメーにかけると翠星石のが無くなるですよ。だから…その、これは翠星石の毛布ですから、翠星石も使う権利があるんです。よって、つまり、しからば…」
ジ「すー…んんん…おうー」
翠「…夢でも見てるですかね。じゃあ、翠星石にも夢を見させてください」
翠「うぅ~、寒い、寒いですねぇ」ヌクヌク
蒼「……もうすぐ3月だよ、そろそろこたつしまっても……」
翠「なぁっ!お前は寒さを感じないのですか!?毎年毎年そうやって翠星石からぬくもりを奪い取ろうと…
去年の屈辱は忘れないですよ、ある日突然拉致された可愛そうなおこた…」
蒼「あのねぇ…あれはもう3月末だったでしょ…ほっておくと、君は4月になってもこたつだしっぱなんだから…」
翠「う…だ、だって、4月になってもまだ時々寒いんですよ。それにいまはまだ2月ですぅ!」
蒼「いいけどさ。でも3月になったらしまうからね」
翠「お、鬼ぃ、悪魔!とうへんぼく!!」
蒼「とうへんぼくって……。それにそんなにゴロゴロ自堕落な生活してたら、ジュンくんに嫌われちゃうよ」
翠「あ……じゅ、ジュンは関係ないです!け、けどまぁ、たしかにアレにバカにされるのも嫌ですし、そろそろこたつも休ませてやるですかね…」
蒼「やれやれ……」
翠「こぉらー!!土曜日だからってお天道様が沈む前から寝っこけてんじゃねーです!!そんなだらけた人間には翠星石が活をくれてやるですからそこに並びやがれですぅ!!うおらー!!根性ー!!」
翠「ぉあー…こんひょー…んがー…」
ジ「なあ、コイツはコタツで寝ながら何言ってんだ?」
蒼「さあ?でも夢の中でもジュン君に説教してるのかもしれないね」
ジ「やれやれ…ご苦労なこった」
蒼「ふふっ、本当にね」
翠「あ~!遅刻ですぅ~!!蒼星石なんでこんな日に限って委員会があるんですかぁ~…」
そう愚痴をこぼしながら走る翠星石。どうやら彼女は寝坊したようだ。おまけにいつも起こしてくれる妹は委員会で朝から学校に行っている。
するとそこに朝からうるさい排気音が聞こえてきた
ブルルロロロ キキー
ジュン「あれ?何してんだ翠星石?もしかして寝坊か?HAHAHAお前は蒼星石がいないと本当にダメだ…グェ!!」ドンガラガッション
翠「うっせぇです!!このチビ人間!!バイクで通学なんてふてぇ野郎ですね!」
ジュン「お前ぇ!バイクが倒れただろぉぉ!蹴るなよぉぉぉ!高かったのに…」
朝からバイクで通学しているメガネ野郎ジュン、彼は翠星石の想い人であった。
翠「ちょうどいいです、さっさと後ろに乗せるです!このままじゃ遅刻しちまうですぅ」
ジュン「げっ!本当だ…ほら早く乗れよ」
そう言ってシート下からヘルメットを投げ渡す
翠「投げるなですぅ!じゃあ出発ですぅ!」
数分後、学校に着きバイクを教師に見つからないような所に停め、翠星石が降りる
翠「ふぃー、たまにはこんな通学もいいですねぇ…―!!」
翠星石が何か閃いた様に言う
翠「そうです、チビ人間!今度から翠星石が寝坊したら送るです!」
ジュン「えっ?……別に送るのは良いけどな、そんないつ起こるか分かんないのに」
翠「そ、それなら翠星石のメアドと電話番号教えるから頼むです!!!」
最後には声が大きくなってしまいジュンは少し怯んだ
ジュン「お、おう…それなら放課後に教えてくれ、このままじゃ遅刻する」
翠「わ、分かったです、ならまた後で会うです、じゃあな!ですぅ」
そう言って足早に駆けて行った
同じクラスメートの雛苺によるとその日の翠星石は一日中にやけてたらしい…
終わり