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新聞に写真付きで載ってしまいはしたけれど……
それでも一応、髪の毛の中に犬耳は隠しながら、真紅は教室のドアに手をかけました。

すぅ、と息を吸い込み、覚悟を決め……それから、いつもと同じように、教室のドアを開けます。
「……お…おはよう…… 」
ちょっと緊張しているせいで、声が震えてしまっています。
それでも真紅は、いつもとあまり変わらない日常を始めようとします。

ですが、ドアを開くと同時に……
「ぅぉぉぉおおおおお!!」と雄叫びを上げながら、クラスの男子生徒たちが押し寄せてきたのです。

「! 触るな! 」
真紅は咄嗟に身をかわし、首を振って……髪の毛をムチの如くに駆使し、男子生徒たちを迎撃します。

男子生徒は、ピシパシ叩かれ地面に倒れていきます。
ですが……

真紅の頭の上では、髪の毛での攻撃の勢いで犬耳がぴょっこり顔を出してしまっていました。

男子生徒たちは叩かれた自分の体を……ほんのり赤くなった箇所を撫でながら……
犬耳真紅に向け、愛しむような生暖かい視線を、うっとりとした、絡みつくような眼差しが……!

変態だ!
真紅は本能の声に従い、勢い良くドアを閉めます。

これを数回繰り返す内に、やがて授業が始まるチャイムが聞こえてきました。




     ◇ ◇ ◇  け も み み ☆ も ー ど !  ◇ ◇ ◇ 




自分の頭上に集中している視線を感じながら、真紅は居心地悪く授業を受けます。

ときおり、犬耳がピクっと動いては……男子生徒たちが「おぉ…!」と、どよめきます。
真紅は何だか恥ずかしいやら情けないやらで、顔を真っ赤にしちゃいました。


と、いつもとはちょっと違うけれど、
それでも、とりあえずは平和な時間が流れる学校から離れた場所で……



病院の硬質な廊下を、靴音を鳴らしながら歩く銀髪の少女が居ました。

彼女はとある病室の扉に手を伸ばし……そこで動きが止まります。
廊下の向こう側から、看護師の声が聞こえたからです。

「……体力…少しは回復……手術……可能なのに…… 」
「……ほんと、……ちゃんも……何とか…生きる気力…… 」
小声で囁きあってるため、ハッキリとは聞こえません。
ですが、彼女にとって看護師たちの会話の内容は、誰に言われなくとも既に知っている事でもありました。

銀髪の少女は鼻先で小さく笑い、それから病室の扉を開けます。
病室の中では同じ年頃の少女が、つまらなさそうに窓の外を眺めている所でした。

「水銀燈、わざわざ今日も来てくれたの? 」
少女は振り返ると、喜びを隠さない笑顔を銀髪の少女に向けます。

「さぁ?……今日こそは死んでると思ったんだけど……案外、しぶといわねぇ? 」
水銀燈は口先でこそ悪態をついてますが……その表情は、どこか寂しそうで……どこか満ち足りたものでした。
 
水銀燈は、病室のテーブルに置かれていた林檎を一つ掴み、
いつもと同じようにクールな表情を心がけながら、ベットの横に置かれた椅子に腰掛けます。
そして、慣れた手つきで林檎の皮を剥くと小さく切ったそれをベットで上体を起こしている少女に渡しました。

「ありがと。やっぱり水銀燈は優しいのね 」
少女は礼を言い、林檎を口へと運びます。
「……別に……私が食べたかったからで…… 」
水銀燈は、何だかバツの悪そうな顔をしながら、林檎をモグモグと食べ始めて言葉を濁します。

何だか楽しそうに自分の横顔を見つめる少女の視線を感じながら……
水銀燈が考えることは、一つでした。


――― どうすれば、この子に……めぐに『生きる希望』を与えられるか


長い入院生活のせいで、めぐの欲は、まるで仙人みたいに無くなっていました。
美味しい食べ物も、旅行の想像も、テレビも、本も……どれも、めぐの心には響きません。

唯一、そんな彼女の心に届く存在は……水銀燈だけでした。

その水銀燈は、考えます。

「私と一緒に末永く過ごす為に、手術を受けなさい」とでも言ってやれば……
すぐにでもめぐも手術を受けてくれるだろうけれど……そんな告白まがいな事を言うのは、恥ずかしすぎます。
口が裂けても言えません。

つまり、水銀燈が考える事は……
『どうすれば、めぐが自分から手術を受けたいと思うようになるか』という事でした。
 

水銀燈とめぐは、小さな病室の中でのんびり景色を眺めたり、何という事も無い話をします。

時折訪れる話の合間の空白の時間……
水銀燈はめぐの顔をじっと見ている自分に気が付いて、恥ずかしくて死にかけます。
めぐはめぐで、時々、ほんのちょっとですが、本当に死にかけます。

そして……
めぐの四度目の吐血が落ち着いてから……水銀燈は、時計に視線を向けました。

そろそろ頃合だろう。
そう判断すると、水銀燈は椅子から立ち上がり、視線を泳がせながら口を開きます。
「……これ以上こんな辛気臭い部屋に居ると、こっちまで滅入っちゃうから……もう帰るわぁ 」

それから病室の扉へと進み、そして何かを思い出したように振り返りました。
「そうそう、今思い出したけど……次に来る時は……ふふ……きっと驚くわよぉ……? 」
ニヤリと笑みを浮べながら、意味深な事を言うと、水銀燈は病室から出て行きました。

……本当は、何も思い出していません。
むしろ、最後の一言を言う為だけに、水銀燈は学校をサボってめぐに会いに来ていたのです。


… … …
… …


病院の廊下の壁にもたれ掛かりながら、水銀燈は一枚の新聞の切れ端をポケットから出しました。
そこには、火災現場から駆け出すクラスメイトの姿と……その頭に見えるのは、可愛らしい犬耳。

もし私が……こんな可愛いモノを付けてた日には……めぐは間違いなく、大興奮して手術だって受けるだろう。
想像するだけでも、水銀燈の胸は高鳴ります。
 

水銀燈はもう一度時間を確認し……
予定通り下校時刻が近いことを見て取ると、不敵な笑みを浮べながら歩き出しました………



―※―※―※―※―



ソファーに座りながら眼帯を付けた少女 ――薔薇水晶は、難しい顔をしていました。

窓から見える景色は『失せ物・探し人・浮気調査』の文字で遮られており開放感なんてありません。
俗に言う探偵事務所という所に初めて来た薔薇水晶にとっては……座り心地の良いソファーだけが救いでした。

ですが……薔薇水晶の難しい表情の理由は、それだけではありません。

向かいに座った、探偵事務所の所長を名乗る女の人。
その年齢が……自分と大差無いようにしか見えないのです。

こんなに若くて、大丈夫なの……と、薔薇水晶は心の中で疑問を投げかけます。

そしてそれは……決して言葉にはしていませんし、表情にさえ出していなかったつもりなのですが……
「ふふふ……皆さん、そうおっしゃいますわ。こんな小娘でいいのか、と…… 」
目の前に座る女性は、柔らかな笑みを浮べながら答えました。

「ですが……あなたも、この雪華綺晶の噂を聞いてここまできたのでしょう? 」
女性は、そう言いながら、ゆっくりと優雅な動きでソファーに腰掛けたまま足を組みます。

それを見た瞬間……薔薇水晶は全身に雷が落ちたような衝撃を感じました。

足を組んだ瞬間の雪華綺晶……見えそうで、それでいて、見えない。
しかし……いや、しかも……そのふとももは、もぎたての果実を彷彿させるようなみずみずしい張りがある!

これだ。このふとももなら間違いない。

薔薇水晶はそう心に決めると、用意していた写真を雪華綺晶の前に出します。
そこには、嫌味な笑みを浮べた、眼鏡をかけた男が映っていました。

「……彼は白崎……お父様の研究を……盗んで逃げた…… 」

薔薇水晶は、言葉数少なく、それでも依頼について話を始めます。


父親の研究を、この白崎という男に奪われた事。
白崎は、その研究を売りながら逃走している事。
そしてその研究の成果は、まだ公には明かしたくない事。


「なるほど…… 」
雪華綺晶は呟きながら、白崎の写真を手に取ります。
そして……その写真の下に隠れていたもう一つの物を見て……妖しげな光を瞳に宿し始めました。

薔薇水晶は、そんな雪華綺晶には気付かずに話を続けます。

「……画質が悪いから……断言は出来ないけど……これもきっと……白崎が売った研究の一部…… 」
そう言い、新聞の切れ端を……例の如く、犬耳真紅が映った写真を指しました。
 
薔薇水晶の言葉を聞きながら、雪華綺晶は目を輝かせ……
白崎の写真を興味なさげに捨てると、犬耳真紅の写真に顔を近づけます。

「……偶然は必然で、必然は運命なら………この子は私に捕らわれる可哀想な運命…… 」

突然のデンパ全開な呟きに、薔薇水晶はちょっと引きました。
お陰で、ふとももを眺めて気分を落ち着かせるまで依頼の話が出来なくなってしまいます。

ともあれ。
微妙な空気が流れ出したきらきー探偵事務所でしたが……雪華綺晶が立ち上がると同時に、元の流れに戻ります。

「この制服なら、近くの学校でしょうし……さっそく『お父様の研究』とやらを取り戻しに行きましょうか 」



―※―※―※―※―



「そっちはどうだったの? 」
今では隠す必要も感じられなくなった犬耳をピコピコ動かしながら、帰宅中の真紅は翠星石たちと話していました。

「うーん……何だか、いままで一生懸命隠してたのが馬鹿みたいだったよ…… 」
すっかり気の抜けた感じの蒼星石が、猫耳をくるくるとさせます。

「ジロジロ見られて気分は悪いですが……ま、それ位ですね 」
むしろ清々した表情で、翠星石は自分のふわふわ尻尾をつつきます。

NASAやFBIやKGBやらの襲撃を予想していた彼女達にとって……
むしろ(主に男子生徒に、でしたが)歓迎されるという結果は意外すぎるものでした。

「……実害が無いと分かった事だし、急いで外し方を調べる必要は無くなったにせよ……流石にコレはね…… 」
何だか釈然としない表情で、真紅は頭の上でむしろ誇らしげにピンとしている犬耳を引っ張ります。

やっぱり、どんなに引っ張っても取れませんし、むしろ痛いです。

それでも……当面の心配事が消えたせいもあるのでしょう。
真紅たちは久々に、心から笑顔で表を歩ける幸せというものを実感していました。


と……
もう少しで翠星石の家に着くという時に……

「待ちくたびれたわぁ……随分と遅かったじゃない…真紅…… 」
真紅のクラスメイトである水銀燈が、三人の目の前に立ちふさがりました。

「水銀燈、あなた……今日も学校を休んで……こんな所で何をしているの 」
真紅の目は途端に鋭くなります。
彼女は水銀燈が嫌いでした。
だって……いっつも学校をサボって、その理由もちゃんと言わないから。

寒空の下で険悪なムードが広がり、冷たい風が肌を刺すように吹き始めます。

一触即発の、張り詰めた空気が広がる中……最初に動いたのは真紅…の犬耳でした。

背後から、明確な意思を持ってこちらに近づく足音。

まさか、ついにNASAが!?それとも……友達が少なそうな水銀燈が、友達を呼んだというの!?
かなり酷い事を何の悪意も無く考えながら真紅は振り返ります。
何が酷いって、水銀燈にとって友達と呼べそうな人は一人(しかも病人)しか居ない事です。

まあ、そんな真紅が振り返り、見た先には……
眼帯を付けた少女と、もう一人……異様な雰囲気に身を包んだ、片目に薔薇の飾りを付けた女性が。


謎の眼帯二人組みは、真紅たちの退路を塞ぐように立ちはだかります。
正面には、不敵な笑みを浮べ始めた水銀燈。
頭の上では、のんきに風に揺れる犬耳。


「夕飯までには帰れるかしらね…… 」

真紅はこれから起こるであろう事を想像し……ため息を付きながら呟きました。 





   
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