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隣から届く衣擦れが、うるさい。
もうかなり長い時間、眠りを妨げられ続けて、翠星石は苛ついていた。
いい加減、ガマンの限界。
寝返りを打った彼女は、他の娘たちに気づかいながら、騒音の主に囁きかけた。
 
 「さっきっから、うるせーですよ! おバカ苺」
 
おとなしく寝てやがれってんです。
毒突いた言葉に、控えめな声が返される。
 
 「うゆ……ごめんなさい。ヒナ、枕とか環境が変わると眠れないの」
 「ウソ吐くんじゃねーです。新幹線の中では、ずっと昼寝してたくせに」
 
今日は修学旅行の初日。2泊3日の日程だ。
同室に泊まる他の2人――薔薇水晶と真紅は、旅の疲れもあってか静かな寝息を立てている。
眠っていないのは、翠星石と雛苺だけだ。
初っ端からして、こんなことでは、明日の夜も思いやられた。
 
 「翠星石ぃ~。なにか、お話してなのぉ」
 「はぁ? おめーは赤ちゃんですか、まったく……」
 「でもでも、このまんまじゃ眠れないのよー」
 
それも困りモノだ。これ以上、安眠妨害されては、明日に障る。
美容のためにも、よくない。
 
 「……しゃーねぇです。じゃあ、ちょっとだけですよ」
 「ホントに?」
 「よぉ~く聞きやがれです。これは、まだ昭和と呼ばれてた時代の話ですぅ……」
 
寝静まる夜の世界に、翠星石の語りが、ひそやかに響き始めた。
 
 
  ~  ~  ~
 
 
――まただ。
 
勉強の手を止めて、蒼星石(仮名)は、耳を澄ませた。
閉じた窓と、厚手のカーテンに遮られることなく、清涼な音が響いてくる。
 
鐘の音だった。寺社にあるような、大きな鐘のものではない。
都会では、めっきり見なくなった、火の見櫓に据え付けられた半鐘の音色だ。
それが、ここのところ毎晩……日付が変わる頃になると、聞こえてくる。
 
 
  カーン  カーン  カーン
 
 
なにを報せようと言うのか。か細く、規則的に鳴らされている。
年末ともなると火を扱うことが多くなるし、『火の用心』だろうか。
でも、それなら拍子木だよね? なんて疑問を引きずりつつ、参考書に眼を戻す。
 
 
  カーン  カーン  カーン
 
 
普段ならば、もう鳴り止んでいるのだが、今夜はまだ続いている。
いつまで鳴らしてるんだろう。周囲から、苦情とかこないのかな。
気になりだすと、勉強が疎かになる。眼で文字は追うものの、頭に入ってこない。
シャープペンシルを持つ手は、鐘の音を耳にしてから、止まったままだった。
 
「近く……なのかな」
独りごちて、あれ? と首を捻った。「近所に、火の見櫓なんて、あったっけ?」
 
子供の頃から暮らしてきた、この町。
訊ねられても、大抵のことは答えられると、蒼星石は自負していた。
それなのに……
 
 「なんでだろう。気になって仕方がない」
 
蒼星石は、空色のパジャマの上に通学で使っているコートを羽織り、部屋を出た。
祖父母は、もう就寝しているので、姉に「コンビニに行ってくる」とだけ告げて。
 
 
 
外に出ると、鐘の音は、より聞き取りやすくなった。
どこか頼りなく、寂しげで、哀しそうに。蒼星石を誘っているかのようだ。
意を決して、蒼星石は歩きだした。
 
夜の静寂に包まれると、意外に自分が騒音を生んでいることに、気づかされた。
靴音。衣擦れ。弾む吐息。そして、ときどき不可抗力で放ってしまう、クシャミ。
周囲には、灯りの消えきった家も多い。静かに……静かに……。
 
 
鐘の音に導かれて、近づくほどに、蒼星石は考える。
こんなに喧しいのに、どうして、誰にも文句を言われないんだろう。
 
程なく、蒼星石は神社へと辿り着いた。
鳥居の向こうに広がる境内は、昼間なら、子供にとって格好の遊び場だ。
しかし、真夜中ともなると、街灯の明かりも届かない不気味な空間である。
 
 
  カーン  カーン  カーン
 
 
蒼星石を焚き付けるように、鐘が鳴る。呼び寄せている。
意を決して、蒼星石は鳥居を潜った。誰かが居るのは、間違いない。
途中、一応の備えに、手頃な木の棒も拾っておく。
そして……
 
檜林に抱かれるようにして、それは夜空に聳えていた。
錆びた茶褐色の鉄塔。うら寂しい鐘の音は、その上から降ってくる。
振り仰ぐと、木陰に、白っぽい人影が見え隠れしていた。
 
 「ねえ。……ねえったら!」
 
鐘の音に負けじと、やや声を大きくする蒼星石。
すると、鐘はピタリと鳴り止んだ。
 
 「居るんでしょ? 誰なのかは知らないけど、そろそろ止めてくれないかな」
 
ことり、ことり――
蒼星石の声に応じるように、靴音が、金属製の梯子を踏んで、降りてくる。
それはすぐに、美しい少女の姿となって、蒼星石の前に現れた。
 
 「聞こえたのですね? 聴いて、来てくれたのですね?」
 
透けるような色白で、髪まで真っ白な少女は、たおやかに微笑んで訊ねてくる。
蒼星石は、少女の右眼を覆い隠す白薔薇に気圧されながらも、頷いて見せた。
少女も、満足そうに頷く。年の頃は、蒼星石とあまり変わらない感じだ。
 
 「ずっと願っていました。貴女だけに届けと願いながら、鳴らしていました」
 「ボク……だけに? どうしてさ」
 
その問いに、答えは返されない。
白い少女は、作りものの――人形の如き笑みを満面に貼りつかせ、にじり寄ってくる。
蒼星石は、堪えきれずに後ずさった。
 
 「な、なに?」
 「つれないヒト――」
 「え?」
 「でも……そこがまた愛おしい」
 
なにを言っているのか解らない。
訳の分からないまま、蒼星石は、白い少女に絡みつかれていた。
そして、じりじりと締め上げられる。
 
 「やっ! 苦し……い。やめて!」
 「忘れたのなら、思い出させてあげましょう」
 「な、なに――んぅっ?!」
 
冷たい唇で塞がれる、温かい唇。
白い少女は、見た目に反して膂力が強いらしく、蒼星石を押してくる。
踏ん張る彼女の足は枯葉で滑り、虚しく宙を切った。
 
 「さあ、参りましょう」
 
耳元で囁かれた直後、蒼星石の身体は、ふわりと浮いていた。
空へと浮き上がったのではない。落ち葉を掃き集める穴へと、落ちたのだ。
落下の衝撃は、厚い落ち葉の層がクッションとなって受け止められた。
しかし、今度はそれが、絡み合う2人を呑み込んでゆく。
 
 「いやっ! た、助けて!」
 「誰も来ませんわよ。誰にも、邪魔はさせない」
 
くくっ……と含み笑った少女は、なおも騒ごうとする蒼星石の口を、唇で塞いだ。
沈んでゆく。もがけば、もがくほど。
底なし沼のように、どこまでも……どこまでも……。
 
もうダメ……蒼星石が死を覚悟した、そのとき。
「破ァ――っ!」と、暗い境内に、男性の叫び声が響いた。
すると、白い少女は雷にでも打たれたかのように、青白い光を放って消滅した。
訳が分からず、呆然としていた蒼星石は、何者かの腕に引っ張り起こされた。
 
 「危ないところだったな」
 「え? あ、あ……ありがとう……ございます」
 
話しかけられ、我に返ったものの、返事はしどろもどろ。
そんな蒼星石を労るように、男性が白い歯を見せて笑う。
夜の暗さもあって判然としないが、どうやら、メガネをかけた青年のようだった。
 
 「あのままだと、取り殺されてたぞ」
 「……あ、はい。あの……あなたは、一体――」
 「僕かい?」
 
青年は一拍の間を置いて、答えた。
「その筋では、神社生まれのJさんって呼ばれてる。じゃ、またな」
 
気をつけて帰れよ。そう言うと、彼は颯爽と去っていった。
その後ろ姿に浮かぶのは、『GIN☆GER』の粋なアップリケ。
まさしくショウガの如く、ピリリとスパイスの効いたナイスガイだ。
若い頬を熱くさせて見送りながら、蒼星石は思った。
 
神社生まれって、スゴイ!
 
 
  ~  ~  ~ 
 
 
 「――という話ですぅ。お、静かになったですね。しめしめ……」
 
さすがに眠ったのだろう。布団を被った雛苺のシルエットは、おとなしいままだ。
これで、やっと眠れると翠星石が仰向けになった、まさにそのとき!
 
 「ぐぇぁっ?!」
 
いきなり布団にのし掛かられて、翠星石は呻いた。
なにごとかと、携帯電話のライトで照らして見れば、間近に雛苺の顔が。
 
 「ひぃっ?! な、なにするです」
 「ここ、怖いのぉ~」
 「お、おバカ……なに涙目になってるですか。あんな作り話で」
 「作り話でも怖いぃ。うぅ……一緒に寝てもいーい?」
 「や、やですよっ! えぇい、面倒くせぇです。
  こうなったら、ムリヤリにでも寝かしつけてやるですー」
 
翠星石は、雛苺の首に腕を回して、落としにかかった。
雛苺が、ばたばたと手足を振って暴れる。
そして気づけば、叩き起こされた同室の娘たちの、恨みがましい眼差しが……。
 
 
結局、その部屋に泊まった4人は、そのまま起床時間を迎えた。
寝不足のあまり、バスでの移動中に爆睡してしまい、またも夜に眠れなくなる悪循環。
2日目の夜は、4人で真冬の怪談特集となった。
 
しんしんと冷え込む夜の静寂を、響きわたる悲鳴が、幾度となく破ったという。
 
 
  これにて〆
 

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