MISSION4――狩人と狩人――

 

 扉の向こうは広いサンルームになっていて、壁際に放置されて枯れきった植物達が幾つものプランターに植えられていた。
 ガラス張りの天井には豪雨が降りつけて雷が鳴っているのが見える。
 その向こうには扉があり、翠星石はそこへ向かって行った。
『か~しらしらしら! さっきは演奏を聴いてくれてありがとうかしら~!』
 扉に手をかけようとした瞬間部屋に結界が貼られ、金糸雀の不愉快な声がまた聞こえて来た。
 翠星石は如雨露を構え、部屋の宙を見据える。
『そのお礼といっては何だけど、ビックリ箱をプレゼントするかしら!』
 その瞬間に部屋の四方の空間が歪み、そこから何か金属の箱のような物が音を立てて落ちてきた。
『遠慮せず受け取って欲しいかしら! だってもう、カナとあなたは姉妹も同然かしら~! か~しらしらしら~!』
 刹那、ジャラリと音がして両サイドから何かが伸びてきて翠星石の腕へと絡み付いた。
 鎖、それを理解したと同時にその方向から何かが猛スピードで飛んできた。
 咄嗟に後ろへ跳びそこを離れると、轟音がして目の前で左右から飛んできた鉄の箱同士がぶつかってその場に倒れた。
 その隙に鎖から離れたが、それはすぐに自分で立ち上がり体を開いて翠星石の方を向く。
「ビックリ箱ね…センスの無さにビックリですよ」
 その箱は血でどす黒く染まった拷問器具――アイアンメイデン――で、体の中は血濡れの針が無数に生えている。
 アイアンメイデンは鎖をまるで触手のように自由自在に動かし、それを翠星石目掛けて振るってくる。
 翠星石はそれを避け、スィドリームで撃ち落していく。
 部屋にいるのは四体…この鎖が厄介だ。その鎖攻撃に加えて針を剥き出しにした突進攻撃。
 それを避けるので手一杯で、銃による微小なダメージしか与えられない。
(チッ…意外と素早いですね…)
 四体それぞれの鎖と突進攻撃で隙がなかなか出来ない。

 

 そう避け回っていると後ろから鎖が伸びてきて腕を絡め取られてしまった。
 そしてそのまま引っ張られ、体が宙に浮く。
「やばい…!」
 鎖の先は体を開き、針を剥き出しにしたアイアンメイデン。
 恐らくあの中に翠星石を閉じ込め、そのまま体を閉じ針で穴だらけにするつもりだろう。
 冗談じゃない、翠星石は空中で体勢を整え、体に入れられる寸前で足を開きアイアンメイデンの体の縁に足を掛けた。
 それで何とか体に入れられるのを防ぎ、その隙に如雨露で腕の鎖を断ち切った。
「調子乗ってんじゃねーです、このデク人形が!!」
 如雨露を構え、一気にアイアンメイデンへと駆け出した。
 そのまま如雨露をアイアンメイデンに突き刺し、穴が開いて脆くなった部分目掛けて二丁の拳銃で撃ちまくる。
 脆くなった箇所ヘ更に銃弾が穴を開け、ヒビが入っていく。
「ほらっ!」
 トドメに如雨露を一気に薙ぎ、アイアンメイデンの全体にヒビが入っていきついにそれは完全に崩れ落ちた。
 ようやく一体撃破。翠星石は二丁の拳銃を残りの三体に向けて構える。
「お前らも鉄くずにしてやるから、覚悟するんですね!」
 拳銃を構える翠星石に二体のアイアンメイデンが同時に鎖を伸ばしてきた。
 それを紙一重でかわし駆け出していくと、その内の一体を踏みつけて宙高くへ飛び上がり、離れた場所にいた一体に銃を向ける。
 そして引き金を空中で尋常じゃない速度で引きまくり、鉛の雨が降り注ぎ体に穴を開けていった。
 トドメに落ちる勢いを生かした如雨露の振り下ろし攻撃が決まり、その一体も完全に砕け散って鉄くずと化す。
 翠星石は息を整えると残り二体へと向き、このまま一気にけりを付けようと如雨露を構えなおす。

 

 それから数分経った頃には部屋は鉄くずが部屋に散らばり、少し息の乱れた翠星石だけが立っていた。
「っち…無駄に固いから嫌になるですよ…」
 たとえ悪魔の力を得た如雨露だとしても、鉄で作られたアイアンメイデンを砕くのには少し骨が折れた。
 戦闘中は力任せに戦っていて何とも感じなかったが、如雨露を腰に戻すと力を込めすぎた手が痺れている。
『か~しらしらしら~! ビックリしてもらえたかしら?』
 手の痺れを治そうと手を振っているとあの不愉快な声がまた聞こえて来た。
 もう軽口を言う気も起きず、宙を見据える。
『そうそう。さっき言い忘れてたけどあなたの可愛い可愛い妹ちゃんは、この先の礼拝堂で待ってるみたいかしら!』
「礼拝堂…」
『早く行ってあげたほうが良いんじゃないかしら? 怒らせたら、メタメタに切り刻まれちゃうかしら~! か~しらしらしら~!』
 相変わらずの笑い声と共に部屋の結界は消え、扉が自動ドアのように勝手に開かれた。
 さっさと先に行け、という事だろうか。
「…だからそれだけさっさと言えばいいんですよ、お喋り女が」
 たとえ強敵が待ち受けていたとしても、逃げ出すわけには行かない。
 この一年何をしていたのか、これから何をしようとしているのか聞き出し、そして自分をこんな目に合わせた罰を与えるまでは。

 

―※―※―※―※―

 

 そこから先にもゴーレムが待ち受けていたが、その数はこれまでよりも明らかに増えている。
「邪魔臭いんですよザコがっ!!」
 苛立ちの篭った一振りで複数のゴーレムが土に還されたが、それでもまだ十数体はいる。
 狭い通路にこれだけの敵。はっきり言ってキリが無く見える。
「…よっぽど私に死んでもらいたいと見えるですね…あのイカれ薔薇女と蒼星石は」
 ウンザリしたところであの二人を思い出し、怒りにより闘志に火が点き如雨露を握る手に力が篭る。
 こんな所で死んでたまるか、如雨露とスィドリームを構えてゴーレム達を睨みつける。
「お前達ザコに殺されるのはプライドが許さねぇんですよ! もっと上の奴呼んで来るんですね!」
 スィドリームを乱射し、如雨露でゴーレム達を斬り捨てていく。
 怒りが疲労を覆いつくし、疲れなど麻痺にして分からなくなっていた。

 

 ゴーレムを殲滅し、通路を出ると中庭の吹き抜け二階に繋がっていた。
 その下から銃声が聞こえ、見ると雨の中一人の女性が悪魔相手に挑んでいるのに気が付いた。
「あれは…」

 

「…鬱陶しい…!」
 中庭に待ち受けていた新種の悪魔…いや、植物相手に薔薇水晶は剣を振るっていた。
 まるでムチのようにツタを動かし、執拗に攻撃を仕掛けてくる大顎を持った巨大な花――トレント――。
 既に何体かは倒したがまだ数体残っている。
 少し息を整え、更に追撃しようと剣を振り被った。
 だがその瞬間、後ろから伸びて来たツタに薔薇水晶の剣が絡め取られてしまった。
「しまった…!」
 剣を奪われた事に動揺して大きな隙が出来てしまい、背中のショットガンに手を伸ばしたと同時に今度は足を絡め取られてしまった。
 そのまま宙に持ち上げられ、ショットガンも地面に落としてしまい状況は一気に悪化してしまい焦りが走る。
「…どうしよう…!」
 必死に宙でもがくが全くの無意味。武器を失った薔薇水晶に抵抗する手段は残されていない。
 どうしようもなくもがいているとツタがトレントに戻っていき、花の中央部にある大口に体が持っていかれてしまう。
 絶体絶命。このまま喰われるのかと、悔やんでも悔やみきれない思いでその大口を睨みつける。
 しかし、頭から食われようとしたところで幾つもの銃声が鳴り響き、ツタが千切れて地面に薔薇水晶は体を打ち付けられた。
「いった…」
「大丈夫ですか?」
 顔を上げると翠星石が硝煙を上げている銃を片手に持って手を伸ばしていた。
 いきなり現れた翠星石に呆気に取られていながら手を伸ばすと、翠星石は手を引っ張って薔薇水晶を立たせた。
「…怪我は…ないから…」
「そうですか。じゃあこんな所さっさとオサラバするですよ。ここはお前さんみたいなただの女の子が来るようなところじゃ…」

 

 翠星石が全てを言い切る前に薔薇水晶は落ちていたショットガンを拾い上げ、剣を掴んでいるツタ目掛けて撃ち放った。
 ツタは千切れ飛び、飛び上がって落ちる剣を再び取るとその勢いを生かして一気にトレントを真っ二つに切り裂いた。
 真っ二つに切り裂かれたトレントは悲鳴のようなものを上げて崩れ落ち、薔薇水晶は剣を鞘に戻していく。
「…誰がただの女の子…?」
「…前言撤回。いっちょ仕返しと行くですね!」
「…言われなくても…」
 薔薇水晶の実力を認め、翠星石も如雨露と銃を構えてトレント達に立ち向かう。
 伸びてくるツタを銃で撃ち落し、隙だらけになったトレントを如雨露で斬り捨てていく。
 翠星石は戦いながら薔薇水晶の戦いぶりを見ていたが、それは目を見張る物がある。
 翠星石が大降りで力任せに切り伏せていくのに対し、薔薇水晶は急所を的確に見抜いた隙の無い攻撃。
 翠星石とは対照的な戦い方だ。
「なかなかやるですねぇ! 気に入りましたよ!」
「…そっちこそ…」
「褒めてくれてありがとですよ!」
 戦いながら言葉を交わしていく二人。
 そしてすぐに残りは二体だけになり、二人はそれぞれそいつを切り捨てると武器を戻して一息吐いた。
「ふぅ、あんな花までいるなんてね。とんでもない屋敷ですねここは」
「…前は、あんなのいなかった…」
 ポツリと呟くような薔薇水晶の台詞に、翠星石はその方に体を向けた。
「…ここは…昔の私の家…」
「ここが? …そう言えばお前、あのイカれ女…雪華綺晶にそっくりですね…」
「…雪華綺晶は…私の双子の姉…」
「双子の姉?」

 

 苦々しく呟く薔薇水晶の台詞に一瞬目を見開いたが、見れば見るほどよく似ている。
 目も片目に薔薇の眼帯をつけていて、鏡写しのようだ。もっとも、その目は逆なのだが。
「……昔は、本当に優しい姉で…大好きだった…。…だけど…」
 薔薇水晶は握り拳に力を込め、表情を歪めて続けていく。
「…いつ頃か、黒魔術とか…悪魔とかにのめり込んでいって…そして二年前に…」
 右目から涙が溢れ出し、翠星石は何も言わずにそれを聞いていた。
「…悪魔の力を得ようとして…私と…お父さまお母さまを儀式の生贄に…!」
「そんな…家族を…」
「私はギリギリで逃げ出して命は助かった…。でも、左目を失い、お父さまとお母さまも…!」
 涙が幾つも頬を伝って地面に落ちていき、それを腕で拭い去ると毅然とした表情で剣を抜いた。
「…それ以来…私はあの女を殺す事だけを…目的に生きてきた…。そして、今日また儀式をやるということを耳にして戻ってきたの…」
「…お前も双子には苦労してるんですね。心情察するですよ」
 家族を奪われた者にしか分からない辛さを知る翠星石。
 翠星石はもう動かないトレントのツタを踏み潰し苦々しい表情を浮かべる。
「…あなたは…どうしてここに…」
「…私にも双子の妹がいるんですけどね、こいつが何考えてんのか分かんなくて、一年前出て行ったと思ったらパーティがあるからここに来いって」
「…双子の…妹…?」
「ええ。どうやら私の妹…蒼星石って言うんですけどね。そいつもこのパーティに一枚噛んでるみたいなんですよ」
「…そう…」
「姉として一年間何してたのか聞き出さなきゃならないし、場合によっちゃあお仕置きしてやらなきゃならんですからね」

 

 呆れたような溜息を吐き、雨を降らす雲を見上げる。
 翠星石は薔薇水晶と向かい合い、軽く笑みを浮かべた。
「双子に苦労したもの同士、頑張るですね。よろしく」
「…よろしく…」
 お互いに熱い握手をして笑みを浮かべる。ようやく仲間が出来たことが嬉しかった。
「…じゃあ、私は向こうに…頑張って…」
「あ、ちょっと待つですぅ」
 翠星石とは反対側の扉に向かおうとした薔薇水晶を呼び戻し、薔薇水晶は体をこちらに向けた。
「…何…?」
「礼拝堂はどっちですか?」
「…礼拝堂は…あの扉を行って、右に行くと螺旋階段があるから…そこのホールに…」
「サンキュ、助かったです。…それと、お前さんの名前は?」
「…薔薇水晶。あなたは…?」
「私ですか? …表向きは一流の美少女庭師、しかし実態は悪魔も泣かせる凄腕デビルハンター…翠星石」
「…デビルハンター…私と同じ…」
「じゃあ、お互いふざけたパーティを楽しむとしましょうか。頑張るんですよ!」
「そっちも…ね…」
 薔薇水晶に投げキッスをして別れを告げ、言われた扉の中に入っていく。
 中に入るとさっきまでのおちゃらけた表情は消え、真面目なそれに変わっていった。
「…さて…そろそろ再会出来そうですね。蒼星石」
 一年ぶりの再会に、翠星石は心を構える。
 これから起こるであろう、激戦に向けて。

 

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最終更新:2008年11月29日 22:49