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廃工場、東側地下室。

大きな機械の駆動音とストロボライトの強い光に照らされた頑強な部屋の中に3人の乙女が対峙していた。
唖然と前を見る水銀燈。それに冷ややかな視線を送る真紅。そして、2人の前に立ちはだかる、用心棒柿崎めぐ。
今、そのめぐは躍っていた。くるくると。ふわふわと。
「ふふっ♪ああ、こんな嬉しいことはないわ。そうでしょう?会いたくて会いたくて、こんな場所にまでやってきて。本当は私から会いに行きたかったよ?でもあの男に止められちゃって。
しかもこの部屋に来るのが水銀燈かは解らないって言われた時はどうしようかと思ったのに…貴女は来てくれたわ水銀燈。やっぱり私達は運命に結ばれているのよ!間違いないわ!!」
めぐは本当に嬉しそうに躍っていた。言葉だけでは足りなくて、行き場の無い感情を少しでも表現するように。
「ねぇ、水銀燈。ようやくまた私に会えたのよ?なのにそんなゴーグルは無粋でしょう?さあ、貴女の美しいお顔を私に拝ませて?」
水銀燈は言葉通りに外してみせた。ただそれはめぐに従ったワケではなく、もう目が光に慣れたため戦うにはむしろ邪魔になったからだ。そう判断できるくらいには、水銀燈は落ち着いていた。
外した途端、めぐは文字通り拝んでから再び驚喜乱舞した。それを見て、水銀燈の目にようやく知性の色が戻る。
「めぐ…アナタ、今度は何をしたの?」
めぐは踊りを中断し、笑顔のまま首を傾げた。
「前会った時はこの距離ではもう顔を判別出来ないくらいに視力が落ちていたハズよ。体だってボロボロで、まともに戦えなかったじゃない。それが、そんなにピンピンして…アナタ、何をされたの?」
「やだわ水銀燈。どうでもいいじゃないそんな事。こうしてまたアナタに会えた。私はそれこそが大事で、それだけが全てなのに。私、今、とっても幸せよ?」
めぐはまた踊り出す。その間で傍観していた真紅が口を開いた。
「まったく…これが初めてではないけれど、貴女には随分と個性的な知り合いが多いわね」
「…同情の言葉痛み入るわぁ。でもね真紅。これからどうあっても戦わなくてはならないんでしょうけど、めぐは私のトラウマ以上に危険な相手よ。注意なさい」
真紅はじっと耳を傾ける。接近戦を常とする真紅にとって、相手の情報はそのまま武器となると同時に命取りにもなる。
「具体的な戦闘形式は?」
「“掴んで投げる”。それだけよ」
「は?」
思わずめぐから目を逸らして訪ねてしまった。だが、水銀燈は緊張を強く出した表情のままで、前を向きながら答える。
「時間がないから例を示すわね。昔私がめぐに足首を掴まれて投げられた時、一度に5本骨が折れたわ。ブロック塀をぶつけられた時は、あと30分処置が遅れてたら死んでいたと医者が言っていたっけね」
「………」
「貴女を過小評価するワケじゃないけれど…まず、掴まれたら終わりだと思っておきなさい」
真紅は溜め息をついた。ガンマンとはいえ、接近戦だってそつなくこなす水銀燈を文字通り振り回してきた相手に、接近戦をしながら掴まれるなとは骨が折れそうだ。…いや、掴まれたら折られるのだろうが。
また、このやたら物が散らかった部屋にも納得がいった。確かに皆、掴んで投げるに申し分ないものばかり。つまりこれら全てがあのめぐの武器となる。
照明がこれだけしっかりしてるのも簡単に壊されない配慮かもしれない。きっとよく暴れるのだろう…と、視線を上げたところで目が合った。めぐは、踊りを辞めてこちらを見ていた。その目は、怒りに燃えていた。
「…誰?その女」
その声は、氷のように冷え切っていた。
「…私のチームのメンバーよ。チームを組んでいると話したでしょう。その1人というだけよ」
水銀燈は冷静を装ったつもりだったができたかどうかは解らなかった。めぐの襲撃を受た時は1人でいるのが殆どであったため、こういった状況は長い付き合いの中で殆ど初めてと言っていい。まさか、これほど嫉妬深いとは。
「そ。ならいいわ。どうでもいいし。私は水銀燈が居ればいいもの。…だから、やっぱり邪魔よね」
めぐが懐に手を入れる。同時にすぐさま2人は身構えた。だが出てきたのは、プラスチックのボトルが1つ。
「ちょっと待っててね水銀燈。もうすぐ…遊べるわ」
ボトルの蓋を開ける。それを傾けると、中に入っていた錠剤を口に“流し込み始めた”。
ガラガラガラガラ、ボリバリボリバリ。
「…水銀燈、貴女もう少し知人は選んだ方がいいのだわ」
「…知ってる真紅ぅ?後悔ってね、先には立たないものなのよ」
怪我だ何だと言っていたから、基本的には病弱なのだろう。きっとあの薬も、遠目から見るに麻薬類ではなくもっと体に直接的なモノのはずだ。用法、用量は悲しいほど守られてはないが。
ただ真紅には何故今水銀燈が撃たないのかが気になった。先程まではいいとして、今なら絶好のチャンスなのに。いや、それよりまず、
「ねえ水銀燈。どうして今まであの娘をほっておいたの?何度も殺されかけたのでしょう?排除するくらい出来たでしょうに」
今は不殺を掲げているが、昔の水銀燈はそれこそ撃ちまくっていたのだから、小娘1人どうということはなかっただろう。第一そこまで危害を加えられれば一般思考でも正当防衛や不可抗力となりそうなものなのに。
そんな真紅の考えをよそに、水銀燈は気乗りしなさそうな表情で、ボソッと呟いた。
「…実はね…めぐに最初に近づいたの、私からなのよ」
「………まあ」
水銀燈はさらに憂鬱そうに続ける。
「あの頃は…そう、あの頃の私はどうかしてたのよ…なんと言うか、人恋しくなっちゃって…ちょっとした怪我で行った病院でたまたま入院中のめぐを見付けたら…その、声かけちゃってたのよ…」
「…それで?」
「…で、それから…私、めぐの病室に通うようになって…色々話して…そしたらどんどん体調が良くなって…2人で外で会うようにもなったわぁ…」
デートしたのね、という合いの手を真紅は丁重に自重した。
「本当…色々あったわねぇ…でも私は追われる身だったからそろそろ町を移動しなくちゃならなくなって…そしたら…」
「一緒について来た?」
「いいえ、足の骨を折られたわ」
懐かしいわねぇ、と遠い目をする水銀燈に、真紅は今までにないくらい心から同情した。
「つまり、自分から迫っておきながら気に入らなかったから殺すのは気が引ける、と?」
「ん…まぁ…」
なるほどね、と真紅は思った。この水銀燈は高圧的な女性のイメージが先行しやすいが、変な所でウブであったりする。
言い寄る男は星の数だったなのだろうが、きっと自分から他人に興味をもって近付くなんて経験が無かったのだろう。
(とすると、所謂初恋の人ってところかしら?なら、渋るのも仕方ない…のかしらね。…いくら水銀燈でも)
「何か思ったかしら?真紅」
「いえ別に。でも、倒すのでしょう?」
「もちろん。ただ、今あの子を撃ったり殺したりするのは私の矜持が許さないってだけ。そしてそれを貴女に強要するつもりもないわ。貴女は好きにやりなさい」
「…ええ、そうさせてもらうのだわ」
水銀燈の矜持。ローゼンメイデンが“強盗”ではなく“怪盗”である理由。
きっと、何かあったのだろう。歴戦のガンスリンガーが不殺を誓う何かが。だが、自分がそれを知る必要はない。そんな水銀燈の下に集った私達は、彼女と共に進むだけなのだから。

めぐが錠剤を食べ終わり(錠剤に対してこの表現が正しいかは疑問だが、まさにそんな感じだった)、今度は足下にあったラジカセを掴みあげた。その視線は真っ直ぐ真紅に向かっている。
「はぁ、はぁ…待ってて…待っててね水銀燈…今、邪魔なモノの掃除済ませるから…ね!」
投げた。その華奢な体に似合わぬダイナミックなフォーム。真紅目掛け黒い塊が高速で迫ってくる。
真紅は拳を構えた。距離にして約15メートル。これだけの間が有れば充分に見切れるが、あえて避けずに拳で砕けば相手に精神的威圧を…
(…ッ!!)
だが、真紅はギリギリのところで拳を引いて避けた。僅かな違和感、それが彼女の体を動かした。そして、それは正しかった。
ズカァン!!
標的を外したラジカセは後方の壁にぶつかり砕け散った。そう、“砕け散った”のだ。
(速すぎる…ッ!)
平静を装いめぐに接近する真紅だったが、内心は激しく動揺していた。あの娘の投げ方とラジカセの大きさと重さを見れば真紅にはそれがどの程度のスピードを持つかは投げ終わる前に予想できていた…はずだった。
だが、実際に飛んできたラジカセは予想を遥かに超えた速度だった。もしあれを拳で受けようものならホーリエで守られている手はいいにしても、破片で体中にかなりの手傷を追っていただろう。
「あはははは!」
めぐは真紅とは別の方向へ走り出し、床にあった小物2つを手に取り、交互に投げてきた。
今回もスピードの予想は出来たが、先程より距離も詰まったこともありかなり補正を入れて回避に専念する。やはり、最初の予想より速かった。
(どうしてなのかしら…けれど、やはり瞬時に投げる方向を変える事はさすがに無理のようね。避けるだけならそう難しくはないし、服に何か仕込むにしても、投げる際のタイムロスは充分にある。これなら…)
銃にしてもそうだが、近距離まで詰めれば飛び道具の優位性は著しく下がる。彼女の接近戦の技術はまだ未知ではあるが、劣るつもりは無い。いくら人間離れした筋力があろうが、技によればいくらでもやりようはある。
めぐはまだ組合いをする気が無いのか、真紅とある程度距離を置くように動いていた。真紅も警戒をして追ってはいるが、その距離は近づきつつある。
(次、投げ終わった時に動いてみましょう。床のモノは何もアナタだけのモノではないのよ)
頭の中で戦略をひねっていると、めぐが2つまた掴んだ。だがそれらは砲丸投げの玉に、長いバールのようなもの。どちらも、かなりの質量をもっていた。威力はあるが素早い動きが要求される間合いで効果的とは言い難い。
だが、めぐは逃げるような体制からまず玉を投げてきた。
(そんなんで当たると思っているの?スピードも先程より遥かに遅いし、第一狙いが定まってないのだわ)
あれでは絶対に当たらない。また、重いものを投げた反動でめぐの体が少しよろけた。詰め寄るには絶好の…!
バカァン!!
「ッ…!?」
めぐの投げた玉は真紅には当たらなかった。軌道は右下にそれて、避けるまでも無かった。だがそれは、真紅の足下の電化製品に正確に直撃し、粉砕した。
その破片が真紅の足下に撒き散らされる。仮に当たっても大した被害にはならないのだろうが、衝突時の爆音もあってとっさにガードの体制を取った。
結果、僅かに足が浮いた。
「死んじゃえ」
(くっ…!?)
実際めぐがそう言ったのかはわからない。そんな時間は無かったかもしれない。真紅にはただ視界の端で、めぐがこれ以上ない体制でバールのようなものを降りかぶっていた姿が映っていた。
自分は完全に宙に浮いている。避ける術はない。上手くガード出来たとしても、確実に体制を崩される。その隙に体の一部を掴まれてしまうだろう。しかし、
タタン!
軽い銃声。水銀燈の二丁拳銃メイシェント・メイルスターによる援護射撃。その弾丸は振り上げためぐの右手に命中し、バールのようなものは明後日の方へ飛んでいった。
めぐが水銀燈の方を見る。その顔は、嬉しそうに笑っていた。

この段になり始めて、真紅は相手を侮っていたことを悟った。水銀燈の話から、妙に力のある色ボケストーカーのように認識していたのに。
最初に殺傷力の低いラジカセを投げて手傷を狙ってきたこと。明らかに計算された連携攻撃。数十秒前からの動きがすべて誘い込む為の罠だった。
そして今、水銀燈の銃に撃たれたのに全く出血していない。妙にだぼついた袖の服だと感じていたが、おそらく防弾繊維が何重にも巻かれているのだろう。足も同様に。
だが、軽装だと感じるように、頭から胴体にかけての肝心な部分は全くの無防備だ。なのに、まったく気にする素振りを見せないのは。
彼女は理解している。水銀燈が、自分を殺すことが出来ないことを。必ず、急所を外して撃ってくることを。
(色ボケは…してるのでしょうけど、頭は相当切れるようね…水銀燈が手こずるハズなのだわ)
体制を整え少し距離をとる真紅。めぐはずっと水銀燈を見つめていた。撃たれたことより、構ってくれたことが嬉しくて仕方ないと言うように。
「…ねぇ、めぐ?」
「なあに、水銀燈?」
しっとりと微笑むめぐ。なるほど、それは確かに、魅力的なものだった。そして、水銀燈は言った。
「私の相方をあまりナメないことね」
「え?…!」
めぐだって視線は向けずとも警戒はしていただろう。だが、真紅にはそれだけでは足りなかった。まして会話など交わしていればなおのこと。
小さい体を活かし、音はおろか気配すら絶って移動する。それはかの縮地にも似た移動術。もうすでに、真紅はめぐの死角に回り込み、右手のホーリエを起動していた。
本来、メンバーの中で一番怪盗らしい怪盗と言える真紅は基本的な装備があれば問題なかったのだが、それではかっこが付かないと金糸雀に泣きつかれホーリエを作ってもらった。
このホーリエは手の甲を強化軽金属で薄く覆い、リング状の電極装置を数カ所腕に巻いたモノ全体を指す。起動させると脳から送られる筋肉への電気信号を強制的に増幅し、瞬間的に通常の何倍もの力を発揮させるものである。
ただ、いくら保護電流を流すとはいえホーリエの力を最大限に引き出せば筋肉を痛めてしまうし、発動したら止められず、撃ち込んだら1~2秒手が動かなくなる等のデメリットがあるため、真紅はこれを爆弾変わりとして扱っている。
ホーリエを使えば壁抜きや床抜きなどを爆薬無しで行え、そういう意味ではなかなか重宝すると言えた。
よって、そんなものを人体に叩き込めば無事では済まない。だが、この好機を逃すわけにはいかない。
(内臓破裂くらい我慢して頂戴!ホーリエ、ボンド(絆)40!!)
オーストラリアで岩石を砕いた威力だ。およそ対人に使う数字ではないが、一撃で決めるために使わせてもらう。
「はッ!!」
その拳は完璧に脇腹辺りに打ち込めた。途中驚異的な反射能力で腕を掴まれたが止めることなど叶わず、むしろ丁度いい威力となっただろう。当たり所からみて、しばらく立てないだろうし、血尿が止まらないかもしれないが、それは我慢してもらわねばならない。
「…けほっ、ごほっ」
だが、そのめぐは叫ぶわけでも痛みにもがくわけでめなく、少し咳き込み、少し血を吐いただけ。真紅の死角からの完璧な一撃が与えたのは、たったそれだけだった。
その事実は、電気障害により手が痺れる事より真紅を硬直させ、水銀燈を困惑させる。
その間で、充分過ぎた。
「しまっ…!」
水銀燈が銃の狙いを定めるより早く、真紅の小さな体が宙に舞った。


廃工場、北西側1F。

そこは今、由奈の独壇場となっていた。
みつの命令変更の叫びも虚しく、薔薇水晶は左側の死角から下あごに棒による打撃を的確に当てられ、一撃の下に意識を飛ばされた。
翠星石と雛苺は上手く由奈から離れ攻撃を開始するも、すべてかわされ続て、今に至る。
「このっ!」
翠星石が銃を構え撃とうとするが、止めた。もうその先に由奈は居ない。
(まったくさっきから…まるで私達の動きがわかってるみたいです…!)
獣王の魔眼が発動した由奈は、確かに身体能力は飛躍的に上昇する。ただそれでも薔薇水晶とどっこいといった程度で、無論凄い事に変わりはないが、2人とて及ばずとも遅れはとらない。
なのにこうもあしらわれる理由は、その能力にあった。この魔眼は視界の動きを緻密に見極め、次の行動をほぼ正確に予測できるのだ。
翠星石が感じた予知能力ではないが、受ける側にはそれに等しい。筋肉の動き1つ1つから予測され、指が引き金を引き始める時には避けられている。
機械である雛苺の両手から伸びる10本のアームの動きは流石に読めないようだが、由奈の目は雛苺の手や指の動きからそれを予測するまでになり、2人はどうにも攻めあぐねていた。
だが言いかえれば視界の外なら読まれはしないのだが、実はこれが一番難しい。由奈は無理に攻めたりはせず、常に2人が視界に入るよう位置取りをしているからだ。
また、由奈を挟み撃ちにすると今度は互いの火線が互いに重なってしまう。だが1対1になれば即棒を叩き込まれるために2人は互いに離れ過ぎてもいけない。そんな戦略の袋小路。
「はぁ…はぁ…こんちくしょー…」
「はぁ…はぁ…やれやれなのよ…」
そして離れれば、由奈は向かってこない。由奈が攻撃するのは確実に入る時のみ。そんなあからさまな時間稼ぎ。だがそれは確実に2人と由奈の体力の差を広げていった。
「しゃあねーです…雛苺、先謝っておくですよ」
翠星石が拳銃を腰に戻し、スィドリームを構える。小回りが効くように拳銃に持ち直していたが、かわされるどころか狙わせてもくれないのなら、多少ランダム要素を含む散弾で仕留めるしかない。
だがそれは、雛苺にも危険が及ぶ事を意味する。
「そうね。それくらいしないとダメなの」
「んじゃ、気張るですよチビ苺!」
息を荒げながらも、2人は再び穏やかに佇む由奈へと向かっていった。


山の斜面、雪華綺晶は今もそこにいた。
薔薇水晶が攻撃を受け、視界が途切れた時は恐怖と自責の念で心が壊れかけたが、数分後にまた薔薇水晶の視界を見るようになって何とか気を保っていた。
それでも、雪華綺晶は動けない。足元に転がっているであろうライフルを見る事が出来ない。
薔薇水晶が左目を負傷し眼帯を付け、かつ魔眼と対峙し凄まじい威圧感を受けたことで起こった視界の共有。幼き日に起きたあの現象が、ついに今、自分が魔眼を持てる状況で起きてしまった。
もしここで魔眼を出せば、きっと左目の魔眼は右目の視界をも蝕むだろう。そしてそれは、薔薇水晶に魔眼が感染する事にもなりかねない。血に染まり、阿鼻叫喚の中で命を食らって成長していったこの魔眼。こんな悪魔の烙印を、妹に持たせるなど…
「…え?」
雪華綺晶が目をつむったまま呟く。もう耳のイヤホンも頭のプラグは外してしまったので、自分以外にわかる情報は薔薇水晶の視界のみ。
その視界に、変化が起きた。
「ばらしーちゃん…?アナタ、何を…まさか…!」
その、まさかだった。視界の至る所に漂う霧状の冷気…そして、ゆっくりと伸ばされる、エンジュリルの剣先。間違いなく、クリスタルライト・ブレイカーの発射準備だ。
だが、その視界が小刻みに揺らぐことからもわかるように、それは無謀な事だった。前回の発射から30分も経っておらず、その間にも爆発に巻き込まれ由奈の打撃を受け、二度も意識を失うダメージ。血もそれなりに流したはずだ。
修行で起こさなくなったはずの震えが起きているなら、それは命に関わる危険信号だ。
やめてください―聞こえないのを承知で叫ぼうとした雪華綺晶を止めたのは、またも薔薇水晶の視界だった。
寒さに震え、痛みに苦しみながらも薔薇水晶の視点は飛び回る由奈を必死に追いかけていた。視界を共有するということはその人の意志を共有するということ。雪華綺晶には薔薇水晶の意志が流れ込んでくるような感覚を覚えた。

私が、やる。
私が、2人を助ける。
私が、大切な仲間を守る。
自分の身を、犠牲にしてでも。

「………」
雪華綺晶は唐突に昔の事を思い出していた。幸せな生活を誘拐集団に壊され、怨むべきその集団に身を置いてでも妹を助けようとした自分。花を愛で、自然を愛し、虫すらいたわっていたのに、妹を待つ為だけに人を殺め続けた自分。
愛する者を助ける為に、自分の全てを捧げてもまだ足りず、罪と業という負債を積み上げ続けた、あの頃の自分を。
なのに―
「今のわたくしは…なんて弱いのでしょう…」
妹は昔の自分のように戦っているのに。いや、違う。私は戦った事なんて殆どなかった。ずっと逃げていただけ。魔眼に守られ、妹の目的であるという名目の下に、死体を積み上げていただけだ。
私は逃げれば良かった。危険を感じたら避ければ良かった。でも、妹は違う。私を見付ける為に、その危険に飛び込んでいく必要があったのだ。常に戦い続ける必要があったのだ。
そして、私が教会で自業自得の痛みを癒やしている時すら妹は戦い続け、勝った。妹は見事に、私を探し出したのだ。
それ程までに、妹は私を愛してくれ、求めてくれたのだ。なのに、このローゼンメイデンに入る時は私の意思を尊重してくれた。涙すら流さず、泣きじゃくる私を優しく抱き止めてくれていたのだ。
なんて…なんて、強い。
「…思えば、子供の頃から…私はアナタに守られていたわね、薔薇水晶…そう、守られていたのはいつも、私の方だった…」
その時、薔薇水晶の視界が滲んだ。視界の揺らぎも、大きくなった。
薔薇水晶が、泣いている。
雪華綺晶にはわかっていた。いくら薔薇水晶が身を犠牲にしてクリスタルライト・ブレイカーを発動させても、今の由奈には当てられない。
クリスタルライト・ブレイカーの波動は拡散しながら飛んでいくため、薔薇水晶の位置からだとどうしても由奈にぶつかるまで戦闘不能にさせる威力の範囲は2メートル以上になってしまう。
だがそれは密着して戦う雛苺と翠星石を巻き込むほど大きく、魔眼を持つ由奈を捕らえるには小さい。どうしても、由奈の視界に入っていない時に撃たくてはならない。でなければ最悪、雛苺と翠星石だけに命中する事になりかねない。
雪華綺晶が見るに、そのタイミングは確かにある。だがそれは僅かな誤差も許されず、ほんの一瞬だ。狙撃手の雪華綺晶ならいざしらず、接近型で五感も鈍っているであろう今の薔薇水晶が当てられるものではない。
それは、薔薇水晶が一番痛感しているのだろう。悔しい、悔しい、悔しい。自分ではどうにもならない。自分しかいないのに、自分だけが頼りなのに。こんなに近くにいるのに。命を懸けても届かない。悔しい、悔しい、悔しい…
自分との再開ですら泣かなかった薔薇水晶が泣いている。その感情の激流は、確かに雪華綺晶に届いていた。だから、雪華綺晶も泣いていた。
「ああ…私は、また泣くの…?泣くことしかできないの…?妹が戦い続けて、無理だとわかってなお、その刃を引くことをしないというのに…?」
薔薇水晶に出来ることはもう何もない。では私は?私には何が出来る?何がある?冷気に体温を奪われ続け、消えそうになる意識をひたすら耐え続けている薔薇水晶を見ながら、私は一体何をする?
私は、一体何がしたい?
私は、一体何をしに来た?
「…ふぅ、守られるだけでは飽き足りずに助けられて、終いには手まで引かれてしまうなんて。私はダメな姉ね薔薇水晶。こんな姉でも…アナタは愛してくれるの?」
答えは決まっている。きっとアナタはそう答える。だから―
「もう少し我慢してて薔薇水晶。私も、アナタみたいに強くなるから。アナタがいなければ何も出来ない私だけど、きっと強くなるから…だから」
イヤホンを装着。頭にプラグを付け、装置を起動させる。涙をぬぐい、呼吸を落ち着け、体制を直して。
そして、ライフルをつかんだ。
「私…いいえ、“わたくし”も強くなって、いつもアナタの側にいますわ。たとえ離れても、たとえアナタがどうなろうとも」
素早く各部を点検し、ライフルに弾を込める。後は、もう。
この忌まわしき眼でも、アナタの助けとなるのなら。アナタの涙を止めることができるのなら。
けれど、魔眼は人を不幸にする。それどころか人でない化け物にしてしまう。
それでも、私達は知っているから。大切なモノを奪われて、取り戻した私達は知っているから。それには、それだけの価値があると。
「受けとってください我が妹!わたくしの罪と共に!!」
雪華綺晶は再びライフルを構えた。その左目に、魔眼が宿る。その猛禽の眼は、廃工場の壁を透かして、由奈を捕らえた。

そして、二羽目の鷹が、生まれた。

「え…?きゃ…」
キャシャァアアアアアアアア!!
その白銀の槍は雛苺の靴と翠星石の服をかすめながら、悲鳴すら飲み込んで由奈だけを貫いた。
跡に残るのは、氷と炎の共演。それは確かに、悪魔の爪痕のようだった。
薔薇水晶の視界がゆっくり閉じられてゆくのを感じながら、山の中で雪華綺晶は煙の上がるライフルを抱えて目を閉じる。
もしかすると、妹ならこんな眼でも綺麗と言えるかもしれない。そんなどうでもいいことは、神様にでも祈っておくことにした。



「おかしいかしら…」
「え?どうしたの?」
すっかり日の昇った海岸に浮かぶ船の中で、画面を見ながら金糸雀が呟いた。
その画面に写るのは水銀燈の頭のカメラの映像。そこには、腕を引きずりながら必死に弾幕を避ける真紅が写っている。
めぐの一撃を受けた真紅は、立ち上がりこそすれダメージは目に見えるほど甚大で、右肩は外れ手も骨に異常があるのがわかるほど腫れている。壁に叩き付けられた衝撃で右半身を酷く痛めたらしく庇うように動いていた。
そんな真紅ではめぐと組み合うのは難しく、水銀燈も積極的に前に出て戦うのだがやはり水銀燈が己に課した縛りが邪魔をして(めぐもそれを利用して)攻めきれない。そんな一方的な戦闘が続いていた。
「どういうこと?何がおかしいの?」
だから、みつはどうにか打開策を出さなくてはと悩んでいた。そこに金糸雀の意味深な呟き。食い付かない訳がない。
「今は確かに真紅は酷いダメージを負ってるかしら…でも、それにしても動きが悪いし、2人の息が上がり過ぎてるわ」
金糸雀はピチカートに呼びかけ、真紅が怪我をする前の映像を別の画面に起こす。
「それに今思うと、この時の真紅も…もちろん凄いのだけど、あの爆弾を回避するほどの身体能力を得たのならもっと動けるはずかしら。
水銀燈もそう。いくら知り合いと戦ってるからってもう息が上がるなんておかしいし、水銀燈ならもっと早く動いて相手の首に蹴りを入れるくらい出来るはずなのよ」
確かに相対的に見れば、めぐは2人に対し圧倒的な力をみせている。だが、絶対的に見た時、金糸雀にはめぐのそれが2人をここまで苦しめるとは思えなかった。
「…つまり、最初から2人が弱ってたって事?」
「かしら。ただその理由がわからないの。毒ガスの類ならピチカートが感知するし、二酸化炭素の濃度を上げたりなんかしたら相手も無事じゃないわ。それどころかめぐって子はむしろ普段より強くなってるのよ」
真紅が感じた違和感を、武器の開発と製造物を手掛け理学に精通する金糸雀はより強く感じていた。何度見ても、めぐの投げるフォームと飛んでくる速度が釣り合ってない。
「そういえば…」
みつは考える。思えば、今までもかなり違和感や疑問があったのだ。
まずはあの頑丈な部屋。地下なら頑丈なのは当たり前としても、扉まであれほどの強度を持たせる必要はない。第一、隣の巴達の部屋には扉などなかった。
次に、あの部屋に入ってからめぐが出てくるまでのタイムラグ。扉が自動だった以上誰かが来たのは解るはずだし、それが水銀燈なのだから一目散に飛び出してきても不思議じゃない。
あと証明と共に鳴り響いた機械の駆動音。発電機かとも思ったが、これも隣の部屋には電気が来ているのだからあそこだけ分ける意味がない。
また薬を懐から出して大量に飲み始めたのも、考えてみれば妙だ。普通、薬が効くスピードは液薬→粉薬→錠剤→カプセルの順で遅くなる。
もしあれが筋力や何かを底上げするものだとすれば、ドーピングが液薬が主流なように錠剤では遅すぎる。では、これも時間稼ぎなのか?でも、何の?
そして、2人の身体能力の低下と投擲スピードの上昇。これだけ疑問や思考材料があるのだ。今こそ、私達バックが必要な時。考えろみつ。これらを総合に考えた時に導き出される答えとは…?
「…ピチカート!今から言う事を計算するかしら!」
みつの中で何が閃きかけたと同時に、金糸雀がピチカートに指示をだした。そしてそれは、まさしく今みつが考えていたそのものだったのだ。
ピチカートがその性能を生かして指示されたそれを計算する。その結果、
「みっちゃん!」
「それよカナ!」
2人はまるで昔からの馴染みのように声を合わせて叫んだ。

(なる程…どうもおかしいと思ってたらそういう事…やってくれるわぁ)
直ぐに指示を受けた水銀燈はそれをめぐに悟らせないようこなしていく。そして、
「んー、良く頑張ってるみたいだけど、そろそろ飽きたわ。だから、これで終わりね」
「ハァ、ハァ、くっ…!」
めぐが仕掛けをした場所に真紅を無理やり押し込んでいく。そこに、
「終わるのはそっちよめぐ!」
「水銀燈!…って、きゃあ!?」
めぐと真紅の間に飛び出した水銀燈は、なんと真紅を壁に向かって放り投げた。
「わっ!なになに水銀燈!?ようやく私と遊んでくれる気になったの!?やったー!!」
キャッキャッと喜ぶめぐには目もくれず、水銀燈は叫んだ。
「真紅!今すぐその壁を思いっきりぶっ叩きなさい!!」
その言葉で初めて、本当に初めてめぐの顔色が変わった。それを見て水銀燈はこの指示が正しかった事を確信する。
だがめぐは直ぐさま真紅の下へと走り出してしまった。真紅は壁の一部に付けられた弾痕から意図を察して左手のホーリエを起動させようとするが右半身が使えないため手間取っている。これでは先にめぐが真紅を再び投げ飛ばしてしまう。
だが、水銀燈はそんな心配はしていなかった。そう…心配する必要など、初めからない。
「あらぁ?私から来たのに他の女所へ行くのぉ?」
めぐの足が、止まった。
「ホーリエ!ボンド100!!」
工作用のフルパワーで、真紅がホーリエを起動する。爆音と共に真紅の拳が壁に突き刺さり…
爆風が、吹き荒れた。



由奈撃破より20分前。とある地下室。

そのあまり大きくない部屋には相応の小さなテーブルがあり、2つの椅子がトイメンに置いてある。
の片方に、ベジータが座っていた。他に誰も居ないその部屋で、ただ静かに座っていた。
するとなんの前触れもなく、2つある扉の片方が開いて、人が入って来た。これで、その部屋に居るのは2人になった。
ベジータと、もう1人。
ベジータはほんの僅かにシニカルに微笑み、もう1人は、そのベジータに向かってこう言った。

「この拳銃、返した方がいいですか?」

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