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私、雪華綺晶はノルウェーの田舎町に生まれました。家族は父、母、祖母の四人家族。私が2つの時祖母は亡くなってしまいましたが、代わりに妹が産まれました。もちろん、妹の薔薇水晶です。
私達の家は当時比較的裕福(田舎町の中で、ではありますが)で、幸せに、そしてゆっくりと高山地帯で生活していました。
地理的に冬は極寒の地となる場所であっても、家族で暖炉を囲んで暖かい食事をしていれば特に気にはならなかったです。せいぜい、夜トイレに向かうのが辛かったくらいでしょうか。
ただ、私はあまり気にしてはいませんでしたが、周り、特に妹が心配していたことがありました。それは、私の目の事。私は生まれつき右目が未成熟で、瞳孔が閉じず膈膜や水晶体も弱いという病気でした。
なので右目を光に晒す事は出来ず、常に白い眼帯を巻いていたのです。ずっとそうだったので私としてはそういうものだと納得していたのですが、妹は事ある毎に私を心配してくれました。
『私が、お姉ちゃんの右目の代わりになる』
当時、自分の目より妹の心配そうな顔を見る方が姉としてつらかったのは致し方ない事でしょう。優しい妹ですが、そこまでの機敏を察するには幼過ぎたのですから。

とある事件が起きたのは私達が学校へ通い始めてからすぐのことでした。人口の少ない私達の町では子供は後継ぎが殆どだったので学校は義務ではなかったのですが、両親がせっかく通えるだけの余裕があるのだからと私達を入学させてくれたのです。
小さい頃から私達姉妹は2人で遊ぶことが殆どで、町の子供達と殆ど接点がなかったせいもあるのでしょう。端的に言えば、私はいじめを受けたのです。原因は、私の目でした。
私は仕方ないと思っていました。自分が周りと違う事は理解していましたし、むしろ妹に飛び火しないか注意していた程です。
ですが、妹は私がいじめを受けたと知るやいなや、その子供達と取っ組み合いのケンカを始めてしまいました。いくら家の仕事を手伝い少しは足腰が鍛えられているからと言って、普段温厚で内気な妹だったからその時相手はさぞ驚いたことでしょう。
もっとも、一番驚いたのは他でもない私だったのですけれど。
結果的にそのケンカによりいじめが明るみに出て、その子供達は大人たちから灸を据えられて一段落となりました。私達も両親から叱られ妹はそこはかとなく不満げでしたが、まあしつけの一環として当然のことでしょう。
ただ、そのケンカがわりと激しかったこともあり、妹が左目にアザを作ってしまいました。母はため息混じりに妹に眼帯を巻いていましたが、妹はむしろ喜んでいて、
『これで、お姉ちゃんとおそろい』
そうにっと笑う妹を、私は苦笑いで眺めていたのでした。

そして、その時から奇妙な事が起きるようになったのです。
何の前触れもなしに、私の生まれた時から光を映すことのない右目に、ほんの一瞬ではあるのですが何かが映ったような感じがしばしばありました。当然、眼帯を外したワケではありません。
不信に思いはしたものの、不便が有るわけでもなくむしろ望ましい事だったので私はあまり意識せずなるがままに任せていました。
ひと月もすれば妹の怪我は殆ど完治したのですが、頑なに左目の眼帯だけは外そうしませんでした。姉としては今まで両目で過ごしてきた違和感から怪我をしないか、誰かにいじめられないかと不安でしかなかったのですが、
『だって、おそろいだもん…』
と半泣きで主張する妹を見ては、外せと言えなくなる甘い姉でした。

決定的な事が起きたのは、それから一週間程した日の事。それまでのチラチラとした光ではなく、完全な風景が1、2秒はっきりと右目の視野として見ることが出来たのです。しかし、それは室内に居た私の景色ではありませんでした。青い空と、細い棒のような…?
そして数時間後、妹が鉄棒から落ちて病院に運ばれた事を知りました。そう、あれは片目から遠近感を見誤った妹が鉄棒から落ちた時の視界だったのです。
幸い妹の怪我は大した事はなく、翌日には退院しました。今度ばかりは強く眼帯を外すよう迫ったのですが、
『危ない事しないから…付けさせて』
と涙ながらに訴える妹。妹には私が目によっていじめられた事が相当なショックだったのでしょう。こんな健気な妹の決意を姉としてどう受け止めるべきか、私が寝る間も惜しんで悩んだのは言うまでもありません。

今度は、道路と家の風景でした。
買い物に出た妹は怪我もなく帰ってきたのですが、私が強く問い詰めると車にひかれそうになった事を渋々白状したのです。
車は右から来て眼帯は関係ないと必死に語る妹でしたが、その時私の頭は別の事で一杯でした。
前は鉄棒から落ちた時、今度は車にひかれそうになった時、私の右目に妹の視界が映る。つまり、妹が身の危険を感じた時、私は妹の右目の視界を共有できるのだとこの時初めて理解したのでした。そしてそれは、妹が左目を隠している時に起こる事も。
翌日、私はこの事を妹に話す事にしました。ただそれは事実をそのまま伝えるためではなく、事実をやや歪曲させてどうにか妹の眼帯を取らせようと考えていたのです。
それはあっという間でした。私が慎重に妹の右目の視界を見る事があると話したところ、いきなり部屋を飛び出した妹は、左目の眼帯を外し右目に父の丸メガネを装置して現れたのです。余りの奇行に私がたどたどしく尋ねると、
『だって、お姉ちゃんも見れるんだったら傷付けないように大切に守らないとダメ。これで、本当にお姉ちゃんの右目の代わりになれた』
ならば何故眼帯ではなくメガネなのかと聞けば、
『眼帯だとお姉ちゃんも見れないでしょ』
うーん、なるほど。と納得してしまう妹バカの姉。とりあえず普通の視力の人がメガネをかけると目が悪くなると教えると哀れになるくらい取り乱してしまったので、薔薇模様の入った伊達メガネを買ってやりました。
随分と予定が狂い、また私の懐も寒くなって(アクセサリーとして成立するようかなり良いものを買ってしまったので)しまいましたが、結果として眼帯を外し両目の視界を取り戻したのでよしとしました。
もちろんその日から私の右目に風景が映ることはありませんでしたが、妹が期待を込めて尋ねて来るようになったので言い出しっぺとして適切な事実操作を行使させていただきました。…ごめんなさいばらしーちゃん。あの日以降の事は実は嘘なのです。



それから数年は何事もなく過ぎてゆきました。幸せな家庭の中で幸せな日々を。そんな、自分が幸せな事がわからないくらい幸せに飽和した生活が崩れたのは、父の仕事のためドイツへ引っ越す事になった時の事。
当時出稼ぎのために外国人労働者として引っ越す人はそれなりにいましたが、私達はむしろ父の栄転といった形でした。
新天地の都会にて、これまで以上に恵まれた生活をする。景気のあまり良くないあの時代にそれがどれほどのことかを子供心に理解しながら、妹を抱き車に揺られながら私は眠りについて―
目が覚めた時、まず目に付いたモノは、人気の無い雪山と、転倒した知らない車と、動かない数人の知らない大人達。そして、一本のライフルだったのです。
ここから、私達家族は別々の人生を歩む事になります。しかし、私も妹もこの時の事は殆ど語りませんし、互いに聞く気もありません。両親については軽く話しをしましたが、私達の意見は同じでした。
望みは薄いし、仮に生きていたとしたらそれ以上のことはない。もう今の私達では会う事は出来ないから、と。

転倒した車の横でうずくまっていた私は、無意識のうちに体の保温を目的とするいくつかの行動を起こしました。
雪山を生活圏とする子供達は両親からその素晴らしさと共に危険についてもよく聞かされます。また、遊びから遭難に繋がる事も少なくないため、万一の時の為に生き延びる術を教え込まれているのです。
既に息の無い男達から衣服を取り、倒れた車を壁とした簡易的な家を作ります。食料などもかき集め、人心地ついた後、私はゆっくり考え始めました。
きっと、私はこの男達にさらわれた。私を運んでいる間に事故を起こし、この状況になって―
(ばらしーちゃん…?)
では妹は何処に行ったのか。この車には乗っていなかった。別の車に乗せられた?
妹の事を考え始めますと、殆ど止まっていた私の思考が力強く働いてゆくのを感じました。親からもよろしくねと任され、何より大好きな私の妹。
私は自分を奮い立たせます。私は死んではいけない。諦めてはいけない。なんとしても生き延びて、妹を探さなければ。
私はライフルを探し、それを抱えて家に潜りました。少し外が見えるようにして車が通らないか眺め、見つけたら空へ撃ち見付けてもらうために。
実は私はこの年でライフルの扱い方を学んでいました。それは父が猟を趣味にしていた事がきっかけで、母と妹に内緒で一度連れて行ってもらった事があったのです。
その後母に父共々お叱りを受け、妹に涙ながらにずるいずるいと泣きつかれて酷く後悔したものですが、その経験が役に立つ時がこようとは。
(あ、車!…でも…)
ライフルのスコープから見えたモノは確かに車でした。しかしそれは、私の背中で横たわっているものと瓜二つの黒染めの車だったのです。
私は撃つのを止め、しばらく様子を見る事にします。ですが、次も、その次も同じ車しか通りませんでした。
夜、私は事前に集めた薪に車のガソリンをかけ、ライフルを空撃ちした時の火花で焚き火を起こしました。
満天の星空を眺めながら携帯食料と缶詰めを食べていると、自分がどこか夢の世界で冒険しているような気になってきます。これで傍らに妹がいれば、文句なしのサーガになるのに。
凍死を恐れ夜通し火を焚いていた私は、明日の事について1つ計画を立てました。それはとても稚拙なものでしたが、私にはもうそれしか残されていなかったのです。ライフルの弾を確認しながら、私は準備を始めました。
翌朝、一台の車が山道を走って来ました。私はそのタイヤを狙い、ライフルの引き金を引きます。
パーン。
高らかに雪山に響く銃声と時を同じくして車が止まりました。弾を取り替えた私は、もう一度別のタイヤを狙って、
パーン。
再び命中。以前父と猟に行った時、私はウサギや鹿をとても撃つことが出来なかったので石や木の実を狙ったのですが、数回の練習の後にあっという間に私はコツを掴み3回に2回は当たるようになったのです。
生まれつき片目で生活していた私は、一般人より左目が発達し、また遠近法に頼らない見方によってより狙撃向きの目になっていると父は言いました。
あの車にはスペアタイヤは1つしか詰まれていない事はわかっていたので、もうあの車は動けません。そして、私はライフルを抱えて車の前に出て行きました。
『誰だ!?』
すぐさま銃を向けられます。それが少女だと知るやかすかな動揺はしたものの、私がライフルを抱えていることもあり警戒は怠りません。
『タイヤを2つ撃ちました。もう走れません』
私は震える体を必死に抑えて気丈に振る舞いながら話します。
『私はその車のタイヤを隠して持ってます。それを渡す代わりに、私をあなた達のアジトへ連れて行ってください』
聞こえたかどうか心配になるくらいに反応が有りませんでした。もちろん、私にはこれが取引として成立していないことは分かっています。
別に仲間に連絡してタイヤを持ってきてもらえばいいのだし、私の言う事を聞いたふりをしてタイヤを手に入れた後、私を取り押さえれば良いのです。ライフルに込められるのはたった一発。それさえ防げば後はただの木の棒なのですから。
私が狙ったのはただただ、“気に入られる”事。相手の興味を引くくらいしか、私は自分の身を守る術が無かったのです。
『…わかった。少し話しをしようお嬢さん』
もし、私に不幸中の幸いと言う言葉が当てはまるとしたら、その車にアジトのリーダー役の人が居た事でしょう。つまり、私を自由に出来る身分だったからこそ、私に感心を抱くことになったのですから。
私はそのリーダー役の人と少し会話を交わしました。リーダー役の人は私が彼等のコートを羽織っているのを不思議がっていたので、私はこれまでの事を隠さず話しました。
斜面を指差し、あれが転倒した車だと告げます。
『なるほどなるほど…確かに昨日一台帰らなかったんだ。うむ、なるほどな』
『その人達は雪で埋めてしまいましたけど…案内しますか?』
『くくっ、いや、いいさ。せっかくの別嬪な商品の顔にひでぇ傷をつけた上てめえで勝手にくたばったんだ。そんな奴より、俺はお前さんに興味がある』
そう言うと、そのリーダー役の人は手袋をした大きな手で私の頭をガシガシと乱暴に撫でました。どうやら私の目を事故のせいと思っているようでしたが、その方がいいと思いあえて何も言いませんでした。
そうして、私はタイヤを渡し、そのままアジトへと向かう事になったのです。計画は、これ以上ないほど成功したと言えるでしょう。結果得られたのが、一時のかすかな自由だったとしても。

移動中リーダー役の人の横で寒さと恐怖で震えていた私でしたが、人肌の温かみと極度の緊張と疲労で眠りに落ちてしまいます。目が覚めた時、一瞬全てが終わったと覚悟しましたが、そこは牢ではなく上質なソファーの上でした。
私がかけてあった毛布を膝と一瞬に抱えていると、リーダー役の人が部屋に入ってきました。
『まったく、連れてけと言っておいて寝ちまうんだからな』
『…すみません』
『ま、お嬢さんみたいなのに寄り添われた事なんざ久しくなかったからな。それでいいさ。で…』
その人が私の正面に座ります。私も毛布をどけ、姿勢を正しました。
『お嬢さん。お嬢さんは頭がいいから大体の事はわかってると思うが…それで、ここに来たいという理由は?』
私は落ち着いて妹の事を話しました。
『ああ、なるほど…妹さんか。それで?もし居たらどうするんだ?あるいは、居なかったら?』
『………』
居たら、一緒に帰りたいです。帰してください。お願いします。お願いします―
『…その時、考えます』
『…うーん、いやはや、なんともな。時にお嬢さん、今いくつだい』
『10になりました』
『ははぁ、今時の10才ってのは大したもんだなぁ。よしわかった。いいだろう、ついて来い』
しばらくその男の後をついて周り、1時間ほどしてから、またその部屋へと帰ってきました。妹は、居ませんでした。
『連れてきた奴はあれで全員だな。もう売ったのもいるが、それは一週間前以前の奴だけだ。さて、お嬢さん。今がその時だ。考えを聞こうか』
正直、この時点で私は自分なりによくやったと思っていました。車で一晩明かした時、私はまた家族揃っての生活ができるとは思ってなかったのです。だから、だからせめて、妹に会いたい。最後に一目会って話しをしたい、と。
それすら望み薄だったのが、こうして人としての待遇を受けつつ妹を探せたのです。妹が居ないなら、さらわれていずに逃げれたのなら、それでいい…
ただ、妹が私を探している場合が心配でした。もしさらわれた事を知っているなら、妹の方から“こちら側”に来てしまう。そして捕まれば、さっき見た子供達と同じ運命になってしまう。
それを踏まえた上で、私が出した結論は。
『ここで、働かせてください』
『ん?なんだそりゃ。俺達の仲間になるって事か?』
『それは、どちらでも。ただ、私を売った時の額の分だけ稼ぐことが出来たら、その時は解放してください』
『…稼ぐ、な。そりゃあお嬢さん、今の不況じゃまともな仕事だって数年はかかることだぜ?確かにここじゃ給金は出るが、下っ端の奴らは衣食住が揃うだけで満足するような暮らしなんだ』
『構いません、それでも。私は、』
私に出来ること。妹の為に出来ることは、
『ここで、生きたいんです』
もしもの時、引き換えにできるように。
あるいは、世間に知れる形で死ねるように。
それが、姉として妹に出来る、最後の事だと信じて。



それから、4年。私はレバノンにいました。
あの人さらいの一味はどこかのマフィアかそれに類する組織の資金源の1つだったようで、半年を過ぎた頃警察の手を逃れるため場所を移動する事になりました。
各地を転々とする間、私は色々な事をしてきました。生きるため、色々な事をしなくてはなりませんでした。
その間、あのリーダーの人には良くしてもらった事を覚えています。感謝するのは筋違いなのかもしれませんが、半年前に軍の攻撃に合った際負傷した傷で亡くなった時、私は涙を流したのです。自分でも、よくわからない涙でした。
また、私の狙撃の腕はもはや誰しもが一流と呼ぶ程に成長し、その腕を買われとある組織の持つ私兵団として行動してからはさらに名を広めることになりました。それは、私が殺めた人の数が増え続ける事も意味しています。
ただ、名と言っても本名など使っていなかったので様々な呼び方をされました。例えば、『レフトイーグル(左目の鷲)』や『ホークアイ(鷹の目)』。そして…『ホワイトデビル(白き悪魔)』。
そう、その時既に私は魔眼を身に付けていたのです。射程や精度は一般人の数倍、遮蔽物をことごとく貫通させ、弾道すら操るその悪魔の力。実際に聞いたわけではないのですが、敵の間では“ホワイトデビルに見つかったら諦めろ”とまで言われたそうです。
そんな、魔眼の力を奮い非人間的な所業を繰り返すうち、私は私兵団の人達に“魔弾の射手”と、この目は他の呼び名にちなんで“猛禽の魔眼”と呼ばれるようになってゆきました。自分でも、とても自分が人だとは思えなくなっていました。

転機が訪れたのは、私がとある命を受けフランスに潜入していた時のこと。手違いから私達の存在がバレてしまい、一級の指名手配を受けていた私は国中から狙われる事になってしまったのです。
この時は公になるよう死ぬことは出来たのですが、故郷ノルウェーの町ならいざしらず、異国の地で、さらに知ったらただではすまない情報を幾つもかかえる私の死がまともな形で公表されるのはまず不可能だったでしょう。
もう年月が過ぎ、妹は私の事は追いかけていないのかも知れない。あるいは、もう。
けれど、私は生きるために逃げ続けました。山を這いずり川に流され、体中傷やアザにまみれても、私は走り続けたのでした。ただ、妹のために。私の妹の終着点でいるために。
しかし、2週間もすると、私は疲弊し、手持ちの食料や武器は殆ど無く、さらにはライフルの弾も底をついてしまいました。私が魔眼を発現させるにはこのライフルでなくてはなりません。
それ故に、フランス当局は一時的にこのライフルに合う型の弾の販売や製造、出荷を止めてしまったのです。私はますます追い詰められてゆきました。

そして、ある雨の日。リムザールの町外れをフラフラと歩いていた私は、その町の教会でついに力尽きました。
私の母は熱心なクリスチャンだった事を思い出しつつ、そう言えば私もそうだったのかとぼんやりした頭で考えていました。
鍵のかかっていない扉を体で開け、礼拝堂の床を雨水と泥と血で汚しながら、小さいながらもステンドグラスにはめられた十字架とマリア像の前まで足を引きずって辿り着きました。
(ああ…綺麗…)
思う事はそれだけ。罪を償うことも慈悲をこう事もせず、私は床に倒れ込むと、静かに瞼を下ろしてゆきました。
でも…でももし、最後にこんな私でも、悪魔と呼ばれた私でも願う事が許されるのなら…どうか愛する妹に、幸多からんことを。

『………』
目が覚めると天井が見えました。手や足の感覚からどうやら私はベッドの上にいるようで、パチパチと暖炉の音も聞こえます。
(地獄にしては…随分といい設備…)
そんな事をぼうっと考えていると、1人の年配のシスターが扉を開け入ってきたのです。私はここが教会の一室である事を知りました。
『おや、随分早く目が覚めたものですね。あと2日は眠ったままかと思ったのですが』
そのシスターはベッドまでやってくると私の額に乗せられていたタオルを水に浸してまた乗せてくれます。
『あぁ…』
『けどまだとてもじゃないが動ける状態じゃないねぇ。熱も下がらないし、まだまだ寝てないとダメのようですよ。さ、お休みなさい』
シスターは私が何か言おうとするより早く、私の瞼の上に手をかざします。すると、途端に強い眠気に襲われ、抵抗する力もない私は、再び深い眠りへと落ちていくのでした。

『やれやれ、今度は4日も寝っぱなしでしたね。もう起きないかと思ってしまいましたよ。今も酷い脱水症状です。よく生きてましたねぇ。神に感謝するといい。なあにここは教会です、誰だって平等なのですよ。躊躇うことなく祈っておきなさい』
『………』
口元に運ばれるお粥をゆっくりと胃に収めながら、私は黙ってそのシスターの話を聞いていました。そのシスターは本当にシスターかと疑う程によく喋り、またその内容も随分と俗な事が多々含まれていました。
『でねぇ、その人が教会に入って来た途端、“ありったけの下着を今すぐ寄越せ!”ときたもんです。私は開いた口がふさがらなかくて…おや?お粥がなくなったね。おかわりを持ってきましょうなか。まだ食べられるね?』
返事も聞かず、後ろの机の上のお鍋からお粥をよそうシスター。
その、あまりにも当たり前で、あまりにも人間らしく、あまりにも母のようで、あまりにも暖かな姿に、私は涙をこらえることが出来ませんでした。
何故か、無性に、どうしようもなく泣きたくなったのです。恥ずかしいような、嬉しいような、悔しいような、惨めなような、救われたような。
シスターはそんな私の涙を知ってか知らずか、また私の口にお粥を運ぶとともにひどく人間味のある話を再開したのでした。

食事をするようになってからは私はみるみる回復してゆき、どうにか1人で立てるまでになりました。そうして、私はここを早急に立ち去ることにしました。
その旨を伝えるとシスターは『おや、口がきけたのですか』などと惚けた後、
『まだようやく立てるようになったとこだっていうのに。どうしてそんなに急ぐんです?』
『あなたは…私が誰だか分からないのですか?』
『さあて、こんな可愛い孫を持った覚えはないですが』
なおも惚けるシスターに、私ははっきりと言うことにします。
『私は今国中に追われる身です。この町にも凶悪犯罪者としての通達が来たハズ。私は…国以外にも多くの敵を作っています。そんな私をかくまっているなどと知れたら、いくら教会でもただでは…!』
私は真剣に言ったつもりでした。でも、シスターはそれを笑い飛ばして、
『その“凶悪犯罪者様”が勝手に助けた教会と老いぼれシスターを助けるためにヘロヘロで出ていくと?そうかいそれじゃあ、この前教会の屋根を登って遊んでいた不届き者のガキ達は何処へ突き出せばいいか教えてほしいものだよ』
『で、でも…!』
『ふう…ああ、そうでした。まだあなたの事を聞いていませんでしたが…いくつなんだい?』
『え?えっと…15、6のはずですが』
『ふうん。では名前は?』
実名を名乗る事など本当に久しぶりだったので、少し思い出すのに時間がかかりました。
『…雪華綺晶、です』
『おお、綺麗な名前じゃないか。名乗らないなんてもったいない。ちなみに私はシスター・アレンダという。覚えたかったら覚えるといいですよ。ああそれと』
シスターは少し表情を堅くして、
『あなたと一緒に倒れていた銃、あれはあなたのですか?』
『!……はい』
『そうかい…なるほどねぇ。あれは大した…いや、とんでもないものだよ。あれは良くない…そう、実に良くない。壊してしまおうかと考えたけれど、それこそ私とこの教会がただじゃ済みそうにない』
それから目と口を閉じ、しばらく考えにふけっていたシスターは、とんでもないことを口にしたのです。
『…はい、わかりました。明日、体を綺麗にしてから礼拝堂においで。ああ、起こしにくるから心配はいらないですよ。それから2人で朝のお祈りをしましょう。“シスター・キラ”』
『は…?え、あの!?』
『ではお休み。アーメン』
『ア、アーメ…いや、シスター!シスターアレンダ!?私の話を聞いて…!』
私の必死の言葉は、扉の閉まる音で無情みもかき消されたのでした。

翌日、シスターに起こされた私は久しぶりのシャワーを丹念に浴び、ボサボサに痛んだ髪も丁寧に洗って、清潔な幸せを噛みしめて脱衣所へ戻ると、私の寝間着がなく、代わり置いてあったのは、私のサイズらしき修道女の制服。
(まさか…本当に私にこれを着ろと…?)
母の影響を受けクリスチャンだった私は、最初の人を殺した時点でその信仰を捨てていました。それは愛想が尽きたとか信じられなくなったという事ではなく、私のような人殺しが信仰して良いはずがないとの想いからでした。
人を殺めた罪は積み重なり、私に重くのしかかります。その純潔の衣服が、私に触れるのがどこか恐ろしくて…
『まったく、何時までもそんな格好ではまた風邪をひきますよ』
『シ、シスター!?』
『ほら、もっと良く体をふいて…あらあら、傷だらけだけどもあなた本当に綺麗な顔してるわねぇ。体ももっと体重を戻せば…ふむ』
『あっ、ああ…!』
『ええ、大丈夫。これならきっと似合いますよ。ほら手を上げて。ばんざーいです』
『………(もう、どうにでもしてください…)』
こうして私は、シスターアレンダの強引な手段により“シスターキラ”というシスター見習いとしてこのサン・マスティア教会にかくまわれることになったのです。シスターは言いました。ことかくまうことに関して、教会程手馴れた場所もそうはない、と。
またシスターは私に本当のシスターになる必要はない。形だけでもいいから、やってご覧なさい、ともおっしゃってくれました。そして、確かに私は、その清らかな生活の中で、無くしていたものをゆったりと取り戻し始めたのでした。
例えそれによって、今までの罪がより明確に私を苛んでも。シスターと共に、私は少しづつ、前を向く事が出来たのです。



そして、そんな生活が1年程続いた頃。
『シスター・キラ、貴女に会いたいと言う人が来ていますよ』
『わたくしに、ですか?』
ちなみに、今の私の(私の中では)上品な話し方はここで学んだモノだったりします。シスターが『マフィアすら恐れるスナイパーが清楚なシスターとは誰も思わないでしょう』と強く進めたため、練習した成果なのです。
…今にして考えると、正直シスターの趣味ではないかと思わなくもないのですが。
『どんな方…でしょうか』
私の敵が放った刺客とも限りません。もしそうなら、ここがバレた上非常にマズい事に…
『2人の若い女性でした。武器は持っていないようです』
『女性、ですか?』
『ええ。銀髪の綺麗な人達です。1人はスタイルの良い美しい女性で、もう1人は…そう、“貴女くらいの年頃の女の子で、右目に丸メガネをした…”』
私は、シスターの言葉が終わる前に飛び出していました。そんなワケがない…けれど、まさか…まさか!?でも、いや、そんな、だって…!?
醜態などおくびにも気にせず長いスカートを引き上げ、壁にぶつかりながら廊下を全力で駆け抜けました。そして、玄関へのドアを体で打ち破るように開けると、そこには―
そこには。
『長かった…でも、やっとたどり着いたよ。久しぶりだね…お姉ちゃん』
『あ…あ、あ…ああ…』
そこには、立派に成長した、右目に未だ伊達メガネを付けた…妹が。
あの雪山からひとえに想い続けた…妹が。
銃と砂漠と死体が溢れた地獄で、ただただ求め続けた…妹が。
私の妹、たった1人の愛しい妹、薔薇水晶が、そこにいたのです。
『あーーーー!!!!』
私は膝をつき、手で顔を覆い泣き崩れました。こんなに嬉しいのに、あんなに焦がれたのに、涙が、声が、とめどなく溢れる激流となって押し寄せてきました。
『ただいま…おかえり…お姉ちゃん』
『ああーーーー!!!!』
歩み寄り、体を優しく包んでくれる妹に、私はすがりつきました。その声がその温もりが、その香りが、私の中から涙と嗚咽を引き出させるのです。
そして、感極まると同時に、私は絶望してもいたのでした。ああ…神様。やはりあなたは私の願いなど聞いてくれはしなかったのですね。
すぐ傍らにいる妹、その妹の顔、その妹の瞳は…私と同じ。昔のあどけなく純粋に煌めいたな瞳ではなく、それは過去を罪と業で染めた、そんな人間の眼差しだったのです…

それから、とにかく泣き続けた私は気を失うように倒れてしまいました。ソファーの上で気がつくと、もう日がくれてしまっていました。
『ああ、気がつきましたかシスターキラ』
『はい…はい…シスター』
シスターはなお嗚咽を漏らす私を、しっかりと抱き止めてくれます。
それから夕食をとると共に、もう1人の女性、水銀燈と話した事を聞かせてくれました。
『ローゼンメイデン、ですか』
『ええ、まだメンバー集めの段階のようですが。怪盗と言っていましたね』
『そこに、妹が…』
そして、私の勧誘に。
『詳しい事は明日また来た時にと言っていましたから、今は妹さんとの再会を喜びましょう。ほら、今日はぶどう酒もいくらでもお上がりなさい。それ位のことはしても良いはずです』
『はい…ありがとうございます…シスター』
そして翌日、今度は落ち着いて迎えようと努めるも、玄関先で10分程抱き合った後、奥の部屋で水銀燈と話しをしました。
私が昔いた組織からも追われていること、いずれここも危ないこと。そして自分達は不殺を銘に怪盗をするチームであること、私に後衛の狙撃手を頼みたいこと。
その他もろもろの話をお昼を挟んで続け、ついに私の判断を聞く時になりました。ですが―
『少し…考える時間を頂けませんでしょうか』
水銀燈は頷いて、
『もちろん。これからの人生を左右する事ですもの。良く考えて頂戴。私達は4日後にここを発つ予定だから、その時に答えを聞かせて』
私が頷くと、水銀燈の隣にいた妹が言いました。
『私は…こうしてお姉ちゃんと会えただけで充分だよ。だから、この事はお姉ちゃんが自分の事として考えて。私を気にしないでいいんだからね。お姉ちゃんがここに残るなら、私は会いにくるから』
2人が出ていった後、私はもう何度目かしれない涙を、シスターの腕の中で流したのでした。

実のところ、私の答えなど始めから決まっていたのです。それ以外の答えなど、考えられないのですから。
ただ、私が時間を必要としたのは、覚悟でした。再び、銃を手にすることへの。再び、戦場へ向かうことへの。再び、人を撃つことへの。
『いいのですよ、シスターキラ』夕食の時、シスターは言いました。『あなたはシスター見習いです。自分の道は自分で決められるのです』
まるで、こうなる事がわかっていたかのように、当たり前のようにシスターは言ったのでした。
『シスター、前から1つ聞きたかったのですが』
『何ですか?』
『どうしてこれほどまでにわたくしを助け、支えていただけるのですか?確かに教会の義務ではありますが、犯罪人であるわたくしが、再びならず者に加わろうかとしているのに、どうしてここまでの世話を?』
『ふふふ、知りたいですか?良いでしょう。ではヒントを。まず私がシスターになったのは、実は30を過ぎてからなのですよ』
意外でした。私は驚きつつ、そのまま続きを待ちます。
『そして、それまでの私の事を知る者は誰1人生きていません。みんな、死んでしまいましたからね。それでも…知りたいですか?』
いたずらっぽいキラキラした笑顔で尋ねるシスター。私は背筋に嫌な汗を流しました。
『…いえ、結構です』
それでいいのです、と言っているかのような笑顔で一度頷くと、再び食事に戻りました。
そして…ああ、その姿は、私に本当にたくさんの事を教えてくれ、たくさんのモノを与えてくれたのでした。

『答えを聞かせていただけるかしら、雪華綺晶さん』
約束の日、水銀燈は1人で教会を訪れました。落ち着いた判断が出来るようにとの配慮でしたが、とても助かりました。本当なら私が妹に席を外してもらうよう言うつもりでしたから。
『その前に、1つ宜しいでしょうか?』
『何かしら』
『確かにわたくしは…悪魔とまで呼ばれた狙撃手でした。そして確かに、わたくしは人外の力を持っていたのです』
水銀燈は黙って私の話を聞いています。
『ですが、今のわたくしはその力を出す事は出来ません。それだけは、絶対にしたくないのです』
私が危惧していた事。それは、幼き日に起きたあの不可思議な現象。妹が左目を隠し、身の危険を感じた時に起こる私の右目との連動。
あの頃と違うのは、私が魔眼を発現している事でした。もし、私が魔眼を出している時にこの共有が起きたら…果たして、その時妹はどうなってしまうのか。
シスターも言っていた通り、この力は非常に良くないモノ。この力があったからこそ、確かに私は生き延びました。でも、この忌まわしい目がなければ、一体どれだけの人が死なずに済んだのか…
『そうなると、わたくしは“ただの腕のいいの狙撃手”になります。それでも…わたくしを必要とするのでしょうか?』
水銀燈は笑って答えました。
『チームリーダーとしては、部下に悪魔は遠慮したいところねぇ』
結論が、決まりました。
既に纏めておいた荷物を持ち、玄関へと向かいます。そして、振り返れば、シスターアレンダの姿。何時もより、少し小さく感じるその体に、一番の笑顔を添えて。
『シスターアレンダ…本当に…本当にありがとうございました…このご恩は一生忘れません…』
私は強く、第2の母とも言うべき恩人を抱きしめました。その、柔らかな温もりといったら。どうして私がシスターの服を濡らすことを耐えられたでしょう。
『なに、あなたはまだまだ見習いの身。あなたは自分の好きなように変わることが出来るのですよ。過去は未来への心得なのです。縛られてはなりません。わかりましたか、シスターキラ?』
『ヤー…シスター』

それから、私はイタリアへ飛び、他のメンバーと顔合わせをして正式にローゼンメイデンの8人目として加わる事になります。
ですから実は順位的には妹より後に入隊したので本来はローズ8となるのですが、妹に『お姉ちゃんは私の前じゃなきゃダメ』と言われ、晴れてローズ7の呼び名を受ける事になったのです。
私が入った事をきっかけにして、ローゼンメイデンは本格的な活動を開始しました。私は何時も、金糸雀に作ってもらったライフルのスコープで妹を眺めてています。貴女の背中は、今度こそ私が守り抜いてみせますから―

ローザ・ミスティカを探すようになってからはなかなか忙しく、されど楽しい日々が続いていました。途中、真紅が新しいメンバーを連れて来たりして、本当に、本当に楽しい日々だったのです。
だから―
『じゃあばらしーちゃん、しばしのお別れですね』
『うん…お姉ちゃんも気をつけて』
『ばらしーちゃんは南極でしたか。お願いですから、無理はほどほどにしてくださいね?』
『解ってるよ。もう後悔したくないもん。…あれ?お姉ちゃんは何処で修行するんだっけ?』
『ああ、わたくしですか?わたくしは…』
貴女と再会する事ができたあの場所で。
私が救われる事となったあの場所で。
私の第2の母のいる、第2の故郷。
『フランスのリムザール。サン・マスティア教会ですわ』


緊急mission 第一話、《ピンクのリボンと10人のサムライ》へ続く…

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