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「はいおねーちゃん、アーン」
「……アーン」
やっぱり入院といったら林檎で、林檎といったら愛する人に食べさしてもらうのに限る。
と、いうわけで、私も最愛の薔薇水晶に甘々タイムとしてご近所様には見せられないあんな事やこんな事をおねだりしては薔薇水晶を困らせていた。
「ばらしーちゃん、次は私口移しがいいなぁ」
「おねーちゃん、調子に乗らないの」
彼女の必殺薔薇バラチョップが私の脳天に直撃する。
……困らせているのは本当なのだが、おきまりのように顔を赤らめながら「しょうがないなぁ、おねーちゃんは」みたいなシチュエーションには行かないらしい。いや、残念残念。
「あっ、そうだ。今日、金糸雀さんがお見舞いに来てくれるって」
「案外早かったなぁ……アーン」
まるで、巣で親鳥を待つ雛のように口を開ける。薔薇水晶は、少し困ったような表情を見せながら林檎を私に口へ優しく入れる。ああ、なんて幸福な瞬間。
金糸雀は金糸雀、今は今。というかこんな幸せな時に神奈川だかカナブンだかそんなもんの事考えてられるか。
幸せというものが永遠に続くなんて事はあり得ない。今からどうせ辛いんだから今のうち楽しんでおかなければ。
それが私の、雪華綺晶式の生き方なのだ。
「おねーちゃん次は何食べたい? 」
「ばらしーちゃんを食べつくしたいような気もしましたがヨーグルトです、ほら水銀燈のお姉様が乳酸菌がいいっていっていたし、だからそんな見捨てるような眼で私を見ないでー! 」


「雪華綺晶、元気そうで何よりかしらー」
それから数時間後の昼下がり、薔薇水晶も一旦家に帰ったので、めぐの相手でもして暇を潰そうとしていた時、自称、策士金糸雀が彼女のトレードマークである、黄色のポーチを引っ提げながら病室へ現れた。珍しく一人ではないらしいと、後ろの人影から私はそう判断した。しかし草笛みつは仕事だろう、となればあれはいったい誰なのだろうか。
「ようこそ金糸雀、気持ち悪いほど白が多い尽くしている病室へ」
「雪華綺晶にぴったりなのかしらー」
と、金糸雀は私の横になっているベッドの脇にある椅子に座る。
「後ろの方はよろしくて」
私はわざとらしく入り口の方を覗き込む。
「すぐに気が付かれたかしらさすが雪華綺晶……ピチカート」
金糸雀も入り口を振り向き、隠れている人の名だと思えるを呼んだ。
ピチカート……やはり私には聞き覚えの無い名だった。
私は期待しながら入り口を見つめていると、金糸雀とは対照的に背の高い、知的そうな金髪の女性が凛、とした表情で病室に入ってきた。長い髪が太陽を反射して美しい。
「雪華綺晶、紹介するわ、ピチカートかしら。みっちゃんの、はとこの奥さんの妹さんかしらー」
ピチカートと呼ばれた彼女は静かに一礼する。中性的な服装から彼女の人格が分かるようだ。要は蒼星石と趣味が合いそう、という話。
「ピチカートは学校に通うために今はカナと一緒にみっちゃんの家に住んでいるのかしらー」
「それでいて貴方の有望な助手というわけね」
「そうなのかしらー。ピチカートはカナほどの才能はないけど将来有望なのかしら」
なるほど、と私は見るからに有望そうなピチカートを見た。学校という事は私達と同じ、そして恐らくというかほぼ、金糸雀より優秀なのだろう。
「で、頼んだ事なんだけど」
「ちゃんと調べてきたかしらー。ピチカート、説明してあげるのかしら」
はい、とピチカートはポケットから黄色の小さな手帳を取り出す。
「私達が調べた結果、あの川で殺人、誘拐、強姦、行方不明等が起きた事はありません。何故ならば強姦するには電灯などがあるため人の目につきやすく、そしてあの川は案外浅いのです。といってもカナリアさんが川の中央に立ってちょうど、胸部分に水があるくらいなんですが。もちろん、身長がほぼ同じヒナイチゴさんもそんなくらいでしょう。小さなお子さんには保護者がいるだろうし、だからあそこは誰でも入れる川なのです」
なるほどそう来たか、と私はピチカートの話を聞きながら頭をひねる。確かにあそこは浅い川だとは思ってはいたが……しかし雛苺は引き摺り込まれている。
それにあの時私が聞いた声は気のせいではない。気のせいならば私はこの病室にいる必要がない。
確かに『彼女』は言ったのだ
『アナタモ、ワタシト、イッショノ、ハズナノニ』
と。
「キラキショウさん、一応お伺いしますが、貴方は川での事件を探しているのですよね」
「え……あ、ああそうですわ」
「調べてわかったのですがあの川がなぜ、あそこまで流れが穏やかで、水量が少ないかというとあの川は昔、といっても十数年前工事をしているみたいなのです」
「工事……? 」
「はい、自然環境……なんとかというプロジェクトがあったらしくこの町はいち早くあの川を工事したらしいのです。まぁ、それは表向きの理由で実際は談合の結果あの川を早く工事したかっただけらしいのですが」
「川……工事……」
どうももどかしい。ピースがこのパズルのモノではないような、それとも作る題目が違かったようなそんな気分だ。
「あと一応、周りの事件とかもカナが調べたのかしらー。そしたら一つ面白い事が分かったのかしらー」
と、金糸雀が薄い胸を張る。
「これは不死屋のおばあちゃんから聞いた話なのだけれど、なんとこの町で行方不明事件があったらしいのかしら。けど不思議な事に警察はその事件をすぐに打ち切ったらしいのかしらー」
「打ち切った? 行方不明の捜索なんて警察の得意そうな事なのに」
「カナもそう思ったかしら。だけどおばあちゃんが言うにはその行方不明事件は本当はある権力者による誘拐事件じゃないのかって」
ある権力者の誘拐事件……? なにやら話が行ってはいけない、というかめんどくさい方向のベクトルに進んでいるような気がする。
「それでもう少し調べてみようと思って交番のおじいちゃんに聞きに行ったのかしら。おじいちゃんならもう、警察の圧力にあまり左右されないから、もしかしたらと思ったらまさしくビンゴだったかしらー。実はその行方不明になった人は二人、しかも当時の私たちと同じくらいの年齢の女の子だったって教えてくれたかしら」
行方不明は女の子。しかも誘拐当時、私たちと同じくらいの年齢……接点はあるが薄い。この町何人がこの接点に当てはまるだろうか。
「けど、実際、行方不明の二人の女の子の片割れはすぐに見つかったのかしら」
「その二人に何か共通性は無いの? 」
「……二人は姉妹。二卵性双生児だったらしいのかしら。だけど彼女達は髪の毛の色と、とある事を除けば瓜二つだったらしいのかしら」
「二卵性双生児……? 」ピチカートが例えば、と例を挙げてくれた。ああ、なるほどそのためにピチカートがいるのか。
「二卵性双生児とは母胎の子宮に何かしらの影響で二つの卵子が現れ、受精することです。一卵性双生児との違いは双子の顔や髪の毛の色が似ない事が一番でしょう。今回の行方不明の彼女らの場合は髪の毛は違いますが顔は似ている、しかしといっても一卵性双生児よりは顔の似さは下、という双子です」
なるほど、と私は思いながらとある双子を思い浮べた。
翠星石と蒼星石である。
彼女らは双子であるがオッドアイが逆、という事は彼女らも二卵性双生児……
「因みにスイセイセキさん、ソウセイセキさんの場合は二卵性双生児、という事も考えられますが一卵性双生児でも『ミラー・ツイン』といって利き腕やつむじ、中には内蔵まで逆という例も存在していますからあり得ない話ではありません。某ブラックなジャックなどでも紹介されていたはずですから詳しくはそっちを参考に」
……恐るべしピチカート。思考を読まれていたか。
「話が脱線したかしら……と見せ掛けてその彼女らにも『眼』はオマケ程度は関係しているのかしらー。その彼女らの片方、おねーちゃんの方は不慮の事故で片目を失ってしまったらしいのかしら」
「なるほど……しかし、金糸雀、よくそこまで情報を集めたわね」
「世の中、噂話が好きだから簡単に集まるかしらー。あとはみっちゃんのパソコンでインターネットかしらー」
謙虚なピチカートと比較的に自慢気な金糸雀を見ると少し可愛いと思ってしまうことはしょうがないことなのだろうか。一応、彼女は年上なのだが。
と、彼女を見ていると金糸雀が私を珍しく真剣な目で見つめていた。
「雪華綺晶、貴方はこんな情報を集めて何をするつもりなのかしら。一般人に川の事件なんて殆んど関係無いのかしらー」
「……一種の気の迷い、とでも言っておきましょうか。金糸雀、報酬アップしますから先程の事件について調べていただけませんか」金糸雀は難しい顔をする。いくら自称策士とはいえ私の目的までは分からないだろう。
「……分かったかしら。けど、あんまり危険な事はしない方がいいかしら」
金糸雀が踵を返す。
もしかしたら見抜かれた……事はないと思うが。
「では失礼するかしらー。報酬は最後に楽してズルして現金払いかしらー」
ピチカートがぺこりと行儀よくお辞儀をし金糸雀に続いていった。

病室が途端に静かになる。
私は人知れずため息を吐いていた。
これでだいたいあの残留思念の正体が分かった。決着をつけてやらないといけない。

「権力者……二卵性双生児……行方不明……姉は片目が潰れている……見つかったのは一人……しかしその子も死亡、か」
行方不明ということは今だに死体は見つかっていないのだろう。
まだ確信は出来ない。
だが、身体が共振するような気分になる。
死体の彼女が私を呼んでいるのだろうか。
私はベッドから降りる。

一応、最後の確信をしっかりと持っておきたい。
私は柿崎めぐの病室をめざした。彼女なら、皮肉にも病院生活が長い彼女なら知っているはずだ。

川の付近でこの病院が一番大きい。

となれば見つかった一人が何かしらの理由で死亡したとなら、ここに担ぎ込まれているはずである。

私は一歩ずつ、あの『残留思念』に近づいていた。

私はこの場所へと戻ってきた。
今まで何事も起こらなかったというのに何故あの時、私はあの声を聞いてしまったのだろうか、あの川へ。
残留思念にも私が分かるのか、再び脳髄がキリキリと痛み思わず顔を歪めた。

時刻は夜中の八時を指している。病院を抜け出すことなどめぐに掛かれば余裕らしく、私も楽に抜け出せた。ばれたら薔薇水晶に見捨てられる覚悟でやってきているのだ、やれるだけの事はしたい。

川原の付近には不思議な程に人がいないのが気に掛かる。

『……むい……寒い……』
周波数が合い始めている。頭痛と共に何日ぶりか『彼女』の声を聞いたが、あまり良い気分ではない。むしろ吐き気すら憶える程だ。出来れば関わり合いたくないがこれも仕方がない事なのだろう。
私は川原を一人歩きだす。
『……い……痛い……』

まだ遠い、とちょうど雛苺が引き摺り込まれた場所を前にしながら思う。
『彼女』自身はどこにいるのだろうか。寒い、寒い場所にまだいるのだろうか。

『寒い……痛い……』
橋に近づいてきた。この橋も川の工事で作られたものらしいのだが、私には憶えが無い。周りでは虫の鳴き声すら聞こえず、静寂が支配している。
まるで、この空間には『彼女』と私しかいないように。
『出して……ここから出してお父さん……』
お父さん、と『彼女』の言葉を繰り返す。
私は歩く。
『いい子にしているから、私いい子にしているから出して、ここから出して』
橋の下は粗大ゴミや工事の廃棄物が山積みにされていたらしく、立ち入り禁止の柵がある。
『残留思念』の声はここから強くなっている事を考えれば……
「そこに、行方不明の彼女がいる可能性が高い、って事かしらぁ~……グスッ」
振り替えるとそこにはなぜか泥だらけで半泣きの金糸雀と、大きな箱状のモノを足元に置き、その泥を払うピチカートが立っていた。
「……転んだの? 」
「滑り落ちたの間違いかしら。決して転んだんじゃなくて滑り落ちたのかしら! 」
擦り剥いた膝を気にしながら金糸雀は私に何かのキーを渡す。
「柵の鍵かしら」
「あれからカナリアさんと私で詳しく調べてみたらとある結論に達しました。その結果、私達がここにいるのです」
『残留思念』が止む。ノイズが無くなったと言ったほうが正しいか。
「あれからカナリアさんに頼まれて昔の新聞を図書館まで調べに行ったとき、ちょうどその新聞に古い色褪せた紙が出てきたんです。多分、それは当時の図書館の職員のものらしくて、彼はよきミステリーマニアだったのでしょうね。当時の事件の見解が書いてありました。それによれば警察がここの捜索を無視したと書いてあって」
金糸雀が柵の南京錠を開ける。しかしその鍵はどこから盗んで来たのだろうか。あとから捕まらないといいが。
「当時、本当に圧力が掛かっていたのなら、図書館勤務の彼には手も足も出ない。それであの紙を新聞に挟み、倉庫にしまい込んだ」
ピチカートが話ながら粗大ゴミを軽々と脇へ除けてゆく。
金糸雀が威張っているが貴方が頑張っているわけではない。
「彼の紙には他にもこの事件の裏事情が書いてありました。行方不明になった二人の少女の両親はとある有名な政治家の一人息子とその嫁でした。父親は双子を愛していましたが、妻を愛していませんでした。それは妻も同じで双子が生まれる前から浮気をしていました」
ピチカートが壊れた冷蔵庫をひょい、と脇へ投げる。私も手伝おうと柵の中へ入ったが途端寒気に襲われた。『彼女』が近い影響だろうか。
『寒いよ……苦しいよ……』
「よいしょ……ある日、妻の浮気が発覚し、父親は浮気相手に詰め寄りました。怒り狂う父親でしたが、ある事に気が付くとガクガクと青い顔をし震え始めました。父親は片方の娘の眼が浮気相手の眼にそっくりだと気が付いたのです。父親は急いで家に帰りました。妻と浮気相手についてのそれからは分かりません」
ピチカートの尽力により、ゴミが左右に分かれ、橋の土台の部分のコンクリートが剥き出しになる。
「雪華綺晶、あそこ見るかしら。あの部分だけコンクリートの色が少し違うかしら」
「あ、……痛ッ」
右眼が痛い。まるで突き刺されるような痛さが断片的に続く。
「父親は双子の娘を呼びました。そして妹の方の娘の眼が確かに浮気相手に似ている事を確認しました。父親は絶望したでしょう、まさか最愛の娘の一人が浮気相手の子だと知ったのですから」
「……ッ、二卵性双生児で父が違うなんてあり得るの? 」
はい、とピチカートは洗濯機を持ち上げる。
眼はますます痛みを増してゆく。
「要は二つ卵子があり状態で二種の精子がそれぞれ受精すればいいのです。実際にそういった例も確認されていますから。そのために父親は妹を幽閉した、とこの彼は考えました。行方不明にしておけば噂にはなるが圧力で事件にはなりません。そして、その幽閉、というか殺した死体を隠したのがここらしいのです」

ピチカートは箱からよく工事現場で扱うドリルを取り出した。
「みっちゃんのバイト先から借りてきたかしらー。それ、楽してズルして削るかしらピチカート」
「了解しております」
ピチカートは変色しているコンクリートの何かを確かめるとそこにドリルをあてがった。いつのまにかに装備しているヘルメットは自前なのだろうか。
「ちょうどガガガガガ、その時期に川の工事のついでにカガガ、この橋を建設していたらしいのでガガガガガ」
確かに変色しているコンクリートのある一定の周りは何かを付け足した脆さがあり、ピチカートはそれを容赦なく掘り返している。
私の耳にはその破壊音が、脳裏には『彼女』の叫び声が響く。
『痛い、痛い痛い、痛い痛い!! やめて、やめてお父さん! 私は何も悪い事してないよ! これからもいい子にするから、ねッ! だから眼にそんなもの近付けな』

グジャリ

『「イギャァァァァァァァ!!! 」』
右眼から血が溢れだしたと同時に私は眼を抉られる痛覚を一身に受けた。
身体と神経が切り離されるような痛みが私を襲う。
世界が赤く染まる。
「雪華綺晶、大丈夫かしら!? 」
「き、気にしないで『彼女』を救って……」
「キラキショウさん、出ました。多分、このドラム缶です」
ビニール手袋を装備した彼女の華奢に見える腕でドラム缶を持ち上げた。
金糸雀が怪訝な表情を浮かべるのも無理もない。出てきたのはドラム缶だ。中の想像は容易に出来る。
『……出して出して出して出して私は悪くない悪くない悪くない……』
言葉によって脳が破裂しそうだ。一つ一つを考えさせる時間すら与えてくれないらしい。

「……開けますよ」
ピチカートが大型カッターのようなものをドラム缶に向ける。ああ、やっと『彼女』に出会えるのか。私の苦しみもこれで解消するのか。
金属が削れる音がする。
金糸雀は見たい好奇心と中のモノの恐怖心で表情が変になっている。

ガゴン

ドラム缶の上部が外れた。刺激臭のような臭いが鼻を突く。予想とは案外違う臭いだ。人間が腐乱するとものすごいらしいのだが。一足先にモノを見たピチカートが私を見る。
「キラキショウさん、これは……」
私は『彼女』を覗き込んだ。

刺激臭に包まれたそこには小さな小さな隻眼の女の子だったものがドラム缶の上、誰かが開けてくれるのをまっていたように仰ぎ見るようにして、

死んでいた。

『やっと……許してくれるんだね……お父さ……』

私は目を背けた。あまりにも彼女が生々しかったからだ。金糸雀は恐怖で震え、ピチカートでさえ、青い顔をしている。
「これは……ホルマリンです……なんでこんな目に」

苦しみを我慢し、よく見れば彼女の右目は無残にも抉られている。暴れたのだろう、目の周りにも傷が目立つ。
私は静かに開けたドラム缶の蓋を元に戻した。

「ピチカート、警察に連絡して」

私は頭痛の続く中、ただそれだけを言い、流れ続ける右目の血を拭った。

流血が止まる気配はない。

それはまるで心の奥底で私が流している涙の様だった。

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