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だめでせう
とまりませんな
がぶがぶ湧いてゐるですからな
ゆふべからねむらず血も出つづけなもんですから
そこらは青くしんしんとして
どうも間もなく死にさうです
けれどもなんといゝ風でせう
もう清明が近いので
あんなに青ぞらがもりあがって湧くやうに
きれいな風が来るですな
もみぢの嫩芽と毛のやうな花に
秋草のやうな波をたて
焼痕のある藺草のむしろも青いです
あなたは医学会のお帰りか何かは知りませんが
黒いフロックコートを召して
こんなに本気でいろいろ手あてもしていたゞけば
これで死んでもまづは文句もありません
血がでてゐるにかゝはらず
こんなにのんきで苦しくないのは
魂魄なかばからだをはなれたのですかな
たゞどうも血のために
それを云へないがひどいです
あなたの方からみたらずゐぶんさんたんたるけしきでせうが
わたくしから見えるのは
やっぱりきれいな青ぞらと
すきとほった風ばかりです。



(『眼にて云ふ』  宮沢賢治)





DIABOROS 第八話 「Black Stone」





ここに来てから2日目の、奇妙な共同生活を送っていてた。
今、心配なのは普段うっとおしく感じている姉のことだった。
白崎さんはちゃんと説得し、安心させているというのだが…。


不思議なことに、一度も逃げようとは思わなかった。
奇妙な居心地のよさ、安らぎ、普段の生活では得ることは出来そうにない平穏、休息。
また、もしもの話にはなるが、土地的にも逃げだすことはできないだろう。
僕の予想が合っているのならば、この森の周りには“前時代の遺物”とも言うべき地雷が埋められているはずだ。
さんざん地雷を撤去しようという努力があったにも関わらず、争いの手段は何も変わることがなかった。
だが、この地雷は考え方を変えれば、ここを守る防壁の役割を果たしているともいえる。
檻とは、内から外への流出を防ぐと同時に、その逆、外から内への侵入も防ぐのだ。
また、先の戦争は、雪華綺晶がシナリオを書き、実際にその通りに動いていた。
もしかすると、この地雷原も想定内だったのかもしてない。
なら、この僕の介入は何のためなのだろう。


そうとりとめのないことを保健室だったへやのベッドの上にて考える。眠れない夜の中。
沈みそうにない意識に苦しんでいる約一時間。
…やはり少し怖いな。
彼女たちのことがではない。この場所が。この学校が。
よくここに住んでられるよ、ホント。
僕はそういう類のものを信じているわけじゃない。
けど、心の奥底、本能に根付いたものはどうしようもない。
幽霊を信じない人間が、夜の墓場を怖がるみたいに。
あれ?この場合何の例えにもなっていないな。まんまだ。
だったらどう例えるべきだろう。
…。
思いつかない。ならば、このやり方ならどうだ。
まず一語単語を思う。
それに例えとなりそうなイメージを付加させる。
これなら、きっと詰まることもあるまい。
じゃあやろう。

…年金。
ぐぁぁ!だめだ、さっぱり関係ない単語がでてきた!
何で年金なんだ!もっと他にいいものがあるだろう!高校生のくせに!
もっと明るいネタはないのかよ!青春しようよ!
ってあれ?そうなると本筋から離れるよな?
つーか、僕は何をしようと思ってたんだっけ。
…あ、思い出した。
でも、何でこんなことをしようとしていたんだ、僕は。
はぁ、あほらし。
なぜか、真紅や雛苺が人形だという世界を思いつき、鼻で笑う。
馬鹿馬鹿しい。

そんな纏まらない思考に振り回されていると、がらりと、静かにドアのあいた音が聞こえた。
恥ずかしい話だが、僕はこの音に体を縮ませていた。
心臓の鼓動も早くなる。
そして、近づいてくる何者かの気配。
僕の緊張は極限まで高まる。
そして・・・。


「ジュン様? 」

雪華綺晶の声がする。
「起きてます? 」
声と外見は一致している。

今はベッドに二人腰掛け、話をしている。
「こんな夜中にすみません。なぜか眠れなくて」
「いや、いいよ。僕もそうだし」

彼女の目的は何なのだろう。
正直に告白すると、僕は少し、ほんの少し、ホントのホントに少しだけ期待していた。
仕方ないじゃないか、健全な男子高校生である。

「こういう風に、二人で話すのは初めてですね」と微笑む。
「そういや、そうですよね。考えてみれば。意外ですけど」
「何を話せばいいか、分かりませんね、正直」
「ですね、僕自身話のうまい方じゃないんで」
「どうです?ここには慣れましたか? 」

このような、表面をなぞるだけのやり取りをする。
ぎこちないままに。
と、そのとき、一つの似た状況を思いつく。まるでこれは初々しいカップルのようではないかと。
もちろん、僕には彼女がいるし、立場もはるかに違う。
年齢も、彼女の方が上だ。
だが、この状況は…。


空が白み始めたころ、期待した何かがなかったことにガッカリするわけでもなく、普通に別れを告げ、眠ることにした。

懐かしい夢を見た。
あの頃は寄り添うように。
溢れる孤独を二人で分かち合って。


「大きくなったらジュン君とけっこんする! 」
「うん!ぼくも大きくなったらともえちゃんとけっこんしたい! 」
幼いころの無邪気な言葉。
今でも彼女、柏葉巴は僕に笑ってくれるだろうか。


場面は飛び、別れのシーンへ。


「また、たくさんおしゃべりしようね。また、いっしょにあそぼうね。
それに、大きくなったらけっこんして、ずっといっしょにいようね。
約束だよ」
二人は、泣きながら笑った。

二人だけの約束。二人だけの思い出。二人だけの。
今、僕は、あの頃描いていた大人という存在の理想像に近づこうとしているのだろうか?
あの頃、明日なんて当たり前のようにきて、当たり前のように笑顔で迎え入れられるものだと思っていた。
未来のことなんて、遠すぎて、永遠のことのように感じて、でも輝きに充ち溢れているものだと思っていた。


けど、今の僕には…。


目が覚めた。外の景色を眺めてみる。
雨が降っていた。ざぁざぁと、強く。
時計の針に目を落とす。ここにきて、これをもらった。
携帯電話を今まで時計代わりにしていたが、とっくに電池が切れている。
今は11時半。
昨日、遅くまで起きていたとはいえ、もう昼ともいえる時間だったことに驚いた。
「起きます」
誰に対するでもなく、一人呟いた。
ベッドの上で伸びを一つし、体をあげる。
そして、食堂として使われている教室へと向かった。


食堂へと向かう途中のある教室。そこには、誰かの姿があった。
「…は、…。だから…」
白崎さんのようだ。誰かと通話している。
ふと、興味がわき、静かに近づいてゆき、その会話に耳を傾けた。

「あぁ、問題ない。そうだな、順調に進んでいる」
仲間との連絡だろうか?
「あぁ。君の師匠の残した種はうまく芽吹くとおもうよ。
分かっているって。もうすぐ、全てが真っ更になる。僕は君の賛同者だからね。
システムに矛盾も問題もない。完璧さ。
流石、ローゼンの遺産だね。彼は天才だ。
そっちはどうなんだ?…。ふむ。
問題なさそうだね。あとはその時を待つだけ、ですね。
…えぇ。…えぇ。じゃあ、また。槐」


通話が終了したようだ。
何故か、ここで会ってはまずい気がする。
一旦、近くの教室に隠れ、白崎さんをやり過ごし、気づかれないように逃げた。
とりあえず、散歩をする。
音楽室。調理室。技術室。体育館と見て回るが、特に新しい発見はなかった。
そうしているうちに時は過ぎ、12時に近くなっていた。

僕、オディール、薔薇水晶、雪華綺晶、白崎さんの5人で昼食を済ませた後、雪華綺晶が急にこんなことを言い出してきた。
「ねぇ、ジュン様。私たちの仲間になりませんか? 」
そして続ける、
「いえ、何かをしてもらうというわけではありません。ただ、仲間に、一緒になって欲しいと思いまして」
真意がつかめない。
ただ。
僕には待っている人がいる。
今朝、夢を見たからだろう。
淀みなく、さらさらと言葉を紡ぐことができた。
「ごめんなさい。僕には無理です。
確かに魅力的な提案で迷いますが、僕には、待っている人がいます。
会いたい人がいるんです。
とても古い、遠い約束です。
向こうは、もう忘れているかも知れません。
けど、確かで、大切な約束なんです。
だから、僕には出来ません」

ごめんなさい、と答えた。

雪華綺晶は、落胆した様子もなく、むしろどこか嬉しそうに微笑み、
「そうですか。残念ですね。
でも…。素敵ですわ。そんなに想える人がいるなんて。
それが、私と貴方の違いですかね? 」

彼女は、そう言った。





DIABOROS 第八話 「Black Stone」 了

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