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目の前には鏡があった。

世界はシロで覆われている。

シロの世界では鏡と、自分という存在があるとするのならば、私だけが異物だった。

異質な鏡に漆黒を基とする乙女が映し出された。しかし彼女の苦しそうな、虚ろな表情を私に向ける。鏡の中の彼女には胸に錆びた杭が打ち込まれていた。穴の空いた胸を中心に亀裂が円状に走っている。

まるで『壊された』人形の様。

次に映し出されたのは金の乙女だった。しかし映るものは揺らぐ蝋燭の火に照らされる虚像。小さな彼女が胸を張れば虚像の彼女も胸を張る。しかし、蝋燭の火が消えれば残るのは小さな小さな本当の彼女だけ。

まるで影に怯える小人の様。

次に映し出されたのは翠の乙女だった。彼女は人形を持っていた。とても大きな大きな人形だった。人形はあまのじゃく、彼女の気持ちを反対に示す。彼女は小さな本心を大きな大きな人形の影で小さく呟く。

まるで彼女自身が腹話術の人形の様。

次に映し出されたのは先の彼女の似た蒼の乙女だった。彼女は自分を真っ直ぐに保った。真っ直ぐに保つためには犠牲を躊躇わなかった。しかし彼女はいつも迷っていた。恐がっていた。

まるで彼女は臆病なライオンの様。

次に映し出されたのは真紅の乙女だった。彼女は完璧を求めていた。欠けることのない自分を目指していた。しかしそれはピースが足りないパズル。足りないピースは彼女自身が捨てた。それを彼女は必死に完成させようとしているのだ。

まるで彼女は出口のない迷宮を彷徨っている様。

次に映し出されたのは幼き乙女だった。
彼女の周りには欲しいものがあった。彼女が望まないものは何も無かった。彼女は望まないものはすべて切り捨てたからだ。

まるで彼女は素直で残酷な子供の様。

最後に映し出された彼女は『私』だった。
眼帯で過去を隠した醜い彼女だった。しかし鏡の中の彼女はニコリと無邪気な笑みを浮かべている。
まるで私が私で無い様に。
鏡の中の彼女は私を見つめている。
シロの世界の私も彼女を見つめている。

彼女は『私』であり、私ではなかった。

まるで彼女は私の影の様。
それとも

まるで私は彼女の影の様。

シロの世界で私は鏡を見つめる。

それは深い深い眠りだった。


『残留思念 中』


私が目を醒ましたのはあの川原で意識を失ってから24時間後だった。

あれからどうも意識が途切れた私を心配し、雛苺やその家主が救急車を呼んでくれたらしく、私が目を醒ました時にはそこは嫌味なほど白い病室だった。
医者からは一応、脳の検査やら眼の検査やらで少しの間入院と言い渡された。
薔薇水晶は泣きながら抱き締め、私が目が醒めたことを喜んでくれた。しかし、私自身、薔薇水晶の柔らかい胸の感触を味わっているほど余裕が無かった。

今回の『残留思念』はどうも気になる、というか危険な感じがするのだ。現に銀のお姉様、水銀燈のネックレスが無ければ雛苺は今頃どうなっていたか分からないし、最後に私の脳髄に直接語り掛けて私の脳を見事にフリーズさせた。

あのまま野放しは不味い。誰かをあの『残留思念』のお仲間入りをさせるわけには行かないのだ。
知っていなければ関わらないが知ってしまった以上、犠牲が出てしまったら気持ちが悪い。

私はまだ頭が回らないのだが、嫌味なほど純白のシーツをはねのけると、ベッド下の青いスリッパを履いた。どうも倒れたときの服は薔薇水晶が洗濯にと剥ぎ取ったらしく、しかも普段、私はパジャマなるものを着ないため、今の私は病院側で用意してくれていた薄いピンクのパジャマだった。
この服は胸元がスースーして落ち着かないのが本音だが、背に腹はかえられない。

幸いな事に今、薔薇水晶は私の必要な荷物、おやつを置くと、今夜は病室に泊まると言って自分の準備をするため家に帰った。
愛しの妹がここにいれば直ぐ様「絶対安静ッ! 」とロープやらなんやでベッドに固定されてしまう。
薔薇水晶がそんなサゾでマゾな趣味を持たないことを切なに願う次第だ。

静かに病室を抜け出すと私は公衆電話を探す。

この『残留思念』について少し調べたいことがあった。
あの川の事である。

何かが引っ掛かるのだ、それを解消するには情報が要る。

スリッパをペコペコしながら廊下を渡り、公衆電話を探していると幸いな事にすぐに見つかった。しかし、一つしかない公衆電話の前には後ろ姿で美しいと分かる黒髪の少女、だろうか乙女が居て、何者かに電話している。
私は仕方なく、彼女の後ろで順番を待つ。
ふと、近くの窓を見れば蒼く澄み渡った空が眩しい。
こんな状況でも世間はまずまず平和らしい。

「……なのよ。うん……分かったわ。もしも会ったら伝えておくわ……大丈夫よ、この前あったからあっちも憶えているはずよ……うん、うん……任せて、水銀燈」

……水銀燈? 私は彼女の会話から出てきた聞き覚えのある名前につい反応してしまった。彼女は水銀燈と会話をしているのだろうか、さすれば彼女は水銀燈ね知り合いとなるはずだが、前にあまり友人関係は狭いと水銀燈自身が言っていたから、この前の彼女が水銀燈の数少ない友人という可能性がある。

しかし彼女が薄い青のパジャマ着ている事から彼女もこの病院に入院しているのだろう。

入院・水銀燈・黒髪の乙女

……ああ、なるほど。三つのキーワードからその答えは簡単に出てきた。こんな事も瞬時に分からないなんてまだ私の脳細胞はフリーズしているらしい。
「柿崎めぐ」
私は彼女の肩を叩いた。彼女はちらりとこちらを振り向くと楽しそうにニコリと笑った。乾いた笑顔から少しはましになった笑顔だった。
「後ろにいたわ……そう、私も驚いちゃったわよ……え……うん、分かった」

気付いていたくせに、と私は心の奥で微笑んだ。だからあんな振り向きざまに微笑んだのだろう。
「雪華綺晶、久しぶり。はい、水銀燈が呼んでるわ」
と柿崎めぐは私に灰色の受話器を手渡した。
「もしもし、水銀燈のお姉様ですか、雪華綺晶です」
『雪華綺晶、貴方大丈夫だったの? 雛苺から貴方が倒れたって聞いたから、もしかしたらとおもったんだけどぉ』
「ええ、ご心配おかけしました。悪い電波に毒されただけですわ」
『そう、ならいいんだけどぉ……』
「お姉様、実はご相談があるのですが、電話ではアレなので今晩あたり教会まで伺いたいのですがよろしいですか」
『別に私は困らないけど貴方は大丈夫なの? まだ病み上がりでしょ、あまり無理しないほうがいいわぁ。それに夜中は簡単には病室からは抜け出せないわよぉ』
「私なら大丈夫です。それにこちらには病室から脱出するプロがいますから」
私は柿崎めぐをちらりと見る。彼女の事だ、水銀燈の教会へ夜な夜な遊びに行っていたに違いない。それでいてよくも悪くも入院生活が長い事もあってこの病院については知り尽くしているだろう。

『……分かったわ、貴方の好きにしなさぁい。じゃあ、めぐに宜しくねぇ』

私は受話器を公衆電話に戻した。聞き慣れた電子音と共に地味なテレホンカードが戻ってくる。
「柿崎めぐ、よかったらもう一度このテレホンカード貸してくれない? 」
残念ながら私が要が有ったのは水銀燈ではない。しかし今気が付いたのだが、電話をするには小銭がいる。今の私は無一文だ。電話をするには警察のお兄さんとお喋りか、病院内で救急車を呼ぶ愚行をしなくてはいけない。
「ええ、どうぞ。貸しにしておくわ。今回の入院といい、前のアレといい、貴方とは何かと縁がありそうだもの。」
柿崎めぐは小さく笑った。
彼女は私と縁があるなんていうのだ。

よほど暇なのだろう。

私はテレホンカードをもう一度挿入すると、とある電話番号をプッシュする。彼女は携帯は持ち合わせていないので家の番号でいいはずだ。

「……」
呼び出し音に耳を傾ける。『はい、草笛かしらー』
彼女独特の甲高い声に私は安堵した。実際、居なかったらどうしようと思っていたからだ。
「金糸雀、雪華綺晶ですわ」
『雪華綺晶、入院したって雛苺から聞いたけどその声からすると大丈夫のよーねー。で、何の用件かしらー』
私が金糸雀に電話するなんて事は、ある一部な事を除いてない、と言ってもいいほどだ。
「実は貴方に頼みたいことがあるの。私が倒れた川の付近の過去あった事件、事故を調べてほしいの。もちろんバイト代は弾むわ」
「……分かったかしら。みっちゃんのためにカナが楽してズルして情報収集してくるかしらー」
「宜しく頼むわ。多分、私はあと2、3日はここから出られ無いからその間にお願い」
「了解かしらー」
電話を切る。金糸雀はああ見えて情報収集に長ける。あのあきらめない性格がいいのだろう。私はある出来事から情報収集したいときには金糸雀に頼むことにしている。
「電話は終わったの? 」
ええ、と柿崎めぐに私はテレホンカードを渡す。
「じゃあ、私の病室でお茶でもどう? 貴方の話を聞いてみたいわ」
「いない事が薔薇水晶に見つかったら館内放送で私の名前が呼ばれるわ。それでもいいなら」
「大丈夫よ、私の病室に喜んで探しに来る人なんていないから」
それもそうか。自ら変人に飛び込むほど仕事熱心な看護師もいないか。
「……ローズティーがいいわ」
私はそれだけ呟いた。

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