MISSION1――動き出す記憶――

 ただただ、真っ暗な空間の中で必死に手を伸ばす。その先にあるのは血に濡れた母親の姿。
 その手を掴もうと手を伸ばすが、自分に覆いかぶさっている物が重くて体がそこから動きそうに無い。
 何が乗っているんだ、と横を見ると、そこには腕時計が嵌められた血に濡れた腕。
 この腕時計は自分と蒼星石で父親にプレゼントした物…という事は、この重いものは…。
 それが分かった瞬間、底冷えするような記憶を思い出し訳も分からず喚きだしパニックに陥った。

 脳裏に浮かんだのは人ならざる、異形の影。それが自分達に襲い掛かってきた。
 それから自分を守るように、父親は…。

 パニックを起こし、父親“だった”物を必死にどかそうとする、その腕を何物かに掴まれた。
 一瞬悪魔かと思ったが、この温もりは違う。いつも繋いでいた、温かい手…。
「姉さん、大丈夫!? 生きてる!?」
 この声、温もり。間違いない、この手は…。

―※―※―※―※―

 ジリリリリ!!

 顔を見上げようとした瞬間にけたたましい無機質な音が鳴り響き、意識は現実へと戻された。
 自分に覆いかぶさってるのは布団に変わっているし、辺りを見れば見慣れた自分の部屋になっている。

 

 とりあえずうるさい目覚ましを止めて、時計を見る。
 午前七時、いつも起きる時間だ。昨日はゆっくり寝たというのに、寝起きの気分は最悪だ。
 それもこれも、あの夢…過去の記憶のせいだ。
(…またあの夢ですぅ…)
 垂れてきた汗を拭い、うんざりと言った様子で溜息を吐く。
 幼い頃に見た、あの悪夢を…。

 ともあれ、そろそろ仕事の準備をしなければならない。
 翠星石は気分を切り替え、ベッドから降りて汗を吸ったキャミソールを脱ぎ捨てた。

―※―※―※―※―


 庭師である翠星石の今日の仕事はある病院の中庭の手入れ。
 刈り込み鋏を使って植木の手入れを行っていき、形を整えていく。
 次に自分専用の庭師の如雨露で庭の植木達に水を撒いていき、それが終わると庭を見渡した。
「ふう、こんなものですかね」
 満足そうに汗を拭い、笑顔を浮かべる。
 その時、後ろから足音が聞こえてきてその方を向くと、病院の院長が笑顔でやってきていた。
「いつもありがとうね、さすが翠星石さん」
「これぐらいお安い御用ですぅ」
「あなたが手入れしてくれると植木達が嬉しそうで、ここの患者さん達も心が元気になっていくようよ」
 その出来栄えに満足した院長が懐から茶封筒を差し出してきて、翠星石はそれを受け取った。
 礼をして報酬であろうそれを自分の懐にしまいこみ、笑顔を見せる。
「まいどあり、ですぅ」
「また次もお願いね、翠星石さん。他の所じゃダメね」
「当然ですぅ。庭木のことなら、うちにお任せですよ」
「ええ、こちらこそ」
 そこで話は終わり、院長は頭を下げて中庭を出て行き、残された翠星石は道具を後片付けし始めた。

―※―※―※―※―

 事務所兼自宅である我が家へ着くと、道具類をいつもの場所に片付けていく。

 

 その中、庭師の如雨露だけはロッカーには仕舞わず玄関兼事務所の壁に掛けた。
 この如雨露は仕事道具でもあり、インテリアでもあり、そしてこの造園所のトレードマークみたいな物だ。
 それから如雨露に嵌められている緑色の宝石へと目を移す。
「…嬉しそう、元気になっていくよう…ですか…。悪魔の力も使いよう、って訳ですね」
 如雨露に嵌められている緑色の宝石をそっと撫でると、複雑な気分になった。
 この宝石は本来翠星石…もとい、人間の物ではない。悪魔の物だ。
 翠星石の両親は幼い頃、自分と妹の蒼星石を悪魔の襲撃から守って他界している。
 その時は訳も分からず生き残った双子の妹…蒼星石と泣き合っていたが、その時にこの落ちている宝石に気が付いた。
 悪魔が落としたのかどうかは分からないが、不思議な力が溢れるそれを何かに使えないかと手に入れたのだ。
 そして今は庭師として庭木の為に使われている…庭木が不思議と元気になるわけはこれだった。
 これを嵌めた如雨露で水を与えると、不思議な力で生き生きとしてくるのだ。
 もしこれが悪魔の力だと知ったらどう思われるだろうか。
 ふう、と溜息を吐き今度はその隣に開いた不自然なスペースに目を向ける。
「…蒼星石、何処に行ってるですかね…」
 そこは本来、蒼星石が使っていた庭師の鋏が掛けられている筈のスペース。
 かつては同じく悪魔の宝石を嵌めた庭師の鋏で一緒に仕事をしていたが、一年前に「悪魔達に復讐を」と置手紙を残して出て行ってしまった。
 その手紙と一緒においてあった物は、今事務所の机の中にしまってある。


 一人物思いに浸っていると、不意にキッチンのオーブンがチンと音を立てた。
 それで意識を現実に戻し、キッチンに行ってオーブンを開けると香ばしい香りが漂うスコーンが出来上がっていた。
「うん、上手に焼けたですぅ。そろそろ夕食にするですかね」
 出来上がった三つのスコーンを火傷しないように取り出して皿に乗せて、メープルシロップを一緒に持って事務所へ向かう。
 いつ電話や客が来ても対応できるようにと、夕食を食べる時はいつもここだ。
 そう言っても、もう庭師の仕事は終わり。これからは翠星石のもう一つの仕事の時間だ。
「…今日は電話が来ますかね」
 まあこの仕事は副業みたいな物で、仕事の頻度は多くない。
 あまり期待せず事務所に来ると、何か異変を感じ取った。
 光景だけを見れば、ただ夕日が差し込むだけの事務所…だが、そこに起きた異変を翠星石は分かっていた。

 

「…電話じゃなくて本人自ら来るとはね。落ち着いての夕食は期待出来そうにないですね!!」

 ガシャァァン!!

 その瞬間翠星石はスコーンを一つ口に咥えて身を屈め、同時に窓ガラスが割れ翠星石の頭を何物かが掠って行った。
 身を起こし何物かが飛んでいった方向を見ると、そこには人間界にいるはずの無い者がいた。
 それは下半身が鳥の足、上半身が老婆、そして腕の代わりに翼が生えた醜い生き物――ハーピー――だった。
 更にハーピーは事務所の窓から入ってきて、多くの醜い顔が翠星石を見つめる。
(…久々に大暴れできそうですね)
 スコーンを口に咥えたまま不敵な笑みを浮かべ、机の引き出しを開いて中から何かを素早く取り出した。
 それ見たハーピーが攻撃を仕掛けようと急降下してきたが、ハーピーの攻撃が届く前に振り向き取り出した物を向ける。
「腹減ってんなら、鉛のキャンディでも食べるがいいですぅ!」
 威勢の良い掛け声と共に両手に握られた二丁拳銃が烈火の勢いで火を噴いた。
 右手の銃は蒼、左手の銃は濃緑をしており、それが撃ち出す鉛玉は目の前のハーピーを一瞬で唯の肉片にし塵とにしてしまった。
 その消えていくハーピーを不敵な笑みを浮かべながら見つつ、咥えていたスコーンを口の中へ押し込んだ。
 それを飲み込むと、天井近くで群れを成しているハーピー達を睨む。
「レンピカとスィドリームのお味はいかがでしたか? お前らにも食べさせてやるから心配するなですよ!」
 両手の銃を向けると群れはバラバラになり、一羽一羽がバラバラとなって翠星石へと迫り来る。
 どれもスピードがあるが翠星石はダンスを踊るように余裕でそれをかわしていき、反撃にハーピー達へと銃弾を打ち込む。
 鉛の雨を浴びて次々と塵となって消えていき、最初は多数だった群れも最後の一羽となった。

 

「意外とあっけなかったですね。もうちょっと楽しませてくれても良かったのに」
 皮肉の満ちた笑みを浮かべ、両手の銃をハーピーに向ける。
 それでそのハーピーは哀しみとも怒りとも言えぬ雄叫びを上げて飛び掛ってきた。
 だがそれも無駄な抵抗。翠星石は躊躇う事無く引き金に指を掛けた。
「ビンゴ!」
 その瞬間に無数の銃声が響き、同じく無数の弾丸がハーピーを襲い跡形も無く消し去ってしまった。
 断末魔の悲鳴をあげる間も無く消え去り、翠星石は両手の銃を華麗に回転させながら腰のホルスターにそれを仕舞う。
 それから床に倒れていたイスを蹴って元に直すとそれに座り、事務所内を見渡した。
「…ちょっと調子に乗りすぎましたかね」
 あんな立ち振る舞いをして事務所内が平気なはずが無い。
 窓ガラスは割れ照明も砕け散り、壁は弾痕だらけで穴ぼこ、そして滅茶苦茶になった机や応接用ソファ…目も当てられない状態だ。
 調子に乗ると後先考えない、翠星石の性格が災いした結果だ。
 そうして見渡していると皿に乗ったスコーンが二つ、床に落ちている。
 それを見てグゥ、と腹が鳴ってそれを取ろうと近付いて行く。
 そして拾い上げようとしたが、その瞬間後ろから残っていたハーピーが現れそれを足で鷲掴みにしてしまった。
 そのまま窓から飛んで逃げようとしたが、翠星石が逃す訳も無く問答無用で銃を抜いて弾丸を撃ち込んだ。
 撃たれたハーピーは消えてなくなり、落としたスコーンを拾ってみたがそれは汚い足で掴まれてとても食べれる状態じゃない。
「ちぇ…結局夕飯はスコーン一個ですか」
 溜息を吐き頭を振ってそれをゴミ箱に投げ捨てる。もっともこの部屋の状態でゴミ箱の意味があるのか分からないが。

 

「素晴らしい…さすがですわね」
 不意に自分以外の声が聞こえ、その方を見ると事務所入り口の所に一人の女性が立っていた。
 腰まで伸びた薄ピンクの髪、フリルの付いた白いドレスを着ており、右目には目玉の代わりに白薔薇が生えている。
 その表情は薄っすらと笑みを浮かべているがどこか捉えどころの無い、狂気すら感じさせる物だ。
 それだけでもとても一般人ではないという事は分かるが、何よりもさっきの立ち振る舞いを見てこれだから計り知れない物がある。
 警戒している翠星石を見据えて、女は更に口を開く。
「どうでしたか? 私の挨拶代わりのプレゼントは」
「…一からセンスを考え直した方がいいですね」
 警戒しながらも軽口を叩き、ホルスターの銃に少しずつ手を伸ばす。
「…何の用ですか? あいにく今はこんな状況でね、もう閉店です。トイレなら裏にあるから勝手に使って帰ってくれです」
「実は近々パーティがありまして、それにご出席願おうかと思いまして」
「パーティ?」
「ええ、その招待状をお届けに参りました。では…お受け取り下さい」

 

 女はどこからとも無く便箋封筒を取り出すと、それを翠星石へと投げ付けた。
 それは唯の紙とは考えられない速度で翠星石へと迫っていき、それを目前で受け取ると即座にホルスターから銃を抜き女へ向ける。
 だが既に女の姿は無く、開け放たれた入り口から薄ら寒い風が入り込んでいるだけだった。
「弁償の一つぐらいさせてやろうかと思ったんですけどね」
 翠星石は一つ溜息を吐き、銃を仕舞う。
 すると、さっきの女の声が何処からとも無く聞こえて来た。
『一つ言い忘れてました。パーティにはあなたの良く知る方も参加されますから、ご参考にしてください』
「…良く知る人…?」
 それに首を傾げ、受け取った便箋封筒を裏返して見る。
 そこに書かれた文字を見つけると、翠星石の目が少し大きくなった。
「“親愛なる姉へ――蒼星石”…蒼星石ですって?」
 女が言う翠星石の良く知る人…それは一年前に失踪した双子の妹、蒼星石であった。

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最終更新:2008年10月22日 23:52