とある日の買い物帰り、私は本屋へと立ち寄った。別に欲しい本があった訳でもない、そもそも私は食べることにしか興味を持てない、と言っては過言だがそれに人生の大半を掛けていると思う。

妹の薔薇水晶はとっくの昔に諦めているし、雛苺にしては私に食べられるのではないかと恐怖している。もちろん、そんな気はこれっぽっちしかないのだ、信じてほしい。

ともあれ、さっそく私は適当な雑誌に手を伸ばした。本屋に来て本を読まないとはステーキ店でステーキを頼まないと同じくらい愚の骨頂であるくらいはわかっている。

手に取ったのはテレビ番組が載っている雑誌、表紙の檸檬に引かれたわけではない。そういえば檸檬という名の小説を高校で習ったような気がする。題名しか頭にないがどんな話だったろうか、後から少し探してみるのもいいかもしれない、と私は思った。

パラパラとろくに熟読などせずに適当に流し読みする。ろくにテレビなど見ないのだ、話を合わせる程度の情報さえあればいいのだ、要は『くんくん』と名の付く番組だけでいい。

しかし流し読みとはいえ、時折目につくのは料理だ。例えばあの有名な五人グループが料理を作る番組やゲストと共に巨匠が料理を作る番組などだ。

あういう番組等にはついつい目が行ってしまう。そしてゲストを嫉ましく思う。もちろん、私がゲストだったら、という妄想も欠かさないのだが。

そんな事を思っているとページが無くなっていた。既に読み終えていたことすら気が付かないとは。なんたる間抜けぶりだろうか。 私はほんのちょっと自分を恥じた。
そのまま、私は隣の本へと無意識に手を伸ばした。

……気が付けば小一時間が経過している。外も薄暗さが一層増しており、そろそろ帰宅しなければ妹に叱られてしまう。一度、夜中に帰ってきたら普段からは想像もつかない鬼の形相の彼女が待っていた。

お説教の内容はあまり覚えちゃいないが確か「年頃の女の子が夜中ふらふらしてはいけない」とかなんとか。
妹は妹で私を心配してくれるのだろうが私は大丈夫だろう。そんな物好きに出会うのは砂漠で落とした指輪を捜し出すくらいの確率だろうと自負しているからだ。

さて、と私は帰る前にとある文庫を探した。その本は意外に様々な会社で印刷されていて迷ったが表紙が一番おいしそうなものにした。

それを手にレジへと向かう。会計を済ましながら私はこの本の概要を少し思い出していた。

誰かに知られたくないが知られたい

妄想の極限、当時の私はそう思ったのだ。それと同時に不思議な親近感を感じた。
今の私もそう感じるのであろうか、それとも感じないのだろうか。

私は『檸檬』を持ちながらいつもの帰り道を歩く。しかし気持ちはどことなく、いつもとはまた違う懐かしい気がした。

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最終更新:2008年10月04日 01:20