※上記の広告は60日以上更新のないWIKIに表示されています。更新することで広告が下部へ移動します。

 ジュンの刀が振り下ろされた瞬間、真紅は巴の首が飛ぶ光景を想像して咄嗟に目を閉じた。
 そしてそして刀が地面に着いた甲高い音が聞こえてからたっぷり数秒ぐらいしてから、恐る恐る目を開く。
 だが、その目に映ったのは意外な光景だった。
「…あれ…?」
 真紅が見たのは、刀が振り下ろされる前と大差が無い光景。強いて言えば刀が地面に着いていることのみ。
 振り下ろされた刀は巴の首をほんの少し掠った程度で、切り落とすどころかその傷さえ注意して見なければ分からないほどだ。
 ジュンは刀を仕舞い巴に背を向けて歩き出し、そこで巴も自分がまだ生きていることに気が付き首をさすった。
 自分が無事だという事に驚いたが、その次に沸きあがってきたのは喜びでも何も無い、怒りのみだ。
「ジュン!!」
 ジュンの背中を睨み、怒鳴りつける。ジュンはそれで足を止め、ほんの少しだけ首を巴に向けた。
「何故ローザミスティカを奪わないの! 勝者に情けを掛けられるなんて最大の侮辱…奪いなさい!!」
 怒りと悔しさと悲しみが混ざった声でジュンに喚く。ジュンはそれで完全に体ごと巴の方を向いた。
「別に情けを掛けたつもりは無いさ」
「だったらどうして!!」
「お前に掛ける情けなんか持って無いよ。けど…あんな小さな子に恨まれるのは後味が悪すぎるんだよ」
「…雛苺の事…?」
 ジュンはそれを聞いて何も返答しない。だが、その沈黙が最大の答えだった。
 だが巴はそれが気に入らず、更に険しい目でジュンを睨む。
「そんなの…雛苺なんか関係ない! あれはただのミーディアム…私が動く為にいれば良いだけの存在、それ以上でも以下でも…!」
「…強がりはよせ」
 有無を言わさず巴を押し黙らせ、その目を見据える。
 決して荒い口調ではないが、全てを押し黙らせるほどの迫力があった。
「…大切なんだろ、あのミーディアム」
「…そりゃ大切よ。あの子がいなけりゃ私は動けないんだから…」
「確かに…でもそれ以上に、あの子が大切なんだろ?」
 ジュンに言われ巴は押し黙り、更にジュンは続ける。

 

「お前のあんな顔は初めて見たよ。あんな優しい顔も出来るんだな」
「それは…」
「…行けよ。早く帰る約束だろ?」
 これまでとは違う優しい表情で、巴にそう掛ける。
 だが巴はそれを聞いて、絶望的な表情でがっくりとその場にうな垂れた。
「…私に…」
「?」
「私にどうしろってのよ…。私は戦う事しか…アリスを目指す事しか知らない馬鹿なドール…そんな私が…これからどう生きていけば…」
「それぐらい自分で考えろ。一人じゃ分からなかったらあの子と一緒に…。お前には可愛らしいミーディアムがいるじゃないか」
 巴は落胆した溜息を吐き、戦いで汚れた顔を手で拭う。
 その拍子に破れた服の胸ポケットからロケットペンダントがこぼれ落ちた。
 拾い上げそのペンダントを開くと、変わらず雛苺とのツーショット写真が見えた。
「…雛苺…」
 どうでも良いと思い込んでいた物だったが、それを見て熱いものが巴の目頭に集まってきた。
 ペンダントごと手で目頭を押さえ、声を押し殺して体を震わす。
 その様子に、ジュンも真紅も何も言えずただただ見つめるのみだ。
 しばらくして落ち着くと、それを胸ポケットに仕舞わず今度は首に掛けた。
 そのままジュンに背を向けて立ち上がり、雛苺が入っていった鏡へと近付いて行く。
「…後悔しても知らないわよ」
 傍目からすると、今までの冷酷な巴と何ら変わらないように聞こえる台詞。
 だがジュンはそれを聞いて僅かに笑みを浮かべ、背を向けたままの巴に返した。
「暴れたくなったらいつでも来い。いくらでも相手してやるよ」
 それに巴は答えないまま消えて行ったが、ジュンはそれだけでも満足だった。
「…ねえジュン、本当に良かったの? あのまま行かせて…」
 巴が消えた後、真紅はおずおずとジュンにそう尋ねた。
 それを聞いて、ジュンは少し呆れたような笑みを浮かべて見上げる。

 

「なんだよ。刀振り上げた時止めようとしたくせに」
「それはそうだけど…」
「…大丈夫だろう。あいつもそんなバカじゃないさ」
「でも、もしまた…」
「その時は僕が責任を取るよ。心配するな」
 安心感を与えさせる、ジュンの笑顔。それを見て真紅も安心して微笑む。
 それからしばらく間を置くと、ジュンは真面目な表情に戻した。
「…助かったよ。来てくれて」
「え?」
「もし真紅が来てくれなかったら、間違いなくあのまま終わってた。真紅がいたから勝てたようなもんだ。…その…ありがとな」
 少し目を逸らし、照れ臭そうに言いジュンは鼻を少し掻いた。
 ジュンなりの素直な感謝の台詞だ。だがその数秒後に返ってきたのは意外な台詞。
「…気持ち悪っ」
「…はぁ!?」
 予想していなかった台詞で一瞬耳を疑い、思わず顔をしかめて真紅を見る。
「まさかあなたから“ありがとう”何て言われるなんて思わなかったわ。やだ、鳥肌が立ってる…」
 更に真紅は腕をさすり、体を振るわせた。
 それを見て感謝の気持ちは一転、怒りの感情が沸きあがってくる。
「何だよそれ! せっかく素直に感謝してやったってのに! クソッ、こんな事ならあんなこと言わなきゃ良かった…」
「してやったって何よ、上から目線!? 結局あなたの感謝なんてその程度なのね!」
「素直に受け止めないお前が悪いんだろ!」
「何ですって!?」
 結局いつもの口喧嘩へと発展して睨み合う二人。
 だがしばらく睨みあっているとジュンが可笑しそうに笑い、真紅もそれに釣られ二人とも笑い出した。
「…行きましょう。まだやる事が残ってるでしょう」
「ああ。みんなにローザミスティカを返さないとな」
 手の中にあるローザミスティカを見る。これを戻せばみんな元に戻るはずだ。
 ジュンが先に鏡へと向かい、それに付いて真紅も向かって行った。

 

―※―※―※―※―

 

「みっちゃん…みっちゃあん…」
 一人残されてから金糸雀はずっと動かないみつを抱いたまま、そこから動こうとしない。
 いや、動けない、と言った方が正しいだろうか。もう大声ではないが、それでも涙は止まらずすすり泣き続けている。
「いつまで泣いてるんだよ。せっかく取り返してきたってのに」
 その背後からジュンは声を掛け、金糸雀はその方を振り向いた。
 泣き腫らした目が赤くなっていて、それにジュンは呆れたような笑みを浮かべる。
「ジュン…それに真紅…」
「ほら金糸雀、みっちゃんを貸しなさい」
「え?」
「返しに来たんだよ。ローザミスティカをな」
 そう言って手の平の中にある黄色く輝くローザミスティカを金糸雀に見せ付けた。
 それを見て、金糸雀の表情が期待に染まる。
「ローザミスティカ…じゃあ、それを戻せば…!」
「ああ、元に戻るはずだ」
 真紅は金糸雀からみつを受け取り、それを地面に座らせる。
 それからジュンがみつにローザミスティカをかざすと、ピチカートがそれを受け取ってみつへと近付いていった。
 そのままローザミスティカはみつの体に吸い込まれていき、体が黄色く輝きだした。
 やがてその光が収まると、みつはゆっくりと目を覚まして体を起こし辺りを見回した。
「…あれ…私…」
「みっちゃああん!!」」
 未だに状況がよく飲み込めてない様子のみつに、金糸雀は涙を流しながら抱き付いた。
 いきなり抱きしめられた事にみつは驚きつつも、やがて倒れる前の事を思い出し状況を把握してきた。
「みっちゃん、ホントに、ホントに良かったかしらああぁ!!」
「カナ…そうか私、巴にやられて…」
「ジュンと真紅がみっちゃんを助けてくれたのかしら!」
「ジュン…そうだ、ジュンジュン!」

 

 みつはジュンを見つけると、金糸雀の胸の中から飛び降りた。
 それでジュンは嫌な予感を感じ、その場から逃げようとしたが、それは結局間に合わない事となる。
「お、落ち着…!」
「ジュンジューン!!」
 そのまま駆け寄ってきたみつに思いっきり抱きしめられ、それと同時に恒例どおり首が絞まってくる。
 苦しくて慌ててみつの背中をタップするが、気付かずにそのまま全力で抱きしめ続ける。
「やった、やったのね! やっと巴を倒したのね!」
「……!! ……!!」
「きっとジュンジュンならやってくれるって信じてた!! さすがジュンジュンねー!!
「……! ………」
 段々ジュンの力が弱まっていき、それに気付いた真紅が慌てて二人を引き離した。
「ちょっとみっちゃん、今度はジュンのローザミスティカを奪う気!?」
「あ、ごめん。嬉しくてつい…」
 やっと解放されたジュンはそのまま咳き込み、みつを涙目で睨む。
「ゲホッ…ついで奪われてたまるか…こんな事なら戻さない方が静かで良かったかもな」
「ちょっと、それ酷いんじゃない? ジュンジュンのいけず」
「お前な…。ま、その様子なら異常無さそうだな。…頭意外は」
「だーかーらー!」
 憎まれ口でさっきの仕返しをするジュンだが、その表情は嬉しそうだ。
「…じゃあ、今度はめぐのを…」
「ああ。行こう」

 

―※―※―※―※―

 

「ん…」
 ローザミスティカを戻すと、めぐの目がゆっくりと開かれた。
 めぐは体を起こして辺りを見渡し、泣き腫らして赤い目をしている水銀燈を見つけると、優しく微笑んだ。
「…水銀燈…心配掛けちゃってごめん…」
「めぐ…良かった…良かったぁ…!」
 水銀燈は心底安堵した表情でめぐを抱き上げ、頬擦りをした。
 めぐも自分から顔を寄せ、水銀燈の頬に自分の頬を押し付ける。
 やがてジュン達を見つけると水銀燈から降りて近付いていった。
「ジュン…ありがとう。ローザミスティカを奪い返してくれて…」
「いいよ、礼なんか。いずれ巴とは戦う道だったんだから」
「そうよね…そう言えば巴のローザミスティカは?」
 みつにそう尋ねられ、ジュンは何も言わずに首を横に振った。
 それを見て、二人の表情が驚きに変わる。
「奪わなかったって…どうして!?」
「…僕はローザミスティカなんて興味ないから。それに、あいつにもあいつを大切にしてるミーディアムがいるから…僕達と同じように」
 真紅達ミーディアムの顔を見渡し、雛苺の事を思い出して優しい笑顔を浮かべるジュン。
 みつとめぐは少し呆れながらも納得したように頷いて、同じように笑顔を浮かべた。
「…なんだかんだ言って優しいんだから、ジュンは…」
「それがジュンジュンの良いところなんだけどね」
「でもどうするの? また来たら…」
「その時は僕が相手をする。お前達は気にしなくていいよ」
 自信のある台詞に、二人とも少し間を開いてから頷いた。
 それからジュンは手を開き、残っている二つのローザミスティカを見る。
「残りはオディールと…」
「オディールもやっぱり…」
「…言わなくても分かるだろ?」
 そう言うジュンに、二人とも頷いた。

 

―※―※―※―※―

 

 真紅達を残してスゥーウィの案内でnのフィールドを経由して行き着いたのは立派な洋室だった。
 そこに来たジュン達はその部屋の景観に驚いて辺りを見渡した。
「…すっげ…これがオディールのミーディアムの部屋…」
「本当…物語の世界みたい…」
「…あなた達…どちら様ですか?」
 そうしていると、不意に声を掛けられてその方を向く。
 そこには右目に白薔薇の眼帯をしている、白いワンピースを着た少女がベッドに腰掛けていた。
 指にはボロボロでありながらも薔薇の彫刻が施された指輪が付けられている。
「オディールのミーディアムか?」
「そうですけど…あなた達もローゼンメイデン? 何か…」
「オディールのローザミスティカを返しに来たんだ」
「オディールの…本当ですか!?」
 ジュンの台詞を聞いて少女の左目が驚きで大きく開かれた。
「ああ。だからオディールを出してくれないかな? 返せばまた動けるはずだから」
「分かりました、すぐに…」
 少女はベッドから立ち上がると、大きな棚からローゼンメイデンの鞄を持ってきた。
 それを開いてジュン達へと差し出したが、それを見てジュン達は言葉を失った。
「両腕が…」
「…ええ…見つけた時にはもう…」
「…巴も酷い事するわね…」
 オディールの両腕は肘から先が砕けて消えていて、見るも無残な状態だった。
 ジュンは険しい表情ながらも、白く輝くローザミスティカを取り出しオディールに掲げる。
「…両腕は元に戻らないかも知れないけど…」
 事前にそう前置きして、ローザミスティカをオディールの胸元に置く。
 するとローザミスティカはオディールの体に吸い込まれて、次にオディールの体が白く輝き出した。
 その光が収まるとオディールは体を起こし、少女とジュン達に気が付いた。

 

「…雪華綺晶…それに、ジュンにみつ、めぐ…」
「僕と直接会うのは久しぶりだな」
「…私…巴にやられたはずじゃ…」
「ジュンジュンがわざわざ巴から取り返してきてあげたのよ。感謝してよね」
 みつが人差し指を立てて茶化したように言うが、オディールの表情は曇ったままだ。
 その理由は言わずもかな、失われた両腕の事だろう。
「感謝…? する訳無いじゃない…こんな体になって甦ったって…これじゃアリスになれないし戦えない…!」
 消えた両腕を見て、大粒の涙を流すオディール。
 涙を拭おうにもそれすら出来ず、涙が服に染みをいくつも作っていく。
「こんな事なら、ずっと目覚めない方が良かったのに…! 私みたいなジャンク、存在価値が無いもの…!」
「…価値…そんなの、私には関係ありませんわ」
 少女…雪華綺晶の言葉に、オディールは顔を上げて雪華綺晶の顔を見た。
 雪華綺晶は涙を流しながらも、心底嬉しそうな笑顔を浮かべている。
「私はあなたがこうして動けるようになっただけでも、本当に嬉しいんです。…アリスゲームとか関係なく、私の為だけにいて欲しいっていうのは、駄目ですか…?」
「雪華綺晶…」
「それに…こんな物も用意してみました」
 雪華綺晶は立ち上がると、さっきの棚からもう一つハードカバーの鞄を持ってきて、それを開いてオディールに見せ付けた。
「…腕…? 人形の…」
 中に入っていたのはローゼンメイデンのものとは違う物だろうが人形の両腕だった。
 それを手に取り、雪華綺晶は笑顔で口を開く。
「ラプラスに言って取り寄せた物です。また前みたいに動かせるかどうか分かりませんが…これで良かったら取り付けてみませんか?」
「…良いの…? こんな私が…」
 雪華綺晶がハンカチでオディールの涙を拭き取り、そのまましっかりと抱き寄せる。
「当たり前じゃないですか。あなたは私の大切な人形なんですから…」
「…っ! うん…うん…!!」
 お互いにしっかり抱きしめ合う、そんな光景を見てジュン達は鏡台へと踵を返した。

「僕達はお邪魔みたいだな。失礼するとしようか」
「そうね…」
「ミーディアムに免じて、これまでの事は許してあげるとしましょうか」
 そのまま二人を残したまま鏡に飛び込み、nのフィールドへと飛び降りた。

 

―※―※―※―※―

 

 nのフィールドを進みつつ、ジュンは溜息を吐いた。
「後は一つ…だけど…」
 残った最後の青く輝くローザミスティカを見て、ジュンの表情が曇る。
 このローザミスティカのドール…一葉はもう何年も前に巴にやられている。
 今更取り返したところでどうしようもないだろう…やりきれない虚しさと寂しさが込み上げてくる。
 そんなジュンの背中をめぐが軽く叩き、めぐの方を向く。
「それ、返しに行きましょう」
「え? 返すって言ったって…」
「良いから、付いて来て」
「付いて来れば分かるわよ、ジュンジュン」
 先にさっさと歩き出したみつとめぐに呆気に取られながら、ジュンはその後を付いていく。

 

 行き着いた先は、かつてめぐと戦った殺風景なめぐの世界。
 何も分からないままここへ連れて来られたジュンは辺りを見渡して首を傾げる。
「ここに何があるんだ? 何も無いように見えるけど…」
「ちょっと待ってて。…ここだったかな」
「ええ。確かここら辺のはず」
 みつとめぐが目を見合わせて二人で納得すると、今度はメイメイとピチカートを地面に下ろした。
 するとその地面が光り輝き、穴が開いて中から大きな鞄が現れた。
 それを見てジュンの表情が驚愕に染まる。
「これ、じーさんの…! いつこんな所に!?」
「前の時代に、巴におじいちゃんがやられた後に何とかみっちゃんと一緒に体と鞄を回収してきたのよ」
「それでここに隠したって訳。巴に見つかると、何かと面倒になりそうだったから」
「そんな、全然知らなかった…。何で教えてくれなかったんだよ」
「ごめんごめん。ジュンに知らせたらまた一人で立ち向かって行くと思ったから…」
「結局、ジュンジュンが一人で巴倒しちゃったけどね。さ、戻しましょうよ」
「…分かった」
 ジュンは鞄を開くと、中で横になっている一葉にローザミスティカを捧げる。
 そしてローザミスティカは一葉の体に吸い込まれ、体が青く輝き出した。

第6話 終わり

|