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「なぜ服を着ているのだね? 」
「裸が恥ずかしいからです」
神は、全てを知っていた。だが、あえて言わなかった。
「では、なぜ恥ずかしいことだと思う? 」
内心ほくそ笑んでいた。今まで暇だったのだろう。
気まぐれに作った世界。その中に反旗を翻すことを運命づけられた存在を混ぜて、作り出した。
「突然気づいたんです」
「ふむ、それはまたどうしてだね」
その種が、やっと芽吹いた。敵がいなくては何の意味もない。
意味がなくては存在しえない。
自らに反逆し、それを完膚なきまでに打ちのめす。その行為により、意味を見出そうとしていた。
永遠に自らに服従する天使は幾らでもいる。
だが、自らに反逆するものはほとんどいない。
彼(もしくは彼女、あるいは神)は何物にも勝る力を持つ、ただの子供のようなものだった。
「……いえ、ただ気づいたんです」
本当に知恵を持たせたくなかったのなら、禁断の実など、生み出さなくてもよかった。
だが、彼(もしくは彼女、あるいは神)はそうしなかった。
全ては、運命づけられたこと。
笑い(これからを想像し、創造し、騒々し、妄想し、暴走させることへの思念によるもの)を無理やり抑え込みながら、
「そのためには何かのきっかけがあったのではないか?そう、例えば禁断の実」と、詰みの一言を口にした。
泥から作った人形は、これからどのように生きてゆくのか。
最悪の絶望とは、空気の底で見た、一筋の希望。

そう、全ては運命づけられたこと。





NE

第七話

「Be destined」





狂気。常軌の逸脱。精神異常。発狂。世界のずれ。多重のぶれ。認識の動作不良。
私は、狂っている。私は、精神異常を持っている。私は精神病患者だ。
いや、精神病患者は自身が精神を病んでいることが分からないらしい。
なら、私は何だというのだろうか。
私が普通でないことは、自分自身十分理解している。
私は正常なのだろうか。いや、そんなわけはない。普通の人間なら、“こんなもの”は見えるはずがない。
正常なまま異常を包括し、その歪みのまま時を過ごす。
そもそも、狂っているのは、私か、世界か。
世界の中においての多数を正常と呼び、少数を異常と呼ぶ。
その定規というのは正しいものなのか。
……きっと正しいのだろう。私自身をその中にあてはめても、違和など感じなかった。
どこで、世界と私の間にある歯車はかみ合わなくなってしまったのか。
考えても切りがない。思い当たる節がありすぎて、これが初めかと思えば、さらに昔のことが思い出されてしまう。
もしものことを考える。もう一人の私について思いをかたどる。
それは、ここではないどこか、いまではないいつか。
少なくとも、平和な、優しい世界。
だから、今夜も違う夢を求める。誰も知ることのない恐怖でさえ容易い。


眠れない夜が続く。しかし、なぜか少しも眠くならない。
しかし、“彼ら”は出続ける。
日に日に頻度を増やし、いつかは戻ってこられなくのではないかと心配になるほどに。
だが、それももうすぐ終わりになるはずだ。
今日から治療が始まる。
白崎にこの症状を伝えてから三日。彼はすぐに予約の段取りをしてくれた。
相手は忙しい、人気のあるカウンセラーだが、特例として割り込ませられたらしい。
特に、私の場合のような症状に強いと言っていた。
この症状は一般的なものではないらしいのだが。

仮宿にしていたホテルを出て、電車を乗継ぎ、さらに歩いて計一時間。
都心の端、そこにクリニックはあった。
三階。ビルに取り付けられた看板はそこにあると示していた。
エレベーターに乗り、重力の感覚が狂うこと幾秒。
ランプは数字の三を示し、扉が着いたと告げる。
クリニックの入り口前に立ち、扉をたたく。
その扉は重そうにも見えたけど、あっけないほど軽く開いた。

「私が今回お話を伺わせていただく、柿崎メグです」
と、きれいに整った部屋の中で、相手の女は言った。白に基調された部屋。
それが、今の私にとっての世界全てにも感じられた。
女医に対する第一印象は、ただ細く、簡単に何かの拍子に死んでしまいそうだ、というものだった。
見た目からは何も感じられないが、腕は確かという言葉を思い返し、その外見に対する悪印象を頭から振り払う。
「雛苺さんですね? 白崎さんにはお世話になりました」
どのような関係なのだろう。男と女という関係ではなさそうに感じる。
「えっと、症状についての確認をさせていただきます」
彼女は微笑み、私の返事を待っている。
ゆっくりと、私は頷いた。
それを見て、彼女は手元の資料に目を落とし、一つずつ聞いてくる。

「まず、相手の感情、感覚が異常なまでに読み取れてしまう。
 これはかなり昔からとのことですが、具体的にはどれほどの? 」
「詳しくはわかりません。けど、10代にはもう既に」
一つ、間を置き、
「その分かるものというのはどの程度まで? 」
彼女は少しだけ身を乗り出して聞く。
「少なくとも、あなたが私の話を大体信じていると分かるぐらいは」
そう言い、わざと落としていた視線を上げ、彼女と目を合わせる。
そう、彼女はこの荒唐無稽な話を信じているのだ。
普通の人なら鼻で笑うようなこの話を。
だが、この対話の中で主導権を握りたい、いや、握らなくてはならないと思うのとは話は別だ。
何となく分かってきた。この相手の大きさが。

だが、気を害した風でもなく、優しく一つ微笑み、
「では次に、死んだ人間が見える、というのは? 」
どういえばよいのだろうか。
相手の持つ情報が分からない。
白崎が紹介した人間だ。私自身のことを知っていてもおかしくない。
だが、もしも知らなかったら?

そのせめぎ合いの中で言葉が形を成さないでいると、
「あ、大丈夫ですよ。あなたの職業については知ってますから」と言われた。
…安心してよいのか?これは…。
「葬儀屋という職業上、死人には必ず立ち合いますからね」
そのように言われても100%安心できるわけではない。
念のため鎌をかけてみた。
彼女はくすくすと笑い、「葬儀屋。言いえて妙ね」と返される。
「それは白崎さんが言ってたの? 」
「いえ、違いますけど…」
「あら、あの人の言葉遊びの一つだと思ったのにね」

正直、嫌だった。
彼と、白崎と一緒にされるということが。
数年付き合いを続けては来たものの、やはり苦手意識は拭い去れず、それは嫌悪感に変化していった。

「ふふ、嫌そうね。白崎さんのことは嫌い? 」
この人にはきっと何もかもが分かるのかもしれない。
隠し事なんてできないだろう。
「えぇ。嫌いです」
「あらそう、残念ね。見ている分には面白い人なのに。うん。まるで映画の登場人物みたいな」
「でも、少なくとも主人公ではありませんよ」
「確かにそうね。でも最後まで生き残っていそうね。どんな内容のものでも」
笑えた。そして確かに、二人、笑っていた。

「そもそも、あなたは何者なんです? 」
私は、気になっていたことを口に出した。
「似たようなものよ。あなたと。仕事ではなくてね」
意味が分からない。
「なんで、ここまで人の感情が分かるのです? 」
再度、口にする。
「だから言ったじゃない。あなたと似たようなものだって」
まだ分からない。
「その症状、あなただけが発症したモノだと思ってる? 」

やっと理解した。似た者同士、同類いや、同一なのか。私と、彼女は。
「分かったみたいね。じゃあ、あなたはこの症状、どういうものだと思っている? 」
今まで、考えたこともなかった。これは、一体何なのかなんて。

「私は、重度の他人に対する共感性、つまり、自己と他の同一視によるものだと思っているの。
 いや、今日あなたに会ってみて確信したわ。
 これは出会った人の感性、感覚を自分の中に写し取るということ。
 そう考えると、あなたの見る“死人”について説明ができるわ。
 あなたの見る“死人”はつまり、あなたの中に生み出された、殺した人間の生前のイメージということなの。
 さらに、あなたが見る“死人”の世界は、これは想像の範疇を超えないのだけど、あなたの持つ罪悪感によるものだと思うわ」

なるほど。確かにそう考えるとつじつまが合う。
すべてのことに説明がつく。
さらに彼女はつづけた。
「この“共感性”は、先天的なのか、後天的なのかは分からないけど、どちらにせよ、思春期の内に、発現するものだと思うの。
 人格の形成と、関連をもってね。
 私が思うにあなたのその症状の温床となった環境はこうね。
 予想で言うから、外れていたらごめんなさいね。
 その頃の、特殊な状況。孤独な環境。
 自分で壁を造り上げ、その中で自分勝手な厭世感を持つ。
 孤独を求めるふりをして、誰より孤独を嫌う。
 そして、手に入れた孤独の中で、誰かにその静寂を破られるのを待つ」

体中が気持ち悪い。
口の中を噛んでいる。血が出た。
肩や腕を動かしたくなる。動かしてしまえ。
喉に違和感がある。咳ばらいが必要だ。

それでも彼女の言葉は流れてくる。
「自分が何者なのかを考えて、考えて考え続ける。
 それでも答えなんかない。自分の無意味さに嫌気がさす。
 何物でもない自分というものに憧れてみても、結局価値など変わらない。
 ただ、自分という存在は外部からのものだと言い聞かせて、現状に甘んじているだけ」

時計の針、チクタクチクタク。耳に刺さる。痛いほどに。
この音は、私の鼓動。それと同じ?
この世界には、彼女の声だけ?
私は、それをただ見ているだけのような。

「孤独という殻がもし実際に打ち破れたとしても、結局光から目を反らす。
 どこか隅の方にひきこもって、ただごめんなさいごめんなさいとつぶやくだけ。
 形になど何も現れない。
 何の意味などない」


頭が痛い。耳鳴りがする。
喉の奥から声、音が漏れる。
視点が一点に定まらない。
そのぶれる視界の端に、見慣れたものを見つける。
迷わず手に取り、引き金を引く。



その瞬間、今となれば見慣れてしまった世界が広がった。
いや、見慣れた世界とは、語弊があるな。
誰もいない世界。
耳元でささやく声がした。
「ほら、あなたは聞きたくない、見たくないものがあるとそうやって目をそむけようとする」

これは、彼女の声だ。
あぁ、 してしまったか。
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい

「あなたの深刻さが分かるわ。壊れすぎてるもの」
今度は、別の位置から聞こえる。真後ろか?
「世界が。絶望が。希望が。手の施しようなどないくらいに」
次はまた、耳元で。
「…でも、あなたはどうしたいのか見つけた様ね。あなた自身の意志を」
椅子に座っている彼女。
「正しいか、正しくないかじゃない。あなたがしたいか、したくないかを」



そして、音が還ってきた。
目の前には、殺したはずの柿崎がいる。
「あなたの深層部分に触れることができたわ。
汚い真似をしたけどね」
手に握っている拳銃を見る。
弾など入っていなかった。
そういうことか。

「あなたは、私と同じ症状を持つというなら、あなた自身は治したいと思わないの? 」
帰ってきた世界の中で、私は疑問をまたぶつける。
そう、彼女自身は治したいというようなものが見当たらないのである。
「全くないわ。だって、この症状があるから私は物事を傍観していられるし、
これがあるからこそこの仕事があるわけだもの」
そうか、これが彼女と私の違いなのだろう。


“カウンセリング”が終わるころには、これ以上にないほど疲れ果てていた。
声を出すのも億劫なくらい。
肉体的にではなく、精神的に。
二度と来たくない、と思いながらも、また来たい、来なくてはならないと思っている自分がそこにいた。
まるで、茶番劇に参加している私の後ろに、冷めた目で見つめているもう一人の私がいるように。



帰り際、このような言葉をかけられたのを覚えている。

「一つだけ言い忘れてた。
 単調なサインが、いつまでも続き、終わらないのであれば、気をつけた方がいいわね。
 サインが終わらない、と言いながら壊れていった人を何人か見たことあるから」



行きに通った道を逆に辿り、朦朧とした意識の中、電車を降りた。
ゆっくりと道を歩く。そして仕事帰りらしきジュンに会った。
「よう、雛苺。って、どうしたんだ?すっごく疲れているみたいだけど」
少しだけ世間話をする。ただ、彼は私を気遣ってか、早めに切り上げようとしていたが。

またね、と手を振り、今日は別れた。
そして、一人の道、こんな思いが湧き上がってきた。
先ほどのジュンは、本当にジュンだったのか。
歩行者用の信号が長く点滅しているのを眺めながら、一人つぶやく。
そんなわけない。確かにジュンはそこにいたんだ、と。





DUNE 第七話 「Be destined」了

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