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第十一話



「いや、見事なまでの心身掌握だよなァ。ここまで来るといっそ清々しいもんだけど、どうしたもんか」


原因はもちろん水銀燈であり、結果はなぜか銭湯である。
別に壊れてもいなかったしなんの問題もない我が家の清浄空間が、見事に水銀燈に嫌われてしまった。
理由を聞いても答えてもらえないうえに、今日は銭湯にしましょうという水銀燈に逆らえず現在風呂ン中。
なんだかよくわからないけど、水銀燈に逆らってはいけない空気が流れだすのである。
ヤツめ、男心を知り尽くしているとでもいうのか。
ちなみに水銀燈お手製晩ご飯のメニューは和風であった。
湯葉のあんかけなんかは思わず旨いと言ってしまい、さらに水銀燈の主婦っぷりに拍車をかけてしまった次第。
や、実際にあれだけいろいろと発揮されてしまうと、もうどうにも逆らえない。
午後のアレは洗脳っぽいけど。
薔薇寮で寝てる内にインプラントでも仕込まれたのかと思うくらいの従順っぷりであった。
個人的に、薔薇水晶がやったのではないかと思うんだけどどうか?


「で、なんだ。昼間の俺の願いを聞いてくれなかった人間のノロケは終いデスカー?」

「いや、そんなつもりは……」


ないんだけどな。
なぜか出くわしたベジータに愚痴ってみたものの、まったく逆効果っぽい結果に終わる。
ノロケって、今日一日の僕の軽い災難を聞いて、どうしてそう捉えるんだ。
すでにけっこうな時間をサウナで過ごしてるから、頭がぱーになったか。
えーとどのくらい入ったかな、時計はっと。
うん、すでに1時間とかね、そろそろ出ないとね、死ぬよね。主に精神的なアレの部分で。


「てめ、終いのつもりはないってか。んじゃなにか、まだあるのか、まだ続くのか生殺し万歳ですか!?」

「そっちじゃない! ノロケの部分を否定したんだ!」

「あー! つーコトはノロケじゃなくて『ふ、すべて真実さ』とかいうアレだな!?
 てんめえ、我が校新入生美女ん中の5本指全員と知り合うだけじゃなくて独占状態ッスかそうッスか!
 しかもそのうち4人があの薔薇乙女だとぅ! 理不尽、ああ理不尽! この世に神も仏もあるもんか!
 もーやってられん、オレは帰るぞ! いつまでもそんな話聞いてられるかってんだ! だいたいお前」

「うっせえぞガキ!」

「あい」


帰る宣言した直後に水風呂に顔半分まで浸すベジータが哀れに思える。
いや、まァたしかに公共風呂場であんな大騒ぎすれば普通は怒られて当たり前だけど。
ベジータとはうって変わってパンチの利いた頭のオッサンに文句言われる高校生。
中学時代の僕よかマシっちゃマシなんだろうけど、なんだろう、違うベクトルで救われてない。
そうか、コレが噂の「愛すべき馬鹿」とかいうヤツか。


「つーかよ、それ通い妻通り越してんじゃん。一時とはいえ同棲だろ」


所変わって露天風呂。
水風呂で適当に汗とか高くなった体温を洗い流してから場所を移したベジータの第一声であった。
さんざん人をバカにしたりコケにするヤツだけど、一応マジメに聞いてくれるからありがたい存在である。
露天風呂はいま人少ないし、ある意味で絶好の機会だった。


「しかも『あの』水銀燈だろ? めっちゃくちゃ美人の。なんでそうなったんだ?」

「いや、僕にもなにがなんだか……」


気づいたらこんな状況でした、えへ。なんて言えたものじゃない。
どうせ明日までの話だし、ベジータは馬鹿だけど口は堅いほうなのでつい喋ってしまったけど、問題はないと思う。
そんな事情で相談しているけど、さてどうしたもんか。


「……学校のヤツに見られたら面倒だろ。特にクラスの連中。入学して大して時間経ってねえしな。
 まだ顔と名前が一致してようやく会話できるって時期じゃ、そんな話題は恰好のネタだしな、特に俺にとって」

「ぐ、それは困る……」


柏葉のおかげで裁縫のコトに関しては折り合いつけられそうにはなったけど、この手の話に僕はまだ免疫がない。
他人から見れば大した問題じゃなくても、僕にとっては大問題だ。
当事者にとってダメージがデカイ事実は、中学時代でとっくに味わった。
高校生になってまでそんな悲劇には遭いたくない。
かといって、そんな理由で水銀燈を追い出すのは気が引ける。時間も時間だ。
なんせ、銭湯に来る直前にそれとなく帰るように言ったら、ものすごく悲しそうな顔をしてたし。
月に照らされて光る目尻の涙の威力は、僕にとっては高すぎた。


「まァ、なんとかなるんじゃねえの? ビクついてんじゃ話にもなんねえよ。正当な理由があるならそれでよしだ。
 からかい押されて引っ込むから広がるんだよ。堂々と胸張って、ついでにあとで殴らせろコンチクショウ」


堂々と胸を張れ、か。
うん、たしかに理由はある。正当かと聞かれるとハテナな浮かびそうなもんだけど。
いままでが猫背だったから、しゃんと背筋を伸ばすというのはよくわからない。
でも、それが水銀燈に迷惑をかけていいなんて理由にはならないんだよな。
経緯とか動機はともかく、水銀燈は僕のために来てくれてるんだから。
世話になっておいて仇で返すのはダメだよな、さすがに。
僕の態度次第で水銀燈に迷惑がかかるかもしれないのは、それはそれで後味が悪い。


「そろそろ上がろうぜ、長湯は疲れる。のぼせそうだ」

「あ、ああ。そうだな」


ベジータのおかげで踏ん切りがついた。
感謝の印として、Cドライブの初期化だけはやめておこう。
ショートカットをベジータ専用ファイルに移動して、ついでに本体はDドライブにしておけばいい。
本日2度目の風呂から上がってサッサと着替える。
やっぱり、ビールっ腹とか含めて男の裸は見てて気持ちいいものじゃないしね。
畳の上でコーヒー牛乳を飲みながら水銀燈を待つとしよう。
と、のれんを頭に乗せたあたりで、


「あら、ジュン」


水銀燈も同時に出てきたのだった。
ほこほこと頬を薄く染めた水銀燈は、本当に高校生かと突っ込みたくなる姿であった。
さっきベジータが言ってた新入生美女5本指とかいうのも、まんざらウソじゃないっぽい。
正直言って、その色っぽさは高校生にしてはどうかと思う。


「……と、えーと」

「斎矢部陣太。僕のクラスメイト」

「よ、ヨ、よろし、くぇっ」

「初めましてぇ。水銀燈よぉ」


豆鉄砲の弾丸を口で受け止めたハトみたいな声を出すベジータであった。
僕たちは水銀燈とはクラスが違うから、あんまり面識なかったのか。
知り合って結構経つけど、ベジータのこの動きは珍妙だった。面白い。
文字通り身も心も茹であがったベジータは、全身真っ赤である。
水銀燈と握手したとたん、背骨が鉄筋で補強されたのか、びぃーんと背筋が良くなった。
見習うべきなのかな。


「べ、べ、ベジー、タと呼ん、でください!」

「よろしくねぇ」


ニコニコと笑顔振りまく風呂上がりの美女に弱いのか、一層しゃきーんとなるベジータ。
意外だ、僕以上に女の子に免疫ないのかコイツ。
や、それとも相手が水銀燈だからか?


「で、ジュンの妻なのよぉ。仲良くしてねぇ?」

「は!?」

「んが!?」

「ええ!?」


な、なにを血迷ったコト言ってんだ!
つ、つ、つ、妻ったって、まだ結婚してないだろ僕たち。
ままま、まだ籍も入れてないし第一、日取りとか式場とか新婚旅行先だって決めてないし。
いやつーか僕まだ16だから結婚できる歳でもないしっていうかなに考えてんだ僕!?
だいたい半強制の1泊2日なのに妻ってのはオカシイでしょ!?
まず腕組むな腕! せめて否定のジェスチャーくらいさせてー!


「ジュン、ギザマ……」


右目から血涙を、左目から普通の涙を流すなんて器用なマネをするベジータが拳を作って迫ってきたときだった。


「だめですー!」

「い!?」


突然の大声が響いた。
それによってベジータは一時停止、僕たちも驚いて止まる。
0.5秒後くらいに声のしたほうを見てみると、そこには見知った女の子がこちらをにらんでおられた。
長い髪と、特徴的な瞳の色をした、どう見ても何度も顔を合わせている子。
反射的に名前を呼ぼうとしたけど、それは一瞬で遮られてしまった。


「わ、わ、私たちはまだ高校1年生なんですよ! そ、それを妻とかなんとか、そんなのダメなんです!
 まだ子供なんですから、もっとこう健全なお付き合いとか、そんな不良っぽいコトはダメですー!」


まくし立てられてしまった。
両手を上下にブンブン振り回しているけど、正直言って迫力なし。
ていうか、あの、まったくの事実無根ですよこの話。
それに、冷静に考えればそんなのウソだってわかるだろ。
一瞬とはいえ、冷静どころかワケのわからん考えが頭をよぎった僕が言えるコトじゃないけど。


「えー、お客様? お湯がぬるかったのは申し訳ございません。
 ですが、このような場所で熱くなられても他のお客様のご迷惑になりますので……」


という理由で、僕たち4人は銭湯の外へぽいされてしまった。
いまどき襟首つかんで本当に投げ捨てる人がいるとは。
僕らは生きゴミかなんかか。
ちなみに投げられたのは男性陣であって、女性陣は普通に歩いて出てきた。ああ、理不尽。


「……で、なんで雪華綺晶がここに?」


尋ねても、無視。
ひたすらうーっとにらんでいる。
僕にじゃなくて水銀燈を標的にしているあたり、まだ男性恐怖症は克服できてないか。
そんなすぐには無理だろうけど。
雪華綺晶の代わりに僕をにらんでいるのはベジータだった。
僕のリアクションとか態度とか見ても納得いかないのか。
なんかヘタに刺激すると余計にこじれそうだし、どうしたもんか。
まァ、まずはベジータに退散してもらうしかないんだけどさ。


「ゴメン、ベジータ。事情は明後日に学校でまとめて報告するから、とりあえず今日は……」

「がうがうがう!」

「な、なんだよ! よくわからないけど、今回は……ホントにゴメン!」

「……バウッ!」


いよいよ人としての理性を捨てたのか。
捨てゼリフのつもりなのか、振り向きざまに一吠えされたけど、なんとかベジータは帰ってくれた。
明後日に報告するついでに、いろんな誤解を解いておかないと。
恋人揶揄されるよかよっぽど面倒な事態になってしまった。
よく考えたら学校のある日は必ず水銀燈と一緒に登校してるんだから、いまさらな問題な気がしてきた。
そっちはなんとかなる気がしてきたけど、なんとかならない気がする雪華綺晶をなんとかしないと。
面倒なコトが多すぎる。


「と、とりあえず寮まで送って行くからさ。その途中で事情を説明す……」

「いいえ!」

「はい?」

「事情を詳しく聞くまで、寮には帰りません!」


怒られてしまった。
というか、雪華綺晶が変だ。
水銀燈に助けを求めようと視線を送ると、水銀燈も怒っていた。
僕の腕をガッシリ掴んだまま、雪華綺晶をにらんでいる。


「あなたは帰りなさぁい。私はジュンのお世話しなきゃならないから、このままジュンの家に行くわぁ」

「じゃあ、私も行きます!」

「へえ?」


絶対に変だ。
あんだけ男性恐怖症だと言っていた雪華綺晶が、ウチに来る?
しかも顔を真っ赤にして、ついに僕までにらまれ始めた。
いったいなにがどうなってんだ?
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