『大は小を兼ねる』と言いますが……
それは裏を返さば、小さいという事を軽く見てる事かもしれません。
人それぞれ、好みや悩みも有るでしょうが、それでもままならぬのが人の世の常。
こればかりは、卑しい兎の身にはどうしようもありません。
………何の話か、と?
クックック………無論、おっぱいですよ。
そうそう……そう言えば、こんな話を聞いたことがあります。
『大きなおっぱいが存在する訳は…その中に夢や希望が詰まっているから。
そして、小さなおっぱいは存在する訳は…周囲に夢や希望を分け与えているから…… 』
もし、それが本当なら……世界の狂気がこの程度で収まっているのも……
あるいは、胸の小さな彼女のお陰かもしれません……クックック……
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ 世にも奇妙な コノマチダイスキ! 2 ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
風呂上りで、バスタオルを素肌に巻いただけの真紅は、日課となっているコップ一杯の牛乳を飲み干した。
そして自分の部屋に戻ると、寝巻きへと着替え始めた。
着替えの途中……
真紅は一糸纏わぬ姿で、鏡に向かい合う。
シミ一つ無い、美しく細やかな肌。余分な肉は一切無い、しなやかな体。
そして……胸部に広がった、凹凸の無い……
「…クッ…! 」
そこまで見渡して、真紅は涙を堪えながら視線を逸らした。
何故、こんなに平らなのか。
毎日の牛乳を欠かした事はない。バストアップ体操もしてるし、怪しげな通販にまで手を伸ばした。
だというのに…何故、この胸は膨らまないのか。
真紅は自分で自分の事を、美しく、頭も良く、気品に溢れており……つまり、完璧なレディーだと自負していた。
ただ一点……女性らしさを微塵も感じさせない、この胸を除いては。
それだけに、悔やまれる。
それゆえに、努力もした。
だがその結果は……先ほど視線を逸らしてしまった、この胸に張り付いたまな板。
真紅は鏡で自分の胸を見ないように注意しながら、寝巻きへと着替える。
そして着替えも終わり、明日の学校の準備でも……そう思いながら鞄を開き……
見慣れぬメモが一枚、ひらりと地面に落ちた。
「…何かしら? 」
首をかしげながら、真紅は身をかがめてそれを見てみる。
そこに書かれていたのは…記憶には無いが、自分の筆跡で走り書きされた一つのURL。
インターネットのホームページアドレスだった。
「…こんなの…書いたかしらね…? 」
疑問に思うも、自分の筆跡であるという事実が、それ以上の思考を中断させる。
「……とりあえず…見てみれば分かる事ね… 」
そう呟きながら、真紅は机に置かれたパソコンへと進んでいった………
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『ラプラス科学研究所』
全く可愛くない兎のマスコットキャラが飛び交う、怪しげなホームページ。
そんな、限りなくブラクラに近い画面を…真紅は目を血走らせながら見ていた。
『 当研究所が研究の末に開発した、この『トンでもボイ~ンZ』は、控えめな胸にお悩みのお客様に………
……形状は指輪を模したアクセサリーで………
……詳細は企業秘密の為、これ以上お教えする事は出来ませんが………
……代金は、ご使用後一週間以内に、「満足のいく結果になった時」のみ、下記の振込先に…… 』
先述したが、真紅は決して馬鹿ではない。
これが明らかに怪しいのは分かっている。
ただ……その支払い方法からも窺える、商品に対する圧倒的な自信。
その上、値段も…これまで試してきた通販グッズに比べると、格段に安い。お小遣いでも十分に買える額だ。
正直、商売として成立しているとは……とてもじゃないが、思えない。
そうは思うけれど……
「ふ…ふふ……うふふふ……買い…ね…… 」
話題の種にする為。そう、これは軽い冗談。
自分にそう言い聞かせながら、真紅は『購入』と書かれたボタンをカチっとクリックした……
と。
『ありがとうございます』
という文章の書かれた画面に飛び……
送り先や氏名を入力する画面は ――― 出てきて然るべき画面は、いつまで経っても出てこない。
これでは…手元に商品が届くわけがない。
「……全く!タチの悪い冗談なのだわ!! 」
真紅はインターネットにまで胸の事をおちょくれれたと思い、激昂しながらパソコンの電源を切る。
そしてふてくされた表情で、さっさとベッドに潜り込んだ。
◇ ◇ ◇
翌朝……
リンリンと鳴る目覚まし時計をパチッと止め、真紅は目を覚ました。
そして、寝起きでしぱしぱする目元を、ゴシゴシとこすり……――――
「―――…あら? 」
見覚えのない、お世辞にも可愛いとは言い難い…むしろ、恐ろしげな竜にすら見える。
そんな指輪が、自分の指に嵌っている事に気が付いた。
お父様が、寝ている間にプレゼントでもしてくれたのだろうか?いや、それにしては…
「…趣味の悪い指輪ね… 」
真紅は小さく呟き、指輪を外そうと引っ張ってみる。
だが…まるで指輪は、指そのものから生えてきたかのように、外れない。
指と指輪が一体化?そんな非現実的な事、ある訳が無い。
今度こそ。もっと力を込めて…!
そう思い、胸の前まで手を持ち上げて、真紅は全力で――――!!
ぽにょ
「………え? 」
何だか不自然な感触が腕に当たり、真紅は素っ頓狂な声を上げた。
まさか……いや、でも……ひょっとして……
恐る恐る、手を自分の胸に当ててみる。
ぽにょ
「きゃあ!? 」
驚きのあまり、真紅はその場で飛び跳ねた。
そのままベッドから飛び降り、部屋に置かれている鏡に飛びつく。
「……あ……あぁ……そんな…… 」
声が震える。
膝もガクガクするし、熱いものがこみ上げてきて視界が滲む……。
鏡に映ったその姿は……これでもか!という程の巨乳美人だったのだわ!!(本人談)
◇ ◇ ◇
制服姿で登校する真紅は、とっても幸せそうな表情でスキップをしていた。
実際、長年の悩みでもあった貧乳とオサラバ出来た喜びもあるのだが……
スキップする度に、ボイ~ンボイ~ンと跳ねる自分の乳が楽しくって仕方なかった。
あーもう!生きてるって楽しいな!!
真紅は膨らんだ胸にいっぱいの希望が詰まっているのを、心から実感していた。
ついつい、笑みがこぼれてしまう。いや、それどころか……
「うふふ……ふふふふ……… 」
笑顔を浮かべる少女の目の端から、キラキラと小さな滴が風に舞う。
彼女は今、泣くほど嬉しかった。
◇ ◇ ◇
大きな胸をたぷたぷ揺らしながら、真紅は教室へと入る。
昨日までとの、あまりの胸の大きさの違いに…クラスはざわ…ざわ…と、異様な雰囲気に包まれた。
(こんなものは、3日もすれば収まる事。でもこの胸は…一生のトレジャーなのだわ…! )
真紅は自分にそう言い聞かせながら、自分の席に着く。
そして、授業の用意にと鞄を開け……
再び、自分の筆跡の、記憶に無いメモが鞄の中に入っている事に気が付いた。
『 大きな胸は、中に希望と夢が詰まっているから。
小さな胸は、周囲に希望と夢を与えてるから。
小さな胸が一つ無くなるという事は、それだけ世界から希望が失われるという事 』
気味が悪い。
何故……記憶に無いが、書いたのは自分自身だろう。筆跡がその証拠。…何故、私はこんなメモを書いたのか。
真紅は眉間に皺を寄せ、いぶかしげな表情で、考え込むように腕を組み……
ぽにょ
その感覚で、まあいいか、と思い直した。
◇ ◇ ◇
そんなこんなで…当然、突然の変化にトラブルも有ったが……それでも、大きな問題も無く数日が過ぎた。
だが、その内に……真紅は異変に気が付いた。
ニュースでは、異常気象の発生が取り上げられる。
原油価格の高騰は、もはや世界経済にパニックを起こさせる程に。
世界情勢も不安になり、テロ対策という名目で、各国間の関係はピリピリしてきた。
金曜ロードショーでは『コマンドー』ばかり放映され、第三次世界大戦の予感が広がる。
それもこれも……胸が大きくなって以来、ほんの数日で。
「………私には…関係無い事よ…… 」
真紅は高級メロンのように立派な胸を切なそうに押さえながら、新聞を悲しげに眺める日々を送った……
◇ ◇ ◇
そして……そんな日々を送るうち……事件は起こった。
その日も真紅は、いつもと同じように学校に行き、すっかり彼女の胸にも慣れたクラスメイト達と談笑していた。
何の変哲も無い平和な学園生活。今日も学園は、平和だった。
この時は、まだ……
◇ ◇ ◇
異様なまでの静寂で、耳が痛くなる。限りなくそれに近い…何か、異質な空気。
何の前触れも無く、世界に―――町に―――そして授業中の教室に、広がった。
ざわざわしていた教室は…誰もが、その妙な空気に気付いたのだろう。
隣の席の子と話をしていた生徒は不意に言葉を止め、ノートをとっていた生徒の手がピタリと止まる。
―――― その瞬間、空気が震えた。
いや、それは厳密には空気だけではなかった。
大地が砕けたのかと思うほどの揺れ。
窓が割れ、天井からは蛍光灯の破片が降り注ぐ。
鉄とコンクリートで出来た校舎に亀裂が走る。
それは……世界の終焉を知らせる地震だった……
◇ ◇ ◇
「…………ぅ……ぅぅ…… 」
真紅は…背中に広がる硬い感触で目を覚まし…自分が気を失っていた事に気が付いた。
体を起こし、周囲を見ようとしてみるが……薄暗くて何も見えない……。
「……どういう…事なの…… 」
呻くように、そう漏らす。すると……
「……やっと…起きたわねぇ…… 」
聞き覚えのある声。水銀燈の声が、近くから返ってきた。
「…水銀燈……これは…… 」
「……大方、地震か何かで瓦礫に埋まっちゃった、って所でしょうねぇ……全く、ツいてないわぁ…… 」
「…助けは…救助はまだなの…? 」
「……考えてもみなさいよぉ……避難所に指定されてる学校ですら、この有様……
つまり、外は……想像もしたくもないわぁ…… 」
「……そう……そうね…… 」
「…そんな事より真紅、あなた、携帯持ってない? 」
水銀燈はおもむろに、そう切り出してきた。
「そうよ!携帯電話で助けを呼べば! 」
そう言い、真紅はポケットから携帯を取り出すが――――
「……ダメよ水銀燈……圏外なのだわ…… 」
救いの手に思われたそれは、何の手立てにもならなかった。
「…違うわよぉ…ほら、液晶の明かりをライト代わりに、って事。
こう薄暗くっちゃ…気が滅入るでしょぉ? 」
ほんのり明るくなった中で、珍しく弱気な笑みを浮かべる水銀燈。
人が二人入れるのがやっと。
それ位に小さな瓦礫の隙間の中で、真紅と水銀燈は携帯の明かりだけを頼りに、互いの顔を見合った。
「助けは…くるのかしらね… 」
「……さぁ?……でも…諦めたくはないわぁ… 」
小さな声で、囁くように話し合う。
「こうなれば…何とかして自力で脱出とか出来ないものかしら…? 」
真紅は壁のように周囲に迫る瓦礫をコツンと叩いてみる。
「……そんな事してここも崩れたらどうする気よぉ……もっとも…… 」
水銀燈はそう言い、少しだけ身をかがめてみせる。
彼女の背後には……ほんの小さな亀裂のような隙間が、瓦礫に埋もれるように存在していた。
「あなたが寝てる隙に、柔らかい部分を掘り進めてみたけど……これ以上は…体が入らないのよねぇ… 」
ふぅ、と残念そうにため息をつきながら、水銀燈は狭い中、真紅と自分の場所を入れ替える。
水銀燈に比べると、ほんの少しだが小柄な真紅が、その亀裂の間に体を滑り込ませようと挑戦してみるも……
たわわに実った胸が邪魔をして、思うように進めない……
「……ねぇ?…だから、こうやってじっとしてる以外に無い、って訳よぉ… 」
本日何度目かのため息が、薄暗い中に二人分聞こえた。
◇ ◇ ◇
じっと、薄暗い中で、小さな液晶の明かりだけを頼りに、待ち続ける。
いつくるのか分からない救助を……いつか来ると信じて……
真紅と水銀燈は、すでに会話をしてなかった。
万策尽き、耐えるしかないこの状況。
無駄な体力は…それこそ、一言発する程度の体力も、今は温存しておきたい。
そう考え…自然と、二人とも無口になってきた。
しかし、どんなに体力の節約に努めても……この極限状態。
圧迫感や不安には慣れないし…お腹もすくし、喉だって渇く。
時間の感覚は……携帯電話の液晶画面に時刻が浮かんでなかったら、とっくに失われていただろう。
それでも、とにかく今は耐える事。
浅い呼吸を心がけながら、真紅は自分にそう言い聞かせた。
◇ ◇ ◇
どれだけの時間が流れたのだろう。
うずくまるように、じっと動かない水銀燈。
瓦礫にもたれ掛かりながら、眠るように目をつぶる真紅。
ふと、真紅は指先に何かが触れた気がした。
一瞬、助けかと思い、大きな胸を高鳴らせるが……それは、小さなメモだった。
「………… 」
何故、こんな所に……それに…今まで、全く気が付かなかった……
そう思い、真紅はそっとメモを拾い上げ、液晶の弱々しい光にかざしてそれを読んでみる。
『 大きな胸は、中に希望と夢が詰まっているから。
小さな胸は、周囲に希望と夢を与えてるから。
小さな胸が一つ無くなるという事は、それだけ世界から希望が失われるという事 』
いつだったか読んだメモと、全く同じ内容。同じ、自分の筆跡。
だが…
いつかとは違い、真紅はそれを読み、小さな声を上げた。
「……希望… 」
もし……自分の胸が不当な手段により大きくなったせいで、世界から希望が『失われた』のなら?
確かに…世界が不穏な空気に包まれだしたのと、自分のバストが大きくなった時期は一致している……。
馬鹿馬鹿しい。そう思い、真紅は首を振る。
だが…一度とり付かれた考えは、その程度では消えはしなかった。
それは…あるいは極限状態の、追い詰められた思考だったのかもしれない。
あるいは…彼女の中で、何か確信が生まれていたのかもしれない。
真紅はすっと腕を持ち上げると……
「さようなら……いい夢を……見させてもらったわ……… 」
そう呟き、指輪を引き抜いた。
いつかは指と一体化してるように外れなかった指輪は……
まるで始めからサイズが違っていたかのように、音も無く真紅の指から滑り落ち…――――
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「…………ハッ!? 」
真紅は自分の部屋の床で倒れていた事に気が付いた。
起き上がり、日付を確認すると……ちょうど、あの怪しい通販を買った日の夜。
もしやと思い、胸に手を当ててみても……
ぺたん。
何というのか……とっても切ない感触しか存在してなかった…。
「……あれは…夢だったの……? 」
誰に言うでもなく、呟く。
まだボーっとする頭を振り、意識をハッキリさせると……
目の前には、一枚のメモ。
ホームページアドレスの書かれた、小さな紙切れ。
「どうやら…お風呂上りに、急に立ったりしゃがんだりしたせいで、ちょっと立ちくらみで倒れたみたいね… 」
何だか無理やりな気もするが……
先ほどまで見ていた光景を夢だと自分に納得させるため、真紅はそう考える事にした。
そして…握り締めた小さなメモを、再度眺めてみる。
確かに、豊満な胸は魅力的だが……それを世界の希望と秤に乗せる事は出来ない。
それが例え……あの世界が…本当は存在しない、夢の世界だったとしても……。
「……私の胸で、世界に希望が溢れるというなら……残念だけど、我慢するしかなさそうね…… 」
小さくため息をつき、真紅はメモを破り捨てた。
◇ ◇ ◇
翌日 ―――――
あれは夢だった。
そう分かってはいるが……何だか世界を救った気がして、真紅は機嫌が良かった。
この太陽も、緑も、風も…この町の全てを愛おしくすら思えた。
だから真紅は、ぺったんこな胸を堂々と張りながら、嬉しそうにしていた。
と、そんな風に微笑みながら通学していると……
「…!!真紅ぅ!!あなた、大丈夫!? 」
突然、水銀燈が叫びながら駆け寄ってくる。
「あら、おはよう水銀燈 」
優しげな微笑でそう答える真紅の肩をガシィ!と掴み、水銀燈はそのまま真紅をガクガク揺さぶる。
「何のんびり挨拶なんてしてるのよぉ!大変じゃないのぉ!! 」
水銀燈は心配げな表情をしながら、そう叫んでくる。
が…真紅には何が何やら分からない。
そんな訳で、キョトンとしてると……