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『――まもなく11番線に各駅停車熱海行きが参ります。危ないですから黄色い線の内側までお下がりください――』

 とある日の夕暮れ。
 人、人、人――
 品川駅のホームは帰宅ラッシュの時間帯とあってそれなりに混み合っている。

「君がまっすぐ家に帰るなんて珍しいね」
「何言ってるのよ。連日残業の嵐だったから疲れて仕方がないのよぉ」
「まったくだね。ここんとこ帰りは10時を回ってたからね。だから今日はてっきり渋谷あたりで遊びに行くかと思ってたよ」
「ふん。私が遊んでばかりいると思ってぇ?さすがに帰りが1ヶ月近くも遅くなったら体がもたないわぁ」
 ため息をつきながら、先程駅の売店で買ったヤクルトを一気に飲み干す水銀燈。表情から疲れの色がにじみ出ていた


「もっとも、遊びに行こうとちょっとは思ったけど、こんな時に限って連れが残業で無理って言い出すのよね。
それにここまで帰りが遅かったらめぐが心配し過ぎて会社に乗りこんで来かねない勢いだったからぁ」
「大変だね」
 そんな彼女の言葉に僕はくすりと笑う。
「あなたもでしょぉ、蒼星石。家に帰ったらまた翠星石になじられるんじゃなぁい?」
「そうだね」
 まったくそのとおり。こういう僕も連日帰りが遅くなっていて、姉の翠星石によくどやしつけられている。
 人のことは言えないものだ。

 そんなやりとりをしているうちに、ホームに電車が滑り込んできた。
 ドアが開くと同時に前の方に並んでいた人がいっきに電車に乗り込む。
 さすがに帰宅ラッシュの時間帯とあってかなり混み合っていた。
 朝のラッシュみたいに身動きが取れないほどではないものの、窮屈というには変わりがなかった。
 もちろん席に座れるわけがない。
 この状態で、1時間近くいなければならないと思うとやっていられないという気分になる。
 もっとも、横にいる水銀燈は1時間20分もこの状態でいなければいけないわけだが。

 僕らが乗り込むと同時に発車を示すメロディーが流れてドアが閉まり、電車が動き出した。


しまった安価忘れてた。始まりは>>578っていうことで。

『――この電車は東海道線各駅停車の熱海行きです。終点熱海まで各駅に停まります。電車は15両で運転いたしております。
 なお、4号車と5号車はグリーン席車です。乗車券の他にグリーン席券が必要です。車内は大変混み合っております。
 しばらくの間ご辛抱いただきますようお願いいたします。次は川崎です――』

 車内は勤め帰りのサラリーマンやOLなんかでいっぱいだった。人との隙間はあまりなく、電車が揺れるたびに体が触れ合う。
「まったく、夕方もたいがい混んでるわねぇ。グリーン席にした方がよかったかしらぁ」
「そうだね。まあ夜遅くの電車よりはマシじゃない?酔っ払いとかが少ない分」
「それもそうねぇ。毎日あの酒臭いオヤジの中でもみくちゃにされるのはゴメンよぉ」
「この間もね……んっ……」
 僕が話の続きをしようとした時、思わず止めてしまった。


 ――背中に……誰かが触っている……。
 背筋にぞくぞくとした感触がする。

 ――ち、ちょっと……まさか痴漢……!?

 僕は後ろを振り返ろうとした。
 でも、この混雑で後ろの様子があまりよく見えない。
 後ろが見えない分余計に気持ち悪い。

 その間にも……背中を触っている感触はゆっくりと首元へ移っていく……。
 まるで蛇みたいな気持ちの悪い生き物が背中をはいずりまわっている感じだった。

「……んんっ! ああっ……」
 思わずうめき声を上げてしまう。やめてと言いたいのだが、声がまったくでない。

 ――その間にも後ろに触れる手はゆっくりとうなじへと移っていき……。
 ――途端に、背筋にぞくぞくとした悪寒が走った。


「ああん。や……やめ……」
 必死に声をあげようとするが、声がほとんど出ない。喉元で声が詰まっていた。

 ――いったい……誰が……

 再び後ろを振り返ろうとするが、首が動かない。
 
 ――怖かった。
 ――後ろを振り返ったらそいつにさらに何をされるのか分からないから……。

 僕はただじっとしているしかなかった。

 ――くやしい……でも何も出来ない……。



『――まもなく横浜です。お出口は左側です。京浜東北線、根岸線、横浜線、横須賀線、東急東横線、
みなとみらい線、相鉄線、地下鉄はお乗換えです。次は戸塚に停まります――』

 車内アナウンスが何事もないように聞こえる。
 恐らく周りはの人は僕がこんなことをされているなんて気付いていないのだろう……。
 いや、気付いているかもしれない。
 気付いていても見て見ぬ振りをしているのかもしれない……。

 そう思うと恥ずかしくて仕方がなかった。

 ――やっぱりただじっとしているしかないの……?そういえば……!

 水銀燈も気付いているのかな……。
 真横にいるはずだしひょっとしたら気付いているかも……でも、この混雑だし気付いていないかも……。
 だったら早く気付いて――!!

 僕はとっさに横を向いた。

 ――そこには思い切りにやつく水銀燈がいた。
 
 そして――彼女の右手は僕の背中の方へ――!!

 途端に僕の頭に血が上った。


「ちょっと!!」
 いきなり大きな声をあげると、僕は水銀燈の右手を思い切り掴んで、目の前のちょうど開いていたドアから駅のホームへと駆け出した。もちろん水銀燈を無理矢理引っ張って。

「何なのよぉ、いきなり」
 突然のことに水銀燈は事態を把握しきれていなく、抗議の声をあげる。
 だが、あんなことしてこんな返事とはあんまりすぎる。
「何なのって僕が言いたいよ!なんであんなことするんだよ!」
「ちょっとしたスキンシップじゃなぁい」
「あんなのがスキンシップ?冗談も程々にしてもらいたいね!本当に……怖かったんだから……!」
 僕はそこまで言うと思わず泣き出してしまった。
 彼女は冗談のつもりだったらしいけど……まったく冗談じゃない!
 彼女とは昔からの親友同士だけど……こんなことするなんて信じられない!
 怖くて……恥ずかしかったのだから!!


「悪かったわぁ。やりすぎてしまったわ。ごめんなさぁい。」
 さすがに僕の反応に気まずさを感じたのだろう。
 水銀燈は申し訳なさそうにハンカチを僕に差し出す。

「とにかくこれで涙を拭いて。ちょっとそこに座りましょぉ」
 彼女はそっと駅のホームにあるベンチを指差す。
「……」
 僕は何も言わず涙を拭きながら、ベンチに腰掛けた。水銀燈も僕の横に何も言わずに座り込んだ。

                        ――To Be Continued――


―前回までのあらすじ―

夕暮れの通勤電車――
そこには様々な思惑が渦巻いております。
これほどまでに混沌がつめこまれたものがどこにあるのでしょう?

蒼星石と水銀燈もそんな混沌の中で家路を急いでおりました。
ただ、混沌の中である以上何が起こるかなんて分かりません。
現に水銀燈は常識では考えられないことを行ってしまいます。

やった本人は普通の行動。。でも世間から見ると非道な行為。
やった本人はスキンシップのつもり。でもやられた本人は深い傷を負いました。

仲がよかった二人の間に亀裂が徐々に入っていきます……。

ちなみに、痴漢は犯罪です。欲望に駆られると大変なことになりますよ……。
(ラプラス談)


水銀燈とは高校の頃からの仲だった。
 どこか人を小ばかにしていて、からかって相手の反応を楽しんだりする――そんな意地悪なところはあった。
 しかも多少常識はずれな所があって、それで羽目を外して周囲に迷惑を掛けて、そのとばっちりが僕に降りかかったこともあった。
 でも根は優しく、何事にも親身になってくれていた。
 何か悩みがあると一緒になって真剣に考えてくれたし、タチの悪い輩に絡まれたときも身を挺してかばってくれた。
 本当はいい人と――ついさっきまでは思っていた。


 でも――さすがに今回の事は許せなかった。
 当たり前だ。
 たくさんの人が見ている目の前であんな恥ずかしい思いをさせるなんて。

「…………」
 その当の本人は下を俯きながらも、時折おどおどした感じで僕の顔色を見てきている。
 そんな様子が視界の片隅に入り込んできているが、そんなことはどうでもいい。
 僕は彼女に目線を合わせる気もしなかった。
 そんな彼女の仕種が余計に僕を苛立たせる。

 とにかく、彼女とは距離を置こう――。


 ――あれからどれくらい経ったのだろうか……。
 気が付くと日はすっかり暮れていた。時計は既に7時を廻っていた。
 降りた横浜駅のホームはすでに家路に急ぐサラリーマンでごったがえしていた。

「……」
 僕は何も言わずに立ち上がる。
「……もう落ち着いたぁ……?」
 恐る恐る尋ねてくる水銀燈。
「ああ……」
「そうなのぉ……じゃあ、一緒に――」

「一人にしてくれない?」

 僕は心配そうに話し掛ける水銀燈をぴしゃりとさえぎると、そのまま電車を待つ人の列に並ぶ。
「で……でも――」
「付いて来なくていいから」
 僕は水銀燈を思い切り睨みつけた。
 彼女はびくついてそのままその場に立ち尽くす。


 その時丁度電車がホームに入ってきた。ドアが開くと同時に前に並んでいた人が一気になだれこむ。
「じゃあね」
 そのまま、前の方へと向きなおし前の人に続いて電車に乗り込んだ。
「…………」
 水銀燈はしばらくその場で呆然としていたが、「そう」とだけいうと駅の雑踏の中に紛れて僕の視界から姿を消す。
 やがてドアが閉まると電車はゆっくりと動き出していった――。


『――お待たせいたしました。東海道線普通列車の沼津行きでございます。終点沼津まで各駅に停車いたします。
 次の停車駅は戸塚でございます。お出口は右側に変わります――』

 先程乗った電車よりも混雑はひどくなっていた。電車の振動で時折隣に立っている人と肩がぶつかったりしている。
 さっきの一件ですっかり気力を使い果たしてしまい、つり革をつかんで立っているのがやっとだった。
 ふと車窓に目をやる。
 時折家々の明かりが右から左へと流れていく。
 僕はぼんやりと眺めながら今後の事について考えた。

 ――とにかく明日からどうしようか。
 このままの状態でいると職場の人たちとの関係も気まずくなるのは目に見えている。
 いっそのこと辞めて、別の仕事を探そう。
 とにかく家に帰ったら翠星石にこのことを話そう――。

 そう曖昧な決意をしたその時――。

 ――何かが太ももをはいずっている……?


「え……?」
 僕は慌てて下の方を見ようとするが、車内の人ごみのせいで足元が暗くてよく見えない。
 先程から体が電車の振動でぶつかり合うことはよくあったが、これだけは――明らかに違う。

 ――掌でゆっくりと太ももを撫で回している!! 

 う……うそ……。
 その時ふと先程ぼんやり眺めていた車窓が目に入る。
 外はすっかり暗く、車内の様子が窓ガラスに反射して鏡のように映し出されている。

 その中に顔をこわばらせた僕がいて、その後ろには――

 ……にやついて興奮している男の表情が――
 ……そして耳もとには……荒い息遣いが――


 そ……そんなのって!!
 僕は慌てて身をよじってその男の手から逃れようとしたが、この混雑の中では全く無駄だった。
 男の手はなりふり構わず僕の太ももを撫でつづける。
 次の駅に着くまでには結構ある。
 その場で逃げ出すことなんて到底できなかった。

 い……嫌だ!!
 僕は思わずそう叫ぼうとしたが声が全くでない。
 ただ、全身を震えさせながらその場に固まっていた。

 そんな様子に男はさらに気を良くしたのか、もう片方の手を僕の腰に当ててきた。
 そしてその手を触っていた手を同時にゆっくりと上の方へ――胸の方へとはいずらせてきた!


 た、助けて!!
 精一杯に叫ぼうとしたが、やはり声が出ない。
 何回叫ぼうとしても口が動かない。

 周りは全く知らない他人ばかり。
 水銀燈も先程無理矢理別れたばかりだ。この場にいて助けられるわけがない。
 僕はそのことを思い切り後悔した。

 ――でも遅かった……。

 恐る恐る胸の方を見ると……

 ……手は胸の真下へと迫っていた――!!
 
                             ――To Be Continued――



夕暮れの通勤電車――
そこには様々な思惑が渦巻いております。
これほどまでに混沌がつめこまれたものがどこにあるのでしょう?

蒼星石と水銀燈もそんな混沌の中で家路を急いでおりました。
ただ、混沌の中である以上何が起こるかなんて分かりません。
現に水銀燈は常識では考えられないことを行ってしまいます。

やった本人は普通の行動。。でも世間から見ると非道な行為。
やった本人はスキンシップのつもり。でもやられた本人は深い傷を負いました。

仲がよかった二人の間に亀裂が徐々に入っていきます……。
そしてそんな行動をとった蒼星石には本当の災いが……。

ちなみに、痴漢は犯罪です。欲望に駆られると大変なことになりますよ……。
(ラプラス談)


 ――はぁはぁはぁ……!!
 背後から男の荒い息遣いが聞こえる。
 まるで獲物を目の前にした猛獣のようだった。

 い、いや……もう、いや……。
 男から逃げるなんて気力はなかった。
 ただ、その場で震えて男のなすがままにされるだけ。

 目頭が熱くなる。
 そして、頬を熱いものが静かにつたっていく。
 涙を流すことだけ……それが僕に出来る精一杯の抵抗だった。

 あと3センチ……2センチ……1センチ……!!
 男の手はじわりじわりと胸へと迫っていく。


 …………え!?

 僕は思わず唖然としてしまった。

 今まで僕の体をはいずりまわっていた男の手が……視界から消えていた。
 あの嫌な感触もなくなっている。

「あんた、なんだよ!!いきなり何するんだよ!!」
 背後から男の叫び声。
 思わず後ろを振り返ると――
 そこには20代前半の学生風の男が横にいた人物に腕を掴まれてうろたえている。
 腕を掴み上げている人物の顔を目の当たりにした時……

 ――あ……。

「ちょっとぉ、今やってたことに心当たりがないなんて言わせないわぁ。ちゃぁんと見てたのだからねぇ!!」

 そこには――水銀燈が鬼のような形相で睨みつけ、男の左腕を真上につるし上げていた――!!


『――まもなく戸塚に到着いたします。お出口は右側でございます。横須賀線、地下鉄線はお乗換えでございます。
 戸塚の次は大船に停まります――』
 車内アナウンスとともに電車が停まり、ドアが開きだす。

「くそっ!」
 男は水銀燈に腕を掴まれたまま、ドアからホームへと人ごみを無理矢理掻き分けながら駆け出す。  
「逃がさないわぁ!」
 水銀燈も時折足をもたつかせながらも腕を放すまいと必死になっていた。
 それでも男はなりふり構わずホームの階段へと全速力で駆け出しそうとする。
「しつけぇ女だな!おらぁ!」
 男は掴まれた手を彼女ごと思い切り振り回す。
 そのはずみで水銀灯の手は男から放れて――そのまま近くにあったホームの支柱に全身を打ちつけた。
「……うぅ……待ちなさぁい……」
 だが、彼女は痛さのあまりその場にうずくまりながらも男の方へ手を伸ばして、なおも追いかけようとする。
 

「水銀燈!」
 僕は我に帰ると、閉まりかかっていたドアからホームへと駆け出すと、彼女の元へと駆け出す。
「……蒼星石……貴女ぁ……大丈夫なのぉ……?」
 水銀灯は僕の方を見て、うめき声を上げながらも手を伸ばす――男の逃げ出した方向へと。
「水銀燈こそ、大丈夫かい!」
「わ、私は……大丈夫……。は、早くしないとあいつに逃げられちゃう……」
 彼女はふらふらになりながらも何とか立ち上がって、男を追おうとする。
 だが、頭も打ち付けてしまったらしく、足元がふらついていた。
 その間にも男は改札口への階段を駆け上がって姿を消そうとしていた――。

「もう、いいよ!!」
「……ちょ……蒼星石ぃ……」
 頭を手でさすりながら目を大きく見開いて僕を驚きの表情で見る水銀燈。
「僕は……水銀燈が……助けてくれただけでも十分なんだよ……」

 僕は水銀燈に抱きつき――泣き出した。


「……あの時本当に怖かった……水銀燈がいなかったら……僕は……僕はぁ……」
 最後の方は声にならなかった。
 ひたすら水銀灯の胸の中で泣きじゃくった。
 今まで押しとどめられていた感情が一気にふきだして――泣いた。ひたすら泣いた。
「……ごめんねぇ……思わず付いて来ちゃったけどぉ……私ももっと早くに気付いてたらぁ……
 さっき、あんな事したばかりだからぁ……ごめんねぇ……」
 
 ――水銀灯が謝る必要なんてない。
 あんな事なんかもはやどうでもよかった。
 今は……彼女があの状況から救い出してくれたのが嬉しかった。
 さっき、彼女と縁を切ろうとした僕が馬鹿だったと心の底から思った。
 そんなことをしなければ、僕も水銀灯もこんな目には遭わずに済んだのだから――!!


「おらぁ、何するんだてめぇら!!俺が何したってんだよ!!」
 階段のほうから先程の男の叫び声が聞こえた。
 涙を拭きながら階段のほうに目をやると、逃げ出したと思った痴漢が数人の男に組み伏せられていた。
 いつしかその周辺には人ごみが出来ている。
 僕も水銀灯もゆっくりとその方へと近づいていく。

「ほっほっほっ。あなたが先程したことは全て見ていましたよ。覚えがないとは言わせませんよ」
「てめぇら、一体何なんだよ!!」
「身のほど知らずですねぇ。私どもは神奈川県警の者です。観念しなさい。
 とにかく現行犯ということで、ドドリアさん、こいつを駅前の交番へ連れて行って差し上げなさい」
「かしこまりました!! おら、来い!」
 痴漢は私服警官に両腕を掴まれながら連行されていった。


 その後、僕たちは警察の人に交番へ連れて行かれ、事情聴取を受けた。
 もちろん、被害届も出した。
 男は痴漢に傷害の現行犯で刑務所行きは確実だということだ。

 警察から解放されたときにはすでに10時を廻っていた。
「すっかり遅くなっちゃったわねぇ」
「そうだね……」
 僕はそうつぶやきながら空を見上げた。
 駅前のビルの明かりがまぶしかったものの、僅かながら夜空の星が見える。
「……もう……大丈夫なのぉ……」
 水銀燈が恐る恐る尋ねてくる。
 事情聴取の前に病院に行った彼女だが、怪我自体は大したことないとのことだった。
 何はともあれ本当によかった。


「水銀燈……」
「なぁに?」
「本当に……さっきはありがとう……」
 僕は俯きながら言った。
「なぁに言ってるのよぉ。親友があんな目にあってるんだから助けるのが当然じゃなぁい?」

 親友――。
 つい先程までそんな彼女と縁を切ろうとした僕。
 でも、彼女はずっと親友だと思ってくれている――。
 これまでもいろいろと世話を焼いてくれた彼女。
 そして、身を挺して痴漢から助けてくれた彼女――。

 そう思うと、僕自身が情けなくて仕方がなかった。
 そんな彼女の思いも知らず、縁を切ろうとしていた僕自身に対して――。


「嬉しかったよ。本当に嬉しかったよ。あの時君が来てくれるなんて思いもしてなかったんだ」
「まあ、さっきあんな事やってしまった私も私だからぁ……今日はそっとしておこうと思ったのだけどぉ……ほっとけないのよねぇ。
 思わず貴女が乗った電車に飛び乗ってもっと貴女に謝ろうと思ってたのよねぇ……。
 そしたら、貴女がとんでもない状態になってたからぁ……。
 私もあんな非常識なコトして本当に悪かったわぁ。本当にごめんねさい」
「ううん、謝るのは僕の方だよ。あんなことでムキになって絶交しようとしていたのだから……。本当に情けないよ……」

 ほんのちょっとの沈黙を挟んで水銀燈が口を開く。

「じゃあ……これからも親友同士でいましょぉ」
「そうだね。改めてこれからもよろしくね」
 僕はそんな彼女に笑顔で返す。
「でも、あんな非常識なことはもう勘弁してよ。さすがにトラウマになっちゃったから」
「そうね。気をつけるわぁ」


 かけがえのない親友。
 この絆は絶対に切ってはいけない。いや、切れるものじゃない。
 そして、これからも彼女を大事にしていこう……。
 僕はそう心に強く思い、ゆっくりと駅に向かった。

「そういえば、絶対にめぐが心配してる……って、10回も着信が入ってるじゃなぁい!
 今夜は本気で説教されるわぁ」
「僕も翠星石に『また、遅くまで何やってたですか』なんて泣きつかれちゃうよ」
 あははと僕たちは笑いあった。
 こんなほのぼのとした光景がいつまでも続くようにと心から思った。

                            ―Fin―

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