その日、翠星石は異変を感じて目を覚ました。
「はて?…何か…変ですぅ…… 」
緊張した面持ちで呟く。
物音を立てぬよう、静かにベッドから身を起こし、窓辺へ向かい…
そして暫くそこにたたずみ、耳を澄ましてみた。
……外から聞こえてくる音は、いつもと同じように感じるが…でも、何かが足りない。
カーテンを開き、外を眺めてみる。
いつもと同じ、見慣れた景色が広がっているだけだった。
翠星石は何か引っかかるものを感じながらも、二度寝でもするかとベッドに戻ろうとして……そして、気が付いた。
机の上に山積みにされた夏休みの宿題。
慌てて窓の外を見る。
足りなかったのは…違和感の正体は……聞こえなくなった蝉の声。
再び、机の上に視線を向ける。
新品同様、綺麗なままの夏休みの宿題。
カレンダーを確認する。八月の下旬。
翠星石はガクガク震え…その場にペタンと尻餅をついた。
「な…夏休みが……翠星石の夏休みが…終わっちまうですぅ…… 」
◆ ◇ ◆ ◇ ◆ この町大好き! ☆ 増刊号16 ☆ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「……おかしいな…そろそろ起きてくる時間なんだけど… 」
蒼星石は昼過ぎになっても起きてこない翠星石の様子を心配して、彼女の部屋まで様子を見に来ていた。
「…翠星石、もうお昼過ぎだよ?……翠星石?…入るよ? 」
どれだけノックをしても、呼びかけても、部屋の中からは反応が無い。
不審に思いながら蒼星石が部屋の扉を開けると……
むわっ、と翠星石の部屋から熱風が吹いてきた。
見ると翠星石は、部屋の真ん中に季節外れなヒーターを置いて…
その前でニコニコしながら正座してる。
「いやー、暑いですねぇ。まさに夏真っ盛り!といった感じですぅ 」
虚ろな視線で汗をダラダラと流し、ヒーターと会話してる翠星石。
「いけない!!姉さん!目を覚ますんだ!! 」
蒼星石は叫びながら翠星石の頬を思いっきり叩いた。
「今は八月下旬だよ!?気をしっかり持って! 」
蒼星石はすっかりラリった翠星石をパンパン叩く。
「う…嘘ですぅ……だって…こんなに暑いんですよ…? 」
半笑いで虚空を見つめながら、翠星石はされるがままにカクカク揺れていた…。
◇ ◇ ◇
「うぅ……本当は…翠星石だって気付いていたですぅ……でも…信じたくなかったですよ……
夏が…終わっちまうなんて…… 」
やっと正気に戻った翠星石は、涙を流しながら説明を始めた。
「うん。…辛かったね…… 」
蒼星石はその背中を撫でながら、優しく声をかける。
いつまでも、どこまでも、姉には甘い蒼星石。
そして…
そんな妹に背中をさすられる翠星石の目が、人知れずギラリと光った。
「…でも……蒼星石が宿題を写させてくれるなら……特別に泣き止んでやっても…いいですよ…? 」
ニヤリと笑みを浮かべながらも、翠星石は涙声で喋る事も忘れてない。
「うん…うん……分かったから、もう泣かないで?……今、僕のノートを持ってくるからね…? 」
蒼星石はそう言い翠星石を一度ギュッと抱きしめてから、扉へと向かっていった。
その背中を上目遣いにチラッと確認して……翠星石は「大成功ですぅ!!」と言わんばかりに目をギラギラ輝かせる。
だが、蒼星石はドアノブに手をかけたまま不意に立ち止まると……
先ほどまでが嘘のように、冷めた目で翠星石へと振り返った。
「……って、そんなに簡単に騙せると思ったかい? 」
それから、綺麗な笑顔を作り、部屋の外へと出て行った。
「夏休みの宿題くらい、自分でしないとね 」
パタン。と扉が閉まる。
「………むきーーーーー!!姉妹を騙すなんざ、ヒドイ事しやがるですぅ!! 」
地面をダンダン踏みながら、翠星石が叫んだ。