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第七話


や、いままでも何度か見てきた部屋ではあるけどさ。
相変わらず広いっていうか、場違いっていうか意味なしっていうか。
ここまでダメ押し的な部屋を見せつけられると、正直言って唖然とするほかやることがないなァ。
これはこれで3日くらいは住んでみたいなァとか思うんだけどね?
んー、そんなに保つのかどうかも正直あやしいけど。
いやほら、高嶺の花に憧れるっていうか、そういうキモチ。
たしかに手が届く場所にあるんだけど、こう、伸ばしたくない領域なワケで。
今日これからここで寝るんだなーって思うと、僕としては怖気がする。
だってさ、人が住むような空間じゃないよ、ここ。


「───ここで寝るしかないよなァ」


うん、それしかない。
これでも最善は尽くしたんだけどね。
ソファーで寝るとか、水銀燈の甘い誘惑にノるとか、なんかそーいう善後策。
いくらなんでも、客人にそんな待遇はどうかっていう見事なまでの全会一致により、この部屋があてがわれたワケなのです。
気持ちはわかるんだけど、さすがにソファーはどうかと思う。
みんな敬遠しているこの部屋をってのも、それはそれで何とも言えないけど。
なんとなく掌を合わせたくなる。


「さすがに、誰かの部屋で寝るっていうのはね。真紅が嫌ってるから」

「まァ、僕もそれは遠慮しておく。どうも落ち着かないけど、それは最初からだし」


そう言いたくもなる。
こんな部屋じゃ、そりゃあ落ち着いて惰眠むさぼれません。
豪華だしね、この部屋。無駄に。
絢爛すぎる空間は、一般的な人間にとっては毒性を持つ。
ほら、ファミレスで涼をとるような学生は高級フランス料理店で涼しもうとは思わないでしょ?
絶対に怠惰になれない緊張感を持ち続ける義務が発生するし。
その空間にふさわしい人間っていうのは、その空間にふさわしくなるように人生を賭けた人間だけであって。
そんな場所で一晩過ごすとは、コレすなわち間接拷問のそれに等しい。
一瞬の緩みさえ許されない空間で寝るというのは、そういうコトだしね。


「人間、寝ようと思えばどこでも寝られるしな。それこそ絶望的な状況でも」


そう言い聞かせるしかないでしょう。
や、僕だってできるコトなら普通の部屋で寝たいし。
うん、この部屋のベッドの寝心地加減と言ったら、ちょっとハンパないレベルだけどね。
その気になれば、三日三晩くらい眠れそうなくらい。
まァ、部屋が普通じゃなければベッドも普通じゃないってコトで。


「それにしてもさ、なんでシャンデリアとかあるんだ? ギャグ?」

「うーん……お父様の趣味、かなァ……?」


さらに言うなら、いくつかある窓のうち一枚だけステンドグラスになってたり。
しかも豪奢に、マリア様の絵になっている始末。
別にこの寮にいるみんなはクリスチャンでもないんだけどなァ。
寝床台の引き出しに新約聖書とか入ってそう。
計算づくなのか、見事に朝日がステンドグラスを通過する仕様にもなっております。
朝になったら神々しい光をまとったマリア様が起こしてくれるなんて、豪華ダネー。
僕は目覚ましでいいや。特に大塚某さんの声で起きたい。
もちろん、朝のハッピー占いは欠かせません。
信じてはいないけど、気休めにね。


「や、大層なご趣味を持っているようで何より。僕にはこんな部屋を作る気にはなれません」

「お父様、けっこうお茶目な人だからね」


ヨーロッパ中を旅したり社交界に入り込んだりで、カリオストロ伯爵なんて言われるくらいだし。
単に錬金術を取り扱った人形劇を面白おかしくやってただけらしいけど。
いろいろと謎が多い人だ。
なにが謎かって、日本のお笑いを人形劇に取り入れたりするその精神だったりする。
そういえば、今はどこを歩いているんだろう、あの人。
ちょっと世界を見てくるなんて、コンビニに行くみたいなノリで行っちゃったけど。
定期的に管理人に連絡を入れているみたいだし、ま、僕が気にするようなコトじゃないかな。


「く、このベッドの寝心地がバカにできないから困る。寝づらいんだか寝やすいんだか……ん?」

「? どうかしたの?」

「いや、シーツのここんところ、ほつれててさ。ちょっと気になっただけだ」

「どれ? あ、ホントだ。虫でも食ったのかな。縫い直すね」


これまた開くのもためらうような出来のクローゼットを開けた。
中には子供用から大人用まで、さらにはいろいろなデザインの寝間着が収納済み。
いつでも修繕可能なように、裁縫箱も備わっている。
その、申し訳程度にしか思えないほどちんまりと、隅っこに。肩身狭そう。
ぱこっと箱を開けて、シーツに合った色の糸と、それを通す針を取り出す。
普段は時間がかかるクセに、今回はすんなりと糸が通る。
ちょっとだけ嬉しくなったあと、シーツのほつれた箇所を手に取ってちくちく。
すこし眠いから上手くできないな……っと。


「痛ッ! あちゃ、やっちゃった……」

「大丈夫か? いいよ、僕がやっておくから。蒼星石は消毒してバンソーコーでも貼ってきなさい」

「うん……ん? ジュン君、裁縫できるの?」

「む。……みんなには内緒だぞ、秘密なんだから。喋ったらお仕置きです」

「お仕置きですか。何をされるのでしょう?」

「うーん、キャミソールとミニスカートを普段着とする」

「う、内緒を頑張る」


なんかこう、すかすかヒラヒラな服って落ち着かないんだよね。
前に翠星石に無理やり着させられた時は、すっごく恥ずかしかった。
これは内緒にしておかないと。
なんだかよくわかんないけど、ジュン君に言われると断れなさそうだし。
それにしても、


「へえー。ジュン君、裁縫うまいんだね」

「昔ちょっとやってた程度だよ。……て、蒼星石?」

「ん? どうしたの?」

「や、その。うん、なんでもない、けど」


ヘンなの。
でも、ホントにうまいなァ。
こうやってジュン君の肩越しから見ても、すらすらーっと指が動いてるのがわかる。
僕は不器用だから、こういうのは見てて面白い。
そしてカッコいい。
素人目だからそれっぽい感想は出てこないけれど、どんな服でも作れそう。
肩もこんなにガッシリしてるのに、繊細な動きができるってカッコいいよね。
うーん、ごつごつ。僕と比べればだけどね。
ジュン君も男の人でした。


「よし、できた。これで目立たないと思う」

「わ、綺麗に直ってる。ありがとうジュン君」

「別に礼を言われるようなコトは……」


いえいえ、十分にお礼するに値する所業でございます。
まじめな話、この寮の人たちってみんなこーいうの苦手だしね。
翠星石は得意かもしれないけど、なんか面倒くさがりそう。
うん、照れているジュン君は意外にカワイイ。覚えておこう。
さてさて、これでやっと客室の準備終了。
水銀燈達もそろそろお風呂から上がるころだろうし。
んーっと背伸びをしてから、僕もお風呂の準備のために部屋に戻ろうとして、


「あ、ジュン君。お風呂どうする?」


そう、すっかり忘れていた。
ジュン君は学校から直接来ているらしく、ずっと制服のまんま。
つまりお風呂の準備とかそんなのは一切ないんだよね。


「ん? んー、そうだな。銭湯でも行ってくるさ。沸かし直しになるし、ガス代とかもったいないだろ」


銭湯に使うお金ももったいない気がする。
沸かし直しになっても、どうせ片方のお風呂だけだし。
そもそも、お客様に対してそーいうのはなァ。
話を聞いていた限りでは、どうも強引に泊めてるみたいだし。
その上で「じゃあお風呂は銭湯で済ませてね」っていうのは、僕の良心が許さないというか。


「うーん、銭湯は大変でしょ。行くのもお金も。下手すればジュン君が家に帰った方が早いくらいじゃない?」

「あァ、それもそうか」


ジュン君、少し天然。メモメモ。
というワケで、やっぱり寮のお風呂を使ってもらおう。
忍びないしね、いろいろと。
あ、そうだ、良いコト思いついた。


「ジューン! ただいまなのー!」

「べ、別に翠星石はいいですぅ。ジュンの部屋なんか……あ、チビ人間、暇してるだろうから遊びに来てやったですぅ」

「……………………」


僕がいま思いついた案を言おうとした瞬間に、雛苺と翠星石と水銀燈がやってきた。
雛苺は相変わらずジュン君登りだし、翠星石はやっぱり素直じゃないけど素直だし、水銀燈はなぜか二人を睨んでいる。
なんだろうなァ、みんななんか怖いなァ。
なんで僕まで睨まれてるのかなァ。


「蒼星石? 私はもうお風呂上がったから、そろそろ行ってきたらぁ? ジュンの相手は私がしてるわぁ」

「そーです、不潔な妹なんて目も当てられんですぅ。さっさと身を清めてくるがいいですよ」

「ジュンー!」


殺気、じゃなくて殺意すら感じる。
もちろん僕もいまからお風呂に行こうと思ってたけど。
怖いから、ここは素直に従っておこうかな。


「うんそうする行ってくるね。それじゃあ、僕はコレで……って、ジュン君はやっぱり銭湯?」

「ん、考えておく」

「あ、なんなら一緒に入ろうか?」


と、冗談めかして言ってみる。
さっき言おうとして邪魔されたからね、やっぱり言わないと気が済まないというか。
でもなァ、やっぱり言わなきゃ良かったなァ。
軽い気持ちで言ってみた冗談で、まさかあんなコトになるなんて思わなかったよ。
いやでもほら、たまに言ってみたくなるよね、冗談のひとつやふたつ。
口は災いの元なんて、いったい誰がそんなうまいコトを。


「なんてね、冗談だよ。あははは……は?」


あ、あれオカシイな、なんで氷みたいな冷たい視線が飛んでくるのかな。
や、やだなァ冗談なのに。
僕だって女の子だし、女子高生だよ?
そんな年頃で同級生の男の子と一緒に入るなんて、そんなコトできるワケないじゃないか。
僕にだってちゃんと恥じらいっていうのはあるんだから。
さすがに水銀燈も翠星石もわかるでしょ。
だから真に受けなくてもいいと思うなァ、あはは。
そんな両腕をガッチリ固めなくてもいいのに。
ところで、僕をずるずる引きずってどこに連れていくのかな。


「ジュン、ヒナのコト、少しだけよろしくね。ちょっと用事ができたから」

「同じくです。大変だろうけど頑張るですよ」

「ハイ、イッテラッシャイマセ」


ああ、ちょっとジュン君助けてよ!
なんでカタコトなのさ!
この二人、目が本気なんだよ。
誰が言ったか知らないけど、この寮で怒らせたらいけない人ナンバー2と3なんだよ。
そんな合掌なんかしてないでさー!
バタン。


『さ、雛苺、何して遊ぼうか。蒼星石? うん、さすがに殺されはしないだろ』


ぎぃぃぃ、と物々しい音で談話室へのドアが開く。
ちょ、あの、ホントにゴメンなさ……



終わり
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