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臓腑が蠢く、気持ちの悪い命の音を知る。


食前食後、それは食われるコトを前提に作られていた。
他者の命を喰らう。本来のそれは、そうあるべき姿としてこの世に生きる資格を与えられた。
長い命の夜を経て、他者の命に包まれて、またあるべき姿として再生する。
限りなく圧縮された長い時間を使い再生したそれも、また他者の命に包まれるコトを前提に。
大地に根付く雑草に倣う。一年を使い産まれる、約20万もの命。その圧倒的な存在感は、もはや同等の概念に近い。
力強い自身を表現するように、それらは自らを血潮に染める。
自身を鮮やかな赤に染め上げて、自分の開花を知らしめる。
気の遠くなるような時間と進化を使い、ようやくそこに到達した。


「─────どうして、食べちゃったの?」


包まれるコトに痛みはない。
包まれていく恐怖もない。
例えられる快感はなく、自身の意思などあり得ない。
自身が咀嚼されていく現実を、他者を介してようやく知る。
本来のそれは、そうあるべき姿としてこの世に生きる資格を与えられた。
振り返るべき生などない。
すべてを許容するように、ただただ他者に食われていく。
圧倒的な存在感を得た代償は、個々の意思を消しさるコトだった。


「───だって、食べられるために産まれたのでしょう?」


美しく光をたたえる少女の瞳。
食われた結果を、残骸として捨て去る。
見惚れるまでの赤を飲み込み、少女は唇をペロリと舐める。
弱い肉を、強さが食する静かな夜。


それは臓腑が蠢く気持ちの悪い命の音。
悲しいまでに笑みがこぼれる、強さが食する静かな夜。








食後の、静かで平和な時間が過ぎる。
薔薇水晶はゲームをしていた。
ステルスゲームと銘打たれたそれは、絶大な人気を誇っている。
そういった類が得意な薔薇水晶も、当然のように購入した。
大きめのソファーに腰掛けているのは左から順に、薔薇水晶、桜田ジュン、蒼星石。
風呂に入るにはいささか早く、皆が皆、思い思いの時間を過ごしている。
本来なら、雛苺もそういった時間を楽しむハズだった。
許されたハズの時間を過ごせなかった雛苺は、自らを悲痛に沈めるほか、自分を制御する手立てがなかった。
悪気がなかったとはいえ、彼女を悲しませているコトを自覚した雪華綺晶は、ただ慌てている。
共犯であるハズの翠星石は、わずかな罪悪感すら持ちえていなかった。


「これは失礼したです。あんまり放っておくもんですから、てっきりいらないのかと思ってたですぅ」


謝罪する気が毛頭ない翠星石から零れた言葉は、こんなものだった。
おろおろするばかりの雪華綺晶。
翠星石は、自らの行動が当然であるかのように勝ち誇っている。
両腕を腰にあてがい、ふんぞり返るその仕草は、翠星石であるからこそ似つかわしい。
真紅はいつもどおり紅茶をすすり、水銀燈もそれに倣う。
金糸雀、雪華綺晶は、泣き叫ぶ雛苺を慰めようと手を尽くそうとしていた。


「ご、ゴメンなさいぃ」

「ひ、ヒナ。きらきーも悪気があったワケじゃないと思うかしら。だから落ち着いて……」

「わあああん、ひどいのひどいのー! ヒナは、とっておいただけなのー!」


雛苺は、悲しみに暮れるしかなかった。
大好物のイチゴと、それを使った苺大福を全て食べられたのだから。
どうしようもなく溢れる悲しさと、人を責めるコトが苦手な雛苺は、泣くコトしかできない。
抗えない感情の波を抑える術を、雛苺は持っていなかった。
原因となった元凶は、今も笑っている。
自分のしたコトは生物として正しいコトであり、それを我慢していた雛苺こそが悪いのだと言わんばかりに。
どんな結果が待ち受けていようとも自信を崩さない翠星石は、正しく確信犯なのであった。


「そんなに食べたかったのなら、さっさと食べりゃあ良かったのですよ」


翠星石は言い捨てる。
いじわるな要素を持っている翠星石にとって、純粋の権化とも言えるべき雛苺は、恰好の的であった。
雛苺は、強制的に大人の階段を昇るコトになる。
翠星石は悪魔であり、悪魔の皮を被った真性の悪魔であると。
雛苺は、翠星石という人間の捉え方を改める。
これではまるで魔法だ。
何の恨みがあるのかと、雛苺は犯人であろう才色兼備を自負する少女に目をやった。
確信する。コレはどう考えても彼女の仕業だと。
夕食を食べ終え、やっと本当のデザートの時間であるハズだったのに。
悲鳴をあげる。


「うーにゅー!?」


冷蔵庫を開けたとき、それはすでにどこかの彼方。
愛らしいその瞳は、驚愕と驚異と恐怖に苛まれた。
隠してあった財産までも、すでに犯行の残骸と成している。
ない、ドコにも、あれが。
混乱は深まり、疑う対象はもはや自分。
もしかして、すでに食べたあとで、それを忘れてしまっているのでは。
目の前の光景はすべて非現実であり、ファンタジックな世界の主人公と成り果てる。
抗えない現実は幻想となり、それは究極にまで引き上がる。
にわかには信じられず、ショックの果て、思考に火花が飛び散った。
夕方までにはありえたハズが、今はすでにありえない。


「あ……!」


思い立ち、冷蔵庫の扉を開ける。
冷蔵庫の奥の奥。
ここで雛苺は、人間としての成長を更新した。
それは布石。
思いもよらぬ過去の功績を思い出し、こんな手もあるのかと雛苺は喜んだ。
昔、貯金をしていて忘れていたのを、今になって思い出した感覚が雛苺を包む。
どうして忘れていたんだろう、どうして思い出さなかったのだろう。
雛苺にとって、それは革命的でもあった。
雛苺は、心の一部を冷静にするコトを忘れてはいなかった。
そして気づく。


「ゴメンなさいゴメンなさい! 私はてっきり……!」

「うぐ、う、えぐっふっ、う、うあああん……!」


……なかったのだ。
自分の至福を、誰かに取られる苦しみ。
それを味わうコトを余儀なくされた瞬間でもある。
苺大福は、雛苺にとって、すでに至宝の領域にまで達しつつあった。
身体に電流が走り、脳にヒビが入る。
気の遠くなるような時間の果てで、自分を取り戻す術を模索するしかない。
奪われた苦しみを、この怒りを、いったい誰にぶつければいいのだろうか。


「あ、あの」

「イチゴ、なん、で……どうして?」


真実はいつも残酷で、現実はつねに非情なのだと、まだ幼さが残る雛苺には分からなかった。
黒い感情がこみあげる。
それでも雛苺は、淡い希望を持っていた。
きっと、そんなつもりはないと思っていたのに。
その返答に、絶句した。


「だって、食べられるために産まれたのでしょう?」


返したのは翠星石だった。
こんなコトをする意味が、どうしてあなたにあるのかと。
どうして、なぜ、何の理由があって。
恨み以外のなにものでもない。
負の万感を込めて、雛苺は問いただす。


「─────どうして、食べちゃったの?」


雪華綺晶まで。
こんな蛮行を行ってしまった彼女。
どうしても、どうしても、どうしても。
許せないという感情を抱く自身を許せない。
彼女がそんなコトをするのだけは、雛苺には納得がいかなかった。
普段は優しくて、妹であるハズなのに姉のような存在。
それでも、どうしてもわからない。
したくはないが、翠星石ならある意味、納得できる。
仕方ないワケではない。
どうしても、今は涙が止まらなかった。
今では、雛苺イコールイチゴと言っても、過ぎた言ではありえない。
もちろん、雪華綺晶自身もそれは知っていた。
いくら雪華綺晶がこの寮に来て日が浅いといえど、雛苺がイチゴを好きなのは、すでに明白である。
この寮の住人で、それを知らない人間はいない。


「わ、私は、翠星石さんのイチゴかとばかり……」


つまり、慌てふためいていた。
今の雪華綺晶を例えるなら、表現はそれ以外にあってはならないほど。
よく知っている大好きな人の行動。
あれは確かに、困っている人の行動と表情。
綺麗な形に整えられた、美人の眉がハの字になっているのを。
暗い感情を雛苺なりに抑えながら、確かにその双眸はそれを捉える。
何もかもが他人の仕草。
ふと、視線をずらす。
翠星石の口は滑らかに、美しく咀嚼を続けていた。
もぐもぐもぐ。
雛苺を尻目に、翠星石は最後のイチゴのへたを、ゴミ箱へと投げ捨てる。


「むぐむぐ……うっきゅん」


その行動すべてが、直視し難い現実である。
翠星石は実に幸せそうに、イチゴの後味を堪能する。
鈴のような綺麗な声が、不協和音と成り果てた。


「はぁー。いやぁ、夏に食べるイチゴも格別ですねぇ~」


悲しみでいっぱいになり、絶望に満たされる。
浮かんでは落ちる、決して消えない涙の群れ。
誰が見ても分かる対極の様。
からかう者と、からかわれる者。
翠星石は、腹を抱えても足りないほどに笑う。
おーほっほっほ。


「大体、チビチビはいっつも行動が遅いです。こうなるコトは必然だったですぅ」


人にぶつけるコトができない。
あまりの純粋さゆえに、怒りの矛先がわからない。
雛苺がもう少し大人だったのなら、もっと恐ろしいコトになっていた。
翠星石は勝ち誇る。


「チビチビが早く食べないから、こんなコトになるんですよ」


暖色系を浮かばせるような名にふさわしくない、ドス黒さよりも深い黒がにじみ出る。
普段の活発な雛苺からは想像もできない、ゆるやかな動き。
ゆらり。


「ねえ、どうしてないの?」


雪華綺晶は恐怖した。
ただ、じぃっと冷蔵庫を見つめるのみ。
暗く埋没したその瞳は、死人のそれと定義される。
雛苺の目に、光は差し込んでいない。
そして、静かに微笑む雛苺。


「ホントに、なんてお詫びしたらいいか……。知らなかったとはいえ、イチゴを食べてしまって……」


しかし当の雛苺に、雪華綺晶の言葉は耳に入らない。
どうしていいか分からない、そんな雰囲気をばら撒いている。
申し訳なさそうに、雛苺に何度も語りかける雪華綺晶。


「……あの、そのぅ」


許されたハズの時間を過ごせなかった雛苺は、自らを悲痛に沈めるほか、自分を制御する手立てがなかった。
本来なら、雛苺もそういった時間を楽しむハズだった。
風呂に入るにはいささか早く、皆が皆、思い思いの時間を過ごしている。
テレビの前に置いてある大きめのソファーに腰かけているのは、左から順に、薔薇水晶、桜田ジュン、蒼星石。
真紅は再び本を開き、水銀燈もそれに倣う。
襲ってくる絶望は大きく、それにされるがままにされている。
壊れたように微笑む雛苺。


「い、い、イチゴ……」


雛苺は悲しみに埋没していくように、ただひたすらに涙を浮かべて。
綺麗過ぎる平和な時間をあざ笑うように。
断末魔のような絶叫が、談話室を切り裂いた。
食後の、静かで平和な時間が過ぎる。


「ううーにゅうぅー!!」




第五話 雛苺/うにゅー食失事件
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