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第一話


「おはよう」


大体は、彼女のこの挨拶から朝が始まる。
最初は驚いた。
入学してから三日目、通学途中でいきなり声をかけられたんだから。
自分にかけられた挨拶だとも思わなかったし。
中学時代にあんな目に遭っていたから、高校では極力、誰とも接触を持たないようにしていたのに。
たった三日でブチ破られてしまった気さえしたな。


「ああ、おはよう」


最初は無視しようと思ったけど、それで二の舞になってもつまらない。
一応返事だけは返したんだけどね。
まさか、それが毎日続くようになるなんて思いもしなかった。
僕の計画はいきなりつまづき、それから2ヶ月の間、内心では混乱しっぱなしだ。


「今日も下ばかり向いちゃって。ツマラナイ男ね」

「じゃあ、なんで僕に構うんだよ」


関わり合いたくないという意思を含んで返した。
凄味は込められなくても、出来るだけ精一杯に。
少し悩むような仕草をしてから、すぐに薄い笑いを浮かべてこっちを見る。
どうせロクでもない返事なんだろう。
嫌な話だけど、この2ヶ月間のやりとりと全く変わらない。
どうせ適当にゴマかすか、ただ笑うだけで終わるんだろう。
それだけで悔しさ上塗りなんだけど、


「さぁ?」


この妖しい笑みは嫌いじゃない。
僕は彼女は嫌いだけど、彼女の笑みは好きだ。
このジレンマ、いつになったら解消できるんだろうか。


「せっかくだし、一緒に学校行きましょう?」


この『せっかく』が、2ヶ月間で無かったのは2日だけ。
要するに、それ以降の学校がある日は必ず彼女と一緒に登校するハメになる。
人のコトをツマラナイ男とか言っておきながら、いきなり腕を組んできたり、何かとベタつこうとする。
もちろん、周囲の人間からは白い目で見られたり、『もうすぐ夏だなァ』なんて揶揄されたりもする。
が、別に僕は特別な感情を持つことはなかった。
いや、それは少し違うか。
最初の1週間くらいは、僕だってドキドキした。
ただ、ある日を境に、そんな感情はどっかへ吹き飛んでしまった。
どうせ今日も、その吹き飛ぶコトになった原因が来るに違いない。
目立つ金髪が道の向こうから歩いてくるのが見えるからな。
彼女も気付いたらしい。
この交差点が、毎朝のようにケンカが勃発する紛争地域になるのは時間の問題だった。


「あらぁ、真紅じゃなぁい。今日も独り寂しく登校ってワケぇ?」

「レディとして振舞うのに、あなたみたいに男性にくっつく必要はないわ。そんなに盛って、まるでネコみたいね」


紛争って言ったけど、どっちかっていうと冷戦だな。
空気は冷たくなる上に、誰もこちらを見ようとしなくなる。
一触即発の睨み合いの中でも一般人に火の粉が降ってくるのは、いつの時代の、どんな戦争でも同じであるらしい。
どんな意味があるのか知らないけど、最初に彼女と口ゲンカしてから、真紅は僕を睨む。
そして、必ず降ってくる文句がある。


「ジュン? あなたも私の下僕としての自覚があるのなら、サッサとその腕を振り払って、私をエスコートすべきでしょう?」

「僕は下僕になった覚えはない」


恐ろしいコトに、真紅は自己紹介に使われた時間の後の休み時間に、私の下僕になりなさいと通告してきた。
理由は、「あなたが一番使い勝手が良さそうだから」だそうだ。
もちろん断った。
が、その旨を承諾するような性格ではなかったらしく、何度否定しても、真紅は僕を下僕だと言ってはばからない。
しかも全く気を使わずに下僕下僕と連呼するもんで、僕はすっかり真紅の手先か何かみたいな扱われ方をされている。
当の本人である真紅はそんなコトはどうでもいいらしく、そーいう意味では肝が据わっている。


「……まァ、いいわ。毎日毎日飽きもせず口論をするなんて、淑女としてあるまじきだもの」

「あら、ついにジュンを諦めるのぉ? つまんないカンジぃ」

「黙りなさい。それとジュン、学校が終わったらその足で来なさい。そうね、今日はディンブラがいいわ」


パッと見の印象ですら正反対の二人だが、ちゃんと共通点はある。
二人とも、人の話を聞かない。
結局、僕の拒否なんぞ興味がないとばかりに、真紅はサッサと学校へ行ってしまった。
真紅を見送ったあと、僕の横からクスクスと小さな笑い声が響く。


「ねえ、ジュン。真紅なんかのとこより、水銀燈の部屋に来ない? 色々楽しめるわよ」

「真紅をからかうための道具みたいなもんなんだろ、僕は」

「ふふ、ネコは気に入った玩具は中々放さないものなのよ」


なんだかんだで、真紅の揶揄に敏感に反応している辺りが彼女らしい。
なるほど、(真紅が)気に入った玩具を手放さないか。
ついでに、真紅をからかえる材料としての意味も含まれているんだろうけど。
まるで大きな子供だな。


「……どうせ談話室で済ませるし、誰の部屋にも行かないよ。そういう約束で出入りしてるんだからな」

「そんなのツマンナイ。今日は管理人もいらっしゃらないし、私の部屋でくつろげるわ」


やたらと甘ったるい声色で誘ってくるが、それで惑わされる僕じゃあない。
一度その話に乗って、他の連中にヒドイ目に遭わされたからな。
真紅にはこっ酷く怒られたし、翠星石にも散々言われたし。


『乙女の部屋に夜まで入り浸るのは論外!』


だそうで。
まァ、実力行使に出ないだけマシと言えばマシなんだろうけどね。
女性の責め口上のほうがよっぽどダメージでかいけど。
そんなくだらないコトを頭の中に浮かべながら、腕にひっつく水銀燈と一緒に学校へと向かう。
こういう場合に限って、時間が流れるのが異常に速かったりする。


「さ、紅茶を入れなさい。ちゃんと葉の準備はしてきたのでしょう?」


すでに放課の後であり、いつもならダルく思う授業も、考え事のせいであっという間だった。
夏が近い、というか初夏どころか梅雨というコトもあってか、下校してもまだ真っ昼間と似たようなカンジだ。
時計そのものを見ない限り、時間的余裕があるのは否めない。
僕は結局、制服のままここに来るハメになった。
奇しき薔薇寮。
アメリカの真っ白館みたいな外観のこの寮は、いつ見ても自分が入ってよさそうな場所じゃないと思う。
敷地は広いし、中も広い。
本来は外来の客はお断りであるハズなのに、なぜか僕だけは入るコトが許されている。
管理人である人に、脅迫紛いな条件を押し付けて、僕が入るコトを無理やりに許可させたとは、翠星石が零したコトだ。
来るたびに申し訳ない気持ちに苛まれながら、僕は玄関を通り談話室に移動する。
古きを重んじるのか、奥にある大きな暖炉が視界に入りこむ。
調度品のような家具がそこらに置かれ、高級感が余計に漂っている。
微妙な差異はあるけど、ハリー・ポッターに出てくるグリフィンドール寮をイメージすればいいか。
冬こそ居心地が良いだろう、火の点いていない暖炉の前にある椅子に腰かけた真紅の命令を、8割方諦めが入った口調で返す。
いつの間に着替えたんだか。


「分かってる、すぐ淹れるよ」


僕の返事を聞いているのかいないのか、真紅はそのまま、読みかけの本を開いて読み始めた。
これまた触れるコトさえためらうような立派なポットに湯を注ぎ、真紅がこだわる温度を見極め、カップに注ぎ直す。
1日に数回、それを毎日のようにやらされていれば、どんな人間でも慣れてくるもんだ。
ついでに、この茶葉に合った菓子を添えるのも忘れない。
忘れたら、またくどくど言われるのは目に見えているからな。


「ほら」

「そこに置いといて頂戴。……あら、気が利くのね」

「慣れたからな」


さて、真紅に紅茶を淹れると、僕はしばらく暇になる。
休みの日だったら他の連中の相手で暇どころではなくなるけども、今日はそうじゃない。
何人かはまだ学校にいるだろうし、どうしたものか。
真紅が好む本はワケが分かるハズもなく、手持ち無沙汰になる。
要するに、具体的に暇を潰せる要素が少ない。


「あ、ジュン。来てたんだ」

「ああ、薔薇水晶。おかえり」

「ただいま」


丁度良く、暇つぶしの相手になってくれるヤツが来た。
意外にゲームに強い薔薇水晶は、よく僕を対戦相手に選んでくる。
薔薇水晶は僕を少し見たあと、この談話室に置いてある大型テレビの横に据えられているコントローラーを渡してきた。


「今日は何をするんだ?」

「コレ。この間買ってきたの。一緒にやろう」


薔薇水晶が自身の顔の前に持ってきたパッケージを見て、ちょっと驚く。
確かコレ、大行列が出来て買うのも困難だったらしいのに。


「一緒にやってたの。きらきーと。でも詰まっちゃって」

「メタルギア・ソリッド4ね。しかもスペシャルエディションとか」


相変わらず財源が全く不明だけど、まァ気にしても仕方無い。
てか、きらきーと一緒にって、雪華綺晶もコレやったのか。
確かにステルスは得意そうな気もするけど、共感でもしたのか。
とりあえず今の思考は、PSボタンを押して電波と一緒にプレイステーション3へ飛ばす。
うむ、公式サイトで見た通り、アホみたいな解像度だ。
薔薇水晶は横で見ながら助言する程度だろうし、当面の暇つぶしになる。
適当にムービーを見たところで、さァプレイ開始だ。


「ジュン。紅茶が無くなってしまったわ。淹れてきて頂戴」


ここでかよ。
なんという女王様気質。
仕方なく薔薇水晶にアイコンタクトで謝ると、彼女は小顔を下げるだけで許してくれた。
なんともありがたく思いながら、とりあえず真紅の前に置かれていたカップを取り、ポットへ向かう。
どうもキッチリしないと済まない性格なのか、さっきと同じように、温度を見極めながら淹れ直してしまう。
オマケに、清涼感を付けるために、レモンの輪切りなんぞをセットにする。
長時間黙らせるために、わざわざアイスティーにまでしてしまう凝りよう。
自分を恨めしく思いながら、少々時間をかけて淹れたディンブラを真紅の前に出す。


「あら、アイスティーなのね。ミルクに、シュガー。どうしたの?」

「別に。ポットもここに置いておく。暖炉の前でアイスティーってのも、たまにはいいだろ」

「そう、ね。ふふ、色々な味を楽しめそう。あなたの腕前もね。ジュン」


何が嬉しいのか、真紅は珍しく笑顔になる。
こっちとしては、これからゲームをやるんだから大人しくしててほしいっていう魂胆があるだけなんだけどな。
さて、コレでやっと落ち着ける。
テレビの方へ振り返ると、薔薇水晶はゲームのポーズ画面と同じように止まっていた。
いつの間にか「女の子座り」になっているあたり、生きてはいるみたいだな。
何はともあれだ、コレでやっと落ち着ける。


「ごめん、待たせた」

「……いいよ」


一瞬ほど間があったような気もするけど、気のせいだろう。
コントローラーが置いてある場所に座って、再開する。
妙に甘い香りが漂ってくるけど、薔薇水晶のヤツ、匂いの強いシャンプーでも使ってるのか。
ま、サッパリしたカンジの匂いだからいいけどな。
こうして、僕は薔薇水晶と一緒にゲームに没頭していく。
真紅も、あれから紅茶のおかわりを要求しなくなったし、薔薇水晶もなんだかんだで楽しそうだ。
僕も、あまりのストーリーに夢中になっていた。
どのくらい時間が経ったのか。
夢中になっていた意識は、突然の声で現実に戻される。


「はー、あっついですねぇ。今度、部費で麦わら帽子を買いますかね」

「そんなコトしなくても、自分たちで持っていけばいいんじゃないかな? おじいさんも許してくれるよ」


どうやら、寮生がまた帰ってきたらしい。
ああ、そうか。
アイツらは園芸部だったよな。
ま、部活なら多少遅いのはしょうがないか。
ゲームも丁度キリの良い場所まで進んだので、ここでセーブして電源を切る。
薔薇水晶も文句を言わない。
前にゲームを長引かせていたせいで、翠星石に散々怒られたからな。
思い出すだけで耳を塞ぎたくなる。


「お、来てたですかチビ人間」

「やあジュン君。こんにちは」

「ああ、おかえり二人とも」


さっきの薔薇水晶の時といい、なんで客人の僕が寮生を出迎えているんだろう。
いくら早く来たとはいえ、なんか納得がいかない。
納得がいかないと言えば、翠星石はなんで僕を見るたびに「チビ人間」なんて吐き捨てるのか。
確かに身長は平均より少し低いけど、少なくとも、この性悪人間よりは高い。
というワケで、僕も言い返すことにする。


「それと、僕はチビ人間じゃない。翠星石なんて、背伸びしても僕より低いじゃないか」

「へっへーん、身長も器も小さいチビ人間に言われても悔しくないですー」


言い返してから、翠星石はすぐに部屋に行ってしまった。
談話室の奥にある階段の先に、ここの寮生の部屋がある。
前に一度、水銀燈の部屋に入って以来、階段のすぐ手前には「チビ人間立ち入り禁止!」なんて看板が置いてある。
誰が作ったのかは明らかだけど、そこまで邪険にするか普通。


「ゴメンね、ジュン君。あんなコト言ってるけど、翠星石は……」

『蒼星石、なーにしてるですか! サッサと着替えて、急いで晩飯の準備するですぅ!』

「……というワケで、着替えてくるね。素直じゃないけど素直だなァ、翠星石は」


蒼星石は最後によく分からんコトを呟きながら、自室へと向かっていった。
大体、素直のすの字どころか、もう「す」の一画目すら入ってるようには思えない。
蒼星石の観察眼も衰え始めているんだろうか。
ま、もう終わった言い争いを引きずっていても仕方ないか。
しかし、僕もここ数年で随分と前向きな考えが出来るようになったな。
中学時代を思い出すと、自分が別人になった気さえしてくる。
翠星石とのケンカも、もう殆ど日常茶飯事だし。
突っかかってくる理由は、未だに分からないのも本音だけど。


「ふふ、私の下僕が淹れた紅茶だもの、美味しいのは当然よ。まだ少し残っているから、あとはあなたが飲んでいいわ」


背後から真紅の声が聞こえてくる。
誰と話してるんだ。
今この寮にいるのは、真紅、翠星石、蒼星石、薔薇水晶、僕を入れて5人のハズだ。
そのうち2人は部屋に行ってるし、真紅と薔薇水晶はここにいる。
ってコトは、僕が知らないうちに誰かが帰ってきたのかな。


「真紅、誰か帰ってきたのか?」

「わっわっ、ひあぁ」


僕を見るなり、悲鳴みたいな奇声を上げて、部屋に走っていく女の子がいた。
すぐに向こう側を向いてしまったので顔はよく見えなかったけれど、髪は真っ白だった。
長さは薔薇水晶と同じ程度。
で、聴き覚えのある声。
まァ、一瞬でダレだか分かった。
相変わらずというか、なんというか。


「雪華綺晶か」

「ジュン? レディを驚かすなんて、あまり良い趣味とは言えないわね」

「……僕のせいじゃないだろ」


雪華綺晶は、なぜか僕と目が合うたびに驚くか悲鳴を上げるかする。
そして逃げる。
たまに壁越しにこちらの様子を窺う。
ただ、嫌われている様子ではないので、別に邪険にするワケではないけど。
なんていうか、対応に困る。
同じ空間に居られるようになっただけ、かなりの進歩だけどな。
ただ、いつの間にか居たりするコトが多い上に、かなりの確率で背後にいる。
なんでこんなにビクつかれるんだろう。


「照れてるだけ」


簡潔に答えたのは、薔薇水晶だった。
その答えを具体的にしたものを、真紅が答えた。
曰く、雪華綺晶はかなりの人見知りでアガリ症らしい。
おまけに、男性との会話の経験値も少ないから、余計に緊張する。
さらに年頃のれでーである上に、僕を異性として意識してしまうとかなんとか。
要するに、男が怖いんだな。
それだけ男に免疫のない生活を送ってきたのなら、仕方のないことだと思う。
そう思ってても、やはりあんな態度を取られると、少しツライものがあるけども。
ま、どこぞの翠っ子よりかは遙かにマシで可愛げがあるけどな。
さて、うるさいの、静かなの、うるさいの&静かなの、静かなのっていう順番で帰ってきたとなると……。
ああ、次はうるさいのが帰ってくるな。
静かなのが連続してるってコトは、


「「ただいまなのかしらー!」」


案の定か。
「なのかしら」って、誰かに問いかけてるように聞こえるぞ。
仲が良いのは大変よろしいけど、少しはボリュームを下げてだな。


「あ、ジューン!」

「あらジュン。来てたのね」

「お、おかえり。2人とも……」


つっかえた理由は、雛苺が当然のように僕の上に登っているからだ。
普段なら、ここで真紅が「やめなさい!」とか「レディとしての自覚はないの!?」とか言ってくれるんだけど。
その真紅の声が聞こえないから、妙に思い彼女の方を見る。
真紅は、僕が淹れたアイスティーの残りを、非常に優雅に飲んでおられた。
はは、お口に合ったようで何よりですが、まずはコレを取り払ってほしい。


「お、カタカナとチビ苺も帰ってきたですか」

「カ、カナはカナカナじゃなくて金糸雀かしら!」

「カタカナだろうがひぐらしだろうが雛苺症候群だろうが、そんなコトどうでもいいです。そろそろ飯にするですよ」


追加される翠星石。
かくして、さっきまで割と静かだった談話室は、一気に騒がしくなってしまった。
やっとの思いで雛苺を頭から外し、溜息をひとつ吐いてから、何気なく窓の外を見る。
真紅と一緒に来たときは、外はまだ夕焼け色にすら染まっていなかった。
が、今の外の色はもはや、仄暗い水の色から、群青色になりかけている。
恐る恐る時計を見てみると、えー、短針が6、長針が3の位置にある。
学校が終わってから直で来ているから、間違っても朝ではない。
つまり、今は午後で、一般学生はとっくに自宅にいるハズで、早い家庭はすでに晩御飯の最中だ。


「わ、もうこんな時間じゃないか! 僕はもう帰る……」

「あら、帰らなくてもいいのよ」

「なんでだ!」

「あなたのお姉さんからの伝言よ。『今日は部活のみんなとお勉強会するから、今夜はよろしくねぇ』ですって」


なんでうちの姉ちゃんを知っているのかとか、どうして都合良く今日は勉強会なんだとか、突っ込みたいけど置いておこう。
今からクラスの連中の誰かに連絡を取って泊めてもらうにしても、この時間じゃダメすぎる。
かと言って、僕には家事スキルは一切備わっていない。
つまり、今日ここに泊まるのは確定ってコトか。


「……あんまり分かりたくないけど、事情は分かった。ところで水銀燈」

「なに?」

「その、そろそろ離れてくれないか。重くはないし、そんなに暑くもないけど、その、困るから」

「あら、いいじゃない。どうせなら見せつけてやりま」

「水銀燈! 私の下僕から離れなさい!」


私の?


「あらぁ、『私の』ですってぇ。真紅ったら、独占欲が強いのねぇ。怖ぁい」


水銀燈は、真紅をからかうためだけに、僕の背後から覆い被さるように抱きついてくる。
相変わらず妖しく笑う水銀燈と、レディとしての嗜みをどっかに吹き飛ばした真紅がにらみ合う。
竜虎というかハブとマングースというか。
どうしてこう、水と油を地で体現できるのか不思議だ。
ちょっとくらい仲良くしてもいいだろうに。
ちなみに、僕は水銀燈に背後から乗っかられて首が真下に向かって90度状態。
そろそろ痛くなってくる頃合いだ。


「いー加減にするです! うるっさくて敵わんですぅ。ほらジュン! ボケっとしてないで、翠星石の料理のあじ」

「あ、ジュン君。今日は泊まるんだよね。夕飯まだでしょ? コレ作ってみたんだけど、ジュン君の口に合うかなァ」


さすが常識人、蒼星石。
なんて良いタイミングで救いの手を差し伸べてくれるんだ。
しかも料理上手で割と有名な蒼星石の料理の味見付きときてる。
横できぃきぃ言い争いを始めた2人を尻目に、僕は蒼星石の元へ逃げだした。


「ありがとう蒼星石、助かったよ。悪いな、晩飯ごちそうになっちゃって」

「ううん、気にしないで。ハイ、コレ」

「うー、蒼星石ぃ。料理の味見は翠星石のほうが早かったですぅ」


口で蒼星石を軽く責めながら、ものすごい眼力で僕を睨む翠星石。
一体何が気に入らないのかサッパリだ。
確かに翠星石が何か言いかけてたのは僕も知ってる。
コレ以上機嫌を損ねられても困るし、うーん、旨いなコレ。


「翠星石だって、料理上手いんだろ? 噂になるくらいだし。そっちは楽しみにしておくよ」


正直、騒ぎを大きくしないでほしい。
雛苺は隙あらば登ってこようとしてるし、真紅と水銀燈はうるさいし。
薔薇水晶は騒ぎを止めようとしてくれない。
雪華綺晶は未だに部屋から出てきてないみたいだし、金糸雀は、何が原因なのか知らないけど、部屋の隅で影を落としている。
ただでさえこんな状況なのに、普段からうるさめな翠星石が騒ぎだしたら、もう手をつけられない。


「う……と、当然です! 翠星石の料理の旨さは半端ねえですからね! せいぜい楽しみにしてるです!」


機嫌が直ったらしい。
単純なヤツ。
雛苺に関しては諦めよう。
どうせ、晩飯になったら離れるだろうし。
しかし、晩飯の前でこんなに騒がしいのか、この寮は。
明日が休みでよかった。
寝る場所はまァ、確か客室があったし、大丈夫だろう。
晩飯は……味は楽しみだけどね。
大人しく食事が出来るのか、不安すぎる。
とりあえず、今のうちから覚悟しておくかな。
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